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12/1/2025, 9:38:39 AM

 それまでも、身につけるものや、普段よく使うものは、それなりに気に入ったものを選んでいた。でも、君と出会ってから、もっとちゃんとモノを選ぼうという気になっていた。

 君は、いつも同じバッグをもっていて、それがトレードマークのようになっていた。「いつもそのバッグだね」と聞くと、こだわって選んだものであることがわかった。ほかにも、君の持ち物の一つ一つが、すごく高価というわけではなくても、とてもよく吟味されたものなのが伝わってきた。持ち主の人柄の一部を物語っていて、そんなモノと付き合い方がいいと思った。

 そんな君に影響されて、私も少し持ち物にこだわってみることにした。気に入った一品を選ぶために、お店を何軒かはしごしてみる。遠くまでいったり、取り寄せまではしないのだけれど、その中でこれ!というものが見つかったら、それを大事に使ってみている。

 たとえば、いつも使うペンだって、見た目や書き心地、握った感じが今一番しっくりくるものを選んでみた。そうすると、より愛着がわいてくる。そうやって選んだモノとの付き合いには、物語が紡がれていく気がする。


「君と紡ぐ物語」

11/30/2025, 7:49:52 AM

 どんな調子か、その部屋は妙に音の響きが良かった。そのことに気づいたのは、音楽を聴いていたときだ。何だか音が心地よく響く気がするのだ。

 他の部屋で聴くと、特にいいとは思わない。その部屋だけが不思議と音が違って聞こえる。何かに反響するのか、どうなっているのかまったく分からないのだけど、よい音に聞こえる。音が研ぎ澄まされている気がするのだ。

 大きな音では良さがでない。程よいボリュームにすると、いい感じになる。そんなに音楽が好きというわけではないのだけれど、この部屋ではよく音楽を聴いた。音が多重に重なり合うオーケストラ演奏なんかは特によかった。これは、私だけの秘密だった。ほかの人に言っても、?という顔をされるだけだったからだ。

 それが、あるときから普通に聞こえるようになってしまった。他の部屋で聞くのと大して変わらない。どうしてそうなったのかも、やはり分からない。あの響きが失われてしまったことに、密かにがっかりしているのだ。

「失われた響き」

11/29/2025, 8:09:22 AM

 きんと冷えた朝。道の草にうっすらと霜が降りている。透明な小さな小さな氷の粒たちが、朝の光に輝いて、いつもの道が違ってみえる。

 土の部分には、霜柱ができていた。土の合間に薄い氷の柱がちらちらと見えている。ザクっと氷を踏む感触が面白くて、土の部分を探す。それにしても、繊細で少し手応えのあるものを踏み締めるのは、なんて心地よいのだろう。足の裏で薄いものが、パラパラとほぐれていく。

 すぐ壊れるものを踏むなんて、普段ならできないものをしているという感覚がいいのだろうか。ずっと飽きもせず、ザクザク踏み締めて歩いた。

「霜降る朝」

11/28/2025, 6:04:40 AM

 あんまり息をしていないなと思うことがある。本当に息をしていないのではなく、たまに息を止めていたり、深い呼吸ができていない。

 いつも緊張状態になっているのだろう。緊張する場面ばかりにいるわけではない。勝手に緊張している。最近、ぐるぐる思考の沼に入っている。自分の心の中の奥深くにぐんぐん入ってしまって、そこから出られない感じだ。

 そこに、何かちょっと嫌だなと思うことがあると、その嫌なことがさらに心をもやっと取り囲む。息がますます浅くなる。こうすることがクセになっているようだ。これでは、いけない。きっと側からみると大したことではないのだろう。

 外を歩く。ひんやりした空気に包まれて、秋の匂いを大きく吸ってみる。そして、ゆっくり吐いてみる。空は高く、薄い雲が点々と連なる。
 
 ふと、思う。起こるものは仕方がない。それに大きく反応するのではなく流してみよう。粛々と受け入れていこう。そう考えたら、ぐるぐる思考の沼は、小さくなっていくような気がしてきた。

 空は広い。大きく呼吸をする。枯葉や木の匂いがまじったような匂いがする。新鮮な空気をいっぱい取り入れて、過ごしてみよう。


「心の深呼吸」

11/27/2025, 9:06:44 AM

 目の前に糸が垂れている。一本は、過去へ行ける。もう一本は未来へ行けるという。
どちらかを選ぶだろうか。

 あの時に戻って、やれなかったことをやってみる? 言えなかったことを言ってみる? 
 未来の世界で、自分はどうしているのか見る?
そもそも未来って、時間軸の中ではもう存在しているのだろうか。

 過去も未来も今も、時間の概念ってどうなんだろう。当たり前のように今しか生きられないと思っているけれど、本当のところはわからない。

 私は目の前の糸をどちらも選ばないだろう。後悔や、先を見たい誘惑にかられながら、今をずっと重ねていくしかない。


「時を繋ぐ糸」

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