未来が見えたらどんなにいいか、なんて思っていたことがあった。今の不安も楽になるのではないかと。占いを見てみたり、何か確かなものが欲しかった。
最近、思う。ずっと今の連続でしかない。この瞬間がひたすら過ぎているだけなのだ。
それでも時々、過去のことをクヨクヨと気にしたり、未来はどうなるのだろうなんて、思っても仕方ないことで頭の中をいっぱいにしている。そんな時も、どんどん今が積み重なっている。
さっきもまた、過去のことを考えて悔いていた。未来は見えないけれど、とりあえず今、変なことに頭を使うのはもったいない。今したこと、考えたことが、未来をつくっていく。やりたいこと、楽しいことを考えよう。
「見えない未来へ」
湾をめぐる遊覧船に乗った。室内に入ることもできたけれど、甲板に立ってみた。
海風がすごい勢いで吹きつけてくる。髪の毛が、風に煽られて舞い上がる。手で抑えたりしても、全然間に合わない。周りの人もみんな、髪の毛が色々な方向に向いている。もう美しいとかそうでもないとか関係ない。どの人も滑稽だ。笑い声がもれる。楽しかった。細かいことはどうでも良くなってくる。
中にいる人たちが、少し憐れむような目でこちらを見ている。それでも誰も中に入ろうとしない。船は、海を切るように進んで、大きく波打ち続ける。頬が冷たくなってきた。不思議な高揚感がある。ずっとびょんびょんと髪をなびかせて、景色を楽しんだ。陸に上がると、髪の毛が潮風でギシギシだった。でも、妙にすっきりしていた。
「吹き抜ける風」
家に行くと、机に置かれたランタンが真っ先に目に入った。他のインテリアの中で、そこだけ雰囲気が違う。「ランタン?」と言うと、「ああ、実はキャンプが好きなんだ」。知らなかった。スポーツが堪能なのは知っていたけれど。「最近は、なかなか行けなくて。これを置いて雰囲気だけでも、ね」。いいでしょと笑う。
ランタンの赤い色がなんだかかわいらしい。夜、外で見るこの灯りはどんな感じなんだろう。それから、キャンプの話をしてくれた。アウトドアとは、全く縁のない私にはとても新鮮だった。「キャンプ、今度一緒に行こうか。火を焚きながら、ぼーっとするのがいいんだ」。
この赤いランタンが灯る下で、焚き火をする光景を思い浮かべた。とても良さそうだ。自分では、多分体験しない世界。一緒なら楽しめる気がした。しばらく楽しい想像で盛り上がった。
それは、結局実現することはなかった。でも、ふわっと優しいランタンの灯りのように、心にずっと残っている。
「記憶のランタン」
急に寒くなった。今日は何を着て行こう。とりあえずヒートテックを仕込んで、いつものセーターを着る。足元は、そろそろブーツを出そうか。ああ、箱から出すのは面倒だ。そうこうしているうちに出かける時間が迫ってきた。薄いコートをひっぱり出してはおる。
友人に会うと、薄手のダウンを着ていた。「すぐ、季節が変わるからもう何を着ていいかわからなくて」。「私も前はそうだったけど、今は簡単よ。ちょっと涼しくなったら、Tシャツにセーター、もっと寒くなってきたら、薄手のこのダウンを羽織るだけ。後は首元にマフラーを巻いたりしたら色々対応できるの」。そういえば、友人はクローゼットを整理して、服を減らしたと言っていた。厳選されたそれらは、よく似合っていた。「飽きたりしない?」。「それが、以外とそんなことなくて。何よりラク」。さっぱりとした顔で笑う。
自分のごちゃごちゃのクローゼットを思った。これまで何度か服をひっぱり出して、整理しようとしてみた。でも、なかなか処分することができず、また戻してしまう。結局、いつも同じ服ばかり着ているというのに。
いや、クローゼットだけではない。自分の頭の中もそんな感じなのだ。今だに何かわからない焦燥感にかられて、自分を生きていない気がする。
友人は楽しそうに、今取り組んでいることを話している。確かに、最近生き生きして見える。「私も整理してみようかな」。「手伝う?」。「いいよ。あれ見られるの恥ずかしい」。「以外と他人の目があるほうがいいのよ」。友人がわざと怖い顔をする。その顔がおかしくて、吹き出してしまった。二人で笑っていると、少し心が軽くなる気がした。
「冬へ」
君と一緒に歩く夜道は、いつもより澄んで見える。あの大きな月の明かりのせいだろうか。
君の顔が、青白い印影で縁取られていて、いつもより神秘的に見える。青く照らされた顔と、影の方の顔。影の部分に、真実が巧妙に隠されていたとしても、表の顔を信じたい。
ゆっくりゆっくりと二人並んで歩く。なんとなく無口になる。ふと君を見ると、月をじっと見ていた。青い光が顔に降り注いでいる。その目は優しい。やっぱり見えるものを信じたい。
「君を照らす月」