うちには我儘な鏡がある。
その名も、美の鏡(ビュティリア)。美しいものしか映そうとしない、変わった鏡型の魔工知能だ。
そのため、
「おはよ-ビュティリア……寝癖直したいから映して……」
このように言っても、私の姿は映してもらえない。ついでに無造作に布団を放って乱れたベッドも彼女には不満なようで、鏡の中の部屋からベッドが消えていた。
「髪直せばいいんでしょ!?もー」
私は鏡なしで髪を整え、着替えて、映りの悪い鏡に向かってポーズする。
「どう?可愛い?」
そのうち、痺れを切らした彼女は私の姿を映してくれた。
「おお……いい感じ」
「お早う御座います」
もう朝ごはんの時間だったようで、ユトが入ってきた。
「美の鏡に映っていますね、良し。よかったですね美の鏡があって。ムル様が自分で身なりを整えてくれますから」
「そうだろうけど、ビュティリア厳しすぎるって。寝起きの私も可愛いでしょ……」
そう言うと何故か私の姿が鏡から消えた。
「えっなんでよ」
「ナルシストは美しくないんじゃないですか?何言っても顔がいいだけで許されんのは俺くらいのもんだからな」
「……」
そう言うユトの姿はずっとビュティリアに映ったままで。
解せぬ。
ユトが淹れる紅茶は美味しい。
少しはやれと言われて仕方なく勉強していると、えもいえない高貴な香りが漂ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
うん、美味しい。
「お菓子もどうぞ」
「クッキー?」
それをしげしげと見つめる。
「そうです」
覚悟して口に入れた。
「…………」
「どうです?」
「まっずううううう」
「うあー無理だったか」
「毎度のことだけどなんで紅茶美味しいのに他の料理センス壊滅してんの」
紅茶を淹れる流麗な動きから一変、ユトはいつもの態度に戻って、ソファにどっかと座る。おいそれ私のだぞ。
この人は二重人格を疑うほど、執事執事してる時と気だるげになる時が分かれているんだ。
「知らねえよ……俺他に欠点ないから神様が設定したんじゃない?」
「てかなんで味見しないで私に最初に試させるのよ」
「ふっ」
「ふっじゃないよ」
僕は逆鬼《あまのじゃく》といって、周りの普通の鬼とは少し違う。
とても凶暴といわれて、他人は僕らを避けてきた。
そんな僕にも友達がいた。同じ逆鬼のチカト。
内気な僕と活発で賢いチカトはでこぼこコンビだった。
そう、僕にも友達がいたのだ。かつて。
僕ら逆鬼は、12歳~15歳頃に成長期がある。いや、これは人間にもあるのかもしれないが、逆鬼のそれは人間のそれとは比べ物にならない。
成長期はいわば覚醒期。逆鬼の本能、殺人欲求が本格的に現れてくる時期だ。
チカトはそれに耐えきれなかった。
このままではいつか誰かを殺してしまう。それが俺にははっきり分かる、自分のことだから。そうなる前に、悪の芽は早めに摘んでおく。
という手紙を遺して自殺した。
あいにくチカトには正しいことが分かる賢さと、悪状況を打破できる行動力があった。
僕はしばらく熱を出した。くらくらする頭で考えた。僕も死んだほうがいいのかもしれない。チカトが判断したことだからきっとそれが正しい。
それは別によかった。でも、どうしても腑に落ちないことはあった。
あんなに優しく賢く正しいチカトが、死んだほうがよかったなんて思えない。ここで僕まで死んだら、それが正しいことになったみたいで、つまりチカトの自殺も正当化してしまうんじゃないかと思った。
僕は生きることにした。
生きててもよかったんだよ、と友達に伝える。
たったそれだけのために。
ある日、結界をくぐり抜けて1人の少女が入って来た。
「……?ここに封印されているのが幻術師カリルレットと知っての事かしら?命知らずね……」
この結界を抜けると、強制昏倒の魔法が襲いかかるようにしてある。相当対策してくるならこれは避けられるが、その少女はあっさり眠ったようだ。
「全く結界の中も広いのよ?手間のかかるお客様だ事ね」
文句を言いながら歩くが、 何にしろ久しぶりの客人だ。丁寧に迎えることにしよう。
しばらくののちに着いた。
12歳といったところだろうか、その黒髪の少女が倒れているのを確認し、その頭の中を覗いて見た。
「……ふうん……馬鹿な子ね」
私と決闘に来たようだ。あまりにも子供っぽい理由で拍子抜け、しかも戦いにすらならなかったことに同情する。
少女を担ぐと意外と重かった為、6歳ほどの見た目と、ついでに記憶性格も幼児化しておいた。
幼女の姿になると、彼女は何故か髪が黄色くなった。元は黄髪で、魔法で姿を変えて黒髪にしていたようだ。
「つまらない戦いなんてするつもりはないわ。一緒に暇な私と暮らしましょう」
森の中を抱えて運ぶ。木漏れ日がふっくらとした彼女の頬に落ちる。
結界なんて物騒なものがあっても尚、この森は美しい。
「ん、んん…………待って……行かないで……」
「ここに居るわよ」
その寝言が他の誰かに向けられたものだとは分かったが、思わずそう答えていた。
「母性かしら」
だとしたらなんて可笑しい事でしょう。
もぞもぞ動いた彼女は体を起こす。
「ん、おきた」
「そうね」
「あなた誰?」
私を見上げる瞳。
その赤い瞳には見覚えがあった。
「私は…………」
私を封印した英雄。
黄色い髪に赤い瞳。
「私は…………カリルレット。貴方は?」
「わたしはムル。ムルン・セブリュー」
彼女は、あの英雄の子孫らしかった。
クルンの髪は空色をしている。
「お兄さんも同じ髪色?」
彼の双子の兄を探すため、特徴をメモしていたときのこと。
「僕とピリンはほんとそっくりだよ、なんせ双子だからね。クールな僕がいたらそれはピリンだって思ってくれればいいよ」
クルンはクールとは言えない仔犬のような顔で苦笑いする。
「クールなクルンか……想像できないな」
「でしょ??」
じゃなくて、もっとこの顔が大人びてくれれば格好もつくんだけどな……と自分の顔をもちもちするクルン。そういう所だと思う。
「あ、でも髪色は実はちょっと違うんだなこれが」
「そうなの?まあ大体同じならいいけど……」
ん゙ん゙ん゙、とわざわざ咳払いするクルン。
「僕の髪は空色で、ピリンの髪は海色!!」
「……でも同じ色なんでしょ?」
「まあ」