「実は私は雪を降らせることができるんだ」
「またそんな事を……」
ボルは私に魔法の稽古をつけている間にもペラペラと話す。器用なものだ。
「……鬼神って知ってるか?」
「1番偉い鬼でしょ」
「反抗期ちゃんほんとざっくりとしてるよなあ……まあその認識でいいか」
おっと、とボルの攻撃を避け、反撃する……全然当たらないどうなってるんだ。
「その鬼神はアイシクルっていう特別な角を持っててさ、天気を自在に操れるんだよ」
パチン、と彼が指を鳴らす。途端に空から雪が舞う。
「……だから自分にもできるって?自信家だなあ鬼神に怒られて雷落とされればいいのに……」
「ははっ私は全て操れる訳じゃないけどね。雪は得意なんだ。こんな見た目だし」
ボルは真っ白い肌に真っ白の髪をしている。
「それあんまり関係なくない?」
「そうかもね。私なんでもできるし」
そしてそれから、初雪は彼担当になった。寒くなってきたねえ、と言っては雪を降らす。私は寒くなったからといって雪降らせなくてもいいんだけど、とツッコむ。
それは恒例行事で、私の中で冬の風物詩と化している。
ぅ、寒い……。
「お早うございます」
「うあ、寒すぎない……?雪降った??」
シンは窓の外を一瞥して視線を戻す。
「まだ降りませんね」
「そうかあ」
布団の中に戻ろうとしてシンに引っ張り出される。
「ワタシ久しぶりに夢を見てたよ。まだ初雪が近くにいたころの夢」
「……?そうですか、シューさんは詩人ですね」
ボルタミシェル、初雪の彼がいた時代はとうに過ぎ去り、ワタシは唯初雪を待つ。
警察、怪盗、自衛団、騎士隊、「餓鬼」の奴ら、魔王……
ああ後はどんな奴らが僕を追っているんだっけ。いや、考えるだけ無駄だ。根絶令が出たくらいだからきっと、僕の敵はこの世界。
ずる、と重い身体を動かす。もう自由に魔法が使えない。位置もじきに特定される。
最後に思い出すのはやはり彼のこと。僕はチカトを勝手に生きる理由にして勝手に縋って、勝手に感傷的になって彼を思い出している。
何度も何度も、優しくしてくれた人を傷つけてその後に思った。
「やっぱり僕に価値なんてない。でも、生きなければ。僕が自殺すれば、同じ逆鬼であるチカトも否定してしまう。だから生きねば」
と。
そう考えることで周りを傷つけてしか成立できない自分自身を肯定していた。
最低だ。
僕の罪をチカトに押し付けて生きていた。いや僕はただ君を大切に……違う、こんなのは依存でしかない。もう死んでしまったチカトの為に何をしても伝わらない。ごめんなさい、ごめんなさい…。
友達だったチカト。
聡かったチカト。周りを傷つけるのを恐れて自殺した優しいチカト。
何も悪くなかった。正しく話が上手くて誰からも愛されたチカト。ありがとう、あの日々はとても愛おしいものだった。
でも僕はただの邪悪な逆鬼だった。
ごめんね、結局君は正しかったよ。
「ルーノア・ラサリアン」
顔を上げる。
「ああ、考え事をしてたんだごめんね?さっきぶり…かな?魔王のお2人さん」
「何をのうのうと……魔力のその感じ的にもう大分限界だろう。お前は何をしでかすか分からないからここで殺す、遺言は聞かん」
「あーあーそんな大仰な魔法いいよ、森の植物達が可哀想だろ?」
僕はそう言って黒い刃を腹に突き刺した。痛覚は切ってある。後は死ぬだけだ。
「お前…」
「大技で倒しましたーとでも言っといてよ。復活したりしないからさ」
視界がぼやけて、まずいなと思った。いやまずくなんてない。こうなる運命だったんだ、そのまま目を閉じてしまおうかと考えたそのとき。
光が飛び込んできた。
「吸血鬼っていうくらいだからさ、太陽の光とか苦手だったりする?これまで気にしてなかったけど」
ふとそんなことを思った。
この人は自分の弱みは言わないところがあるから、隠しているのかもしれない。今私達二人に降り注ぐ陽の光に何か思うところが、実はあるのかも。
「いや、特に苦手ではないな」
「なーんだつまんない」
心配して損をした。
「陽が苦手というのは元々迷信で、我らが夜行性だったことからそう言われていただけだ。今はすっかり夜に寝て昼に活動しているし、生活スタイルはほぼ人間だな」
「やっぱつまんないな」
「そんなことを言われてもな…」
苦笑する、すっかり退化した吸血鬼の彼。
「でも、日中を心置き無く楽しめるのはとてもいいことだ」
「それもそうだね」
陽の下の私達はそう話した。
「ドラゴンは冬眠するんですか?」
ドラゴンと人間のハーフである彼に訊いてみた。
「しねえな…まず冬眠するような寒い地域には住んでねえし」
「それもそうですね」
寒空を見上げる。
もしドラゴンの鱗に雪が落ちる季節がやってくるとしたら、彼らはどうするのだろうか。丸くなって家族の身体を温め合うのだろうか。
「見合い話というか……単刀直入に言うと、ムルに俺との結婚の話が来てる」
呼び出されて何かと思ったらそんなことを言われた。
「あーそうか。私ももう……21?だもんね本体は」
「本体って何だよ」
私は見た目を12歳くらいに固定しているので、あまり歳を取ったと実感することがない。
「でも、ユトが執事としてここに来たときから『そういう』ことだったって意味になるよね」
「だな……まあ近くに置けば勝手にくっついてくれるだろうしそうじゃなくても未来の結婚相手だぞ、ってことだろうな」
やはりそういうことらしい。
「それはいいけど……ユトが次の王になるって事だよね?」
「一応ムルが王権継承者だから、ムルの推薦で次の王、ってことにはなるだろうな」
「変な感じ。ずっと私ユトより地位としては上だったのに」
「へへこれからはお前が敬語で話すんだぜ」
「嫌だなあ」
そんなことを言いつつユトは敬語なんて使おうとしない。
「んじゃそういうことで、私と結婚して頂けますか?」
「ん。後で指輪買ってね」
「仕方ないな……」
拍子抜けだが、こんな感じで私とユトは結婚することになった。