「吸血鬼っていうくらいだからさ、太陽の光とか苦手だったりする?これまで気にしてなかったけど」
ふとそんなことを思った。
この人は自分の弱みは言わないところがあるから、隠しているのかもしれない。今私達二人に降り注ぐ陽の光に何か思うところが、実はあるのかも。
「いや、特に苦手ではないな」
「なーんだつまんない」
心配して損をした。
「陽が苦手というのは元々迷信で、我らが夜行性だったことからそう言われていただけだ。今はすっかり夜に寝て昼に活動しているし、生活スタイルはほぼ人間だな」
「やっぱつまんないな」
「そんなことを言われてもな…」
苦笑する、すっかり退化した吸血鬼の彼。
「でも、日中を心置き無く楽しめるのはとてもいいことだ」
「それもそうだね」
陽の下の私達はそう話した。
「ドラゴンは冬眠するんですか?」
ドラゴンと人間のハーフである彼に訊いてみた。
「しねえな…まず冬眠するような寒い地域には住んでねえし」
「それもそうですね」
寒空を見上げる。
もしドラゴンの鱗に雪が落ちる季節がやってくるとしたら、彼らはどうするのだろうか。丸くなって家族の身体を温め合うのだろうか。
「見合い話というか……単刀直入に言うと、ムルに俺との結婚の話が来てる」
呼び出されて何かと思ったらそんなことを言われた。
「あーそうか。私ももう……21?だもんね本体は」
「本体って何だよ」
私は見た目を12歳くらいに固定しているので、あまり歳を取ったと実感することがない。
「でも、ユトが執事としてここに来たときから『そういう』ことだったって意味になるよね」
「だな……まあ近くに置けば勝手にくっついてくれるだろうしそうじゃなくても未来の結婚相手だぞ、ってことだろうな」
やはりそういうことらしい。
「それはいいけど……ユトが次の王になるって事だよね?」
「一応ムルが王権継承者だから、ムルの推薦で次の王、ってことにはなるだろうな」
「変な感じ。ずっと私ユトより地位としては上だったのに」
「へへこれからはお前が敬語で話すんだぜ」
「嫌だなあ」
そんなことを言いつつユトは敬語なんて使おうとしない。
「んじゃそういうことで、私と結婚して頂けますか?」
「ん。後で指輪買ってね」
「仕方ないな……」
拍子抜けだが、こんな感じで私とユトは結婚することになった。
うちには我儘な鏡がある。
その名も、美の鏡(ビュティリア)。美しいものしか映そうとしない、変わった鏡型の魔工知能だ。
そのため、
「おはよ-ビュティリア……寝癖直したいから映して……」
このように言っても、私の姿は映してもらえない。ついでに無造作に布団を放って乱れたベッドも彼女には不満なようで、鏡の中の部屋からベッドが消えていた。
「髪直せばいいんでしょ!?もー」
私は鏡なしで髪を整え、着替えて、映りの悪い鏡に向かってポーズする。
「どう?可愛い?」
そのうち、痺れを切らした彼女は私の姿を映してくれた。
「おお……いい感じ」
「お早う御座います」
もう朝ごはんの時間だったようで、ユトが入ってきた。
「美の鏡に映っていますね、良し。よかったですね美の鏡があって。ムル様が自分で身なりを整えてくれますから」
「そうだろうけど、ビュティリア厳しすぎるって。寝起きの私も可愛いでしょ……」
そう言うと何故か私の姿が鏡から消えた。
「えっなんでよ」
「ナルシストは美しくないんじゃないですか?何言っても顔がいいだけで許されんのは俺くらいのもんだからな」
「……」
そう言うユトの姿はずっとビュティリアに映ったままで。
解せぬ。
ユトが淹れる紅茶は美味しい。
少しはやれと言われて仕方なく勉強していると、えもいえない高貴な香りが漂ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
うん、美味しい。
「お菓子もどうぞ」
「クッキー?」
それをしげしげと見つめる。
「そうです」
覚悟して口に入れた。
「…………」
「どうです?」
「まっずううううう」
「うあー無理だったか」
「毎度のことだけどなんで紅茶美味しいのに他の料理センス壊滅してんの」
紅茶を淹れる流麗な動きから一変、ユトはいつもの態度に戻って、ソファにどっかと座る。おいそれ私のだぞ。
この人は二重人格を疑うほど、執事執事してる時と気だるげになる時が分かれているんだ。
「知らねえよ……俺他に欠点ないから神様が設定したんじゃない?」
「てかなんで味見しないで私に最初に試させるのよ」
「ふっ」
「ふっじゃないよ」