「へへ、いくらでも叫んでいいんだからな…仲間どころか地上にすら届きやしねえよ」
見つかってしまった
1年間、ダイルさんの家で隠れて暮らしてきた。
見てはいけない隣国の秘密を知ってしまったユマ達4人は殺されそうになって、そのうちの1人、ランナウが他の3人を逃した。
そしてランナウは……。
とにかくユマ達は逃げてきたんだ。この状況にだけはならないようになんとか逃げてきた。
でももう終わりだ。こうなったらどこまで知ったか吐かされて殺されて、周りの関わった人達まで口を塞がされる。モセウさんも、ヘキさんも……ダイルさんでさえも、きっと国には敵わない。
「そいつは騒ぎそうだから下でヤるぞ」
「嫌だ!やだやだやだ殺さないで!やめて!嫌だあたし何も知らない!話してないからやめて!」
腕を乱暴に引かれるセリの叫び声に心臓が更に大きく跳ねる。
既に気絶するまで殴られたオチホは床に転がされて動かない。
殺されるんだやはり。
あのときの記憶が蘇る。
「逃げろ!」
叫ぶランナウ。彼の魔法で飛ばされるユマ達。
ランナウの胸から飛び出る、鮮血。
「うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁ!!!!!!」
「おっと狂っちまったか?静かな嬢ちゃんだと思ったが流石に刺激が強すぎるよなぁ」
「いやあ゙あ゙あ゙ぁ……!!」
「オレはあのヒゲと違って叫び声は嫌いじゃねえから存分に叫びな、諦めと痛みで叫び声がかすれて来る時が堪らねえんだよ……全くあいつは分かってねえな……」
「ゔゔゔ……うあああああああ!」
涙でぐちゃぐちゃで、もう最後の足掻きだと思ったとき。
「叫び声に興奮するとかキモすぎうるッせぇだけなんだよそんなの」
ユマの顔を覗き込んでいた男が後ろを振り返って、そこにはそのひとが立っていた。
「何だおま……うわああああ!!!」
ゴッ
「ッせえなだから静かにしろっつってんだろ!」
男に強い一発を食らわした。
「っ……ダイルさん!!」
来てくれた……!通常運転なダイルさんを見てほんの少し落ち着く。
「ユマ、こいつ死んでねぇよな?」
オチホを指さす彼。
「う、うん。でもセリがまだ下に!何されてるか分からない!!」
「アあすぐ回収して来る。助けが遅れたのはまあ……すまん。あとは安心してオチホ見とけ」
「あ、え、うん」
へたんと座り込むユマ。
下の階からすごい音がして、すぐ止む。
こんなに頼りになる人だなんて、思っていなかった。
そういえば、ダイルさんは事情を知っていたモセウさんが安心して任せるほど、とても強かったんだ。
とりあえず全部仕留めたけど、どうすりゃイイんだ……?という声が近づいてきて安心したユマは、そこからの意識がない。
気がつくと当たり前のようにダイルさんの家にいて、ユマはまた泣いてしまった。
始まりは
始まりは紫の光だった
私の中に飛び込んだ紫の希望が、今の私を動かしている
始まりは白い光だった
強い光にあてられて、いつのまにかワタシ自身が光となっていた
始まりは黒い光だった
強大な力を知って、自分のために利用した
始まりは藤色の光だった
今はもうないけれど、確かにあの光が俺を駆り立てたことは忘れない
始まりは金の光だった
あの忌々しい光が、最後の救済の光だったことが今更分かった
始まりは赤い光だった
けしてその光に飲まれないように、おれは今も走る
始まりはいつも……
彼女は当時、光の英雄と呼ばれていた。
しかし、その英雄と戦ったことのある数少ない者から言わせてもらうと、彼女はそんな柔いものではなかった。
未来の悪の芽を確実に、そして圧倒的な力で潰すその姿は…そう、血の英雄という言葉が似合っていた。ちょうど、彼女の赤い赤い瞳の色だ。
そんなことを思うと、彼女とのやりとりが脳裏をよぎる。
「私が数多の人間を殺したから…殺すのね。随分と薄っぺらい…流石光の英雄様だわ」
「違うよ」
「いいえ違わないわ、私はそれしか罪を犯していないもの」
「いや、これから貴方はもっと殺人狂になるんだ」
「…そんな事分からないじゃ」
「分かるんだ
…私には分かる」
「…」
「でもだからこそね、私には他の未来も見えるの
貴方には1000年生きてもらう。そしてその先は…『光』だよ」
彼女の瞳の赤と、髪の金の光が混ざり合って光って、……
それから、1000年後。
ふと気がつくといつも夢の中に彼がいる。
彼に会うとき、時々夢で雨が降っている。そんなときに彼は決まって動作ひとつで雨雲を散らして、にこと笑いかけてくれる。
<ありがとう>
<僕は夢の世界のかみさまだからね>
そう話して空を見ていると、いつのまにか彼は消えている。もしくは、私が別の夢に移動しているのやもしれない。
夢鬼という、夢の中を行き来できる鬼がいる。
私は、彼が「それ」なのではないかと考える。
いつか現実で巡り会えるだろうか。
がんばったね、と言ってもらえるだろうか。
case.ムーン
馬車。窓から抱え上げられた私は強い風にあおられる。
「どうか丁重に接してやってくれ、こいつは態度の割に繊細なんだ」
「承知した」
男に抱えられながら、馬車の中でわりかし落ち着いた様子の彼になんとか言った。
「ユト、じゃあね」
「ムル、こっちのことは気にしなくていい。自由にしてこい」
更に風が吹いて、ユトだけがそこに残された。
case.シュー
「明日も来る?」
「来ようかな暇だし」
「もう暇とか言っちゃってるじゃん仕事しなよ」
「へいへい」
ボルはそう言って消えた。
二度と会うことはなかった。
case.ウィン
「元気で」
「あの…」
送り届けて、帰ろうとしたそのときに呼び止め
られた。
「ウィンさん…これからも誘拐を続けるの?」
「そうだな」
「いつまで?」
「…世界が我らに向き合うまで」
温厚な彼女。今日はいつもより饒舌だ。
「警備員が来るまでの時間稼ぎか」
「…いや…」
「ヌウヤは賢いからな」
ヌウヤの頭をぐしぐしと撫でてから、窓に手をかけた。大国チャリエルの警備体制をなめるつもりはない。早めに撤退しよう。
「あの、ウィンさん!お元気で!」
「ああ」
彼女は良い顔をしていた。
case.ダイル
「アタシ、ダイル嫌いだった」
「だろうな」
やっと家を出ていくと思ったセリがなにやら悪口を言い残しだした。
「でも結局ダイルずっと守ってくれてたし、なかなかあれのこと言い出せなかったのに待っててくれたし、その…ありがと」
「急にキモ」
「ぬあ〜!もう怒ったやっぱお前嫌い殺してから出てってやる!!!!」
ぽこぽこ殴ってくるセリ。うぜェー。
「てかそろそろ時間だろ行けよ」
「あ、ほんとじゃん!じゃね!」
ばたばたと出ていく。
最後まで忙しい奴だなと呟いた。