彼女は当時、光の英雄と呼ばれていた。
しかし、その英雄と戦ったことのある数少ない者から言わせてもらうと、彼女はそんな柔いものではなかった。
未来の悪の芽を確実に、そして圧倒的な力で潰すその姿は…そう、血の英雄という言葉が似合っていた。ちょうど、彼女の赤い赤い瞳の色だ。
そんなことを思うと、彼女とのやりとりが脳裏をよぎる。
「私が数多の人間を殺したから…殺すのね。随分と薄っぺらい…流石光の英雄様だわ」
「違うよ」
「いいえ違わないわ、私はそれしか罪を犯していないもの」
「いや、これから貴方はもっと殺人狂になるんだ」
「…そんな事分からないじゃ」
「分かるんだ
…私には分かる」
「…」
「でもだからこそね、私には他の未来も見えるの
貴方には1000年生きてもらう。そしてその先は…『光』だよ」
彼女の瞳の赤と、髪の金の光が混ざり合って光って、……
それから、1000年後。
ふと気がつくといつも夢の中に彼がいる。
彼に会うとき、時々夢で雨が降っている。そんなときに彼は決まって動作ひとつで雨雲を散らして、にこと笑いかけてくれる。
<ありがとう>
<僕は夢の世界のかみさまだからね>
そう話して空を見ていると、いつのまにか彼は消えている。もしくは、私が別の夢に移動しているのやもしれない。
夢鬼という、夢の中を行き来できる鬼がいる。
私は、彼が「それ」なのではないかと考える。
いつか現実で巡り会えるだろうか。
がんばったね、と言ってもらえるだろうか。
case.ムーン
馬車。窓から抱え上げられた私は強い風にあおられる。
「どうか丁重に接してやってくれ、こいつは態度の割に繊細なんだ」
「承知した」
男に抱えられながら、馬車の中でわりかし落ち着いた様子の彼になんとか言った。
「ユト、じゃあね」
「ムル、こっちのことは気にしなくていい。自由にしてこい」
更に風が吹いて、ユトだけがそこに残された。
case.シュー
「明日も来る?」
「来ようかな暇だし」
「もう暇とか言っちゃってるじゃん仕事しなよ」
「へいへい」
ボルはそう言って消えた。
二度と会うことはなかった。
case.ウィン
「元気で」
「あの…」
送り届けて、帰ろうとしたそのときに呼び止め
られた。
「ウィンさん…これからも誘拐を続けるの?」
「そうだな」
「いつまで?」
「…世界が我らに向き合うまで」
温厚な彼女。今日はいつもより饒舌だ。
「警備員が来るまでの時間稼ぎか」
「…いや…」
「ヌウヤは賢いからな」
ヌウヤの頭をぐしぐしと撫でてから、窓に手をかけた。大国チャリエルの警備体制をなめるつもりはない。早めに撤退しよう。
「あの、ウィンさん!お元気で!」
「ああ」
彼女は良い顔をしていた。
case.ダイル
「アタシ、ダイル嫌いだった」
「だろうな」
やっと家を出ていくと思ったセリがなにやら悪口を言い残しだした。
「でも結局ダイルずっと守ってくれてたし、なかなかあれのこと言い出せなかったのに待っててくれたし、その…ありがと」
「急にキモ」
「ぬあ〜!もう怒ったやっぱお前嫌い殺してから出てってやる!!!!」
ぽこぽこ殴ってくるセリ。うぜェー。
「てかそろそろ時間だろ行けよ」
「あ、ほんとじゃん!じゃね!」
ばたばたと出ていく。
最後まで忙しい奴だなと呟いた。
「うワー降ってきたね」
「ですね」
さっきから危うげな色をしていた雲が、ついに耐えきれずに雨を降らしだした。
「シンって『傘』使えたっけ」
『傘』はその名の通り雨に濡れないように全身を覆う魔法だ。
「使えますけど…シューさんが私の分までやって下さいよ、魔力余ってるでしょ」
「余ってるとは言いかたがワルイなー…あ、でも折角だからワタシの特異性質をお見せしよう」
フッフッフと笑うシューさん。機嫌が悪いと私の分をやってくれないどころか自分で魔法をかけようとしていると妨害してくるので、今日は大当たりだ。
で、彼女の特異性質…と言ったら、主人資格〈マスターキー〉、または聖人素質と呼ばれるもので、簡単に説明すると「願えば叶う」能力。
普通の魔法は炎を出すにも、大きさ、色、温度、形、魔力から炎を精製するイメージなど色々な事を考えなければいけない。
でもシューさんの場合、「焚き火がしたいなー」
と思うだけでそれが叶うらしい。
便利!すごく便利!
「じゃーヨク見ててね」
「はい」
《あーワタシ雨に濡れるの嫌だなー》
彼女の体が光に覆われた。
「おおおおー」
「スゴイでしょワタシの魔力さんはトテモ賢くて優しいんだからね」
そう言うと、シューさんはいそいそとバッグを持ち直した。
「じゃ、先に帰ってるね!」
「え」
手元を見ると、光がない。そういえば私には『傘』をかけてくれてなかった…。
「ちょ、ひどいですよシューさん!」
窓の外を見ていた。
「なんかあった?」
「ううん、最近窓の外見なくなったなと思って」
見ていたけれど特に面白いものはなかった。
「でもそういえば昔は、私が窓の外見ててもイグは何も言わなかったよね」
「確かに…」
どうしてだろう。
今より仲がいいわけでもなかったのもあるだろうけれど。
「ムン毎日のようにつまんなそうに外見てたから、わざわざ訊かなかったんじゃないかな」
「そうかも」
楽しくなかったんだ。あの日々が有意義なものとは思えなくて。私はなにをしているんだろうという気分でとても窮屈だった。
外の人々は何をしてどう生きているんだろう。それを探すように外を見ていた。
私の代わりとなったあの人は、窓の外に私のかけらを見て何を思うだろうか。