「タイムマシーンに乗ってみたい?」
友達に言われた。
「やだ。だってこれからまた1から勉強でしょ?絶対やだよ」
私は目の前の机に置かれたテキストを見ながら苦い表情で答える。
「でも、やり残したこととか、あの時こーすればよかったとかないの?」
友達に聞かれる。
「一つだけ、あるよ。小さい頃、好きだった男の子が引っ越して行っちゃったことがあったんだ。私、あの時、好きっていいたかったな」
私の言葉に友達はくすっと笑う。
「可愛い思い出だね」
「そうだよ!どーせそれくらいしかないですよ。とにかく!勉強しに過去に戻るなんて真っ平だから!」
「あはは、真菜は勉強苦手だもんね、今日も補習頑張ってね」
「うう、やだよー」
と言う私を残し、友達は席を離れていく。
私は授業の始まるまでの束の間、ふと青空を見た。
引越しする時のあの子の顔を思い出す。
ぐちゃぐちゃに泣きはらした顔で、無言で手を振る事しかできなかった。
あの子は今どうしているのかな。
あの時好きだった気持ちは、濃かった気持ちは沢山薄められてほのかに心に色づいているけど
まだ忘れてないよ
タイムマシンで告白していたら、今の気持ちは更新されるのかな、それもまた不思議だな
そんなことを考えていた私は、いつの間にやら始まっていた授業であてられ、こっぴどく叱られたのだった。
海の上にはどんな世界が広がっているんだろう
ずっと海の底で暮らしてきた私。
海底人として暮らして来た私は、海上に上がることはご法度だと知らされてきた。
でも、ずっと夢想してた。
もし、私が海上に行ったら。
そしたらどんな景色が広がっているんだろう。
どんな人が私を迎えてくれるんだろう。
そんな気持ちを夢想し続けるともう止まらなくなってきた。
地上の人と会いたい、会ってみたい。
私は、一年に一度、年号が変わる日を祝い、門の警備が緩んだ時を狙って地上の世界に向かってトレジャー号と呼ばれる潜水系の船を使って進んでいく。
ちなみに、海の凄く深い所に築いている私達の文明は、バリアを張っていて、パッと見ただけでは外から都市があることがわからないようになっている。
マジックミラーの原理で、こちらからは地上の様子は分かるので、もし何かが近寄ると、海流を起こして、他の場所に移動させたりする。
地上の人はパパとママいわく、恐い人達、だそうだ。
でも、私は、見てみたいという欲求に抗えなかった。
地上までの長い長い旅に出る。
地下深くに灯る人工太陽の光もなく、しばらく暗黒の世界だったのが、だんだん外が明るくなっていく。
そして、私は、夢にまで見た地上に出た。
眩しい。
人工太陽の比にならないほど眩しい。
私が目を手で隠しながら、トレジャー号にバリアを張って見えなくすると、海の中から泳いで、砂浜へと移動する。
寒い時期だからか、人があまりいないみたいで、私は太陽の眩しさに慣れるためにしばらくそこでジッと座って目を押さえていた。
「大丈夫?」
不意に男の人の声がする。
目を開けると、眼の前に、心配そうな男の人が私の顔を覗き込んでいた。
「目、痛いの?・・・っ、君、凄く肌が白くて綺麗だね・・・金髪だし・・・もしかして、外国の人?」
私は困っていた。
私達は思念で会話をする。地上の電波をキャッチして、見ることの出来るニュースなどの映像から流れてくる声はこの男の人の言語だから理解はできるものの、話したことはないので、発音がよくわからない。
「ち、じょ・・・みたくて・・・きた」
「あ、やっぱり、外国の人なんだね!美少女さんだなぁ。迷ったの?」
男の人は友好的な笑みを浮かべた。
私は、とっさに海底都市の教えを思い出して警戒する。
もし、この人が悪い人だったら・・・。
「ほら、見てごらん、あっち」
不意に男の人が海の方を指す。
「夕日が沈む所。僕、この景色が好きで、この時間にいつも散歩に来るんだよ」
指差す方を見ると、太陽の光が薄れ見たこともない、優しい、オレンジ色の光が注がれていた。
「き・・・れい」
「そうでしょ?」
男の人は、嬉しそうに、夕日を眺めている。
「ここに来ると、辛いこととか、忘れられるんだ。君も何か辛いことがあったら、夕日を見るといいよ・・・あ、来日している間ね。あっでも、そっか、海外でも夕日は見られるよな・・・?」
頭をかいている男の人を見て、私は首を横にふる。
人工太陽には、夕日はないから・・・。
また見たいと思った。
この人とこの夕日を。
瞬間的に湧き上がる郷愁ともいえる感情。
ここが故郷じゃないのに、懐かしさが込み上げてくる。
「また・・・くう・・」
きっとまた来ると言いたかったけど、、発音がおぼつかない。
男の人は私をみてニコッと笑った。
「また、会えるといいね!じゃあね!」
次第に遠くなる姿。
私はもう一度夕日を目に焼き付けると、他の海底人に地上に行ったことがバレないように、急いでトレジャー号に乗り込んだのだった。
また・・・会いたいな。
私のこと、忘れないでいて欲しい・・・。
そんな抱いたことのない感情をお土産に私は地底世界に帰還する道を進んでいった。
会いたい
会いたいのに会えない
僕は遠くに住む彼女へ向けた封筒をポストに入れた。
空を見上げる。今日は曇り空。
何だか僕の彼女に会えない気持ちを表しているようだな、と思う。
彼女は同い年だけど、携帯を持っていない。
だから僕は彼女から来る手紙で彼女の様子を知るしかない。
彼女に会える夏休みまで長く感じる。
転校してきた学校にも慣れたし、友達も出来たけど、ここには彼女がいない。
彼女がいない学校生活は、本当に彩りを欠いていて。
僕は彼女に会いたくてたまらない。
ポストの前で佇んでると、不意に携帯の着信音が鳴る。
見ると、彼女の自宅からだ。
慌てて、応答ボタンを押す。
「もしもし?ルナ?」
「あー、カケル?さっきポストに手紙出したの。そしたら、カケルの声が聞きたくなって」
ルナの言葉に僕は驚いた。
「あれ?ルナへの返事まだなのに、手紙くれたの?嬉しいけど。僕も、今ちょうどポストに手紙入れた所だよ」
「そうなの?凄い偶然!私、この間バドミントンの試合行ったんだけど、その時に可愛いペアお守りみたいなのがあったから、カケルとお揃いで買ったんだ。どーしても送りたくて!」
ルナの嬉しそうな声を聞けて、僕も顔が緩んでしまう。
「そっか、バドミントンの試合、どうだった?ペアお守り嬉しいよ。ルナだと思って大事にするね」
「えっ、私だと思って・・・うん、嬉しい・・・私ももう片方をカケルだと思って大切にする!試合ね、準優勝までいったんだ!褒めて♪」
「おっ、凄いじゃん!頑張ったな、ルナ、偉いよ。ここにいたら頭を撫でてあげられるんだけど」
僕がルナの側にいられないことを残念に思っていると、ルナは少し声のトーンを落として言った。
「会いたいな・・・会いたいのに会えないね」
「そうだね、僕も毎日ルナに会いたいよ・・・」
僕の声のトーンも下がる。
二人でふうっと電話越しで同時にため息をつく。
それに気付いて、二人で思わず笑ってしまった。
「落ち込んでてもしょーがない。夏休みまで、あと一ヶ月だよね」
ルナが元気づけるように明るい声で話す。
「そうだな、その日を楽しみに毎日過ごすよ!」
僕も、できるだけ明るい声で応答した。
だけど、今日はいい日だ。
なんたって、大好きなルナの声が聞けたんだから。
「また・・・ね、大好きだよ、カケル」
「僕も、大好きだよ、電話ありがとう」
そう言って、切るのを惜しく思いながらも、別れの時は来てしまう。
会いたい人。
遠くにいる人。
今日も明日もルナのことを思いながら、僕は再会の日を毎日夢見ている。
葉っぱがヒラヒラと舞う木の下で、私は青空と、雲を見ていた。
11月になって、毎日寒い季節が到来しているけれど、毎日日課の散歩をしている。
平日は帰宅ついでに駅から自宅まで遠回りしてみたりだけれど。
今日は休日。寒さに震えながら、午前中にいつも休憩する散歩の中間地点にやって来ていた。
ひときわ目を引く大きな木がそびえていて、その下で休憩するが好き。
空の青さが微妙に変わる境を見つけるのが好き。
雲の形が様々で、雲の色と空の色のコントラストが楽しむのが好き。
私が空と雲に見とれていると、ヒューっと風が髪をたなびかせる。
それと同時にパラパラッと上から木の葉が舞い降りてきた。
顔にかかった髪をよけながら、上を見上げると強風に吹かれて葉っぱが次々に枝から離れていく。
冬を告げる木枯らしが辺りを包みこんでいる。
それでも頑張ってしがみつく木の葉たち。
私は、散っていく葉っぱが美しいな、と思いながらも、まだ枝に付いている葉に、頑張れ、と応援したい気持ちになっていた。
風が吹き付けても落ちずに頑張る葉っぱ。
確か最後の一葉が落ちた時が命の尽きる時っていうテーマの話があったっけ。
今木枯らしに揺らされている葉っぱ達もきっと今生きているんだ。
いつか散ってしまう葉っぱだとしても
明日また残っていてくれるといいなと思う。
うーんっ
伸びをした私は、再び歩き出す。
青い空に見とれながら
強い木枯らしに震えながら
木の葉が散って積もった地面をゆっくりと歩き出した。
「凄く月が綺麗だね」
私は美しく白に近い輝きを放つ月を見上げて言った。
「うん、そうだね」
彼氏は、微笑んで私に同意する。
「月っていつも綺麗だよね。三日月も、満月も、半月も。僕は好きだな」
「私も!月って、どんな月も見てると癒やされるよね?」
私は、彼の言葉に頷く。
今日は彼氏とデートの帰り道。
二人共何となく帰り難くて、ゆっくりと歩きながら家へと向かっていた。
「今日楽しかったよ、ありがとう」
彼氏が私を見て言う。
「私こそ、とっても楽しかった!また一緒に出かけようね」
私が笑顔で応えると、彼氏も笑って頷く。
それだけのことが嬉しくて、幸せで、有頂天になりそうな、ウキウキした気持ちになる。
「月って君みたいだよね」
不意に彼氏が言う。
「私みたい?」
「うん、色んな表情を浮かべるけど、どの君も僕は好きで、飽きないし、美しいって思うよ」
「あ・・・ありがとう」
私は不意打ちの褒め言葉に、かぁぁっと赤くなってしまう。
「私も、どんなあなたでも大好きだよ」
私がそう返すと、彼は私と繋いでいる手をギュッと強く握る。
「どうしよう。このまま、帰りたくなくなっちゃったよ」
彼の言葉に私も胸がキュンキュンして、止まらなくなる。
「このままずっと時が止まればいいのにね」
そんな事を言って見つめ合う私達。
全く進まない私達の帰り道を、月はいつもと変わらない優しさで照らし続けてくれていた。