題 あの日の景色
あの時見た景色が忘れられない。
いつまでもいつまでも⋯。
そんなこと考えてても仕方ないのに。
「またあいつのこと考えてるの?」
横にいた男友達のタツヤが言う。
「⋯⋯」
私は無言で答えた。
だってどうしても忘れられない。
そばで笑いあって、1年の初日の出を一緒に見た。
私たちの思い出の海で。
あの景色が不意に蘇ってくる。
切り取られた写真の1ページのように。
鮮明に。
ふと夕日を見た時。
朝、太陽を見た時。
日の出のニュースを見た時。
私の脳は電流のように弾けて、見たくなくてもハッキリと彼との初日の出の景色、彼の笑顔、彼の手の体温を伝えてくる。
それは恐ろしい程に。
呪いであるかのように。
彼はもう他の人を好きになってしまった。
私と一緒に初日の出を見ることもないだろう。
それなのにぐだぐだと考えてしまう。
思い出の景色だけが取り残されたように私の中を侵食している。
「もう忘れろって」
無責任な言葉をタツヤが言う。
忘れられればとっくに忘れてるよ。
「私だって忘れたいよ」
私の言葉に、タツヤは口を開く。
「じゃあ、俺と付き合おうよ、忘れられるって」
私は黙る。
そうなのかな。そんな気はしない。
タツヤと付き合っても、タツヤのこと不幸にするだけじゃないのかな。
だって私の中にはまだ前の彼の幻影が強くこびり付いているんだから。
何度も同じことを言ってくれるタツヤを見つめる。
「⋯ごめん」
結局、結論は同じだ。
私の中のこの消せない思い出を、消化しないといけないのだろう。
そうしないと、先に進むことは出来ないと、どこかで分かっている。
だからこそ思い出して、そして、少しずつこの胸の痛みを和らげているような気もする。
「分かったよ、でもそばにはいさせてくれよ」
タツヤはいつものように気にしてないトーンで応えてくれる。
まだ⋯まだだ。
いつこの呪いから解放されるんだろう。
私は胸に手を当てた。
解放されたらいいな⋯そしたら私はタツヤと⋯⋯。
そんな想いを抱きながら、私はタツヤを見て静かに頷いた。
題 願い事
ねえ、今日は七夕だよ
そう言って振り返る私に、彼は微笑む。
「そうだね、願い事は決めた?」
私はそう言われて手を彼氏に突き出す。
「えー、決められないなぁ、まずお菓子を沢山食べられますように、頭が良くなりますように、テーマパークにタカシと行けますように、それからそれから⋯」
「ストーップ」
私がまだ列挙しようとすると、タカシに制止される。
「え?何?」
「何って、ちょっと待って、今の、お菓子なら買ってあげるし、頭良くなるのは、一緒に勉強しよう。テーマパークなら、チケット買っとくよ、今度行こう」
「ええ、全部お願いする意味ないよー」
私は優しく微笑むタカシの胸に飛び込む。
「じゃあ、じゃあね⋯」
「うん、何?」
優しく頭上から降ってくる声になんだか気持ちがふわふわする。
「じゃあ、ずっとそばにいてくれますように」
これなら?という気持ちでタカシを見上げる。
「願うまでもないよ」
タカシが私のおでこに軽くキスをする。
「じゃあ、私の願いは全部タカシに叶えられちゃうんだねっ、なら、タカシの願い事は?」
「もう叶ってるけど?」
タカシは私を優しく微笑んで見下ろした。
「君という人が僕と一緒にいてくれますようにって」
タカシの優しさ溢れる視線にどうしていいか分からなくなってしまう。
私の困惑顔に、タカシの笑みはより優しくなる。
ああ、こんなに大好きな人といる時間は幸せだ。
どうか、空の彦星様と織姫様も1分でも長く一緒に過ごせますように。
私は空を見上げてそう願わずにいられなかった。
題 空恋
私は空に恋してる。
そう、空ほど自由な存在はない。
受け入れてくれる存在もいない。
大好きだ。
小さい頃から、夕日の柔らかい光を映す薄いピンク色の空、夏のカラッとした空気と共に、もくもくした雲をうかべるキャンバスのような真っ青な空。
秋の落ち葉と共に、コバルトブルーの輝きをまとって、とても遠く遠く、どこまでも広がるような空。冬の柔らかい淡雪をふわふわと落とす、淡いホワイトグレーに変わる空。
大好きだ。
空と一緒にいたい。いつまでもいつまでも。
そしてその願いは絶対に叶うんだ。
だって私は空とずっと共にある。
空は私から逃げない。空はいつも私を見てるし、私も空を見てる。
空の美しさは、いつだって私の視界をとらえて離さない。
ということを隣にいる幼なじみに言うと、思い切り顔をしかめられる。
「またその話?聞き飽きたわ」
ツンっとそっぽを向くナオキ。
うーん、空の話以外はそんなに機嫌悪くないんだけど。
「だって今日の空はね、とっても淡くて雲もフワフワでソフトなイメージだったんだよっ、愛しいっ」
「空が何してくれんだよ?ミキに」
そう、これ言われる。ナオキいつもそう言ってくる。
「何もしてくれなくていいんだよ!だって好きなんだもん、ただそこにいてくれればいいんだ」
「そんなん、楽しくないだろ、理解できないわ」
ナオキはつまらなさそうにカフェで飲んでたアイスカフェオレをストローでかきまぜた。
「理解してもらいたいって思ってないもん」
私もいつもと同じ反応をする。
「おまえさ、彼氏とか欲しいと思わないの?」
不意にカフェオレに視線を落としたままナオキがそう問いかけてくる。
「彼氏?えー、いらないよー!空がいるもん」
「空は人間じゃないだろ」
なぜかナオキはキレたような顔をして私に強い口調で言う。
「だから言ったでしよっ、私は人間じゃなくても、ただ、そのままそこにあってくれればいいんだって。それで満足なんだよ」
「そんなん⋯。会話もできないし、触れ合ったりできないだろ」
会話⋯、触れ合い⋯。
ナオキに言われて考える。初めて思った、そんなこと⋯。
「確かにね⋯」
私はナオキの言葉に考える。
空と会話⋯必要なかった。
触れ合い?⋯風や空に丸ごとつつまれてる感覚になっていた。
私が考え込んでるのを見て、ナオキの瞳に光が差す。
「そうだろ?やっぱ空なんて彼氏の代わりにならないだろ?やっぱ彼氏探したほうがいいって⋯」
「やっぱ考えたけど、空がいるだけで、話せなくても触れ合えなくてもいい。いつも心で話しかけてるし、空全体にどんな時でも包まれてるもんっ」
「⋯⋯⋯」
ナオキは私の言葉を受けてピタリと黙ってしまう。
私はカフェの窓から壮大な空を見上げる。
今日も素敵だ。
「⋯⋯⋯オレは諦めないからな」
ポツリとナオキが言う。
「え?何?」
空に見とれてた私はナオキに向き合うと、ナオキは、
「何でもない」
とぶっきらぼうに言った。
なんだろう、と少し頭を傾げつつ、私はもう一度、狂わしいほど惹かれる空に目を移す。
いつまでもいつまでもそばにいるよと固く空に誓いながら。
題 青い風
ふと風がふくのを感じた。
「どうしたの?」
彼氏がそう問いかけてくる。
「今風が吹いたの。緑の風」
爽やかな5月、風に今色がついたように私には見えた。
「風に色?ああ、新緑の色がそう見えたのかもな」
彼氏がそう言う。
「違うの!風に色がついてたんだってば」
私はなぜかムキになっていた。
どうしてか分からないけど、わかって欲しい気持ちがあったのかもしれない。
彼氏は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
「わかった、分かったよ、色が付いてたんだな」
⋯わかって貰えてないと思った。それでも私はその返答で満足するしかなった。
夏はミントグリーン、秋はカラシ色。
私の目はおかしくなったのかもしれない。
空気に淡い色が付いて見える。
そして⋯⋯彼氏はそんなこと言う私を面倒くさがって⋯⋯。
別れを告げられた。
その時⋯⋯。
空気がディープ・ブルーになった。
視界が濃い青になった。
ああ、私が正しかったんだと思った。
葉っぱや花や空の色を投影するしてるとごまかせないくらい本当に濃いブルーだったから。
空気に色が付いて見える。
それは私の感情が、心の動きが、色として見えていたのかもしれない。
そうだとしたら分かってなんてもらえなくて当然か。
それでも、いつか分かってもらえる人がいたら⋯⋯。
そうなんだね、色が君には見えるんだね、と信じてくれる人がいたら⋯⋯。
私はその人に心を開きたいな。
題 sunrise
「夕日が沈むよ、きれいだねー」
私は彼氏を振り返ってそう言う。
「そうだね」
手を繋いだまま、彼氏が優しく笑いかけてくれる。
その笑みに、テンションが上がってしまって仕方ない。
優しい夕日の色が私と彼氏を包む。
その柔らかさが余計私の心を穏やかにする。
「一緒に見れて嬉しいよ」
彼氏がそう言う。
その言葉に私は一気に幸せの感情の頂点に押し上げられる。
「わ、わたしも、私もだよっ」
焦って手を握る力に力を込めると、彼氏は楽しそうに笑う。
「そんなに焦らなくても」
「もー、だって嬉しすぎたんだもん」
彼氏の手を引き寄せて、私の両手で包む。
「ありがとう。いつも私といつもいてくれて。こんなふうに綺麗な景色を一緒に見てくれて」
「もちろんだよ。カリンといる時間はいつも幸せだから、こっちこそ感謝したいよ」
そう言ってくれる彼が本当に愛おしい。
違うよ、私の方が感謝なんだよ。
返しきれないほどの愛を感じさせてくれた人。
隣にいてくれるだけで奇跡みたいに感じる人。
一緒いてくれるから、夕日が特別なものに思えるよ。
私は彼に微笑みかける。
「これからもずっと夕日を一緒に見て欲しいな」
彼は頷いて笑いかけてくれる。
「もちろん、僕からお願いしたいくらいだよ」
二人で向かい合って微笑み合う。
そんな幸福な時間があることを、今はただただ感謝したいなって思えたんだ。