題 秘密の箱
「これなーんだ?」
彼氏が私の前で包み紙に包まれた箱を軽く揺らした。
「えっ?!プレゼント?!」
わたしは嬉しくなって声も弾む。
その淡いピンクの包み紙にレースのリボンで包まれた箱は一見プレゼントと捉えられてもおかしくないほど可愛らしかった。
でも、記念日なんてあったかな?
その後私の思考は少しそこに留まる。
「何かの記念日だったっけ?」
私がホロっと零した言葉に彼氏が不思議そうな顔で応える。
「記念日?違うけど」
「え?じゃあなに?それ」
そう言うと、彼氏は私にその包みを渡す。
「開けてみ」
二人でカフェデート中。
私はその包みを受け取ると、レースリボンを解いてかさかさと包み紙を開封した。
「あっ!」
そこには、有名なブランドの化粧水が入っていた。
「わぁ、嬉しい!私にプレゼントなの?」
私が声のトーンをワンオクターブ上げて話すと、彼氏はヒョイと私の手に持っていた化粧水を取り上げる。
「あ、何?」
「俺の」
「え?何が?」
私が聞き返すと、彼氏は念を押すように繰り返す。
「だから、俺の。この化粧水」
「はぁぁぁぁ?」
思わず大きな声を出してしまい、カフェだと気づいて自分の口を自分で塞いだ。
「男だって美容に気を使う時代だろ!レビューでいいって書いてあったんだよ」
彼氏が何故かヒソヒソ声で言う。
「何でじゃあそんなご丁寧に包まれてるのよ?!」
納得いかなくて、語気荒めに彼氏に問いただしてしまう私。
「だって恥ずかしいだろ、若い女性の店員さんに自宅用なんて」
「なにそれ、紛らわしすぎるのよ!!」
私はさっきの喜びを返せーと思いながら彼氏に抗議した。
「プレゼントだと思ったのにっ」
滅多にプレゼントとかくれない彼氏だから、凄く嬉しかったのにっ。
まさかの自分へのプレゼントなんてー。
私がいじけて下を向いてティスプーンで紅茶をかき混ぜているとトントンと肩をたたかれる。
「なに?」
トゲのある声で上を向くと、水色のレースに包まれた包み紙が目の前に差し出される。
「ちゃんと買ってあるから、美香のぶんも」
「え·····」
包み紙を開けると、可愛いボトルに入った香水が出てきた。
「·····ありがとう、うれしい」
素直にお礼を言うと、彼氏は照れているのか横を向く。
「·····ついでだよ」
そんなこと言う彼氏にふふっと笑みがこぼれる。
私は、さっきの彼氏と同じくらいの囁き声で
「好きだよ」
って言うと、彼氏に満面の笑みを向けたんだ。
大切に貰った香水を胸に抱きしめながら。
題 どこまでも
「どこまでも行っちゃおうか」
振り向いてあなたを見つめる私の瞳を見つめ返すあなた。
「⋯君が行きたいなら」
あなたはズルい。
そうして私任せで。
あなたはいつも私に選択を一任するよね。
いいの?
このまま行っちゃっても。
あなたは後悔しないの?
私を選んでしまって。
そんな思考に陥ってしまうから。
負のループに陥ってしまうから。
だからその次の言葉が告げられない。
「じゃあ行こうよ、あなたがいいなら」
って。
どんな壁があっても。
どんな困難に見える道でもさ。
あなたが一緒なら頑張れる気がするの。
だから私はあなたさえいいなら行きたいよ。
⋯⋯でもね、本当はずっとずっと待ってる。
「一緒に行こう」
その一言を。
本当にそれでいいのかわからないから。
選択しきれるほど責任を負えないと思ってしまうから。
だから私から行こうよって言えない。
行きたいのに。行きたいのに。何を投げ捨てても行きたいのに。
ダメなの。
やっぱりあなたの一緒に行きたいって言葉を、私はずっと待ち続けてしまうんだろうな。
それまでは私たちの関係は決して動かないんだろう。
いつまでも止まったまま膠着状態で。
いずれどちらかが音を上げるまで。
私たちの忍耐強い我慢比べは続いてしまうんだろう。
題 SecretLove
誰にも言えない
言う必要もない
伝えなくてもいいから
想っているだけで充分だから
なんで?なんで?
どうして?
どうして伝えられないんだろう
納得したはずなのに
たまに暴れ出す心が私の精神を乱す
好きだから
気持ちが毎日降り積って
1粒の気持ちが10粒になって
100粒になって
心に溢れたらどうしたらいいんだろう
伝えるしかないじゃない
それなのに
伝えるのは不可能なんて
そんなのないよ
でも伝えられない
伝えちゃいけないから
もう崩壊して
決壊して
あるトキ爆発してしまいそうで
こんな想いをどうしたらいいのか
誰かに教えてもらいたい
私のこの心は
秘密という拷問を受け続ける愛は
いつまで隠していなきゃいけないんだろう
あなたに伝える必要なんてない
伝えなくていい
なんて心を偽りの偽善でコーティングして
それでも本当は
いつだって
あなたに伝えたいと思ってる
あなただけに向けているこの想いを
間違っているとしても
伝えたいと思ってしまうこの心を
溢れる気持ちを
どうしたらいいんだろう
題 ここにある
ここにある、確かに
それは見えないけど私の心の中に。
どうして分かるのかって?
だって、感じるから。あなたを見ると感じるトキメキがあるからだよ。
誰にも否定できない。
それでも私にしか見えない。
そんな私だけのトキメキを心の中に感じてしまうからなんだ。
「ん?」
あなたは私をみて疑問形の問いかけをする。
「ううん」
私はなんでもない風を装って首を左右に振る。
あなたと教室の放課後。
テスト勉強の約束をしていたから、教室に向かい合って勉強してた。
あなたが、
「そっか」
と言って、またノートに視線を落とすのをボーッと見つめる私。
何も出来ない。
何も言えない。
ただこうして友達としての距離を保っていることしか。
あなたの姿を見られるだけで、声を聞けるだけで充分ラッキーだと思えるのに、それ以上を求めてしまう気持ちは何なんだろう。
今のままでもわたしは幸せなんだよ。
あなたと2人で勉強出来るなんて。神様からご褒美を貰えた気持ちにすらなるもの。
「またぼーっとしてる」
私へと視線を上げて、あなたは少しとがめるような口調で言う。
「えっ、ごめん、難しい問題だったから考え込んじゃった」
私はとっさにそんなことを言う。
⋯⋯でもそれも本当だ。
勉強の問題集はさっきから全然進んでない。
解き方も難しすぎて分からないでいる。
「どこ?見せて」
あなたが身を乗り出してくる。
ドキッ
フワッとシトラスの香りが鼻をくすぐって⋯⋯。
私は反射的に顔を下げた。
「あ、こことこことここと⋯」
「全部じゃない?ほぼ⋯」
あなたの呆れたような声。
だって⋯。
「分からなかったんだもん。数学苦手だし」
⋯⋯あと、あなたに見とれてたんだけど、それは内緒。
「じゃあ教えるから、聞いててね」
そうあなたは言うと、問題の解説を丁寧にしてくれる。
そんなことも好きなんだ。
自分のことだけじゃなくて、私の事もいつも気にかけてくれる。
あなたへの気持ち。
見えない気持ち。
でもね。
虹色みたいな、パールみたいな、オーロラみたいな、それでいて透明みたいな、自然の大気のように澄み渡っているみたいな。
⋯海の中みたいな。たゆたうみたいな。
見えないもの。
そう、全部見えないけどキラキラしてて。
希望に満ちていて。
どこか少しだけほの暗い。
そんな気持ちなんだ。
確かにここにあるよ。
確かにここにあると確信しているから。
だから私は今日もあなたを想う。
あなたへの想いはいつまでも続いていくと確信させられてしまうんだ。
題 ゆるい炭酸と無口な君
シュワっ
そんな音はとても清々しい割に、無口な君が手渡してきたのはぬるい炭酸だった。
「なんだよ、これ、ぬりぃっ」
俺はそう言って1口そのコーラを口に含んで缶を突き返す。
缶を受け取った君は口をへの字に曲げて言った。
「だって、遅かった、部活」
「あー」
俺は頭をかきながらいう。
この暑い中、俺が部活終わるの待ってたからぬるかったのか。
一体いつから待ってたんだろう。
不満そうな顔で俺を見つめる幼なじみのユマ。
「悪かったよ、待たせたか?」
俺の言葉に口をへの字にしたまま頷くユマ。
肩までの黒髪がサラッと揺れる。
「今日練習長引いてたんだから先に帰ればよかったのに」
俺がそう言うと、ユマは首を振る。
「コーラ、買っちゃった」
「渡すために待ってた訳?」
俺が確認すると再び頷く。
俺は部活用品が入った荷物を手で持ち上げる。
「暑い中ずっと外にいたら熱中症になるぞ。お前は水分とったの?」
俺が聞くと、ユマはフルフルと首を振った。再びユマの黒髪がゆらゆらと揺れる。
こいつはそういう所があるやつだ。
俺の物は買ったりするのに、肝心の自分のことがおざなりになったりする。
「それ、かせ」
俺はユマの手にあるぬるい炭酸を手にする。
一気にぬるい炭酸を喉に流し込む。
だいたい炭酸ってあまり水分補給としては意味をなしてない気がする。
俺は喉にしゅわしゅわぬるい感触が広がっていくのを感じながら思う。
ポカリとかの方が全然効率的に水分補給できる。
ついでにユマの分も買ってくればよかったのに。
なんて思いながら、空き缶を片手にユマを見る。
「行くぞ。飲んだし、今度はお前の水分補給の番だ。自販機言ってポカリ買うぞ」
「え⋯⋯」
ぽかんとするユマ。
「え、じゃないって。こんな炎天下にずっと水分なしで待ってるなんて無茶なんだよ。何か水分飲まなきゃ」
俺は、動かないユマの手を握って自販機へと歩き出す。
「⋯⋯優しいね」
俺に手を引かれながら歩き出したユマがぽつりと言う。
「⋯⋯優しいのかぁ?むしろお前は自分にもっと気を使えよ。俺の事より、お前が倒れたら困るだろ?」
オレはそういいながら歩く。
ユマはまたポツリと言う。
「⋯⋯ありがと」
⋯⋯無口な幼なじみは、いつもいつも世話がやける。
俺のこと気づかってるようで結局俺が気遣ってないか?と思ってしまう。
⋯⋯それでも、俺はユマの世話を焼くのがそんなに嫌じゃない。
ぬるい炭酸を持ってずっと待っていてくれるようなユマの性格が本当はどこか嬉しいからなのかもしれない。