題名 灯火を囲んで
「わぁ、見てみて」
私は隣にいたタカシに話しかける。
思わずタカシの上着の端を握ってしまう。
「ん?ああ、すごく綺麗だな!」
タカシは私が指さした方を見て歓声を上げた。
12月の寒空に、綺麗な灯りが川の上に浮かんでいた。
イルミネーションとは違う温かみのあるオレンジの光が沢山川に浮かんでいる。
その灯りをみていると、どこか昔に戻ったような、不思議な感覚になった。
「あっちでみんな浮かべてるみたい、行ってみようよ!」
デート中のプランを放棄して、私はタカシの手を取ると、灯りの方へと向かう。
「分かったよ、行ってみようか」
私の好奇心の強さを知ってるタカシは苦笑しながら付いてきてくれる。
灯りを流している川では、お金を払うと自分で願い事を書いて火を灯して川に浮かべられるようだった。
「ねぇ、やってみたい·····」
反則なのは分かってるけど、上目遣いでタカシを見つめる。
「いいよ、いいよ」
タカシは即答して私の頭をぽんぽんしてくれた。
私はウキウキで願い事を書く紙を二通受け取りに行く。
「はい、このボールペンで書くんだって!あそこの台で書くみたい、書きに行こっ」
「よし、書こうか」
二人で並んで願い事を書く。
私は·····ずっとタカシと一緒にいられますように、かな?
タカシの願い事を見ようとすると、なぜか隠された。
「えーなんで隠すの?」
「内緒だから」
そんな答えになってない答えをもらいつつ、私たちは願い事を紙の船に浮かべて、火をつけたロウソクを船に立てる。
そっと手で押すと、炎を灯した船はぼんやりとしたオレンジの優しい明かりをふりまきながらゆっくりと水の上を進んでいく。
「わぁ、綺麗だねぇ!水の音もいい感じだね」
「そうだな。灯りがこうして水の上に沢山あるのも風情があるよな」
私たちは船に浮かんだ灯り達を眺めていた。
「·····わたしはね、ずっとタカシと一緒にいられますようにって書いたんだよ」
私は明かりを見ながらふと言葉に出す。
言葉がこぼれ落ちてきた。
「ありがとう。僕も一緒だよ」
「一緒なの?!じゃあ見せてくれても良かったじゃん」
私が思わずムキになるとタカシは拗ねたような顔になる。
「願いが同じじゃなかったら恥ずかしいじゃん」
·····カワイイ·····。
私は思わずタカシの頭をなでなでする。
「そういうとこ、スキだよ」
「からかってるなぁ!」
タカシの言葉に全力で首を横に振る。
「本当だっては!!」
「·····そっか、ありがと·····」
それから2人とも何となく黙ってしまう。
私は川のオレンジの灯り達に目をやる。
寒空の中、優しさがそこには溢れている気持ちになって·····。
優しさをおすそ分けして貰えたような気がした。
そっとタカシの手を取る。
「·····じゃあ、デートの続きしよっか?」
「·····そうするか」
そうして二人で歩き出す。
私の頭の中にはまだ優しいオレンジの灯りが残っていた。
その灯りが心に更に明るさを灯してくれたようで·····。
その場所に、灯りに巡り会えたことは幸運だったなって思えたんだ。
題名 時を止めて
お願いだから
時を止めて
今隣にいるこの人が
大切なの
大切で1分でも無駄にしたくないから
時を止めて
お願い
私が突如手を組みあわせてお祈りを始めたので、彼氏はビックリしたように私を見つめる。
「え?何?なんでいきなりお祈りしてるの?」
「祈ってるのっ時が止まりますようにって」
「時が止まったら困るなぁ、終電無くなるし」
とか現実的なことを言う彼氏を私は軽くにらむ。
「終電なんて気にしなくていいでしょ!今私と一緒なんだからー。時が止まったらいいって思わない?」
「思わない」
即答する彼氏を呆気に取られたように見る私。
「えっ、どうして?!時が止まったらずーーっとデートしてられるじゃない」
「ずーっとデートしてる気ないし」
意地悪な彼氏の言葉に涙目になる私。
「そうなの?私だけだったの?こんなに一緒にいたいって思ってるの·····」
思わず視線を逸らして下を向いてしまう。
持っているカバンの取手を意味もなく持ち替えてると、彼氏の優しい言葉が上から降ってくる。
「ずっとデートしてたら結婚できないじゃん」
「!?」
私が一気に上を向くと、今度は彼氏がそっぽ向いてる。
自分で言い出したくせにおかしいの。
私がふふって微笑むと、彼氏はムキになったようにこっちを向く。
「笑うなよー」
「ごめんごめん、嬉し過ぎて、幸せの笑顔だからっ」
そうして彼氏の腕に自分の腕を絡ませる。
「嬉しい、そうだよね、今が終わってもまた会えるよね」
「そうだよ、だから今日は帰ろう?」
「えーでもなぁ、それとこれとは話が別なんだよなぁ」
まとまりかけた話がまた広がりそうになって、彼氏はため息をつく。
「はいはい、じゃあどこかカフェで暖かいものでも飲んでから帰る?」
「うんっ!大好きだよっ!」
現金な私の笑みに彼氏は呆れたように微笑む。
そんなこの一瞬さえ大事なんだ。
将来ずっと一緒にいられたら
私は幸せで時を止めてなんて思わないかな?
ううん、いつもいつもこの時がかけがえない時間だから。
やっぱり時を止めてって思ってしまう気がする。
題名 キンモクセイ
フワッと香った。
その香りに振り向く。
柔らかい優しい香り。
小さなオレンジの花のその香りに
私は目をつむる。
あなたの事を思い出す。
というかあなたの事しか思い出せない。
優しさを固めたような
どんな時も傍にいて励ましてくれるあなたが
私の中にいつもいるから。
「沙耶!」
私は微笑んで振り返る。
優しいオーラをまとうあなた。
どこかキンモクセイと似たフワッとした
遠い異国を思わせるような感覚に、何故なんだろうと思う。
こんなに懐かしい気もするのに。
「待ってたよ」
デートの待ち合わせ場所のベンチから立ち上がって私はあなたに言う。
「ごめん、待たせて、電車が少し遅れちゃってて」
「だいじょーぶ、ねぇ、見て?キンモクセイ、あなたみたいだよね」
「いつもそう言ってくれるけど、そうかなー?」
あなたの懐疑的な顔を見てまたフフッと笑みがこぼれる。
そんな瞬間すら幸せなんだ。
「そーなのっ、私にとってあなたはいつでもフワッとして優しいキンモクセイなんだよ」
「君がそう言うなら」
あなたが照れたように言うから、私はあなたの手を衝動的に握る。
離したくなくて。
「?!」
突然手を握られてびっくりした表情のあなた。
「·····繋いでもいい?」
今更のように聞く私。
いいって答えが返ってくるのは分かってるのに。
「もちろんいいよ」
あなたのフワッとした笑み。
·····弱いなぁ、私はあなたには。
「行こっか?」
私は幸せを噛み締めながらあなたと歩き出す。
寒い北風が吹いているけど、私とあなたの間にある空気はいつでもオレンジ色。
いつでもあなたは私のキンモクセイだ。
いつでもあなたは私にとっての癒しなんだよ。
どうかずっと傍で優しさを感じさせていてね。
題 秘密の箱
「これなーんだ?」
彼氏が私の前で包み紙に包まれた箱を軽く揺らした。
「えっ?!プレゼント?!」
わたしは嬉しくなって声も弾む。
その淡いピンクの包み紙にレースのリボンで包まれた箱は一見プレゼントと捉えられてもおかしくないほど可愛らしかった。
でも、記念日なんてあったかな?
その後私の思考は少しそこに留まる。
「何かの記念日だったっけ?」
私がホロっと零した言葉に彼氏が不思議そうな顔で応える。
「記念日?違うけど」
「え?じゃあなに?それ」
そう言うと、彼氏は私にその包みを渡す。
「開けてみ」
二人でカフェデート中。
私はその包みを受け取ると、レースリボンを解いてかさかさと包み紙を開封した。
「あっ!」
そこには、有名なブランドの化粧水が入っていた。
「わぁ、嬉しい!私にプレゼントなの?」
私が声のトーンをワンオクターブ上げて話すと、彼氏はヒョイと私の手に持っていた化粧水を取り上げる。
「あ、何?」
「俺の」
「え?何が?」
私が聞き返すと、彼氏は念を押すように繰り返す。
「だから、俺の。この化粧水」
「はぁぁぁぁ?」
思わず大きな声を出してしまい、カフェだと気づいて自分の口を自分で塞いだ。
「男だって美容に気を使う時代だろ!レビューでいいって書いてあったんだよ」
彼氏が何故かヒソヒソ声で言う。
「何でじゃあそんなご丁寧に包まれてるのよ?!」
納得いかなくて、語気荒めに彼氏に問いただしてしまう私。
「だって恥ずかしいだろ、若い女性の店員さんに自宅用なんて」
「なにそれ、紛らわしすぎるのよ!!」
私はさっきの喜びを返せーと思いながら彼氏に抗議した。
「プレゼントだと思ったのにっ」
滅多にプレゼントとかくれない彼氏だから、凄く嬉しかったのにっ。
まさかの自分へのプレゼントなんてー。
私がいじけて下を向いてティスプーンで紅茶をかき混ぜているとトントンと肩をたたかれる。
「なに?」
トゲのある声で上を向くと、水色のレースに包まれた包み紙が目の前に差し出される。
「ちゃんと買ってあるから、美香のぶんも」
「え·····」
包み紙を開けると、可愛いボトルに入った香水が出てきた。
「·····ありがとう、うれしい」
素直にお礼を言うと、彼氏は照れているのか横を向く。
「·····ついでだよ」
そんなこと言う彼氏にふふっと笑みがこぼれる。
私は、さっきの彼氏と同じくらいの囁き声で
「好きだよ」
って言うと、彼氏に満面の笑みを向けたんだ。
大切に貰った香水を胸に抱きしめながら。
題 どこまでも
「どこまでも行っちゃおうか」
振り向いてあなたを見つめる私の瞳を見つめ返すあなた。
「⋯君が行きたいなら」
あなたはズルい。
そうして私任せで。
あなたはいつも私に選択を一任するよね。
いいの?
このまま行っちゃっても。
あなたは後悔しないの?
私を選んでしまって。
そんな思考に陥ってしまうから。
負のループに陥ってしまうから。
だからその次の言葉が告げられない。
「じゃあ行こうよ、あなたがいいなら」
って。
どんな壁があっても。
どんな困難に見える道でもさ。
あなたが一緒なら頑張れる気がするの。
だから私はあなたさえいいなら行きたいよ。
⋯⋯でもね、本当はずっとずっと待ってる。
「一緒に行こう」
その一言を。
本当にそれでいいのかわからないから。
選択しきれるほど責任を負えないと思ってしまうから。
だから私から行こうよって言えない。
行きたいのに。行きたいのに。何を投げ捨てても行きたいのに。
ダメなの。
やっぱりあなたの一緒に行きたいって言葉を、私はずっと待ち続けてしまうんだろうな。
それまでは私たちの関係は決して動かないんだろう。
いつまでも止まったまま膠着状態で。
いずれどちらかが音を上げるまで。
私たちの忍耐強い我慢比べは続いてしまうんだろう。