「ねえ、私達ってずっとこのままだよね?」
私は、カフェの向かいでコーヒーをすする彼氏を見て言った。
「何?ずっとこのままって?」
無関心そうな彼は、携帯を眺めながら私に返事をした。
「だから、ずっと、こうして一緒だよね」
私は彼氏の態度に不安を覚えながら言う。
冷たいというか、今いち私のことが好きなのか読めない彼。
クールな人が好きという私の性格の為に、こうしていつも付き合ってみるとやきもきするんだ。
「ずっと一緒なんて約束できないけど。未来のことを俺に聞かれても困るよ」
携帯から顔を上げて呆れたような顔で私を見る彼。
「そ、それは約束っていうか、必ずはないかもだけど、こういう時って嘘でもいいから、合わせるものじゃないの?」
私は一緒にいるって言ってほしくてさらに追求する。
「嘘で言って嬉しいの?」
彼の冷たい瞳は揺らがない。
「いや、それは、嬉しくないけども・・・」
私がしどろもどろになると、彼はため息をついた。
呆れられちゃったかな?
「分からないかな?」
「え?何が?」
彼の言葉に訳が分からず聞き返す。
「今こうして君との時間作ってるのは、君が一番大切だから。未来なんて不確定なものより、今確定してることを大事にしたら?」
「あ・・・」
言われて気づく。そうだね、私、不安ばかりで、今より将来のことばかり考えてた。
「そうだね、今会ってる時間を大事にするね」
私が彼にほほえむと、彼の表情も少し緩む。
彼の表情が優しくなるときがたまらなく好きだ。
「好きだよ」
と私が笑いかけると、
「知ってる」
とすまして言う彼。
冷たいように見えるけど、私は彼の優しさも知ってるんだ。
だから、何年後も一緒にいられるように、彼といる時間を大切にしたいと心から思った。
「寒い〜寒い〜」
私はガチガチ震えながら塾の帰り道を急いでいた。
自転車という交通手段を取っている為、余計に北風が敵のように吹き付けてくる。
肌に当たって乾燥するっ、しかも手は氷みたいに冷たいよ〜。
半ば涙目の私。
家を出る時に、遅刻寸前で、マスクは何とか掴んで来たけど、いつもの、手袋、マフラー、イヤーマフセットを忘れてきてしまった。
余裕があれば、カイロもポケットに入れて来たかった程、寒がりなんだよね。
「あ、柚月じゃん!」
不意に呼び止められて、止まると、コンビニから出てきた私の友人が手を振ってた。
「真希!偶然、買い物?」
コンビニの方へ向かい、自転車を止めてから聞くと真希が笑顔で頷く。そして、顔をわずかにしかめると、手をすり合わせて言った。
「おにーちゃんにお金上げるから買ってこいってお使い頼まれて。でも、寒くてさー、来るんじゃなかったよ」
「分かる。私なんて自転車だよ?寒いよ、今日急いでて、手袋もマフラーも忘れちゃった、もー氷の世界だよね」
その言葉に真希は苦笑した。
「柚月って極度の寒がりだもんね〜。あ、でも私と会えて運いいよ、はい、これ。」
そう言って、真希が、コンビニの袋から取り出したのは、ホカホカした肉まんだった。
「お金余ったから、沢山買ったんだ。あげるよ」
「え?いいの?」
私の声が思わず弾む。
目は肉まんに釘付けになってる。
「いいよー、はい、あったまって」
「ありがとう」
肉まんを、受け取ると、柔らかくて温かい感触に感動する。
「いただきまーす!」
一口頬張ると、肉汁たっぷりのフワフワの生地が口の中で広がっていく。
「おいしー」
そう言うとパクパクとあっという間に食べてしまった。
「すごい勢いだね!」
目を丸くする真希。
「塾帰りでお腹すいてたの、すっごく助かった、暖まったし。明日学校でジュース奢るね」
私が至福の気持ちで感謝を告げると、
「やったっ、私のお金じゃないけど、得しちゃった♪」
真希は嬉しそうにしてる。
確かに、お兄さんのお金って言ってたな・・・。
それから、私達は真希の家まで一緒に歩いてそこで別れた。
そこからの家までの道のりはまだ長い。
でも、肉まんパワーで、頑張って進むぞ!
私は手と耳と顔が次第に冷えていく中、さっき食べた肉まんの美味しさと温かさに励まされながら、また自転車を漕ぎ出したのだった。
二十歳、
二十歳だ、
やっと二十歳になったーーー!
20歳になった今日この日。
私は開放感にバンザイした。
だって、お酒も飲めるようになるし、周りの目が、大人って扱いをしてくれる。
ずっと大人になりたいって思ってたから、すっごく嬉しい!
私が大人になった実感に浸ってると、隣の家に住む幼馴染がやって来た。
「よお、今日で20歳だな、おめでと」
そう言って、ビールを差し出す。
「えっ?いきなりお酒?」
私がびっくりして言うと、
「飲みたがってたじゃん。記念に飲んでみたら?」
という。
「う、うん・・・」
飲んでみたかったのは本当。大人の象徴的な飲み物な気がしてて。
「の、飲むよ?!」
「確認しなくていいよ」
吹き出す幼馴染を一睨みして、ゴクッと一気に飲む。
「うっ何これ?!にっがっ、まずい〜〜!」
私の絶叫が辺りに響く。
「ちょっと、うるさいって」
慌てて口を塞ぐ幼馴染。
「だって・・・苦いだけなんだもん」
涙目で見上げると、幼馴染爆笑。
「まー、まだお前はお子様ってことだよ」
「なにをー?同い年のくせにっ」
叩くマネをする。
というか・・・。
「二十歳になったら大人になれるって思ってたけど、自動的に大人になれるわけじゃないんだねぇ」
私はため息をついてビール缶を眺める。
「そりゃそーだろ。1日で、いきなり子供が大人になれるわけないだろ」
からかうような声に再び睨む私・・・。
でも・・・。
「そーだね。焦らず、少しずつ、大人になっていけばいいよね?」
急がなくてもきっと経験を積み重ねていればいつの間にか大人になっているんだ。
「それより、今日誕生日なんだから、どっか連れてきなさいよ」
私は思い出したように幼馴染に要求する。
確か、幼馴染の誕生日には、私のおごりで食事に連れてったんだよね?
「はいはい。そー言われると思って、映画のチケット買ってきたから、すぐ用意しろよ」
ヒラヒラとチケットを取り出し揺らす幼馴染。
「やった、すぐ用意してくるね!!」
私は急いで家に入ると、階段を駆け上がる。
・・・途中で足を滑らしこける。
「あいたたたぁ・・・」
大人になるのはまだまだ先かもな、と思った20の誕生日だった。
三日月を見て、私はため息をついた。
「どうしたの?」
横で彼氏が呑気に聞く。
どうしたの、じゃないわよ、思い出さないの?!
と私は腹立たしく思う。
私はいつも三日月を見ると、幼い頃から思い出してたある場面がある。
きらびやかな服を来て、アラビアのお姫様のような格好をした大人の私。色とりどりの煌めく刺繍が綺麗で。
一番印象深いのは、薄い紫と青の間のような色の空に、異様に黄色い三日月が輝いていたこと。
私と一緒にいるのはアラビアのこれまた王子様みたいな格好をした男性。私と男性は踊っている。
そして、その男性というのは今、横にいる彼氏の顔と同じだったのだ。
私は恐らく前世の記憶なんじゃないかと思っている。
確かめようはないんだけど。
小さい頃からの記憶。親や、友達に話しても夢だと笑われて来たけど、高校で出会った彼を見つけて、驚愕。
・・・話しても私のこと、思い出してくれなかったけど、私は猛アタックして、彼と付き合えた。
だって、幼い頃から、素敵だって、思っていたんだもの。
「月乃ってたまにそういうふうに不機嫌になるよね」
彼氏が機嫌を取るように私を覗き込む。
「いいの、だって、言ったって仕方ないことなんだもん」
私が拗ねると、彼氏の腕の中に抱き寄せられる。
「ごめんね、僕が覚えてれば月乃にそんな顔させないのに」
彼氏には出会ってからと、付き合ってから、2回、私の夢の話はしていた。だけど、全然そんな記憶もないし、夢でも見ないと言われた。
「私が覚えてるからいいよ」
私は寂しそうに笑うと、彼にキスをされた。
彼氏が前世の人がどうかも分からないけど。
三日月の日になると強く幼い頃からの記憶が蘇る。
その記憶があったからこそ、今の彼氏に会えたのだから。
彼との時間を大事にしよう。
そして、いつまでも、この不思議な記憶は、私の中で大切に記憶の中に留めておこう。
生憎の雨の日。
私は観光で行っていた県の有名なタワーに遊びに来ていた。
妹と一緒に来たものの、展望台に登るエレベーターを待ちながら、暗い顔で二人で顔を見合わせる。
「折角来たのにね」
「ね、今日わざわざ降らなくてもいいのに」
そうは言うものの、ここまで来たのだから、と上に上がってみる事にした。
展望台に到着すると、窓には水滴が付いていて、外の景色は見えにくい。
「ちょっとぼんやりしてるね」
私が妹に話しかけると、
「うん、そうだね・・・」
妹は、展望台のガラスの側に行って、窓の向こうに目をこらした。
「向こうは、晴れてたら綺麗な海が見えるんだって・・・あっ!」
いきなりの声に私は驚いて尋ねる。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、ちょっとちょっと」
手で私を招く妹の側に行くと・・・
「下、下」
ジェスチャーで下を覗くように言われた。
下を見ると、色とりどりの傘が沢山見えた。
丁度今、下は、飾りのイルミネーションが点灯していて、雨の雫が景色をぼんやりと歪めて、幻想的に見える。
「みんな下で順番待ってるんだね。傘が綺麗だね〜」
私がそう言うと、妹も隣で頷く。
「しかも、今しか見られない色の組み合わせだよね!」
「確かに!」
私達はしばらくその色とりどりの傘が動く姿を眺めていた。
なんだか、景色は、望み通りに見られなかったのに、妙な満足感を感じた私と妹だった。