夜空を越えて
2025/12/12 後で書きます。
秘密の標本
2025/11/03/18:59
お題に惹かれる。時間取れたら書きたい気持ち。
2025/12/10/21:28
1ヶ月も経ってしまった……。時間の流れは早いですね……。
「標本を集めているのです」
新しい職場の上司は、冷たく、艶やかに喉を震わせた。周りは変わらず、忙しなく足を動かしているのに、そこだけが切り取られたように真っ直ぐと声が届く。
既視感が、名前のない映像から来ていた。雑踏の中、キャラクターたちの声だけがはっきりと聞こえるあの感覚。目の前の上司は、雑踏に塗れて消えそうな雰囲気を纏っていて、それなのに耳を震わすその音は、後付けで音量調整を忘れたような、そんなボリュームだった。
「標本、」
「えぇ、私が視察に出向くのは、標本を集めたいからです。あ、もちろん私欲ではありませんよ。あくまで仕事です」
平然とそう告げているが、楽しみにしているのはよく知っている。今の上司と出会ったのは、その視察の真っ最中だった。もっとも自分は、視察とは露知らず、やけに美人な転校生だとばかり思っていたが。
標本、と僕はもう一度繰り返した。音の乗らない、呼吸のような振動であったが、相手には聴こえていたようで。上司は地獄耳だった。
「えぇ。貴方もあの学舎であれば習ったでしょう? いや、あれは大学で習うものか……?」
「覚えがない、です。あぁでも、小学校の教科書にあったような気がします。蝶の標本の話が、」
一瞬、ぴたりと立ち止まった、ような気がした。前の背を追うように教育されたためか、自分は反射で動いている節がある。歩調がずれ、少し遅れてから追いつく。
斜め後ろから、前髪の隙間を縫って、僅かに上がる口角が見えた。あ、これは、
「あなた、ふ、それ、昆虫標本のことを指してます?」
ツボにハマったぽい。
息を吸って、吐いて、次には口角が僅かに下がる。
「標本。標本調査のことですよ。一部を調べて、全体の傾向を予測する……。その一部のことを"標本"と呼ぶのです」
こうした視察はそれがメインですから。そう続ける口の動きを見ながら、美しい人だなぁという考えを片隅に追いやる。この人が紡ぐ言葉を聴くたびに行う癖だった。
ただ、こうも端正な顔立ちと、冷めた表情と、淡々とした声をしているから。補佐についている僕ですら、耽美主義に傾きそうだから。
こんな人だったら、ほんとうに人間を標本にしていたって、おかしくないなぁと思ってしまったのだった。
2025/10/06 私事ですが、投稿しない日でもハートが増えると嬉しいですね。
燃える葉
他者は彼を、海と喩える。しかし、ワタシは彼を、海と呼びたくはなかった。
彼に初めて会ったのは、深い地下でのことだった。海が近くにあるのに、さざめきは聞こえず、代わりに人の騒めきとノリの良い音楽が響く場所だった。
彼は一見浮いた格好をしながらも、初めから居たようにそこに馴染んでいた。特徴のないように見えた彼に気づいたのは、ただ少し、ほんの少しだけ、此処に相応しくない優しい声をしていたからかもしれない。
その場の都合により、表面上は彼とは初対面でない振る舞いをした。特に違和感は生じず、つつがなく目的を果たせた。仲間に旧知の仲だと思われるほどには。
ワタシはその当時から役職が与えられていたため、彼がワタシについて知っているのは頷ける。だが、ワタシは彼のことを知らなかった。名前と特徴は、かろうじて知っていたが。その後調べても名前と外見、ある程度のプロフィールだけが明るく、それ以外は不明。
あの場で少し話しただけでわかる。こちらの意図を一瞬で汲み、馴染み、尚且つ己の目的も果たしていたであろう有能さ。彼が野放しでいることは不安であり、危険であり、同時に強烈な魅力でもあった。
あれを『海』と呼びたくなるのはわかる。彼の側は、味方であれば心地よく、敵であれば容赦ない。母なる海の大らかさと、荒れる海の厳しさと、底知れない深い魅力。
しかし、それでもワタシは嫌なのだ。母なる海は、守護する側だ。それは良くない。ワタシの手に負えないモノとなってしまう。それもまた魅力的ではあるが、ワタシの望みではない。
だからワタシは、彼を木の葉と喩えた。
生き生きと過ごし、落ちようとも時間の限り舞い、そして次へと繋げる。そして海とは違い、手に抑え込めることができる。ワタシは彼に、そうあれと願う。
しかし。同時に、彼を手に収めたくはなかった。手に負えないのも、また魅力であったから。それでも強く惹かれることに変わりはない。
ただ、もし収めてしまったとしても。
パチリと燃えて、熱さであっ……と手放して。そして、その一瞬の煌めきを目に焼き付けさせて。するりと手から零れ落ちる。
彼はそういう人なのだから。
だからワタシは、彼を海と呼ばない。
今日だけ許して
2025/10/05/18:59 書くかも
2025/10/05/20:14 書いた。長い。
「ね、お願い」
男はコテン、と首を傾げた。可愛こぶった仕草だった。下から覗き込むようにして、声色に可愛さなんぞ欠片もないくせに、自分の願いは聞いてもらって当然という、いかにもな仕草だった。
自分はそれを、少し離れたカウンター越しに見ていた。もちろん、お客様をじろじろと見つめるのは良くないため、手元のグラスに視線を落としたままではあるが。それでも視界に入ることだってある。本当にたまたまであった。
男は、黒いバケットハットを被り、パーカーにジャケットと、この場には見合わぬラフな格好をしていた。ゆったりとしたジャズと客の潜められた声、それから従業員の動く小さな音が響く場。ドレスコードはないが、それでもパーカーは浮いていた。
前に置かれたグラスに入った淡い藍色の液体が、落とされた暖色の照明によって揺らめく。グラスの縁を、つぅ……と、無骨な指先がなぞっている。しなやかとは言い難い手は、可愛さとはかけ離れている、はずだ。
それを隣の男が一瞥する。隣の男は、色の薄いサングラスをかけ、お高そうなスーツを着ていた。顔の良い人は何を着ても良く見えるため、高いと思うのは見当違いかもしれないが。それでも、ラフな格好よりは、この場に合った雰囲気を纏っていた。
「……はぁ」
「ダメ? 今日だけだってば」
「……いや、しかしだな」
「今日だけだよ、ほんとに。許してくんない?」
しばらくそんな応酬をして、スーツの男は大きなため息を一つ溢した。一瞬の沈黙が、酷く重たかった。そして、男は億劫そうに口を開く。
「……今日だけだ」
「わーい」
パーカーの男は、喜びからか声をワントーン上げたが、棒読みがそれを台無しにしていた。男はそれを見て、三度目のため息をついていた。この男は、何度それを見て、許してきたのだろう。
「ただし、条件がある」
スーツの男が、冷たく固い声で言い放った。氷を削る前の、白く冷たいだけの塊みたいだった。
「いいか? ウチには手を出すな。俺個人と関わるのはこの際許す。だが、それ以外は辞めろ。俺もお前も面倒なだけだ」
わかるな? と、今度は存外優しい音が転がる。
「わかってるって」
パーカーの男は、前に置かれたグラスを傾け、こくりと飲み干した。前から少しずつ飲んでいたらしい。空のグラスを軽く置く。
「ね、もう一杯。願いの対価だ、安いだろ?」
「対価なら払うのはそっちだろう。それは対価じゃない、我儘って言うんだ」
「わがままじゃない、取引だよ」
バケットハットで隠れているはずの目元だけが、笑っている。その目がこちらを見ている。咄嗟に目を離そうと、グラスを拭う手元に意識を集中させた。
嫌な予感だった。この業界では、こういうことがたまにある。底なし沼に片足を突っ込んだような、繋がっていない橋に行きかけるような、そんな感覚。あの二人組がそういうことに関わっているのかはわからない。ただ、これ以上知ってしまうのは良くないことだと、漠然と感じた。
誰か
2025/10/04 書きたいという気持ち。
2025/10/05 書きすぎた。短く畳みたいんだけどな。
「最近、誰かに見られている……気がするんだ」
向かいに座る弟は、何故かいつもの苛烈さに似合わず、静かに話を聞いていた。
いつからだろうか。随分前に半永久的に反抗期に入ってしまって、こうして一対一で話をするのは久々だった。機会は減ってしまったが、たまに話をすると過去に戻った気がしてしまう。どちらも彼で、そして弟であることに変わりはないが。
そういう時の弟は、静かに人の話を聴き、丁寧すぎるほどに律儀に返事をする。有り体に言えば、優しい。話す前にお茶を二つ持ってきたり、今相談に乗ってくれたりするように。
「二週間前、かな。その前からかもしれないんだが。目立つことは嫌いじゃないし、それであまり気にしていなかったのもあるんだが……」
言葉が尻すぼみになってしまう。あくまで“気がする”だけであって、見られたと確信したことはなかったからだ。それに、見られていると思うのは自分だけで、兄弟は特に気にしていないようだったから。挙動不審であったことは認めるが、心配はかけたくなかった。……弟に知られたことを考えると、既に心配されてたのかもしれない。
手にした湯呑みの中身をふぅと冷まし、ず……と啜ってから、弟はようやく口を開いた。
「……なるほどね。だからアンタ最近変だったんだ」
「え」
「それって視線を感じてるだけ? 耳……音とかはしない?」
「いや、気になる音とかは特に……何か知ってるのか?」
「ちょっとね……今も感じる?」
「…………あぁ」
そう、と弟は呟いた。机に置いた湯呑みに視線を落とし、湯呑みではない何処かを見ている。
しばらく、静けさが場を支配していた。不安になるほど音は聞こえず、しかし兄弟がいるだけで不安はなかった。それが無視ではないことを自分は知っている。
ふいに弟が立ち上がり、ちゃぶ台を超えて隣に座った。なんとなく、自分も向き合うように姿勢を変える。弟が腕を伸ばし、膝に置かれていた手を掴まれる。そのまま、手遊びでも始めるのか、指を絡めて弄ばれた。自分の手だけが、じっとりと湿っている感覚がする。
「目、瞑って」
「……え?」
「いいから、め、とじて」
小さい子に聞かせるような、柔らかい声で言い直される。言われるがままに目を閉じた暗い視界の中、これではこっちが弟のようだ、と思った。
ぼんやりと、弟の声が聞こえる。
「いい? ここにいるのは僕らだけ。お前と、僕だけ。僕の声しか聞こえないでしょ? 手を握っているのは僕。お前の弟。僕の兄。ここにいるのはそれだけ。……いいね?」
水の中から、弟の声がぼんやりと、しかしはっきりと聞こえる。全てが暗く、確かなものが少ない中で、声と手の感覚だけが確かだった。だんだんと、意識が消えていく。まるで、このまま、ねて、しまう、ような……。
「あ、起きた?」
ぽけ、と寝起きでままならない頭を動かした。弟が目に入った瞬間、意識が現実へと戻る。何か言葉を紡ごうとしたが、何を口に出せば良いのかわからなかった。
「お前、最近疲れてたんだよ。もう夕方だよ」
町内の放送が流れる。五時を示す音楽。
「あ、そうそう、視線なんだけど」
明日は晴れだよ、とでもいいそうな気軽さで、弟は不気味な視線について切り出した。
「あれ猫」
「……は?」
呆けている俺を他所に、種明かしが成される。あの視線は、俺のことが気になっている猫のものだったらしい。猫好きの弟だからわかったことなのかもしれない。
張り詰めていたなにかが、急にゆるむ。呼吸が楽になる。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。わかってしまえば怖くない。……あれ、でも、視線って、家の中でも感じたような……?
「兄さん。ここにいるのは?」
「……俺らだけ……」
「そうだよね」
弟が、なんだか満足気な顔で頷くもんだから。だから、なんだかもういいかと思った。