茎わかめ

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10/12/2025, 9:55:50 AM

未知の交差点

2025/10/12/18:55 書きたいという気持ち。

10/6/2025, 2:07:47 PM

2025/10/06 私事ですが、投稿しない日でもハートが増えると嬉しいですね。

燃える葉

 他者は彼を、海と喩える。しかし、ワタシは彼を、海と呼びたくはなかった。

 彼に初めて会ったのは、深い地下でのことだった。海が近くにあるのに、さざめきは聞こえず、代わりに人の騒めきとノリの良い音楽が響く場所だった。
 彼は一見浮いた格好をしながらも、初めから居たようにそこに馴染んでいた。特徴のないように見えた彼に気づいたのは、ただ少し、ほんの少しだけ、此処に相応しくない優しい声をしていたからかもしれない。
 その場の都合により、表面上は彼とは初対面でない振る舞いをした。特に違和感は生じず、つつがなく目的を果たせた。仲間に旧知の仲だと思われるほどには。
 ワタシはその当時から役職が与えられていたため、彼がワタシについて知っているのは頷ける。だが、ワタシは彼のことを知らなかった。名前と特徴は、かろうじて知っていたが。その後調べても名前と外見、ある程度のプロフィールだけが明るく、それ以外は不明。
 あの場で少し話しただけでわかる。こちらの意図を一瞬で汲み、馴染み、尚且つ己の目的も果たしていたであろう有能さ。彼が野放しでいることは不安であり、危険であり、同時に強烈な魅力でもあった。

 あれを『海』と呼びたくなるのはわかる。彼の側は、味方であれば心地よく、敵であれば容赦ない。母なる海の大らかさと、荒れる海の厳しさと、底知れない深い魅力。
 しかし、それでもワタシは嫌なのだ。母なる海は、守護する側だ。それは良くない。ワタシの手に負えないモノとなってしまう。それもまた魅力的ではあるが、ワタシの望みではない。
 だからワタシは、彼を木の葉と喩えた。
 生き生きと過ごし、落ちようとも時間の限り舞い、そして次へと繋げる。そして海とは違い、手に抑え込めることができる。ワタシは彼に、そうあれと願う。
 しかし。同時に、彼を手に収めたくはなかった。手に負えないのも、また魅力であったから。それでも強く惹かれることに変わりはない。
 ただ、もし収めてしまったとしても。
 パチリと燃えて、熱さであっ……と手放して。そして、その一瞬の煌めきを目に焼き付けさせて。するりと手から零れ落ちる。
 彼はそういう人なのだから。

 だからワタシは、彼を海と呼ばない。

10/5/2025, 10:00:33 AM

今日だけ許して

2025/10/05/18:59 書くかも
2025/10/05/20:14 書いた。長い。

今日だけ許して

「ね、お願い」
 男はコテン、と首を傾げた。可愛こぶった仕草だった。下から覗き込むようにして、声色に可愛さなんぞ欠片もないくせに、自分の願いは聞いてもらって当然という、いかにもな仕草だった。

 自分はそれを、少し離れたカウンター越しに見ていた。もちろん、お客様をじろじろと見つめるのは良くないため、手元のグラスに視線を落としたままではあるが。それでも視界に入ることだってある。本当にたまたまであった。
 男は、黒いバケットハットを被り、パーカーにジャケットと、この場には見合わぬラフな格好をしていた。ゆったりとしたジャズと客の潜められた声、それから従業員の動く小さな音が響く場。ドレスコードはないが、それでもパーカーは浮いていた。
 前に置かれたグラスに入った淡い藍色の液体が、落とされた暖色の照明によって揺らめく。グラスの縁を、つぅ……と、無骨な指先がなぞっている。しなやかとは言い難い手は、可愛さとはかけ離れている、はずだ。
 それを隣の男が一瞥する。隣の男は、色の薄いサングラスをかけ、お高そうなスーツを着ていた。顔の良い人は何を着ても良く見えるため、高いと思うのは見当違いかもしれないが。それでも、ラフな格好よりは、この場に合った雰囲気を纏っていた。
「……はぁ」
「ダメ? 今日だけだってば」
「……いや、しかしだな」
「今日だけだよ、ほんとに。許してくんない?」
 しばらくそんな応酬をして、スーツの男は大きなため息を一つ溢した。一瞬の沈黙が、酷く重たかった。そして、男は億劫そうに口を開く。
「……今日だけだ」
「わーい」
 パーカーの男は、喜びからか声をワントーン上げたが、棒読みがそれを台無しにしていた。男はそれを見て、三度目のため息をついていた。この男は、何度それを見て、許してきたのだろう。
「ただし、条件がある」
 スーツの男が、冷たく固い声で言い放った。氷を削る前の、白く冷たいだけの塊みたいだった。
「いいか? ウチには手を出すな。俺個人と関わるのはこの際許す。だが、それ以外は辞めろ。俺もお前も面倒なだけだ」
 わかるな? と、今度は存外優しい音が転がる。
「わかってるって」
 パーカーの男は、前に置かれたグラスを傾け、こくりと飲み干した。前から少しずつ飲んでいたらしい。空のグラスを軽く置く。
「ね、もう一杯。願いの対価だ、安いだろ?」
「対価なら払うのはそっちだろう。それは対価じゃない、我儘って言うんだ」
「わがままじゃない、取引だよ」
 バケットハットで隠れているはずの目元だけが、笑っている。その目がこちらを見ている。咄嗟に目を離そうと、グラスを拭う手元に意識を集中させた。
 嫌な予感だった。この業界では、こういうことがたまにある。底なし沼に片足を突っ込んだような、繋がっていない橋に行きかけるような、そんな感覚。あの二人組がそういうことに関わっているのかはわからない。ただ、これ以上知ってしまうのは良くないことだと、漠然と感じた。

10/4/2025, 9:59:04 AM

誰か

2025/10/04 書きたいという気持ち。
2025/10/05 書きすぎた。短く畳みたいんだけどな。

「最近、誰かに見られている……気がするんだ」
 向かいに座る弟は、何故かいつもの苛烈さに似合わず、静かに話を聞いていた。
 いつからだろうか。随分前に半永久的に反抗期に入ってしまって、こうして一対一で話をするのは久々だった。機会は減ってしまったが、たまに話をすると過去に戻った気がしてしまう。どちらも彼で、そして弟であることに変わりはないが。
 そういう時の弟は、静かに人の話を聴き、丁寧すぎるほどに律儀に返事をする。有り体に言えば、優しい。話す前にお茶を二つ持ってきたり、今相談に乗ってくれたりするように。
「二週間前、かな。その前からかもしれないんだが。目立つことは嫌いじゃないし、それであまり気にしていなかったのもあるんだが……」
 言葉が尻すぼみになってしまう。あくまで“気がする”だけであって、見られたと確信したことはなかったからだ。それに、見られていると思うのは自分だけで、兄弟は特に気にしていないようだったから。挙動不審であったことは認めるが、心配はかけたくなかった。……弟に知られたことを考えると、既に心配されてたのかもしれない。
 手にした湯呑みの中身をふぅと冷まし、ず……と啜ってから、弟はようやく口を開いた。
「……なるほどね。だからアンタ最近変だったんだ」
「え」
「それって視線を感じてるだけ? 耳……音とかはしない?」
「いや、気になる音とかは特に……何か知ってるのか?」
「ちょっとね……今も感じる?」
「…………あぁ」
 そう、と弟は呟いた。机に置いた湯呑みに視線を落とし、湯呑みではない何処かを見ている。
 しばらく、静けさが場を支配していた。不安になるほど音は聞こえず、しかし兄弟がいるだけで不安はなかった。それが無視ではないことを自分は知っている。

 ふいに弟が立ち上がり、ちゃぶ台を超えて隣に座った。なんとなく、自分も向き合うように姿勢を変える。弟が腕を伸ばし、膝に置かれていた手を掴まれる。そのまま、手遊びでも始めるのか、指を絡めて弄ばれた。自分の手だけが、じっとりと湿っている感覚がする。
「目、瞑って」
「……え?」
「いいから、め、とじて」
 小さい子に聞かせるような、柔らかい声で言い直される。言われるがままに目を閉じた暗い視界の中、これではこっちが弟のようだ、と思った。
 ぼんやりと、弟の声が聞こえる。
「いい? ここにいるのは僕らだけ。お前と、僕だけ。僕の声しか聞こえないでしょ? 手を握っているのは僕。お前の弟。僕の兄。ここにいるのはそれだけ。……いいね?」
 水の中から、弟の声がぼんやりと、しかしはっきりと聞こえる。全てが暗く、確かなものが少ない中で、声と手の感覚だけが確かだった。だんだんと、意識が消えていく。まるで、このまま、ねて、しまう、ような……。

「あ、起きた?」
 ぽけ、と寝起きでままならない頭を動かした。弟が目に入った瞬間、意識が現実へと戻る。何か言葉を紡ごうとしたが、何を口に出せば良いのかわからなかった。
「お前、最近疲れてたんだよ。もう夕方だよ」
 町内の放送が流れる。五時を示す音楽。
「あ、そうそう、視線なんだけど」
 明日は晴れだよ、とでもいいそうな気軽さで、弟は不気味な視線について切り出した。
「あれ猫」
「……は?」
 呆けている俺を他所に、種明かしが成される。あの視線は、俺のことが気になっている猫のものだったらしい。猫好きの弟だからわかったことなのかもしれない。
 張り詰めていたなにかが、急にゆるむ。呼吸が楽になる。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花。わかってしまえば怖くない。……あれ、でも、視線って、家の中でも感じたような……?
「兄さん。ここにいるのは?」
「……俺らだけ……」
「そうだよね」
 弟が、なんだか満足気な顔で頷くもんだから。だから、なんだかもういいかと思った。

10/3/2025, 9:37:12 AM

遠い足音

 コツコツと、後ろから音が聞こえる。
 気のせいだろうか。いつまでも遠い場所に居るのに、段々と近づいている気がするのは。気のせいだと思っていたかった。
 たまたま自分と目的地が同じで、道順も同じであったのだと信じたかった。そして、とうにそんなことを信じられる時間は過ぎたのだと、信じたくはなかった。
 コツコツと響いているそれは、多分革靴だ。兄弟のものよりも固い音のそれが、兄弟の悪戯でもないことを示していた。それが一番信じたくないことだった。怖がりの自分を脅かすだけの悪戯であれば良かったのに。

 かれこれ一時間は超えたと思う。いくら普段からよく歩くとはいえ、緊張状態で歩き続けるのは堪えはじめていた。これがいつ終わるかわからないのも、それに拍車をかけていた。
 家に帰ろうにも、家に誰もいなかったら、コレが家まで着いてきてしまったら……。脳が恐怖からの暗い想像で占められる。そういえば、
 ──コレに家がバレたら、どうなる……?
 嫌な想像に気づいてしまった。少し切れていた程度の呼吸の、間隔が狭まっていく。
 足音の大きさも、大きくなっていく。コツコツと遠くで聞こえていたはずの音が、段々と、段々と、だんだんと、

 コツリ。
 あ、これ、あと一歩で

 パタン。
 今までと違う音がした。自分はそれがサンダルから出る音だと知っていた。
 思わず振り返ろうとしたが、結果的に身体はそのまま押し留められた。サンダルの持ち主の手によって。
「まだ、振り向いちゃダメだよ」
 兄の声だった。兄さん、と言葉が出る手前で塞がれる。
「しぃ……まだ、我慢して」
 ズ……と、まず靴を擦る音がした。サンダルではない、靴の音だった。そして、そのままコツコツと音が遠ざかる。
 さっきまであんなに音に恐怖していたのに、兄が側に居る、それだけで安堵で塗り変わっていた。

「よし、もう大丈夫」
 口から手を退かされてから、ようやく振り返る。そこにはいつもの兄がいた。目が熱い。
「兄さんのばかぁ……なんですぐ来てくれないの」
 疑問は沢山あった。なんでここに居るのとか、なんで追い払えたのとか、今のはなんなのとか、なんでいつも通りなのとか。
 ただ、
「帰ろっか」
 そう苦笑しながら手を差し出されてしまっては、自分は手を握って、兄と小学生のときのように手を繋いで。それで、許してしまうしかなくなるのだった。

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