まだ続く物語
「お疲れ様です」
「おー……お疲れさん」
彼はいつも通りの格好で、いつも寝そべっているベンチで、いつもと同じタバコをふかしていた。
隣に座り、彼と同じ銘柄の箱を取り出す。
そういえば、これは彼に教えてもらったのだったか。ストレスが溜まるだろうと一本貰ってから、ずっと同じものを吸っていた。確かに、なにか溜まっていたものが消えていくような気がする。タバコのおかげか、彼に憧れた自分の思い込みかはわからなかった。
ここに誰かがいるとは思っていなかった。
遠くから喧騒が聞こえる。みな、親しい人と別れを惜しんでいるようだった。涙を浮かべているやつまでいた。別に今生の別れではないというのに。
けれど。自分は、また彼と会えるのだろうか。
連絡なぞいつでもとれるだろう。それでも、自分から連絡をとれる自信はなかった。
「終わっちゃうねぇ」
「……そうですね」
彼はいつも通りの声色だった。感情は読み取れない。優しい声だが、起伏がない、低く、そして。
あぁ、終わってしまうのだなと思った。これが終わったら、同じ関係性ではいられないだろうなとも。それが酷く胸を締め付け、鼻がツンと痛んだ。誤魔化すように深くタバコを吸う。
1分前のアラートが鳴った。
「……明日は快晴だってさ」
「え、」
「ニュースでやってたよ。見てないの?」
「いや…………じゃあ、明日も忙しいっすかね」
「かもねぇ。俺ら居なかったら会社回んないよコレ」
「はー……めんど……」
「はは、でも来てくれんでしょ。そういうとこ真面目だよね」
「そういう貴方だって毎日来てましたよね。いつも忙しそうにしてた」
「俺は上司だからねぇ。居なきゃ困るでしょ。まぁ明日も忙しいだろうからさ」
彼はそこで少し言葉を切った。時計をチラと見る。残りわずか。
「また明日ね」
「……そうですね、また、あし」
画面が切り替わる。所謂ロード画面。もう更新されることはない。
最後まで聞こえていただろうか。声は、震えていなかったと思いたい。
リアルでの生活が始まる。
連絡を取る方法はある。けれど、連絡を取ろうとは思えなかった。
彼とはまた、会えるだろうか。でもきっと、続きのイベントがまた始まるはずだ。彼は必ず参加するだろう。参加者は多いだろうが、きっとまた。
それに。……それに、あの場所での生活はまだ続いている。自分も彼も、誰も居なくても、いつも通りの騒がしさで、楽しく過ごしているのだ。
あの世界は。あの世界の人々の人生は。物語は。まだ続いていく。だから、
ホンモノのニュースアプリがスマホを鳴らす。
明日の天気は、快晴らしい。