カーテン
あ、
カーテンに、攫われてしまう。
春。始業式が終わり、皆思い思いに散らばっている。
一年は説明のために教室に集まっているのだろう。僕ら二年以降は片付けが終われば、体育館で解散、自由に帰宅だと指示された。久々に会う友人と談笑している人もいれば、そうそうに帰るような人もいた。
そんななか、僕は教室に向かっていた。荷物を取りに行くためである。
事前の指示により、僕以外は体育館の空きスペースに荷物を置いていた。しかし睡眠不足の自分の耳にHRの声は何一つ入っておらず、しかも始業式が終わってからようやくそのこと知ったので、自分だけは机の横に荷物を掛けたままだった。
友達を待たせているので、階段を一段飛ばしで駆け上がり、呼吸を軽く乱しながらも教室に急ぐ。
ドアは開いていた。シンとした誰もいない教室はなんだか寂しい気がする。普段人が多くて騒がしいからだろうか。置物になっている机と椅子は、朝の記憶が曖昧なのもあって、自分のものかそうでないか、自信が持てない。おそらくバッグが引っ掛かっているのが自分の席だろうと近づいた。
学校指定のバッグも、一見すると自分のものか判断がつかない。一旦机に置き、中を漁る。荷物の中で一番重たい、お気に入りのカメラ。絶対に自分のものだ。どうやら指示を聞いていなかったは僕だけらしかった。
バッグに仕舞いこむと同時に持ち手を掴み、教室を出ようと振り返る。──振り返ろうとした。
空いていた窓から風が吹き込み、一瞬目を瞑る。次に目に入ったのは、白。本当はもう少しくすんでいるはずなのに、太陽に照らされているからか、とても明るい白に見える。何かに似ているなと思って、すぐに思い出す。
──ウエディングドレスだ。
男性がドレスの女性を持ち上げるシーン。このシーンがどの作品の記憶か分からないが、するりと情景が浮かぶ。
風が収まると、今度は白に見合わぬ黒が見えた。艶やかな黒がさらりと揺れる。日焼けも荒れも知らぬような長い指が耳を撫で、横からでも形の良い顔が覗いた。もう片方の手は本を開いていて、本からは白いリボンの栞がはみ出している。
そのまま切り撮って写真に収めたい気持ちと、はたして撮れたとしてこの人は映るだろうかという疑問が浮かぶ。
もう一度、先ほどよりは小さく、ひゅうと風が吹き込み。
あ、
カーテンに、攫われてしまう。
だって綺麗な人だったから。白と黒のコントラストだけがはっきりしていて、それ以外は曖昧だったから。確かに綺麗な白い手が、青白く見えてしまったから。だって規則正しく並んだ席から、一つだけはみ出た席に座っているから。この世のものではないと、もしくはこれからこの世のものではなくなると思ってしまったから。
それら全てが、曖昧で鮮烈に映って。
整えたはずの自分の心臓が、またドクドクと鳴ってしまって、頭がクラクラとしてしまって。それが自分の幻覚だったり、何かに攫われたりで、もう二度と見れなくなってしまうかもしれないことが恐ろしくなって。
その人を見つめることしかできなかった。
6/30/2025, 4:33:18 PM