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1/12/2026, 2:52:06 PM

ずっとこのまま

永遠という時間を得た時、人間は喜びに満ち溢れる。実際は永遠という存在は無く、ただ私達がそうであって欲しいからと望んでいるだけではあるが。
ずっとこのままであってほしい。そう願うのは人生の中でそう珍しいことでも無かった。
例えば、彼女という綺麗な人間と出会えた時。彼女の優しくあたたかな微笑みを初めて見た時。彼女が嬉しそうに頬を染めて頷いてくれたあの時。
私は何度も何度もこの時間が続けばいいのにと願った。それだけの幸福を彼女から教えてもらったから。それだけ彼女の事を好きだったから。
彼女は私達を貫く心無い言葉に傷付けられても、あなたがいるから大丈夫だ、と瞳に光を灯し続けた。
この狭い村で私と彼女の関係が受け入れられるなんて幻想はとうに捨て去って、耐え続けてくれた。
強くて、脆かったひと。
彼女がふつりとそれを終えた時に、私にどれだけの後悔が降りかかったかは定かではない。
ただとにかく彼女はもう居ないのだと、彼女とまた笑い合うことはできないのだと、困惑する頭でそれだけを理解していた。
壊れた人形のようになった彼女を抱いて、私の心の中は今嵐のように荒れ狂っている。永遠を望んでいた自分さえを馬鹿らしく思う。
もっと、彼女という綺麗な人間を知りたかった。彼女の優しくあたたかな微笑みを見ていたかった。また彼女に嬉しそうに頬を染めて頷いて欲しかった。
震える手で冷えた彼女の指に、銀に輝いた指輪をつける。渡す事が叶わなかった悲しみに溺れ、視界がぼやけ見えにくくなってきた。
彼女の呼吸の音は聞こえない。彼女はある意味で永遠を手に入れたと言えるのかもしれなかった。それなのに喜びの形相は見られなくて。
彼女が好きだった。守りたかった。ずっと抱いていたこの願いなど、私みたいな弱くて臆病な女が叶える事は無理だったのかもしれない。
ひとつだけ息を吐いた。彼女の頬を撫でる。永遠に色づくことのない頬。視界にも入れたくないほどその事実が嫌で、それでも愛おしい人のものだから目を離せない。
傲慢で酷い私は、生前と変わらず抵抗も何もなく私のそばにいてくれる亡骸から離れる事ができなかった。
だけど、もう少しで私もそちらに向かう。彼女はこんな私と永遠を刻んでくれるかなんて、分からない未来の事など考えたくもない。
彼女は弱かった私を許してくれるだろうか。また笑ってくれるだろうか。優しい彼女ならきっと包み込んでくれるけど、不安の気持ちは消せないから。
やはり願わくばどうか、ずっとこのまま。

9/29/2025, 11:21:51 AM

モノクロ

貴方がいない世界は酷くつまらない。その世界をざっと1000年は生きていたはずなのに。
一度貴方と出会ってしまえば、それからはただずっと寂しかった。私一人で生きているのが馬鹿らしく思えるほどに。
貴方がいたから私の世界は色づいた。貴方がいたから私は生きていた。
人間にとっての酸素と変わらない存在、それが貴方だった。それを失った時、私はただ悲しみにくれた。
100年は泣いていたし、それから100年は受け入れられずに怒り狂った。それだけ貴方が好きだった。
100年なんて生きられない貴方だったら、きっと君は200年も無駄にしている、と言うだろう。
その時間が貴方の消失を受け入れるために必要だったの、と言っても分からないだろう。
それが貴方らしくて、懐かしくて。……もう懐かしい、なんて思うほど時が経ったのかと、辛くて。
貴方が居なくなって、私はひとつでこの世界を生きていた。理由もなく何日も、何ヶ月も、何年も過ごした。
時代の移り変わりを見て、貴方がまた生まれ変わらないかと希望も抱いた。……そんな事はやっぱり無かったけど。
今の私の世界はモノクロで、やっぱり酷くつまらない。
――だけど、きっとそろそろ私も天使が迎えに来る頃だろう。だから、どうか、どうか。
私の世界がまた、色づきますように。

9/28/2025, 9:18:56 AM

涙の理由

なんで泣いてるの、と隣の家のお姉さんは僕に心配そうに言った。
理由なんてないよ、と僕は答えた。本当に理由なんてなくて、強いて言うなら泣きたくなった、が理由だったから。
お姉さんはその言葉に困ったように眉を下げると、優しく諭すような声で告げる。
「あのね、君は理由なんてないって感じてるかもしれない。そういう涙もあると思う。でも、今の君の涙はそれじゃないでしょ」
そうかな、と考えた。僕は何か理由があって泣いているのかな。何も分からなかった。
困っている僕を見て、お姉さんは少しだけ辛そうに瞳を細める。痛そうに顔を顰めたお姉さんの姿は、なんだか見たくなかった。
「……なんで泣いてるの、なんて聞いたけどね。お姉さんは、君がなんで泣いてるのか知ってるよ。でも、その理由は君が見つけなきゃいけない」
お姉さんはそうただただ暖かい声で語りかける。それと同時に冷たさも感じた。……けど、多分それが僕の成長の為なのだということも、分かった。
お姉さんは瞳の縁を微かに光らせると、いつも僕に話しかけてくれるよりもうんと甘く優しく笑う。
「お姉さんは、君のことをいつまでも見守っているからね」
……何も分からなかった。なんで泣いてるの、と聞かれてもまだ答えられそうになかった。
だけど、何故だか涙が止まらくて、それで。もう少し大人になったら理由を見付けられそうだ、なんて1人きりのその場所で思った。

9/27/2025, 7:50:53 AM

コーヒーが冷めないうちに

朝の燦々とした眩しい光が、少しだけ開いた窓から差し込んでいる。隣で少し体を丸めて寝転んだ最愛の彼は、まだ起きなさそうだ。
時計を見ると短針が7を刺している。今日は2人共仕事も何も無かった筈だから、早く起きすぎたな。
彼の唇に1つ、柔らかい口付けをした後、部屋を出て1階へ向かう。
適当に服を着てキッチンに向かい冷蔵庫を開ける。1週間仕事で家を不在にしていた為、その状況は薄々察していたものであるが、やはりと言った様に空っぽ。
仕方無く他に保存している物を漁れば、パンケーキの粉を見つける。しょうがない、今日の朝食はこれにするか。
冷蔵庫から最低限残っていた食材を取り出して彼とお揃いのエプロンを付けると、調理を始める。子鳥のさえずりが朝を知らせているのが聞こえた。
こうやって調理するのは嫌いじゃない、むしろ好きだ。彼の不器用なところは理解しているし、それも愛おしいと思う。
作ったものを笑顔で美味しいと食べてくれる姿が見えるなら、いくらでも作ってあげたいとも思う。
物思いにふけっている内に何時の間にかいい感じにパンケーキが焼けている。皿を出して盛り付け、バターと蜂蜜をあわせた。
それと同時に、彼が大好きなコーヒーを用意する。彼とは違い甘党な俺にはコーヒーの良さは分からないけど。
彼のために入れるうちに、自分で言うのもなんだがプロ並みの腕前になってきている。淹れたてのコーヒーはかなり美味しそうだった。
時計を見て彼を起こしに行く為にエプロンを脱ぎ部屋に戻る。まだ彼は気持ちの良さそうに寝ていて、窓から差し込んだ光に照らされていた。
1つキスを瞼に落とした後、優しく揺さぶると睫毛がふるりと揺れ、ゆっくりと瞼が開く。普段のキリッとした瞳はまだ甘く蕩けていた。
俺はそれを見られることを幸福に思いながら、優しい声で彼に囁いた。
「おはよう。ほら、コーヒーが冷めないうちにおいで」

9/25/2025, 10:50:08 PM

パラレルワールド

親友という立場や性別の壁に甘え、何事もなく高校を卒業したあの日。……後輩から告白されている、彼を見てしまった日。
高校3年間ずっと隣にいたから、彼が皆から好かれているのは知っていたけど。初めて直接見て、自分が思うよりも動揺してしまった。
遠くから見える彼は、困ったように笑っていた。相手と話している所は見た事が無かったから、一目惚れでもされたんだろうと思う。
彼の屈託のない笑顔を幾度も見てきた俺も、いつもドキッとさせられていたから。
告白を殆ど隠れるようにして聞いているのは罪悪感しかなかったけど、下手に動けもせず聞いていた。
ごめん、と彼の声が聞こえたのは直ぐだった。他に好きな人がいるんだ、という静かな声と共に、生徒が走っていく姿が見える。
頬に光るものを見付けて、俺はつい身動ぎをしてしまう。少し音がなって気付いたのか、彼がこっちを見た。
「……いたのかよ」
俺の方を見ると同時に呆れたように言った彼に、まあ、と曖昧な返事をする。盗み聞きなんて趣味の悪い事をしてしまったのをいたく後悔した。
彼は何故か俺の顔をじっと見た後、制服の第二ボタンをくるくると手で弄りながら言った。
「――俺さ、お前の事好きだよ」
「……え」
その言葉に脳がクラッシュする。思考が停止しかける前に、高速でその内容を噛み砕く。
好き?どういう?でも、多分だけどこの言葉の前は告白についての会話だから――。
俺も好きだ、って言おうとして……できなかった。
「いや、好きだった……かな。お前に迷惑だろうなって思って、もう好きじゃなくなった。こんな事言われて迷惑かもだけどさ、ケジメだけ付けさせて!」
彼がそう、屈託のない笑みで言ったから。唐突な気分の上下に何も反応できずにいると、彼は困ったよつに眉を下げて。
「それじゃ、また会おうな!」
そのまま大きく手を振って、駆け出していった。……卒業証書を抱えてどこまでも止まらず走っていく。俺は彼の姿が消えるまで、ずっと眺めていた。
なんて、なんて神様は酷いんだろう。思いが報われると一瞬でも期待を抱いたのが、馬鹿みたいだった。
俺はまだ、こんなに好きなのに。彼は……。ああ、彼がまだ俺を好きなパラレルワールドにでも、行けたらいいのにな。

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