ただいま、夏。
1年ぶりに故郷に帰ってきた。東京の高校に進学した俺は、年に1度、8月の間だけ故郷に帰っているのだ。そして、今日がその日だった。
電車が途中止まったりとトラブルにも苛まれたが、何とか最寄り駅まで着くことが出来た。
1年ぶりに見た駅前は、何も変わった様子はなく、懐かしさを感じる。少し歩けば商店街があり、公園があり、学校がある。町の至る所に昔の思い出があって、歩いているとそれを思い出す。
「相変わらず、ここは変わらないな。帰ってきたって感じがする」
いろんな記憶が蘇る中、特に鮮明に思い出すのは、夏の記憶だ。夏休み、走りまくって遊び尽くした町が、おかえりと話しかけて来るように感じる。
「ただいま、帰ってきたよ」
今年もまた、この夏に帰ってきた。
ぬるい炭酸と無口の君
カシュッと音を立ててプルタブを開けると、勢いよく中身が吹き出し、頭からその中身が降りかかった。私と幼馴染の無口な無口くんが学校の帰り道を歩いていた時の出来事だ。
「さいあくー! さっき落としたの忘れてたー! もう服がベトベトだよー」
中身は甘い炭酸飲料だったせいで濡れたところがベトベトして気持ちが悪い。カバンの中からタオルを取り出そうとすると、隣からタオルを持った手が差し出される。
「使っていいの? ありがとー」
コクコクと頷いたのを確認してからタオルを受け取る。濡れた体を拭きながら、さっきまで何を話していたっけと思い出す。
「そうだ、あんた最近また女子に言い寄られてんでしょ? 好きな子ならいざ知らず、好きでもない子をあんなに近くに置いてたら、好きな子に勘違いされるわよ」
「勘違い……? 」
「そう、勘違い! 好きな子があんたのこと気になったとしても、あんたの隣にあんな女くっつけてたら彼女がいると思われても仕方ないわよ」
「うん」
「ちゃんと言ってあげないと伝わんないんだから。好きなら好き、好きじゃないならお断りの言葉を伝えないと女の子はわかんないんだから! 」
無口くんは少し考えた後、「君もそう思う? 」と聞いてきた。私はそれにコクコクと頷いて同意する。
「じゃあこれからはちゃんと言うね」
「わかってくれたならいいわよ」
「うん」
理解してくれて良かったと安心していると、無口くんが炭酸飲料の入った缶を持つ手とは反対の手をガシッと握る。
「僕は君が好きだ」
「……はぇ? 」
突拍子も無い言葉に思わず変な声が出る。きっと彼から見た私はとんだアホ面を晒しているのだろう。
なにかの冗談かと思った。しかし、彼はとても真剣な表情だ。冗談には到底思えない。
「な、何を……」
「? 君がちゃんと思ったことは伝えろって言ったから」
顔に熱が集まる。頭が沸騰しそうになって、手に持っていた炭酸飲料を流し込んだ。少しでもこの感情を流してくれるかと期待を込めてみたが、既にぬるくなったそれは、ベタベタとした甘味が残った。
波にさらわれた手紙
放課後。僕は女子生徒に呼び出され、校舎裏へ来ていた。僕たち2人以外に人の気配はなく、これから告白でも始まるかのような雰囲気である。しかし、これが告白でないことを僕は知っている。
「私の代わりにこの手紙をハヤトくんに渡して欲しいの! 君って彼と仲がいいでしょ? お願い! 」
「わかった、代わりに渡しておくね」
「ありがとう! じゃあ私は行くね! 」
そう言って女子生徒は足早に去っていった。ハヤトは僕の友人で、顔が良くて運動神経もいいイケメンなのだ。そして、今回のように、彼へのラブレターを代わりに渡すように頼まれるのも、今回が初めてじゃない。
今のところハヤトは受けた告白を全て断っているらしいが、今回の子は僕たちの学年でも有名な可愛い子だった。
今回こそはあの子と付き合うのかな、なんて考えながら校門まで向かえば、先に校門で待っていたハヤトが声をかけてくる。
「おーい! なんだよ、告白かぁ? このこの! 」
「そういうんじゃないよ」
「本当かぁ? このモテ男! 」
モテてるのはお前だろ。さっきの女子生徒に呼び出された時、ハヤトも一緒にいたことから、その話題でいじられる。
「本当にそういうのじゃないんだって」
ほらこれ。と言ってカバンから可愛らしい封筒を取り出し、ハヤトに渡す。
「今回も残念ながらお前宛だよ」
「えー、俺はどちらかと言うと、直接貰いたい派なんだけどなぁ」
「貰えるだけありがたいと思えよ」
手紙を受け取ったハヤトは、とやかく言いながら封筒を開ける。中から手紙を取り出し開く。その瞬間、突風が吹き、彼の手の中にあった手紙が吹き飛ばされてしまう。
「あ! 」
風に乗った手紙は、そのまま流されていく。それを二人で追いかける。ひらりひらりと舞う手紙を二人で必至に追うが、手が届く気配はない。気付けば、学校近くにある海へと来ていた。
手紙は海の上まで飛ぶと、そのまま海の中にポチャリと落ちた。海に落ちた手紙は、そのうちに波にさらわれてしまい、遠くまで流されてしまった。
「あーあ、これはもう流されちゃったね」
「あの子に悪いことしちゃったな。あの子に謝らないと」
「いや、いいよ。俺が自分で行くから。でも、波に流されて逆によかったかも」
「え? 」
衝撃の言葉に思わず顔を見る。
「俺、今は恋人とか作る気もないから、告白とか全部断ってるんだけどさ。ラブレターとか心の籠ったものを貰うと処分しにくくて困ってたんだ」
「そうだったんだ……」
「そうそう! 今はお前と遊んでる方が楽しいから。あ、今度からは、代わりにラブレター渡すとかも断っていいからね」
思わず小っ恥ずかしいことを口走る友人に、照れて顔が赤くなる。彼への恋心を抱いている女の子達には悪いが、友人である自分を取ってくれたことが嬉しい。
「まぁ。僕も今はお前と遊んでる方が楽しいかも……」
「え! マジで?! 俺たち相思相愛じゃーん! 」
いつまでこの関係が続くのかは分からないけど、10年後も一緒にいられたら、きっと楽しい。それだけはわかった。
8月、君に会いたい
8月。それは俺にとって特別な月だ。夏休みだからという訳では無い。確かに高校生である俺にとって、夏休みが特別であることに代わりないが、それよりももっと特別な理由がある。
その大事な理由というのは、俺の大親友であるダイちゃんが、この地元に帰ってくるのが8月なのだ。
高校にあがると同時に、ダイちゃんは東京へ行ってしまい、中々会えなくなってしまった。しかし、夏休み期間中の8月には地元に帰ってくるのだ。
去年、ダイちゃんが帰ってから、ずっとこの日を待っていた。今日がダイちゃんの帰ってくる日で、昨日から楽しみしていた。そして、今の時間にはとっくにこっちに着いて、俺と遊んでいるはずだったのに、ダイちゃんはここに来ていない。
「ねぇ、母さん!ダイちゃんまだー?」
「さっきから何回聞くんだい!途中の電車が遅れてるからまだ着かないって、さっきから何度も言ってるでしょ!」
ダイちゃんが乗ってくる電車が遅延したせいで、こっちに来るのが遅れているのだ。さっきから何度も同じ会話を繰り返しているせいで、母さんに怒られる。でも仕方がない、俺はダイちゃんが来るのが待ち遠しくて仕方ないんだ。
「ダイちゃんまだかなぁ……」
8月は君に会いたくて仕方がない。
眩しくて
シャーペンが紙の上を滑る音、問題集をペラペラと捲る音。友人同士で勉強を教え合う声が聞こえれば、雑談している声も聞こえる。黒板にはデカデカと“自習”と書かれている。この時間の授業を担当する先生が急遽お休みとなった為、自習になった。
俺は、次のテストも近いことから、真面目に自習に取り組んでいた。しかし、そんな俺を邪魔する男が目の前にいた。
「わぁ、ちゃんと勉強してるの偉いね」
「……本当に偉いと思ってるなら、俺の方を向いていないで、自分の机に向き直ってお前も勉強したらどうだ? 」
「うーん、やる気出ないんだよねー」
やる気が出ないからって俺の方へ向くな。もはや前に向き直る気もないのか、目の前の幼馴染は椅子を跨いで座った。椅子の背に顎を乗せて問題集を解く俺を覗き見てくる。
「ねぇ」
「なんだ」
「虹のはじまりを探しに行かない? 」
「……は? 」
突拍子もない言葉に、思わず顔を上げて幼馴染の顔を見る。なにかの冗談かと思ったが、目の前のこいつの顔は至って真面目といった顔で見てくるので、手に持っていたシャーペンを置いて聞く姿勢になった。
「いきなりどうしたんだ? 虹のはじまりを探しに行くとかって」
「ほら、小学生の頃に約束したじゃん。虹のはじまりを一緒に探そって」
そう言われて思い出す。昔、小学生ぐらいの頃、二人で帰り道を歩いている時に見つけた虹のことや、虹を探しに行こうと言われて、約束をした記憶。
「でもあの後、一緒に虹の端っこを探して、色んな所を歩き回っただろ」
「でも、あの頃はまだ僕たち小学生で遠くまで行けなかったじゃん? 今なら遠くまで行けるから、もしかしたら虹のはじまりを見つけれるかもと思ったんだ」
言いたいことは分からなくもないが、高校生にも何を言っているんだ。虹の端を探していた当時なら、まだ微笑ましかっただろう。実際、昔それを言ったら、大人のみんなはニコニコと笑って「見つかるといいね」と口を揃えて言われたものだ。しかし、今それを周りの人間に言ったら、馬鹿にされるんじゃないだろうか。
虹のはじまりなんてない。馬鹿な事を言ってないで勉強しろ。そう返したかった。でも、目の前の幼馴染は、真夏の太陽にも負けない笑顔で俺を見てくる。まるで、断る訳ないと信じるような顔が、俺には眩しくて、断れなかった。
「……いいよ。虹のはじまり探ししよっか」
「本当?! じゃあ今度の休みにでも行こうよ! そうだなぁ、電車に乗って海の方にでも行ってみる? 虹のはじまり探しのついでに、あっちの方に出来た水族館も行っちゃう? 」
「それもいいな、水族館も行くか」
俺はそう言ってノートの空きに、当日の予定を書き始めた。結局俺たちにとって、昔から“虹のはじまり探し”なんてものは、遊びの口実に過ぎなかったのだ。
「いつか見つけようね、虹のはじまり」
「そうだな」
きっとこれからも“虹のはじまり探し”は続く。