またね
空が赤く染まり、帰宅する人が増えてきた頃。幼馴染とのこの時間が楽しかった故に、この時間が終わってしまうのが惜しく感じてしまい、俺は中々終わりの言葉を発せずにいた。
「あー、今日も楽しかったね! 」
「そうだな」
「気付いたらもうこんな時間だね」
「もう帰らないとな」
ああ、今日が終わってしまう。そんなことを考えていると、幼馴染が急に立ち止まる。それに気付いて、俺も立ち止まり振り返った。
「どうした? 」
「んー、このまま今日が終わっちゃうのが寂しいなぁと思ってさ」
思わず驚いた。同じことを考えていたとも思わなかったし、そんなことを言われるとも思っていなかった。
「俺も、今日が終わるのは惜しいと思ってた」
「やっぱり? だよねー! 」
「今日も楽しかったもんね」と言われて、今日の出来事を思い出す。朝から2人で電車に乗って、隣町まで来て遊んで、食事をして買い物をして、申し訳程度の虹のはじまり探しもして。思い出すと更に帰りたくなくなってきた。
「帰りたくないけど、もう帰らないと。母さんが心配しちゃう」
「ああ」
「今日はこれで終わっちゃうけど、明日があるよ! 明日も一緒に遊ぼ! 」
「明日? 」
「そう、明日! 明日は何する? 映画を見るのもいいよねー。今日は行けなかったお店も興味あるし」
そうやって明日したいことを続ける幼馴染に、俺はさっきまでの寂しさが薄まり、次第に楽しい感情が湧き出してくる。虹のはじまり探しを言い出したあの時と似た感情。あの頃よりも大きくなった身体の中に秘められた好奇心がバクバクと鼓動を刺激した。
「俺はお昼に入るか迷ったパスタ屋に行きたい」
「いいねー! 俺もずっと気になってたんだ! 」
明日の話をしながら帰路を歩いていると、気付いた時には家の近所まで来ていた。
「じゃあ今日はここまでだね。またね」
「ああ、また明日」
そう言って俺たちは別れた。アイツの言う「またね」がパチパチと頭の中で眩しく輝く。
まだ今日の楽しい時間が惜しい気持ちは残っているが、それ以上に明日へのドキドキに心を奪われる。
もしかしたら、俺の幼馴染は魔法使いなのかもしれない。
泡になりたい
「なぁ、もしもの話なんやけど、人生に幕を下ろすならどんな風に下ろしたい? 」
2人で学校からの帰り道を歩いていた時に、隣を歩いていた親友がそんなことを話し出した。
「人生に幕を下ろすなら? うーん、俺は思いつかへんなぁ」
人生に幕を下ろすなんて考えたこともなかったから、俺は何も考えつかなかった。「そういうお前はなんかあるん? 」と彼に問うてみる。
「俺はなぁ、人魚姫みたいに泡になって消えてしまいたいなぁって思ってんねん」
「泡になって消える? なんでそれがええの? 」
頭の中に、おとぎ話の人魚姫のラストが過ぎる。
好きな相手は別の女性と結婚してしまい、魔法のナイフを姉から渡されるも、好きな人をナイフで刺すことが出来なかった人魚姫は、ナイフを海へ投げ捨て、自ら海へと身を投げ、泡になって消えたというストーリーだったはずだ。
「泡って綺麗やん? なんか、自分の汚い思いとか全部綺麗になって消えてくれたらいいなーって思ってさ」
「でも、それやと後にはなんも残らへんやん、遺骨も遺灰も」
「それでええねんって、なんも残らへんのがええんやん! 」
その言葉に俺は少しモヤモヤした。この世界から完全にこの親友が消えてしまうというのが悲しいのか、残される側にもなって欲しいと考えてしまう。
「俺はお前がなんも残らず消えてしまうのは嫌やで、せめて遺灰くらいは残していけ」
「えぇ、なんでなん? お前は関係ないやん、それとも海にでも撒いてくれんの? 」
「少しでも残るんやったらそっちの方がええやろ……」
そう言ってから自分が恥ずかしいことを言っていることに気が付いてそっぽをむく。珍しく自分らしくもないことを話したなと思って、目線だけを親友に向けると、親友の顔は赤く染まっていて、思わず目を見開いて驚いてしまう。
「アホ……恥ずいこと言うなよ」
「え、ご、ごめん」
その後の帰り道には気まずい空気が流れて、俺が泡になって消えたくなった。
ただいま、夏。
1年ぶりに故郷に帰ってきた。東京の高校に進学した俺は、年に1度、8月の間だけ故郷に帰っているのだ。そして、今日がその日だった。
電車が途中止まったりとトラブルにも苛まれたが、何とか最寄り駅まで着くことが出来た。
1年ぶりに見た駅前は、何も変わった様子はなく、懐かしさを感じる。少し歩けば商店街があり、公園があり、学校がある。町の至る所に昔の思い出があって、歩いているとそれを思い出す。
「相変わらず、ここは変わらないな。帰ってきたって感じがする」
いろんな記憶が蘇る中、特に鮮明に思い出すのは、夏の記憶だ。夏休み、走りまくって遊び尽くした町が、おかえりと話しかけて来るように感じる。
「ただいま、帰ってきたよ」
今年もまた、この夏に帰ってきた。
ぬるい炭酸と無口の君
カシュッと音を立ててプルタブを開けると、勢いよく中身が吹き出し、頭からその中身が降りかかった。私と幼馴染の無口な無口くんが学校の帰り道を歩いていた時の出来事だ。
「さいあくー! さっき落としたの忘れてたー! もう服がベトベトだよー」
中身は甘い炭酸飲料だったせいで濡れたところがベトベトして気持ちが悪い。カバンの中からタオルを取り出そうとすると、隣からタオルを持った手が差し出される。
「使っていいの? ありがとー」
コクコクと頷いたのを確認してからタオルを受け取る。濡れた体を拭きながら、さっきまで何を話していたっけと思い出す。
「そうだ、あんた最近また女子に言い寄られてんでしょ? 好きな子ならいざ知らず、好きでもない子をあんなに近くに置いてたら、好きな子に勘違いされるわよ」
「勘違い……? 」
「そう、勘違い! 好きな子があんたのこと気になったとしても、あんたの隣にあんな女くっつけてたら彼女がいると思われても仕方ないわよ」
「うん」
「ちゃんと言ってあげないと伝わんないんだから。好きなら好き、好きじゃないならお断りの言葉を伝えないと女の子はわかんないんだから! 」
無口くんは少し考えた後、「君もそう思う? 」と聞いてきた。私はそれにコクコクと頷いて同意する。
「じゃあこれからはちゃんと言うね」
「わかってくれたならいいわよ」
「うん」
理解してくれて良かったと安心していると、無口くんが炭酸飲料の入った缶を持つ手とは反対の手をガシッと握る。
「僕は君が好きだ」
「……はぇ? 」
突拍子も無い言葉に思わず変な声が出る。きっと彼から見た私はとんだアホ面を晒しているのだろう。
なにかの冗談かと思った。しかし、彼はとても真剣な表情だ。冗談には到底思えない。
「な、何を……」
「? 君がちゃんと思ったことは伝えろって言ったから」
顔に熱が集まる。頭が沸騰しそうになって、手に持っていた炭酸飲料を流し込んだ。少しでもこの感情を流してくれるかと期待を込めてみたが、既にぬるくなったそれは、ベタベタとした甘味が残った。
波にさらわれた手紙
放課後。僕は女子生徒に呼び出され、校舎裏へ来ていた。僕たち2人以外に人の気配はなく、これから告白でも始まるかのような雰囲気である。しかし、これが告白でないことを僕は知っている。
「私の代わりにこの手紙をハヤトくんに渡して欲しいの! 君って彼と仲がいいでしょ? お願い! 」
「わかった、代わりに渡しておくね」
「ありがとう! じゃあ私は行くね! 」
そう言って女子生徒は足早に去っていった。ハヤトは僕の友人で、顔が良くて運動神経もいいイケメンなのだ。そして、今回のように、彼へのラブレターを代わりに渡すように頼まれるのも、今回が初めてじゃない。
今のところハヤトは受けた告白を全て断っているらしいが、今回の子は僕たちの学年でも有名な可愛い子だった。
今回こそはあの子と付き合うのかな、なんて考えながら校門まで向かえば、先に校門で待っていたハヤトが声をかけてくる。
「おーい! なんだよ、告白かぁ? このこの! 」
「そういうんじゃないよ」
「本当かぁ? このモテ男! 」
モテてるのはお前だろ。さっきの女子生徒に呼び出された時、ハヤトも一緒にいたことから、その話題でいじられる。
「本当にそういうのじゃないんだって」
ほらこれ。と言ってカバンから可愛らしい封筒を取り出し、ハヤトに渡す。
「今回も残念ながらお前宛だよ」
「えー、俺はどちらかと言うと、直接貰いたい派なんだけどなぁ」
「貰えるだけありがたいと思えよ」
手紙を受け取ったハヤトは、とやかく言いながら封筒を開ける。中から手紙を取り出し開く。その瞬間、突風が吹き、彼の手の中にあった手紙が吹き飛ばされてしまう。
「あ! 」
風に乗った手紙は、そのまま流されていく。それを二人で追いかける。ひらりひらりと舞う手紙を二人で必至に追うが、手が届く気配はない。気付けば、学校近くにある海へと来ていた。
手紙は海の上まで飛ぶと、そのまま海の中にポチャリと落ちた。海に落ちた手紙は、そのうちに波にさらわれてしまい、遠くまで流されてしまった。
「あーあ、これはもう流されちゃったね」
「あの子に悪いことしちゃったな。あの子に謝らないと」
「いや、いいよ。俺が自分で行くから。でも、波に流されて逆によかったかも」
「え? 」
衝撃の言葉に思わず顔を見る。
「俺、今は恋人とか作る気もないから、告白とか全部断ってるんだけどさ。ラブレターとか心の籠ったものを貰うと処分しにくくて困ってたんだ」
「そうだったんだ……」
「そうそう! 今はお前と遊んでる方が楽しいから。あ、今度からは、代わりにラブレター渡すとかも断っていいからね」
思わず小っ恥ずかしいことを口走る友人に、照れて顔が赤くなる。彼への恋心を抱いている女の子達には悪いが、友人である自分を取ってくれたことが嬉しい。
「まぁ。僕も今はお前と遊んでる方が楽しいかも……」
「え! マジで?! 俺たち相思相愛じゃーん! 」
いつまでこの関係が続くのかは分からないけど、10年後も一緒にいられたら、きっと楽しい。それだけはわかった。