8月、君に会いたい
8月。それは俺にとって特別な月だ。夏休みだからという訳では無い。確かに高校生である俺にとって、夏休みが特別であることに代わりないが、それよりももっと特別な理由がある。
その大事な理由というのは、俺の大親友であるダイちゃんが、この地元に帰ってくるのが8月なのだ。
高校にあがると同時に、ダイちゃんは東京へ行ってしまい、中々会えなくなってしまった。しかし、夏休み期間中の8月には地元に帰ってくるのだ。
去年、ダイちゃんが帰ってから、ずっとこの日を待っていた。今日がダイちゃんの帰ってくる日で、昨日から楽しみしていた。そして、今の時間にはとっくにこっちに着いて、俺と遊んでいるはずだったのに、ダイちゃんはここに来ていない。
「ねぇ、母さん!ダイちゃんまだー?」
「さっきから何回聞くんだい!途中の電車が遅れてるからまだ着かないって、さっきから何度も言ってるでしょ!」
ダイちゃんが乗ってくる電車が遅延したせいで、こっちに来るのが遅れているのだ。さっきから何度も同じ会話を繰り返しているせいで、母さんに怒られる。でも仕方がない、俺はダイちゃんが来るのが待ち遠しくて仕方ないんだ。
「ダイちゃんまだかなぁ……」
8月は君に会いたくて仕方がない。
眩しくて
シャーペンが紙の上を滑る音、問題集をペラペラと捲る音。友人同士で勉強を教え合う声が聞こえれば、雑談している声も聞こえる。黒板にはデカデカと“自習”と書かれている。この時間の授業を担当する先生が急遽お休みとなった為、自習になった。
俺は、次のテストも近いことから、真面目に自習に取り組んでいた。しかし、そんな俺を邪魔する男が目の前にいた。
「わぁ、ちゃんと勉強してるの偉いね」
「……本当に偉いと思ってるなら、俺の方を向いていないで、自分の机に向き直ってお前も勉強したらどうだ? 」
「うーん、やる気出ないんだよねー」
やる気が出ないからって俺の方へ向くな。もはや前に向き直る気もないのか、目の前の幼馴染は椅子を跨いで座った。椅子の背に顎を乗せて問題集を解く俺を覗き見てくる。
「ねぇ」
「なんだ」
「虹のはじまりを探しに行かない? 」
「……は? 」
突拍子もない言葉に、思わず顔を上げて幼馴染の顔を見る。なにかの冗談かと思ったが、目の前のこいつの顔は至って真面目といった顔で見てくるので、手に持っていたシャーペンを置いて聞く姿勢になった。
「いきなりどうしたんだ? 虹のはじまりを探しに行くとかって」
「ほら、小学生の頃に約束したじゃん。虹のはじまりを一緒に探そって」
そう言われて思い出す。昔、小学生ぐらいの頃、二人で帰り道を歩いている時に見つけた虹のことや、虹を探しに行こうと言われて、約束をした記憶。
「でもあの後、一緒に虹の端っこを探して、色んな所を歩き回っただろ」
「でも、あの頃はまだ僕たち小学生で遠くまで行けなかったじゃん? 今なら遠くまで行けるから、もしかしたら虹のはじまりを見つけれるかもと思ったんだ」
言いたいことは分からなくもないが、高校生にも何を言っているんだ。虹の端を探していた当時なら、まだ微笑ましかっただろう。実際、昔それを言ったら、大人のみんなはニコニコと笑って「見つかるといいね」と口を揃えて言われたものだ。しかし、今それを周りの人間に言ったら、馬鹿にされるんじゃないだろうか。
虹のはじまりなんてない。馬鹿な事を言ってないで勉強しろ。そう返したかった。でも、目の前の幼馴染は、真夏の太陽にも負けない笑顔で俺を見てくる。まるで、断る訳ないと信じるような顔が、俺には眩しくて、断れなかった。
「……いいよ。虹のはじまり探ししよっか」
「本当?! じゃあ今度の休みにでも行こうよ! そうだなぁ、電車に乗って海の方にでも行ってみる? 虹のはじまり探しのついでに、あっちの方に出来た水族館も行っちゃう? 」
「それもいいな、水族館も行くか」
俺はそう言ってノートの空きに、当日の予定を書き始めた。結局俺たちにとって、昔から“虹のはじまり探し”なんてものは、遊びの口実に過ぎなかったのだ。
「いつか見つけようね、虹のはじまり」
「そうだな」
きっとこれからも“虹のはじまり探し”は続く。
熱い鼓動
日も暮れて空も暗くなってきたが、辺りは提灯がぶら下がり、明るく照らされている。道には人がごった返し、普段はもっと静かな神社も、この夏祭りの日には賑わいを見せている。
俺と親友の2人は、午前中から親友の家で夏休みの宿題をして、それからこの夏祭り会場へ遊びに来た。
「にしても人多いなぁ」
「しゃあないよ、夏祭りやもん。人は多いもんやろ」
「せやなぁ、それより何食べる?焼きそば?たこせん?かき氷?」
隣を歩いている親友は、屋台飯に興味を惹かれているようだ。俺はどうしてもさっきの件で夏祭りをどう楽しもうなんて考えられなかった。親友の部屋で一緒に宿題をしていた時のちょっとしたトラブルだった。
あの後、アイスを受け取りに行った親友は、なんて事ない顔をして戻ってきた。まるで何事も無かったかのようで、その時は暑さにやられて変な妄想をしていたのかと思っていた。
でも、考え直してみたら、やっぱり夢でも妄想でもなく現実に起こった出来事で、それを理解してからは、どうしてもそのことばかり考えてしまう。
「おい、さっきからぼーっとしてるけど大丈夫か?」
「え、ああ。大丈夫。何食べようか迷ってもうて」
「それやったら俺焼きそば買うから半分こして食べようや、その方が他の屋台の飯も食えるしええやろ」
「ちょっとここで待っとけ!」と言って親友は人混みの中に消えていった。手持ち無沙汰になった俺は、飲み物でも買ってようかと思ったが、変に動いて合流出来なくなっても困るとその場で待つことにした。
待っていると、さっきのことを余計に考えてしまう。あいつはあの時、何を思っていたんだろう。俺たち、キスしかけたんだぞ、なにか思うことがあってもいいだろう。思わず自分の口元に手が伸びる。
ドクドクと脈打つ鼓動が熱い。今はこの火照りを夏祭りの熱気のせいにしてしまいたかった。
「お、ちゃんとおったな。焼きそば買ってきたでー」
「……バーカ」
「は?今なんで俺、罵倒されたん?」
なんて事ない顔をしてるこいつに思わず悪態をつく。理不尽に罵倒された親友は頭をひねり、罵倒された理由を考えている。親友に赤くなった顔を見られないように、俺はそっぽを向いた。この熱い鼓動は鳴り止みそうにない。
タイミング
蝉の声が聞こえる。麦茶の入ったコップから雫が流れ、氷がカランと音を立てた。室内とは思えない暑さに、俺は思わず唸りを上げる。
「あつーい……」
昨日の夜、エアコンをつけようとしたところ、うんともすんとも言わず、泣く泣くオンボロの扇風機を押し入れから出してきた。オンボロの扇風機は、それだけだと温い風を回す程度で、部屋は全く冷えない。
「ごめんなぁ、こんな暑い部屋で宿題なんて」
「気にせんでええよ、エアコンが壊れたんも仕方ないって、寿命やったんやろ」
こんな暑い部屋にこの親友は、俺の夏休みの宿題を教えるという目的で来てくれている。こいつも一緒に宿題を進めているが、その進捗は俺の1.5倍といったところだろう。
「それに夕方になったら一緒に夏祭り行くんやし、早く宿題終わらそうや」
「うーん、暑さで頭回らん……」
問題を眺めて見るが、目が文字の上で滑っていく。問題を解く気にもなれず、目の前の親友の顔に視線を向ける。
(前から思ってたけど、綺麗な顔立ちやなぁ……)
ふとそんな事を考えていると、視線に気づいたのか親友もこっちを向いた。お互い、何も喋らない。頭が暑さで回らない。思考がドロドロと溶けるような感覚がする。
ぼーっとした思考で気付けばお互いに顔が近付く。あと少し、もう少しで当たってしまいそうな、そんな距離。
触れる――
「ただいまー!アイス買ってきたでー!」
バッと距離を取る。遠くから聞こえた声に意識がはっきりする。買い物に出かけていた母が帰ってきたのだ。今自分は何をしようとしていたんだろう。心臓がバクバクと音を立てる。顔に熱が集まる。
「アイス取ってくるわ」
親友の顔を見れなくて、俺はその場から逃げるように部屋から飛び出した。あのまま母が帰ってこなかったら何してたんだろう。でも、声が聞こえたとき、タイミング悪いな、なんて思ったことは自分だけの秘密にすることにした。
「タイミング悪……」
逃げ出した俺は真っ赤な顔をした親友の零した言葉を知らない。
虹のはじまりを探して
「あ、見て!虹が出てるよ!」
そう言われて僕は指された方向を見た。そこには夕方の赤く染った空に、綺麗な虹が掛かっていた。
「本当だ!綺麗!」
思わず綺麗な虹に見とれてしまう。こんなに綺麗な虹が見れるなんてラッキーだ。
「ねぇねぇ、虹ってどこから来てどこへ行くんだろう?」
「え?うーん。虹のはじまりかぁ……」
虹のはじまりってどこにあるんだろう……考えたこともなかった。見たことあるって人も聞いた事がない。本当に虹のはじまりなんてあるのかな。
「じゃあさ、僕たち2人でいつか探しに行こうよ!虹のはじまり!」
「え、でも虹のはじまりって本当にあるのかな」
「あるかどうかを僕たちで見つけるんだよ!」
その言葉に心がワクワクした。僕の小さな体に秘められた大きな好奇心がバクバクと鼓動を刺激する。
「うん!行こう一緒に!虹のはじまりを探しに!」
僕たち2人はいつかの冒険を夢見て、赤い夕日を背にし、家へ帰った。
きっとその冒険はとても素敵で、忘れられないものになるんだろうな。そんなことを考えながら。