イオ

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7/28/2025, 12:19:03 AM

オアシス

 社会人になって数年、社会の荒波に揉まれた私は行きつけの喫茶店に来ていた。来店を告げる鐘の音と共に店内へ足を進めれば、心を落ち着かせるコーヒーの香りと「いらっしゃい」というマスターの優しい声が聞こえてくる。
 
「マスター、カフェモカください」
「かしこまりました。今日もお疲れ様です」

 疲れた時にはいつも、あの甘くほろ苦いカフェモカが飲みたくなる。マスターもそれをわかってくれていて、私がカフェモカを注文するといつも労わってくれる。
 少しすれば上にホイップクリームとチョコレートソースがかけられたカフェモカが出てきた。それを飲み込めば、待ち望んだ甘さとほろ苦さに身体が歓喜する。
 
「はー、私はこのカフェモカのために生きてるのかも」
「おや、それは嬉しいですね」

 マスターとの会話も楽しい。会社であった嫌なことをここでは思い出さなくて良い。冷えきった心がじんわりと温かくなるのを感じる。
 残ったカフェモカを飲み干した私は、荷物を持って立ち上がった。

「ご馳走様でした。お会計お願いします」
 
 お会計を済ませた私は扉を開けるとマスターへ振り返った。
「また来るね」
「はい、またのご来店お待ちしております」

 来た時と同じベルを鳴らして扉が閉じられる。これで明日からの仕事も頑張れる。
 ここは私の心のオアシスだ。

7/26/2025, 12:22:42 PM

涙の跡

「ただいまー」
 
言ってみたけれど、時計の針は0時を過ぎている。同居人も既に寝ているだろうと、物音を立てないよう慎重に部屋に足を踏み入れた。
 
「あれ?」
 
リビングへ続く扉の窓から光が漏れている。同居人がまだ起きているのだろうかと、ゆっくり扉を開けると、そこにはソファに座った状態で寝落ちしている同居人の姿があった。
 
「おーい、こんなとこで寝てたら風邪ひくぞー。自分の部屋のベッドで寝ろー。」
 
軽く身体を揺すって見るが起きる気配がない。仕方がないと部屋から使っていないブランケットを持って来ようとした時、ふと同居人の頬に涙の跡があることに気付いた。
 
寝る前に感動できる映画でも見て泣いたのだろうか、それとも夢を見て泣いたのだろうか。そんなことを考えていると、同居人がどんな夢を見ているのかが気になった。

どんな夢を見て泣くのだろう。あわよくば、俺の夢を見て泣いてくれたらいいな、なんて思ってしまった。

7/25/2025, 4:18:38 PM

半袖

「今日も暑いなぁ。こんな日は帰りにアイス食べたいなぁ」
 学校からの帰り道にそんな話をする。隣で暑い暑いと繰り返されると、なおのこと暑さを感じてしまうのは俺だけだろうか。
「あんま暑いって言わんといてや。余計暑くなるやろ」
そう言って、ふと彼女に目線をやる。制服の袖口から除く腕は、この日差しにさらされてほどほどに焼けているのだが、時々袖口の中が見えて、日に焼けていない白い肌が見え隠れするのを見て顔に熱が集まり、つい顔をそっぽに向けてしまう。
「どないしてんさっきからこっち見たり、そっぽ向いたり」
「私になんかついてるん?」と聞いてくる彼女に「む、虫がついてんだよ!」と適当な嘘をついた。彼女は「嘘やろ!?どこ、どこや!」と自身の体をまさぐって、存在しない虫を探し続けている。
「なぁ!そっぽ向いてないでこっち向いて虫取ってぇや!」
向けるわけないやろ。こんな赤い顔をお前に見せるわけにもいかへんのや。