眩しくて
シャーペンが紙の上を滑る音、問題集をペラペラと捲る音。友人同士で勉強を教え合う声が聞こえれば、雑談している声も聞こえる。黒板にはデカデカと“自習”と書かれている。この時間の授業を担当する先生が急遽お休みとなった為、自習になった。
俺は、次のテストも近いことから、真面目に自習に取り組んでいた。しかし、そんな俺を邪魔する男が目の前にいた。
「わぁ、ちゃんと勉強してるの偉いね」
「……本当に偉いと思ってるなら、俺の方を向いていないで、自分の机に向き直ってお前も勉強したらどうだ? 」
「うーん、やる気出ないんだよねー」
やる気が出ないからって俺の方へ向くな。もはや前に向き直る気もないのか、目の前の幼馴染は椅子を跨いで座った。椅子の背に顎を乗せて問題集を解く俺を覗き見てくる。
「ねぇ」
「なんだ」
「虹のはじまりを探しに行かない? 」
「……は? 」
突拍子もない言葉に、思わず顔を上げて幼馴染の顔を見る。なにかの冗談かと思ったが、目の前のこいつの顔は至って真面目といった顔で見てくるので、手に持っていたシャーペンを置いて聞く姿勢になった。
「いきなりどうしたんだ? 虹のはじまりを探しに行くとかって」
「ほら、小学生の頃に約束したじゃん。虹のはじまりを一緒に探そって」
そう言われて思い出す。昔、小学生ぐらいの頃、二人で帰り道を歩いている時に見つけた虹のことや、虹を探しに行こうと言われて、約束をした記憶。
「でもあの後、一緒に虹の端っこを探して、色んな所を歩き回っただろ」
「でも、あの頃はまだ僕たち小学生で遠くまで行けなかったじゃん? 今なら遠くまで行けるから、もしかしたら虹のはじまりを見つけれるかもと思ったんだ」
言いたいことは分からなくもないが、高校生にも何を言っているんだ。虹の端を探していた当時なら、まだ微笑ましかっただろう。実際、昔それを言ったら、大人のみんなはニコニコと笑って「見つかるといいね」と口を揃えて言われたものだ。しかし、今それを周りの人間に言ったら、馬鹿にされるんじゃないだろうか。
虹のはじまりなんてない。馬鹿な事を言ってないで勉強しろ。そう返したかった。でも、目の前の幼馴染は、真夏の太陽にも負けない笑顔で俺を見てくる。まるで、断る訳ないと信じるような顔が、俺には眩しくて、断れなかった。
「……いいよ。虹のはじまり探ししよっか」
「本当?! じゃあ今度の休みにでも行こうよ! そうだなぁ、電車に乗って海の方にでも行ってみる? 虹のはじまり探しのついでに、あっちの方に出来た水族館も行っちゃう? 」
「それもいいな、水族館も行くか」
俺はそう言ってノートの空きに、当日の予定を書き始めた。結局俺たちにとって、昔から“虹のはじまり探し”なんてものは、遊びの口実に過ぎなかったのだ。
「いつか見つけようね、虹のはじまり」
「そうだな」
きっとこれからも“虹のはじまり探し”は続く。
7/31/2025, 12:24:32 PM