イオ

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 蝉の声が聞こえる。麦茶の入ったコップから雫が流れ、氷がカランと音を立てた。室内とは思えない暑さに、俺は思わず唸りを上げる。

「あつーい……」

 昨日の夜、エアコンをつけようとしたところ、うんともすんとも言わず、泣く泣くオンボロの扇風機を押し入れから出してきた。オンボロの扇風機は、それだけだと温い風を回す程度で、部屋は全く冷えない。

「ごめんなぁ、こんな暑い部屋で宿題なんて」
「気にせんでええよ、エアコンが壊れたんも仕方ないって、寿命やったんやろ」

 こんな暑い部屋にこの親友は、俺の夏休みの宿題を教えるという目的で来てくれている。こいつも一緒に宿題を進めているが、その進捗は俺の1.5倍といったところだろう。

「それに夕方になったら一緒に夏祭り行くんやし、早く宿題終わらそうや」
「うーん、暑さで頭回らん……」

 問題を眺めて見るが、目が文字の上で滑っていく。問題を解く気にもなれず、目の前の親友の顔に視線を向ける。

 (前から思ってたけど、綺麗な顔立ちやなぁ……)

 ふとそんな事を考えていると、視線に気づいたのか親友もこっちを向いた。お互い、何も喋らない。頭が暑さで回らない。思考がドロドロと溶けるような感覚がする。
 ぼーっとした思考で気付けばお互いに顔が近付く。あと少し、もう少しで当たってしまいそうな、そんな距離。
 触れる――

「ただいまー!アイス買ってきたでー!」

 バッと距離を取る。遠くから聞こえた声に意識がはっきりする。買い物に出かけていた母が帰ってきたのだ。今自分は何をしようとしていたんだろう。心臓がバクバクと音を立てる。顔に熱が集まる。

「アイス取ってくるわ」

 親友の顔を見れなくて、俺はその場から逃げるように部屋から飛び出した。あのまま母が帰ってこなかったら何してたんだろう。でも、声が聞こえたとき、タイミング悪いな、なんて思ったことは自分だけの秘密にすることにした。

「タイミング悪……」
 逃げ出した俺は真っ赤な顔をした親友の零した言葉を知らない。

7/30/2025, 3:15:21 AM