イオ

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風を感じて

 いつもの帰り道を歩いていた時だった。空が暗くなってきて、急いで帰らないと、そう考えながら見慣れた道を歩いていると、フワリと風を感じた。
 風が吹いた方向を見ると、見覚えのない鳥居がそこに佇んでいた。年季が入った様子のそれは、まるで昔からずっとここにあったかと言わんばかりである。

「こんな所に鳥居なんてあったっけ? 」

 不思議に思った僕は、急いで帰らなければいけないということを忘れ、その鳥居を見つめる。鳥居の奥を覗いて見ても林しかない。毎日通っている道のはずなのに、こんな鳥居見たことがなかった。

「わぁ! 」
 
 不思議に思い、首を傾げていると、後ろから強い風がいきなり吹き、背中を風に押された僕は、前傾になりたたらを踏む。

 なんとか転けずに済み、ホッと一息ついて顔を上げると、そこは先程見た林とは打って変わって開けた場所になっていた。縁日のように屋台が並び、提灯で飾り付けされているため、とても明るく照らされている。人もそこそこにいて、賑わっている。
 どこからか楽しげな音楽が聞こえてきて、それに誘われるようにして、僕はその人混みへ飛び込んだ。

 屋台は美味しそうな焼きそばやイカ焼き、かき氷に綿菓子といったご飯物の店から、お面屋や射的、ヨーヨー釣りなどがあり、僕の心を踊らせた。
 
 家に帰ったら母さんが作った食事が待っているというのに、お腹を空かせた僕は、美味しそうな香りにつられて、屋台へと近づく。
 あと少しというところでガシッと腕を掴まれる。僕の腕を掴んだ人の方を見れば、お面屋で買ったのであろう狐の面を着けた人だった。

「お前、迷い込んだのか」
「え、えっと」
「家に帰りたいのならここの飯は食うな。帰れなくなるぞ」

 そう言われても、意味がわからないと僕は首を傾げる。僕はそれよりも、この空腹を何とかしたくて仕方がなかった。

「腹が減っているなら帰って家で食え。ちょっと待ってろ」

 そう言って狐面は近くのお面屋まで僕を無理やり引きずっていくと、お面を1つ買って僕の顔に着けた。いきなりで驚いたが、気付いたらさっきまでの空腹が何事も無かったかのように鳴りを潜めた。

「あれ、さっきまでお腹空いてたのに」
「祭囃子を聞いていたせいだろう。人間がお面も着けずに歩いていればそうなる」

「ほら帰り道を教えてやるから大人しく帰りな」といって狐面は僕が初めに来た方向とは違う方へ歩いていく。僕は狐面を呼び止めて初めに来た方向を指差した。

「待って、僕は向こうから来たんだ。そっちじゃないよ」
「向こうに行ったって帰れやしないさ。帰るならこっちからだ」

 そう言って狐面は僕を待つ素振りもなく歩いていってしまう。僕は狐面から離れないように急ぎ足でついて行く。
 しばらくすればさっきまでの喧騒も小さくなった。明かりも届かないところで止まった狐面は、林の奥にある鳥居を指差した。

「あの鳥居を潜れば元いた場所まで帰れる。鳥居を潜る前に振り向くなよ。帰れなくなる」
「本当にあの鳥居を潜れば帰れるの? 」
「来た時だって鳥居を潜ってきただろ。それと一緒だ」

 狐面は早く行けと僕を急かす。鳥居は辛うじて見えるが、途中に明かりはひとつもなく、林の中は真っ暗だ。何とか鳥居へ向かう決心をした僕は、狐面へと向き直る。

「ここまで連れてきてくれてありがとう」
「礼などいい。もう巻き込まれるなよ」
「うん」

 その言葉を最後に、僕は鳥居までの暗い道へと足を進めた。林の中はとても暗くて、木々がざわめく音が怖さを助長する。途中で木の根っこにつまづいて、転けそうになるのを堪えて、鳥居まで歩いた。

 とうとう鳥居の前についた。向こう側はやっぱり暗い林しかないけど、狐面の言ったことを信じて1歩鳥居を潜った。それと同時に後ろから強い風が吹き、僕の背中を押した。

 気付けば僕はいつもの帰り道に立っていた。後ろを振り返れば、さっきまであった鳥居はなく、いつも通り林があるだけだった。着けていたお面がないことに気付き、辺りを見渡すが、どこにもお面はなかった。狐にでも化かされたのかと、家へと帰る道へ足を進めようとすると、フワリと風が頬を撫でた。
 
 ――遠くで祭囃子の音色が聞こえたような気がした。

8/10/2025, 7:55:18 AM