イオ

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遠くの空へ

 あの日の不思議な出来事を、今でも覚えている。提灯で照らされたあの道を、今でも林の中で探してみる。あの楽しげな祭囃子が、今でも遠くで聞こえる気がする。僕はあの日出会ったあの人を、心のどこかで探していた。

 あの人に貰ったお面がどこにもなくて、あの時は白昼夢でも見たのだと思っていた。けれど、だんだんあの時のことを、本当にあった出来事なんだと考えるようになった。
 そう考え始めた日から、僕はあの日のあの場所を探していた。あの時助けてくれた狐面の人にお礼を言うために。

 何度目かも忘れた今日も、あの日の雑木林に来ていた。やっぱりあの日のように鳥居がある訳でもなく、手がかりは何も無かった。

「やっぱり何も無いか……」

 何度来ても、あの日以来ここに鳥居はなく、僕の心は折れかけていた。

「いっそ、ここから叫んでみたら届いたりしないかな」

 今まで何度も来てはいたが、直接叫ぶのは試したことがなかった。もしかしたら出てきてくれるかもしれないと、大きく息を吸って、僕は叫んだ。

「あの日は助けてくれて、ありがとうー! 」

 いきなり大声を出したせいで、ゲホゲホと咳をする。何か返事はないかと耳を澄ませた。しかし、聞こえてくるのはせいぜいそよ風に揺らめく葉っぱの音ぐらいだった。
 今日はもう諦めよう。そう思って、くるりと方向転換をして、帰ろうと足を進めると。

「うわぁ! 」

 いきなり後ろから押されたかのように、強い風が吹いてきた。
 ふと、あの日のことを思い出す。あの日もいきなりの強い風が何度か僕の背中を押した。
 
 なんだか嬉しくなった僕は、もう一度林の方へと向き直り、大きく手を振った。

「狐面さんありがとう〜! 」

 さっきのよりも優しい風が、フワリと林の中から吹いてきて、そのまま遠くの空へと飛んで行った。

8/17/2025, 8:54:37 AM