水晶

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2/17/2025, 5:13:10 AM

『時間よ止まれ』

夜の11時、やっと残業を終え家に向かう。疲れを感じながらの運転だが、この時間国道は朝の様な渋滞が無く走れるのがいい。
その内、コンビニ脇の赤信号で停まった。
…そう言えばここを右に曲がると旧国道だと聞いた事がある。集落の狭い道は危ないので新たに今の国道を作ったらしい。

ちょっと通ってみようか。
ほんの好奇心で入った道は噂通りの狭い道だった。本当に狭いな…と思いながらもうすぐ旧国道を抜ける時、遠くの脇道を曲がった車がこちらに向かって走って来るのが見えた。ところが何故かその車は同じ車線を走っている。

え?何で!?
慌ててクラクションを鳴らす。それでも車は真っ直ぐこちらに近づいて来た。走るのを止め、更にパッシングも加えつつクラクションを連打する。だが車はそのままの状態で、もう、直ぐそこまでやって来た。
お願いだから気が付いて!ああ、時間よ止まれ!
誰かこれは夢だと言って…

ぶつかるっ!と覚悟したとたん、車はひょいと車線変更して何事も無かったように去って行った。
…何だったんだろう、あれは。
私は暫くそこから動くことが出来無かった。

2/16/2025, 9:24:11 AM

『君の声がする』

些細な喧嘩がきっかけだった。
彼女に直ぐ歩み寄れば良かったもののどちらも変に意地を張り、最後は彼女の「ここは私の部屋だから出ていって!」の言葉で同居を解消、結局別れることになった。
その後引っ越したこのアパートで、もう半年以上経つ。けれど考えることは彼女のことばかりだった。嫌いになった訳じゃない。喧嘩さえしなければ…。そんな思いがずっと自分を苦しめた。

「……て」
何処かから女性の声が聞こえる。それは次第に大きくなり、それが自分の部屋の中からだと分かると恐ろしさに震えた。
「出ていって」
はっきりと聞こえた声は、驚くことに彼女のものだった。何故彼女の声が?訳もわかぬまま連日彼女の声が部屋に響く。そしてその声は日を追うごとに叫びに変わっていった。
「出ていって!」

心の何処かで彼女もまだ自分を想ってくれていたら…と思っていたが、そんな考えは吹き飛んだ。そうか、こうして生霊になって出るほど自分が憎かったのか。
分かった。こんなに君から嫌われているなら、もっと遠くへ行ってやる!

住んでいたアパートが火事で全焼したとニュースで流れたのは、そこから引っ越して1週間後のことだった。

2/13/2025, 9:37:09 AM

『未来の記憶』

小さい頃、よく同じ夢を見た。
自然豊かな所に立つ大きな家。中から優しそうなおばあさんが出て来て笑顔で私に「ありがとう」と言う。そこで目が覚めるのだがいつもどうしてこんな夢を見るのか不思議だった。

大きくなるにつれ夢を見る頻度も減り、いつしかそんなこともすっかり忘れてしまった。それから仕事に恋愛に忙しい毎日を送る日々。ある日彼から初めて実家へのお誘いを受けた。
彼の家は老舗旅館だと聞いている。いずれ彼との結婚を考えているが跡継ぎの彼とのそれは、同時に旅館の女将になる未来が待っていた。はたしてそんな事が自分に務まるのだろうか…。

彼の両親に快く迎えられた私は、暫くの間お世話になることになった。自分の部屋に行く前に、彼に呼ばれて奥の部屋に来た。「祖母の部屋なんだ。寝たきりなんだけれどね」
そう言って開けられた部屋を覗いた私はあっと息をのんだ。部屋の布団に横になっているのはあの夢の中のおばあさんだった。おばあさんは私を見ると微笑みながら言った。
「来てくれて、本当にありがとう」

2/3/2025, 8:04:21 AM

『隠された手紙』

去年の秋、病に倒れた父から帰って来いと連絡が来た。突然のことに何事かと慌てて帰省すると、直ぐに父の部屋に呼ばれた。
「急に呼び出して悪かったな」
そう言って父は部屋の飾り棚の引き出しを抜くと、更に奥に隠されたもう一つの引き出しの中から茶封筒を取り出した。

あ、これ、何処かで見たことがある…。
おぼろげな記憶をたぐり寄せると、父が喪服姿でこの茶封筒の手紙を読んでいる姿だった。祖父の葬儀の日、確かに父はこれを見ていた。
これは?と問いかけると「家に伝わる大事な手紙だ。これを誰にも見付からずに持っていて欲しい」中を確認しようとすると父が凄い剣幕でそれを制止した。
「今はダメだ!これを見る時は俺が亡くなった時だ」

父の葬儀が終わり、やっと一息ついた頃手紙のことをふと思いだした。深夜自室でひとり、封筒を開けてみる。中には地図の様な物が何枚もあり、何ヶ所も赤いバツ印がついている。そして最後の紙にメッセージが書いてあった。
「マツタケの採れる場所、他言無用」と。

1/26/2025, 8:19:33 AM

『終わらない物語』

昔、じいさんから聞いた話しだ。
家の天井裏に巣食ったイタチを退治するには罠を仕掛けて一匹を生け捕りにする。その一匹を見せしめの為に庭で水に沈めるとイタチは最後の最後にありったけの声で鳴く。それは「この家は危険だ、早く去れ!」の合図なんだと。

最近、倉庫に置いたさつまいもがネズミにかじられている。そこで粘着式のネズミ取りを何枚か仕掛けたら今日そこに一匹のネズミが掛かってチュウチュウ鳴いていた。ところがネズミは体が半分罠から外に出ていて、逃れようと必死にもがいている。そうはさせるかと上からもう一枚ネズミ取りを被せ、更にその上に角材を乗せた。
「キュー!キュー!キュー!キュー!キュー!」
突然聞いたことも無い大声でネズミが鳴いた。
あ、これはもしかしてじいさんが言っていた危険合図の声なのか…?

翌日、またさつまいもがかじられた。
ネズミとの戦いはまだまだ続きそうだ。

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