水晶

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5/11/2025, 9:44:54 AM

『静かなる森へ』

自宅から数キロ離れた山際にある家の畑。
両親がそこで作業する間、幼い私と妹はいつも近くで遊んで過ごした。
「勝手に山へ入ってはいけないよ」 
母の言葉にふたりで頷く。が、奥に広がる静かな森は特別なものがある訳ではないが何故か魅力的に見えた。

ある日、どうして山へ行ってはいけないの?と問うと、母は山の方からふたりを手招きで呼んだ。
「見ててごらん」
母が数メートル先に向かってこぶし大の石を投げる。と、いきなりガサガサと音を立てながら茂みから大きなヘビが飛び出して来た。

驚き過ぎて声も出せずにその場で固まる。
それを見て、母はまた別な場所へ私達を呼ぶと今度は目の前の木を指差した。
「これは漆(うるし)の木だよ」
触るとかぶれることがあるのだと言う。
見た目は普通なのに、なんて危ない木なんだろう。
こうして母は山の楽しさを知る前に、先に山の危険を教えてくれたのだった。

5/8/2025, 9:58:02 AM

『木漏れ日』

夕方4時。そろそろ夕飯の準備に取り掛かる。冷蔵庫から今日の豚汁の材料を選びながら次々と取り出した。

そうだ。作る前に食器洗剤の詰め替えをしておこう。
1個78円のスーパーブランドの詰め替え品。右上にある「ここから簡単に手で切れます」と書かれた注ぎ口を思いっきり下へひっぱった。だが何度やってもビニルが伸びるだけで一向に開かない。

失敗した。
もうこうなると、どうやっても開かないのは経験上知っている。リビングへハサミを取りに行こうか。でもそれも面倒だ。
ふぅ…
ため息をつきながら何となく窓の外を見る。木漏れ日の中に咲く赤紫色のツツジは生前祖父が大事にしていたもの。
「ちっちゃけなことでイライラしたって、なんもいいことねぇぞ」
ああ…、おじいちゃんはよくそう言ってたっけ。
私は気を取り直して、リビングへハサミを取りに向かった。





5/6/2025, 9:57:10 AM

『手紙を開くと』

卒業した小学校での教育実習最終日。
かつて担任だったキヨ子先生に、お世話になりました有り難うございましたと頭を下げる。
「吉野先生、頑張りましたね」
そう言ってキヨ子先生はこの4週間を労ってくれた。

小学3年生の時、将来の夢は学校の先生ですと発表したのはキヨ子先生に憧れたから。いつでも優しく厳しく寄り添ってくれる先生。中でも、私は先生が黒板に書く美しい文字が大好きだった。
ある日先生にどうしてそんなに字が上手なのか尋ねると
「綺麗な字が書けるように、毎日練習をしているんだよ」

キヨ子先生にその時の話しをすると覚えてくれていて、あれから益々文字練習に励んだのだとか。
あははは…とふたりでひとしきり笑うと、先生がおもむろに封筒を差し出した。
「これ、頼まれていたものね。何か書いて欲しいってことだったから、好きな詩を書いたのだけれど」
ありがとうございます!早速見てもいいですか?とその場で手紙を開く。
また見たかった懐かしい先生の文字。私は暫く手紙から目が離せなかった。



5/4/2025, 2:56:45 PM

『すれ違う瞳』

熊が出た。
市の防災無線によると、朝から熊の目撃情報が相次いで寄せられていると言う。
しかも山に近い田畑では無く、市街地のホテルや中学校の近くに出たらしい。

そんな所に熊がウロウロしているなんて、考えただけでも恐ろしい。でも実際に見た訳では無いので、怖い怖いと言いながらもいつも通り車で買い物へ出掛けた。

スーパー手前の交差点。信号待ちの間、ふいに感じる横からの視線。家と家の間の暗く狭い路地に目を凝らすと奥で何かが光った。
あれは…目だ!
低い位置からのそれは、すぐに動物のものだと推測が出来た。
まさか、熊だろうか…
青信号で動き出した車からもう一度、すれ違いざまにその目を凝視した。

5/3/2025, 9:50:52 AM

『sweet memories』

仕事帰り、飲み物を買いにコンビニへ。
500mlのペットボトルを手にレジ待ちの列に並ぶ。前に進むにつれ目に入るホットスナックのケースに、小腹空きには買わない選択など無かった。

これと、あと、カレーパンひとつ。
レジにペットボトルを置きながらカレーパンのケースをチラッと見る。店員さんは直ぐに「左のものでよろしいでしょうか?」と2種類あるそれを確認してきた。
はい。
店員さんが商品を袋に詰めてくれる間に素早く精算を終える。

早速食べようと車のホルダーにペットボトルをセット。そしてパンのパッケージを開けて固まった。
これ、ドーナツじゃん…
もう今日は仕方がないと諦め、ドーナツを食べる。
と言うか、前にも同じことあったよね?
そうだ。
確かあの時もあの店員さんだったっけ。

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