『あなたへの贈り物』
会社の良子さんは10個上の大先輩。
最近疲れ気味の私を気遣って、家からスペシャルドリンクを作って持って来てくれた。
「はい、お疲れ様」
渡されたカップから色んなハーブの香りが湯気と一緒に漂う。喜んで受け取った私は、一口飲んで後ろに大きくのけ反った。
何だこの味は…!!
味わったことの無い奇妙な味に思わず絶句する。
「大蛇の粉が入っているの。元気になるわよ」
ええ!?…って言うか、良子さんそんな物何処で手に入れたんですか?
「行き付けの美容室で」
「美容室のオーナーが海外帰りのバイヤーに良いものだからって勧められたんだって。一瓶で3万するけど、飲むと本当に元気になる気がするからいつも頑張ってるあなたにも飲んで貰いたくて」
良子さん、それ大丈夫ですか?騙されてるんじゃ…
そんな私の言葉はまるで耳に入らない良子さんは、自分のカップを美味しそうに飲み干した。
「あなたもとうぞ、遠慮しないで。あなたの為に作って来たのだから」
さあ、どうする…どうする私!?
『羅針盤』
今日も仕事が忙しく深夜の帰宅。眠気に耐えながらハンドルを握り家路を急ぐ。
後数分で家に着くところで、何かが前方の道路を横切った。減速して目を凝らすと車のライトに浮かび上がったのは赤い首輪をした柴犬だった。
また、あの子だ…。
夜に時々見掛ける柴犬は、いつも側に飼い主の姿は無い。こんな時間にひとりで歩いているのは何故だろう。
そんな私の心配をよそに、柴犬は歩道をこちらに向かって軽快な足取りで歩いて来る。目を遠く真っ直ぐに見据え、目的地に着くことだけを考えているかの様に。
見えない羅針盤に導かれ、夜更けの柴犬はいったい何処まで行くのだろう。
『手のひらの宇宙』
「優花よく見てごらん」
弘おじちゃんはそう言うと手のひらを上にして右手を差し出した。「何も無いだろう?」
次の瞬間、おじちゃんは変な叫び声をあげながらその手をめちゃくちゃに振り回した。その可笑しな動きに大笑いしてると次に出された手には飴玉が一つ。
驚くわたしにおじちゃんは「俺は本当は魔法使いなんだ」
「優花、おやつを選んでやろう」
今日はお母さんも一緒に3人でコンビニに買い物に来た。するとまたおじちゃんが変なことを言い出した。
「内緒だけど俺の手のひらには宇宙があるんだ。で、その凄い力を使って優花のお菓子をタダにしてみせるよ」
そんなの嘘だぁ…と思って見てると、レジのおばさんは本当にお金を受け取ること無くお菓子を渡してくれた。え?本当に?おじちゃんにはそんな力があるの?
するとお母さんが、弘、優花に変なこと言わないで。
優花、それはコンビニの無料クーポンを使っただけよと。なあんだ…そう言うことか。でも手のひらに宇宙って、どっからそんなこと思い付くんだろう。
わたしはおじちゃんのひとを楽しませようとするところ、大好きだな。
『あなたのもとへ』
あなたは職場の同期で部署も一緒で、プライベートでもいつも同じ時間を過ごして来たね。こんなに気の合うひとと巡り合えるなんて思いもしなかったからあなたに会えて本当に嬉しかった。
なのにあなたはここから去った。理由も言わずに突然。一体、何があったの?私にも言えないなんてよっぽどのことだったはず。
私は今、言いたいことが山ほどあるよ。元気にしてる?ちゃんと食べてる?それから…。
今日、部長からあなたの居場所が分かったって、元気にしてるって聞いたの。
良かった…本当に良かった。私もあなたのことをずっと探してたから見付かって本当に良かった!
ちょっと遠いけど、今度私からあなたのもとへ会いに行くね。そして伝えたい、貸した5万円返せって。
『まだ見ぬ景色』
「少し急ぎでお願い!」
ホールの二人が洗い物をどんどん運んで来る。洗っても洗っても減らない皿の山に私は内心ウンザリしていた。
高校生になったらバイトをしようと、幼なじみの真奈と一緒に休日だけカフェで洗い物をすることになった。ところが今日も真奈は「用事があるから」と休んだ。
ふたりでやっても大忙しなのに、ひとりでこれを洗うだなんてもう出来る気がしない…。そんな私を見かねて、キッチン担当のオーナーが「少し手伝うわね」と来てくれた。すみませんと返すとオーナーが言った。
「ねぇ。あなたはどうして洗い場を希望したの?」
人前に出る仕事は自信が無いので、と答えると「この前一回だけホールに出で貰ったでしょう?帰り際にお客様があなたを褒めていてね。急に大人数で来たのにテーブルや椅子の用意が手際良かったし、声掛けにも心がこもっていたと。だからもしかしたらあなたはホールに向いているかもしれないわよ」
予期せぬ言葉に驚いたり嬉しかったり。
苦手だからと避けるばかりで無く、一歩踏み出してみればもしかしたら新しい何かが見えるかも知れない。