春一番

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3/26/2023, 12:24:33 PM

 青雲と蒼原はちょっとオシャレなカフェで向かい合いながらお茶を飲んでいた。

「身長がもう少しほしいなあ」

「歌がうまくなりたい」

「最近絵を描くからTabletがほしい」

「ガンプラ再販しないかな」

「旅行に行きたい」

「かっこよくなりたい」

「旅に出て、世界を見たい」

「頭がよくなりたい」

「お金がほしい」

「熱中できる何かを見つけたい」

「夢を見たい」

「美味しいものをたくさん食べたい」

「人の気持ちを知りたい」

「コミニケーション能力を身に着けたい」

「明日雨が降ってほしいなあ」

「僕は晴れてほしい」

「散歩がしたい」

「新しいイヤホンがほしい」

「沢山本を読みたい」

「ゲームを全クリしたい」

「今書いている小説こそは完結させたい」

「ああ、あと」

「「大切な人の側にいたい」」

 二人の声が重なり、どちらともなく笑い声が漏れる。

「けっこう私たちってないものねだりなんだねえ」
「そう?もっとあってもいいんじゃない」

 青雲と蒼原は上げていった言葉を指を折りながら数える。

「叶えたいことがあると、世界は急に輝いて見えるもんねえ」
「そうだね、だったらたくさんあったほうが生きていて楽しくなるね」
「そのとおりだ」

「ねえ、もっとあげてみよう。私たちが生きるのを楽しめるように」
「…しょうがないな」

 ため息をつきながらも蒼原の顔には笑顔が浮かんでいる。二人はまた、一つずつ欲しいもの、叶えたいことを交互に上げていく。

 そんな穏やかな春の昼が下がり。

3/25/2023, 5:07:14 PM

―本当に誘えちゃった。―

 時計を見ると8月16日17時20分を指している。私は10分前に着いた待ち合わせの場所でそわそわと相手を待つ。こんな機会しか着れないと張りきって着た浴衣の裾を小さく揺らす。

「気合を入れすぎちゃったかな、引かれないかな…」

 少し不安がよぎり、目を伏せながらため息をつく。

「有凪、ごめん、待たせた?」

 急に聞こえたそんな声に心臓が一気に跳ね上がる。

「青雲!全然、ちょっと前に私も着いたの」
「ならよかった。じゃあ行こっか」

 私は頷くと、青雲と一緒に歩き出す。青雲とは同じ学校で、ずっと憧れていた。そして今回勇気を出してこのお祭りに誘ったら、いいよと言われ現在に至る。

―そう、今日私は、好きな人と一緒にお祭りに行くのだ。

 青雲と歩幅を合わせて歩く。浴衣で歩きにくいのが分かっているのか、青雲はゆっくりとしたペースで軽く会話をしながら歩いている。私は少しぎこちないながらも一瞬一瞬を焼き付けるように答える。

「さっき言いそびれちゃったんだけど、有凪、浴衣凄く似合ってるね。声を掛けるとき緊張しちゃった」

 そう笑う青雲。…もしかしたら今日、心臓が持たないかもしれない。
 
 お祭りの会場は凄い人で隙間を縫って歩くのがやっとなくらいだった。不意に誰かの肩が当たりよろける。すると青雲が私の肩を抱き、自分の方に引き寄せた。

「大丈夫?有凪」
「だ、大丈夫!ちょっとよろけただけだから」

 どうしよう、青雲の何気ない行動に私の心臓が爆発しそうになる。するりと肩から手が離されて、手を優しく握られた。

「危ないから手を繋いでもいいかな?嫌だったら振りほどいていいから」
「ヨロシクオネガイシマス…」

 キャパオーバーしてついカタコトの言葉になってしまったが、青雲はよかったと言ってまたゆっくりと歩き始めた。本当に今日、私の命日になるかもしれない。

 屋台を見ながら、りんご飴が目にとまる。青雲に買ってくるから待っていてと、少し小走りで買いに行く。一つりんご飴を買い、戻ろうと振り向くと青雲がいて、ふいに私の耳に触れた。

「ああ、やっぱり。君に似合うと思った」

 青雲はそう言いながら私の耳からゆっくり手を離した。右手で自分の耳を確認してみると、そこにはさっきまでなかったイヤリングがついていた。急いでスマホを取り出しカメラモードにして見てみる。金の縁取りをされた小さな赤い蝶のイヤリングがしゃらりと動いた。私は顔が熱くなった。屋台で見かけたと言う青雲の声が少し遠く感じた。辛うじて

「ありがとう、大事にする」

という言葉が出た。きっと声は掠れて震えていたと思う。本当に勘違いしてしまいそうだ。
 だけど、私は知っているんだ。青雲が私に興味すらないことを。私にだけじゃない。何事にも一歩引いたところで見ていて、踏み込もうとするといつの間にかいなくなっている。けれど、人当たりがいいから、滅多なことでは断らない。だから分かっていた。お祭りに誘えば笑顔で、了承してくれることも。先に誰かに誘われているかいないかはカケだったけど。

「そろそろ花火が上がるみたい、どこかで座って見ようか」
「うん、そうしよう」

 私は青雲に手を引かれゆっくりと歩き始める。土手の空いているところを見つけて、ここにしようかと言われる。私は頷き、座ろうとすると止められた。なんだろうと思っていると、青雲は自分のハンカチを引いて、手を差し出した。私がきょとんとしていると、青雲は自分の頬をかきながら、少し照れたように微笑んだ。

「私のハンカチじゃあ、気休め程度かもしれないけど、せっかくの浴衣が汚れたら悲しいからさ」
「で、でも青雲のハンカチが汚れちゃう」
「大丈夫だよ、ハンカチなんて洗えばすぐ綺麗になるからさ。ほら私の手を使っていいからゆっくり座って」

 私は息を呑み、青雲の手に自分の手を重ねながら、ゆっくりと腰を降ろす。それに合わせて青雲もゆっくり地面に膝を落としていく。座り終わったところで私は青雲の手を離した。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 そう言って青雲も私の隣に座り直す。まだ心臓のドキドキがとまらない。するとタイミングよく一発目の花火が打ち上がり、それに続き色々な種類の花火が大きな音を上げて打ち上がる。
 私は青雲の横顔を気づかれないように横目で見つめる。時間が止まってしまえばいいのに、という思いと、時間が止ったらきっと私のこの想い苦しくなるだけだという思いでいっぱいになる。好きじゃないのに勘違いさせるくらい優しくされるのは、どんなことよりも残酷で、でもやっぱり私は青雲のことがどうしようもなく好きだった。だってこんなに私のことを見てくれる。花火がまた一つ大きな音を立てて爆ぜる。そして終わりを告げるアナウンスが流れた。
 

 終わりは案外あっけないものなんだと知った。
 

 祭りの帰り、一人で帰れると言う私に、一人じゃ危ないからと青雲は家の側まで送ってくれた。帰るときも取り留めのない話やら、私を案ずる言葉やらをかけてくれて、最後まで優しくて、少し涙が出そうになった。

「じゃあ、有凪、また学校で」
「うん、今日はありがとう」

 手を振りあって、私は家のドアを開ける。そしてドアが閉まった瞬間にその場に蹲る。この祭りで青雲への気持ちを諦めようと思った。だけど、気持ちは膨らんでいく一方で自分が情けなくなる。

「本当に、どうしたらいいの…」

 青雲から貰った赤い蝶のイヤリングが光に反射しながら揺れた。

***

「ただいま」
「おかえりなさい、青雲。遅かったですね」

 海想はゲームから目を離すことなく、答える。青雲は肩をこきりと鳴らして、息を吐いた。

「今日、お祭りに行ったんでしたっけ?もしかしてデートとかですか」
「…ちょっとね」

 青雲がそう言うと、海想はゲームをする手を即座に止め、目を輝かせた。

「へえ。青雲も隅に置けないですね。で、どんな子なんですか」
「ははは、違うよ。…本当にそんなんじゃないんだ。少しベランダに行ってくるよ」

 青雲は冷蔵庫から缶酎ハイを取り出して、階段を登る。二階のベランダに出ると生暖かい風が青雲の頬を撫でた。手すりに肘を乗せ空を見上げると、夏の大三角形が見え、それを缶酎ハイを飲みながらぼおっと眺めていた。今日のことを思い出す。祭りになんて久しぶりに行った。有凪に誘われなければ、今回も行くことはなかっただろう。しかし、…有凪の自分を見つめる瞳を思い出し、小さくため息をつく。

「私を好きになるなんて可哀想な子」

 その声は夏の虫たちの声にかき消されて、溶けていった。

3/22/2023, 2:26:39 PM

―海想の日常―

 
 朝起きて、顔を洗って、朝ごはんを食べて、青雲に外に連れ出される。僕にとってよくある日常の一コマだ。だけど

「海想の好きそうな紅茶を貰ったんだ。おやつのときに入れて飲んでみようねえ」

「ほら、これ。前に欲しがっていたカード。今回パックを買ったらたまたま当たったんだ。僕は使わないから、海想に貰ってほしい」

「海想!スタバの新作が出たんだ、一緒に飲みに行こう。あの二人はこの前勝手に海に行ったから今回はお預けだ。二人でこっそり楽しんじゃおう」

 中学生になって部活もそこそこにやっている僕の暇さえ見つければ、青雲も蒼原さんも竹凛にいもこうして僕にかまってくる。僕はそんな3人を見て小さくため息をついた。

「みんな、僕のこと大好きすぎやしませんか」

 それはけして過信ではなく、素直に思ったこと。本当は嬉しいけれど、なんだか恥ずかしくてつい強い言葉に隠してしまう。だけど3人ともそう言うと嬉しそうな顔を綻ばせるものだからなんとなく居心地悪く顎を手に載せながら目を逸らす。そんな僕の行動一つすら楽しそうに笑っている。

 ―僕だって3人のこと、ちゃんと大切に思っていますから

 いつも思っているけど、まだ口から出たことのない言葉。きっと3人には伝わっている。だけど、いつかちゃんと言葉で伝えたい。きっと3人はとても嬉しそうな顔を見せてくれるだろう。だけど今はまだないしょ。



ああ、バカみたいに楽しい日常を過ごしている。

3/21/2023, 3:16:14 PM

 青雲と蒼原は近くの公園に来ていた。3月ももう少しで終わる、そんな時期、公園の桜並木が淡いピンク色で満開になっていた。

「いつの間にか桜が咲く季節になっていたんだねえ」
「うん、忙しくて忘れていたよ」
「本当にねえ」

 桜を見上げる二人の顔からは笑みが溢れる。今日は雲一つない快晴で、桜の薄ピンクと空の青さのコントラストがよく映えていた。青雲は太陽の眩しさに右手を顔の前に翳す。太陽の光を通しキラキラと揺らめく桜の花びらはとても美しく、同時に儚さを感じさせた。

「桜ってなんでこんなに人を惹き付けるんだろうね」
「…死体でも埋まっているからかなあ」
「物騒すぎない?…ああ、梶井基次郎か」
「ご明察」

 青雲がにひひ、と人差し指を立てながら笑うと、蒼原はいかにも不機嫌ですという顔で舌を出した。

「せっかく綺麗だって見てるんだからもう少し明るい例えとかにしてよ」
「だってさっきの有名な話だったからさ、蒼原分かるかなあって」
「つまり僕を試した訳だ」
「あはは、まあね」

 そうして二人でくすくすと笑い合う。
 次の瞬間、強い風が青雲と蒼原の間を通り抜け桜の花びらを巻き上げた。あたり一面淡いピンク色に染まり上げる。その光景に蒼原がぽつりと言葉を零す。

「世界が二人だけになったみたい」

 髪をかきあげながら青雲はああ、と答える。この桜の花びらの中では、本当に自分たちだけになってしまったようだと思える。世界に二人ぼっちか、悪くないかもしれないなと青雲は心の中でつぶやく。そんな青雲を置いて蒼原は桜吹雪の中、目を輝かせながら歩き始めた。青雲もそれにならいゆっくり蒼原に続く。桜並木はそんな二人を歓迎するかのようにつづいている。

 ふと、桜の花びらが一片、手のひらに落ちてきた。その一片を摘んで、透かして見てみる。なんの変哲もないただの花びら。そして、その先に歩く蒼原の背中が目に入る。桜を纏うように歩いている蒼原の姿は花吹雪の中に霞んで見える。まるでこの花吹雪が連れ去ろうとしているのではないかと錯覚させるほどに。

「…山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ」

 青雲の口から思い出したようにその詩が零れた。すると聞こえたのか蒼原は青雲の方を振り返った。

「青雲何か言った?」

 風に髪や服を靡かせながらそう尋ねる蒼原。綺麗だと思った。だけどそれを伝えると恥ずかしがって拗ねてしまうから青雲の心の中で留める。

「ううん、なんでもない」

青雲は花びらから手を離し、蒼原の元に駆け寄る。


この感情は一生隠したまま。

3/20/2023, 3:22:31 PM

「見てみて、蒼原。海だよ」
「…そうだね。海だ」
「久しぶりに来たけれど、やっぱり綺麗だねえ」
「ああ、夕日と海なんて贅沢の極みだ」

 青雲の突然の思いつきにより、青雲と蒼原は電車を乗り継ぎ、海に来ていた。家を出た時間が時間だったため、あたりは夕日に染まっていた。電車を降りてから海の見える景色を堪能し、今は二人で波際をたどるように歩いている。

「この海に沈む夕日というのは、とても幻想的だねえ。まるで、別の世界のようだ」
「うん、そうだね。本当に綺麗だ」 

 ふと、青雲が立ち止まる。後を着いてきていた蒼原もつられてゆっくり立ち止まった。

「時々考えるんだ。今私が生きているこの世界は誰かが夢に見ている瞬きの間の世界なんじゃないかって」
「青雲…?」
「だからその誰かが目を覚ましたとき、この世界ごと私達はぽっかりと消えてしまって、誰の記憶にも残らず忘れ去られてしまう」

 青雲は蒼原と向き合うように体を向けた。その雰囲気がなんとも言えない寂しさを孕んでいて、蒼原は何も言えなくなってしまった。

「この世界はとても優しくて、美しい。まるで夢を見ているようなんだ。だけど同時に酷く怖くなる、

終わってしまったらどうしようと」

手を掴まれ、そのまま青雲の首に手を掛けさせられる。

「だからこの夢が醒める前に君が終わらせて」

 蒼原はひゅっと息を呑んだ。青雲の突発的な死にたがり行為は何度か目にしている。しかし、どの一度も慣れたことはない。それこそ悪夢として夢に見るほどに。でもきっとその思いが青雲に伝わることはないのだろうと毎回思わされている。
 青雲の顔は夕日に照らされて、赤く染まっていた。その中でも青雲はいつもと同じ笑顔を浮かべている。蒼原と青雲の間に波の揺蕩う音だけが響いていた。

「もう少しだけこの夢の中に居ようよ、青雲」

俯き、首にかけていた手を震えながら青雲の肩に持っていく。そして力なく掴んだ。

「もう少しだけでもいいから、僕の側にいて」

 声は震えてしまったが、涙は出なかった。蒼原は縋るように今度は手に力を込める。青雲はなにも言わなかった。しかし、ゆっくりと右手を自分の肩を掴む蒼原の左手に重ねた。蒼原がゆっくり顔をあげると青雲は先ほどと同じ笑顔で、だけど少し困ったような顔をしていた。

「…お腹空いちゃった。何か食べにいこう」

 そう言うと青雲は重ねていた左手を握り、ゆっくりと歩き出した。蒼原は青雲の歩幅に合わせて歩く。ふと、海の方を見た。もう夕日は半分以上沈んでいて、夜の訪れを待ち望んでいる。

 あの夢のことを思い出す。何度も青雲が死んでしまう夢。あのときは見ているだけだったけれども、こうして何度でも青雲に縋ろう。青雲はまた困ったような顔を浮かべるだろうけど、きっと何度だって自分の手を取る、そう蒼原は信じている。だからきっと大丈夫。蒼原は青雲の手を握り返した。

「何度だって、ちゃんと君の手を引くよ」

 小さく青雲の背中につぶやく。するとはは、と力ない笑い声が青雲から零れた。

「私も、精々この夢に溺れ死なないよう努力するよ」

 顔は前を向いたまま、でもたしかに青雲の手は温かく、繋がれたままだった。

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