春一番

Open App

 青雲と蒼原は近くの公園に来ていた。3月ももう少しで終わる、そんな時期、公園の桜並木が淡いピンク色で満開になっていた。

「いつの間にか桜が咲く季節になっていたんだねえ」
「うん、忙しくて忘れていたよ」
「本当にねえ」

 桜を見上げる二人の顔からは笑みが溢れる。今日は雲一つない快晴で、桜の薄ピンクと空の青さのコントラストがよく映えていた。青雲は太陽の眩しさに右手を顔の前に翳す。太陽の光を通しキラキラと揺らめく桜の花びらはとても美しく、同時に儚さを感じさせた。

「桜ってなんでこんなに人を惹き付けるんだろうね」
「…死体でも埋まっているからかなあ」
「物騒すぎない?…ああ、梶井基次郎か」
「ご明察」

 青雲がにひひ、と人差し指を立てながら笑うと、蒼原はいかにも不機嫌ですという顔で舌を出した。

「せっかく綺麗だって見てるんだからもう少し明るい例えとかにしてよ」
「だってさっきの有名な話だったからさ、蒼原分かるかなあって」
「つまり僕を試した訳だ」
「あはは、まあね」

 そうして二人でくすくすと笑い合う。
 次の瞬間、強い風が青雲と蒼原の間を通り抜け桜の花びらを巻き上げた。あたり一面淡いピンク色に染まり上げる。その光景に蒼原がぽつりと言葉を零す。

「世界が二人だけになったみたい」

 髪をかきあげながら青雲はああ、と答える。この桜の花びらの中では、本当に自分たちだけになってしまったようだと思える。世界に二人ぼっちか、悪くないかもしれないなと青雲は心の中でつぶやく。そんな青雲を置いて蒼原は桜吹雪の中、目を輝かせながら歩き始めた。青雲もそれにならいゆっくり蒼原に続く。桜並木はそんな二人を歓迎するかのようにつづいている。

 ふと、桜の花びらが一片、手のひらに落ちてきた。その一片を摘んで、透かして見てみる。なんの変哲もないただの花びら。そして、その先に歩く蒼原の背中が目に入る。桜を纏うように歩いている蒼原の姿は花吹雪の中に霞んで見える。まるでこの花吹雪が連れ去ろうとしているのではないかと錯覚させるほどに。

「…山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ」

 青雲の口から思い出したようにその詩が零れた。すると聞こえたのか蒼原は青雲の方を振り返った。

「青雲何か言った?」

 風に髪や服を靡かせながらそう尋ねる蒼原。綺麗だと思った。だけどそれを伝えると恥ずかしがって拗ねてしまうから青雲の心の中で留める。

「ううん、なんでもない」

青雲は花びらから手を離し、蒼原の元に駆け寄る。


この感情は一生隠したまま。

3/21/2023, 3:16:14 PM