春爛漫…青春している人達はそう感じられるのだろうか?
先輩がいない部活にも慣れた気がする。目に映る景色は未だにモノクロであるのだけれど。入学してからの桜は本当に綺麗だった。先輩が学級写真を撮る時、私はたまたまそれを理科室から覗いていたんだ。
「笑って笑って〜。はい、チーズ。」
あの時の誰かの声。先輩がじゃれる姿。春爛漫に咲く桜。舞い散る桜。全てが心地よく感じられた。今でもそれは…忘れられないんだ。ずっと忘れない。そんな思い出も今は昔。モノクロに映る桜に私はなんと言えば…どんな言葉を紡げばいいのだろうか?先輩が居なくなってから胸の辺りが寒くて仕方がないんだ。
ら…らん…まん。あった!春爛漫。花が咲き乱れるとかそんな意味なのか…。あぁ!新入生を迎える会の準備…しなきゃ!
「え、俺がこのボケ言わなきゃいけない感じ?」
「だって今のままじゃ嫌なんでしょ?」
「それは…。」
「ってかさ、クラスガチャ…本当にハズレだった。」
そうなんだと笑う幼馴染くん。久しぶりにそんな暖かい笑顔、見たな。
「君のこと、久しぶりに見た気がする。君に会えて良かった。」
しまった。つい素直になりすぎて言い過ぎた。少し照れていると君はへぇ〜そうなんだと嫌味ったらしく言うんだ。素直に喜べよ…こっちが恥ずかしいんだが。
咲き始めたばかりの桜が強風に煽られて少しだけ舞い散った。君が笑った途端に花が満開に咲き誇ったと私は錯覚してしまうほど…君は私の心を暖めてくれたんだよ。
誰よりも、ずっと先輩を好きでいたのに…
誰よりも、ずっと君の近くに居たのに…
明日は新入生を迎える会…か。部活動紹介も考えなきゃなんだな。そういえば…去年の陸上部も面白かったな。みんなふざけたり必死にセリフを喋っている中で、先輩はひたすら筋トレをしていた。みんながボケたのを笑う中で、私は先輩のあまりの真剣さにただただ微笑まずにはいられなかった。きっと先輩はあの時間も部活動紹介じゃなくてトレーニングだと捉えていたんだと思う。そんなに必死に頑張る姿も入部してから知った先輩の優しさも全部…私が1番好きだったのにな。
幼馴染くんは今日、やけに私と関わりたくないらしい。話しかけようと思っても君は逃げるし…だからといって少し離れれば男子を道連れにして近寄って来るし。なんなんだろうね、ホント。私がセクションの練習に取り組んでいると、2回くらい邪魔しにきた。顧問に用があるのはわかってるんだけど…チラチラ見てるってことは私に用があるのかないのか…。部活が終わってから君はまた男子を道連れにして私に近寄ってきた。でも、その男子に逃げられ、私たちは2人っきり。少し気まづそうにしている君の姿が…
「可愛い。子犬みたい」
「…うっせー」
照れたようにつぶやく君に少しだけキュンとしてしまった。一瞬見えたしっぽはパタパタ振られていたような気もした。
ー私があげたキーホルダー、柴犬だったもんねー
独占欲が増す中でそんな事されても…私が困るだけなんだけどな。誰よりも、ずっと君と仲が良かったのに…
これからも、ずっと私たち一緒に居たいね。
そう語り合った日があったかもしれない。入学式。先輩も新たな場所でみんなに祝福されているのだろうか。私の頭の中はそんな一途な考えでいっぱいだった。
「なぁ〜あ〜。これっていつまでぇ?」
聞き慣れた声。肩の力も抜け、私の頭の中は空っぽに。
「先生に聞いたら?あっそうだ。これ!お土産。」
「…ありがと」
お兄ちゃんも学校ちゃんと行けてるかな。再び私の頭の中は回り始める。入学式で忌々しい1年生が入ってくるんだ。私は苦痛で仕方がなかった。先輩と同じ学年カラーに先輩と同じ色のジャージを身に纏う。担任だって先輩と同じだ。
ー憎い。なんで私じゃないんだろう。お兄ちゃんもその学年カラーだったのに…ー
憎しみを握りしめている右手を取ったのは幼馴染くんだった。
「ど…どうしたの?」
「握力鍛えてんのかなって不思議に思った。」
私がそんな事する訳ないだろ…く、くそヤロー!!とは思ったものの、自然と1年生への憎しみを一瞬だけでも忘れることが出来たんだ。
ボーッとしていれば時は不思議と早くすぎていく。気づけばホールに集まっていた。
「皆さんお楽しみのクラス替えですよぉ!」
新任の先生。興味すら湧かない。クラスが発表された。君とクラスが離れてしまった。私は君といることが当たり前だと思い込んでしまっていたらしい。新しいクラスに、新しい先生に…苛立ちを覚えた。君は男子に囲まれて寂しそうに笑うんだ。
あぁ、そうか。君は不安だったんだね。私と同じクラスになれない気がしていたんだ、きっと。私、君に何もしてなかった。ごめんね、私バカだから気づけなかったの。
ーなんでいつも私はこうも上手くいかないんだ。ずっとずっと頑張ってきたじゃないか?君と一緒に…これからも、ずっと一緒に…ー
込み上げてくるものは胸の奥にしまった。
さて、私はこのクラスにこの先生で上手くやっていけるのだろうか?君がいないと寂しくてダメなんだ。
沈む夕日。届かない声。これはブラコンな私のとあるお話である。
私は兄が大好きだ。いつもじゃれあって、いつも仲良し。当然のこと。だが、周りはそうではないらしい。じゃれ合わないどころか、口も聞かないことが多々あるそうだとか。私たちは特別なんだと、ずっとこのまま続くんだと思っていた。
それは間違いだったらしい。兄は、この街を出て、この県を出て、望む大学に行く。私は兄の望む事だから素直に認めた。これからの日々を大切にしていく他ないと。私はその日から兄と長く居られるように時間を調節した。毎日少しずつ時間が長くなって私は満足していた。早く家に帰れば兄と一緒に走りに行った。たくさん散歩もした。
沈む夕日に向かって歩く兄に私は呟いたんだ。
ー隣町の大学とかじゃダメなの?行かないでー
私の声は届かなかった。けれど、兄は私に振り返ってくれた。それだけで十分だった。ずっと、このままだったら…良かったのに。
そして兄は旅立った。私も兄のアパートまで見送った。引越しの準備も手伝った。別れの時は不思議なほど、涙が出なかった。兄がいなくなって、私が使うことになった部屋。私も自分の引越しをすることにした。兄の部屋に私のモノが溢れていく。私の部屋になる。兄の部屋には何も残ってはいなかった。ゴミひとつさえ残してはいかなかった。残っていたのはただただ嗅ぎ覚えのある私の大好きな兄の匂いだけ。こっそりと私の机に飾ってあった兄との写真。兄の姿を見ると今もまだ涙が止まらないんだ。
君の目を見つめると…
先輩の目を見つめると激しい動悸が起こる。毎度毎度その記録は塗り替えられる。夏はまさに天国であったのだ。先輩の首筋を流れる汗。え、エロい。そして、その汗を横目で見て、Tシャツで拭う姿は神々しいのだ。ひゅるりと風が私の頬をくすぐる。目を開けると風になびくTシャツがめくれ、先輩のお、お腹がぁぁぁ!?
わ、割れてる…え、申し訳ないですけど、この供給は逃したくないんです!
「あっ…」
先輩の目がこちらを見つめている。絶えず汗が滴っている。目の中が煌めいてとても綺麗だった。一切の曇りも濁りもしないその瞳と見つめあった私。あぁ、まただ。胸が熱くなって心臓がうるさいほどに騒ぎ出す。ひと時。文字通りだった。先輩の目は私から逸らされた。
「ごめん、先に水飲んでくるわ」
走り去る先輩。胸に残る幸福はそんなひと時を永遠に変えてしまうんだ。きっと、先輩はこんなことさえ覚えてないんだろうな。