komaikaya

Open App
1/18/2026, 4:19:03 PM

あの日の彼女によって
勢いよく『閉ざされた日記』の
封印がホロリ、と解けて
そこに書かれた
コトバたちが
散乱し
産卵し
孵化して
認知を求めてきたのは
新月の夜のせいで

なのに
身に覚えがない、と
言えない彼女は
彼女の記憶の海に還ってくる
コトバと
コトバが産んだ子らを
受け入れなくてはならない

日記にまだ残っているのは
あの例の箱と同じく
希望だとか
未来だとか?

そんなことばを
書き留めたことが
あったのかどうか
首を傾げている
彼女の眠りは浅く

それは
ことばたちが
無知で
無邪気すぎるが故

ああ、だから
新月には
お気をつけて

日記の封印が
ホロリ、と解けて
しまわないように



1/18/2026, 9:48:11 AM

 彼は。わたしのことを『木枯らし』と呼んだ。

 木を枯らすつもりなどなかったが、結果的にそうなってしまうのは事実なのだから、しょうがない。けれどもっと他にも、いい名があったのではないかと思う。

「よう。また来たのか『木枯らし』」

 他の人族が立ち入ることのない森の奥で、彼は一人で暮らしていた。わたしが彼の、無造作に束ねた長い髪と口髭に触れると、彼は笑って言った。

「ああ、鬱陶しいか? だが前にも言ったが、こいつはお前の力でも、丸坊主にはならねぇからな?」

 違う。わたしはただ、前と変わらず同じ姿をしているのだなと、そんな思いにかられて触れただけ。

 わたしは彼と交わす言葉を持たない。そもそもわたしの姿は、人族には見えないはずなのだが──彼の祖先に、我ら側の血が幾分混じっているのかもしれない。

「俺の言ってることなんざ、わからねぇだろうけど。お前は本当に綺麗だな。光の粒を纏ってるみたいだ」

 わたしに『木枯らし』なんて名前を与えておいて。
 この人族は、いったいなにを言っているのだろう。

「けど、いいのか? お前みたいな美しい精霊が、俺のような罪人に、触れたりなんか……消えちまったりしないだろうな?」

 彼はそんなことを、毎年のように口にする。わたしはそれを、彼の横で黙って聞いている。
 この森に冬をもたらし、そして持ち去る日まで、わたしは彼のそばで過ごした。くる年も、くる年も──。

「なぁ『木枯らし』。罪は──どこまで行けば、許される?」

 ある年に彼はそう呟き、だがわたしはやはり、彼と交わす言葉を持たなかった。代わりに彼の髭を撫で、束ねていた長い髪をわざとほどき、乱してやる。白い髪と、目尻に刻まれた深い皺──人族の時間は、なんと短いのだろう。

「──ありがとよ」

 次の年の、森の奥で。
 わたしは彼を見つけ、しかし彼はもうわたしを『木枯らし』と呼ぶことはなかった。

 横たわる白い枝のような彼を、森の樹々から落ちる色とりどりの葉が、覆い隠してゆく──わたしの訪れを待っていた樹々に、わたしは礼を言い、樹々たちにしか聞こえない子守唄を歌う。

 いまの彼なら、或いは。
 わたしの歌が、聞こえるだろうか?


1/16/2026, 10:55:35 PM

「陛下。『美しい』はね、人それぞれ、時節によっても変わるものなんですよ」

 馬車の中、向かいに座る聖女が、俺に向かって得意げに言った。

「だから本当の意味では、優勝なんて決められない──ワタクシが推していた絵画が今回の展覧会では優勝にならなかった、そんなのは想定内なんです」

 外世界から召喚されたこの聖女はかつて、俺に刃を向けられながら「侵略以外の趣味を持て」と言い、それによって俺の剣を引かせた。

 そしてそのよく回る口で、外世界にあったという様々な文化のことを語り続け、おかげで俺と、俺によって征服された世界は、それらを知ったのだった。

 殺し合いではない剣技や格闘技、チェス、団体同士で戦う球技、旅行──聖女は次々に「人々の生きがいとなるような趣味」を我々に披露していった。

 そして今回、聖女が我々に教示したのが、絵画などの美術の鑑賞であり。
 俺の名で絵画の大会──展覧会がひらかれると、聖女は俺を連れてすべての絵画を見て回り、いまはそれを終え、ようやく帰途に着いたところだ。

「……優勝がない? それでは、このような会を設けた意味など、ないのではないか?」
「絵を描く者にとって目標にも、励みにもなるから意味はあります。パトロンも見つけやすくなるだろうし、それに、」

 聖女がニヤリとした笑みを浮かべ、続けた。

「賞金と名誉のために、お抱えの絵師を入賞させようとして審査員に賄賂を渡したりする、おバカ領主ホイホイにもなったでしょう?」
「ああ……言わんとすることはわかるが、ホイホイとはなんだ?」
「あ、えーっとね。粘着力で害虫を捕まえる装置のこと。にしても、おバカ領主は例外なく脱税もしてるんだもんね、もう笑っちゃう!」

 外世界のことばを口にしたからなのか、聖女の口調が、初めて出会ったときのような、くだけたものになった。まぁ普段の敬語であっても、俺に敬意を払っているようには聞こえないのだが──。

「あーでも。陛下は『美しい』……ワタクシが見ても、他の誰が見ても、優勝間違いなしです」

 唐突に、聖女が言った。口調も一応、戻ったようだ。

「なのに、どうしてモテないのでしょう。闇魔法使いの侵略者、ってイメージが強すぎるのかしら?」
「……『美しい』などと言われたのは、初めてだが。しかし"モテない"とはなんだ?」
「それはですね、陛下を慕う女性が少ない、という意味で……っ、やばっ! これって、不敬罪になっちゃうよね?」

 再びくだけた口調になった聖女は、あたふたと落ち着きがなくなり──俺はそんな聖女を持ち上げて横に座らせ、よく回る口を牽制するべく、頬をつまんでつねってやることにした。

「不敬罪など、いまさらだろう。それで──おまえはどうなのだ」
「ひゃい?」

 なんとも間の抜けた声が返ってきた。

「要するに、『美しい』は本来"モテない"ではない。ならばおまえは『美しい』俺を慕うと、そういうことであろう?」
「ふへっ! ひょ、ひょれは、またべちゅのひゃなしで、ひょの、」

 ふん、これは──絵画など鑑賞するよりも、余程楽しいのだが?

1/16/2026, 8:42:32 AM

「うんうん、そうだね。いずれ『この世界は』すべて、あなたの物になるんだろうね……でもさー」

 いままさに、俺の剣で首をかき切られようとしている、聖女が言った。

「侵略を繰り返して、すべての地を征服し尽くして、じゃあ、その後は? あなたの趣味の侵略はもう、出来なくなっちゃうんだよ? そんなの、つまんなくない?」

 俺が滅ぼしたどこかの国が、外世界から召喚した聖女。俺の闇魔法を圧倒する、聖なる力を持っているはずだったこの女には、そもそも魔力自体がこれっぽっちもなかった。
 後々目障りになるだろうからと直々に消しに来てやったのに、とんだ無駄足だった、さっさと片付けて──と、そう考えていたのだが。

 ……それにしても。
 俺が趣味で侵略をしている、だと?

「侵略は趣味などではない」
「へぇー。そう言うんなら、本当の趣味を教えてよ」
「っ、………………」
「ほらぁ。やっぱり他にないんでしょ、趣味」

 首筋に線のように血を滲ませながら、聖女がニヤリとした笑みを浮かべる。ムカつくことに、聖女を黙らせるようなことばが、俺の口から出てくることはなく──いや。
 いまにして思えばあれは、聖女による魅了魔法の一種だったんじゃないのか?

 それから聖女は、そのペラペラとよく回る口で「この世界には、エンタメってもんがなさすぎるんだよ」
と、かつて所属していた世界の文化を、それこそ際限なく説明しはじめた。呆れた俺は剣を引き、聖女の話を聞いてやり、そして──。

「ねぇ、陛下。あなたのご趣味は、なんですか?」

 侵略は趣味ではないと否定しながらも、大陸を征服し尽くしてから、数年後のある日。
 聖女が俺に、そんな質問を投げかけた。

「知っているくせに、何故わざわざ問う」
「陛下の口から言わせたかったんですけど、まぁいいです。陛下の趣味……剣や格闘、弓からはじまって、チェスも教えたらすぐに極めちゃうし。でも来年のそれぞれの闘技大会は、陛下に負けた者が強くなって帰ってくるかもしれませんからね、楽しみですねー」
「その点には同意する。殺さないほうが楽しめるとはな」
「フフッ。あとそれと、旅行! ワタクシの趣味を陛下とご一緒出来るなんて、本当に贅沢──あ、次の旅行先はですね、ここ、すっごく美味しい名産の果物があるんですって! でも最近、窃盗被害が増えてるらしくって……そんなアホウは、旅行のついでに、とっ捕まえちゃいましょう。で、ついでのついでに、治安維持隊の見直しも……」

 俺が征服したこの世界は、どうやら──コイツの趣味によって、成り立っているようだ。

1/15/2026, 8:51:18 AM

「お待たせしました。カルボナーラをご注文のお客様」
「はーい」

 Yが店員に、愛想よく返事をする。向かい合って座る私はわずかに体を引き、続けてプッタネスカという名前の赤いトマト色のスパゲッティが目の前に置かれるのを、黙ったまま見ていた。

「あーいいなぁ、Aのも美味しそう。ねぇ、ひと口ずつくらい、シェアしない?」
「……いいよ」

 Yの提案も、私が首肯するのも、いつも通り。
 Yが慣れた様子で店員に取り皿を頼み、取り皿が運ばれてくる間に私は、そっと彼女の皿を眺めてみた。

「……『どうして』ヒトが選んだのって、美味しそうに見えるのかしらね」

 実際私は、そんなふうに考えたことはなく、それはこれまでも、そしていまもそうで、けれど。

 自分のセリフとして言ってみることで、Yのことを、少しは理解出来るかもしれない──そう、思ったのだ。

「ね! 不思議だよねー」

 ひと口分を盛り付けた取り皿を交換し、私と彼女はやっと「いただきます」と手を合わせる。
 冷めたパスタの皿をぼんやりと眺めながら、これって女子二人客のよくある光景なんだろうな……と、メタ認知的視点の私が面白がっている。

 ──でも。
 私にはやっぱり、彼女を理解することは出来なさそうだわ。

「……美味しい?」
「うん! わたしも今度は、こっちにしてもいいなー」

 ああ、そんなノリなんだ。
 パスタも、そして……彼のことも。

 小学校の頃からの親友、とかいう肩書きで、ずっと──目隠しを、されてたんだ。

「フフッ」

 思わず、吹き出し。
 そして少しだけ息を吸ってから、私は言った。

「……じゃあ、これ。奢るから、食べて? いままで言わなかったけど私、取り分けってあまり好きじゃない。パスタも、男も──Kのことも、Yとシェアする気はこれっぽっちもない。……ああ、でも、」

 私は立ち上がり、伝票を手に取りながら続ける。
 Yのフォークにからまっているパスタが、まるで食品サンプルのようだ。

「親友? の意味がよくわからないけど、もうそういう関係でもないんだし。シェアする心配なんて、しなくていいよね!」

 言い終えると私は、唖然としているYを一度も振り返らずに、置き去りにし。わざわざ現金で会計を済ませて、それから店の外に出た。

『ねぇねぇ、ひと口ちょうだい?』
『うん、いいよ!』

 ふと思い出したのは小学生の頃の、他愛ないやり取りで──。

「あー! スッキリした!」

 思わず、声に出していた。

 でも、そうだ。スマホの連絡先、消去したい──どこか店に入って、注文したパスタを待ちながらにしようか?

Next