彼は。わたしのことを『木枯らし』と呼んだ。
木を枯らすつもりなどなかったが、結果的にそうなってしまうのは事実なのだから、しょうがない。けれどもっと他にも、いい名があったのではないかと思う。
「よう。また来たのか『木枯らし』」
他の人族が立ち入ることのない森の奥で、彼は一人で暮らしていた。わたしが彼の、無造作に束ねた長い髪と口髭に触れると、彼は笑って言った。
「ああ、鬱陶しいか? だが前にも言ったが、こいつはお前の力でも、丸坊主にはならねぇからな?」
違う。わたしはただ、前と変わらず同じ姿をしているのだなと、そんな思いにかられて触れただけ。
わたしは彼と交わす言葉を持たない。そもそもわたしの姿は、人族には見えないはずなのだが──彼の祖先に、我ら側の血が幾分混じっているのかもしれない。
「俺の言ってることなんざ、わからねぇだろうけど。お前は本当に綺麗だな。光の粒を纏ってるみたいだ」
わたしに『木枯らし』なんて名前を与えておいて。
この人族は、いったいなにを言っているのだろう。
「けど、いいのか? お前みたいな美しい精霊が、俺のような罪人に、触れたりなんか……消えちまったりしないだろうな?」
彼はそんなことを、毎年のように口にする。わたしはそれを、彼の横で黙って聞いている。
この森に冬をもたらし、そして持ち去る日まで、わたしは彼のそばで過ごした。くる年も、くる年も──。
「なぁ『木枯らし』。罪は──どこまで行けば、許される?」
ある年に彼はそう呟き、だがわたしはやはり、彼と交わす言葉を持たなかった。代わりに彼の髭を撫で、束ねていた長い髪をわざとほどき、乱してやる。白い髪と、目尻に刻まれた深い皺──人族の時間は、なんと短いのだろう。
「──ありがとよ」
次の年の、森の奥で。
わたしは彼を見つけ、しかし彼はもうわたしを『木枯らし』と呼ぶことはなかった。
横たわる白い枝のような彼を、森の樹々から落ちる色とりどりの葉が、覆い隠してゆく──わたしの訪れを待っていた樹々に、わたしは礼を言い、樹々たちにしか聞こえない子守唄を歌う。
いまの彼なら、或いは。
わたしの歌が、聞こえるだろうか?
1/18/2026, 9:48:11 AM