水谷なっぱ

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5/31/2023, 11:52:09 AM

天気の話なんてどうでもいいんだ。僕の話したいことは

「よお、久しぶり」
そう言ってフランシスに話しかけたのは、彼の幼馴染であり狩りの兄弟子でもある青年だった。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
フランシスはできる限り丁寧に、他人行儀に、距離をおいた笑顔で応じる。兄弟子は僅かに寂しそうな顔で頷いた。
「うん。まあ。あー、でも、どうかな。嫁と別れたんだ」
「それは」
困ったような顔を作ってフランシスは言い淀む。それを自分に聞かせてどうしろというのか。彼の内心にマグマのようにどろりとした熱が沸く。
フランシスは故郷で彼と共に師である父について狩りをしていたときから兄弟子の事が好きだった。
けど同性であったし、彼には交際していた女性がいたからフランシスがなにか言うことはなかった。
そして、彼の結婚式の前日にフランシスは勇者一行に加わって村を飛び出した。
「なんかさ、やっぱ付き合うのと結婚って違うんだよな」
兄弟子は遠くを見ながらそう言った。
「あのさ」
「はい」
改まった様子の兄弟子にフランシスは唾を飲み込む。
「ちょっといろいろつもる話もあるし、同じ宿に行ってもいいかな」
フランシスは汗ばんだ手を握りしめた。

5/30/2023, 11:38:32 AM

ただ、必死に走る私。なにかから逃げるように。

「こちらアイリッシュシチューとパンケーキです。パンケーキはおかわりができますのでお声がけください」
そうシャーロットは微笑んだ。
それをありがとうと受け取るのはリオとエミリーの二人で、仲睦まじい二人を見てシャーロットは目を細くする。
たぶん、わたしは逃げてきたんだろうなあ。シャーロットは二人に背を向けて思う。ずっとずっと逃げたくて、ちょうど村にきた勇者リオと精霊使いエミリーの二人に連れ出してもらったことを思い出す。
走り続けた先で、死にものぐるいで魔族や魔王との戦って、気付いたら彼女は銀枝亭でウェイトレスをしていた。
シャーロットはわからないものだと思いつつ、テーブルを周り空いた皿を下げ出て行く客に頭を下げ、常連客との雑談に応じる。
帰りたくない。逃げて出てきたあの村に、絶対に帰りたくない。シャーロットは首を振った。
彼女はまだ逃げ続けている途中なのだ。

5/29/2023, 11:28:19 AM

「ごめんね」


彼は無表情で墓の前に立つ。彼の横では聖女と呼ばれる少女エミリーが辛そうに彼を見守っている。
その墓は魔族の侵略から王都を守った誰かの者だった。その遺体は原形を留めなかったから、たくさんの誰かが共同墓地という形で埋められている。
「……遅くなってすまない」
そう呟いてリオは手を合わせた。エミリーは一歩下がって眉間に皺を寄せている。
エミリーが聖女ならリオは勇者だった。魔族を蹴散らし魔王を倒し、今なお各地で暗躍する魔族の残党を倒す旅を続ける勇者。
そんな彼を慕って寄り添うエミリーだが、リオの感傷的なところにはどうにも共感しきれなかった。
(誰も彼もが救えるわけじゃないのにね)
この墓参りだってそうだ。リオは行く先々で魔族の被害者の墓に手を合わせるけど、それは一体なんのためなのかエミリーにはわからない。
墓に眠る誰かを憐れむことは失礼ではないかと彼女は思うのである。
「おまたせエミリー」
「もういいのですか?」
「うん。なんていうか、俺のただの自己満足だから」
それがわかっていて、なぜ。エミリーにはやっぱりわからない。わからないけど、聞くことで自身の薄情さをリオに晒すのが怖くて聞けずにいる。
「ねえリオ」
「うん?」
「……いえ、なんでもないです。ごめんなさい、行きましょう」
振り返ったリオはいつもどおりに優しくて、その優しさを失いたくないエミリーはやっぱり何も言えないまま彼に並ぶことしかできない。

5/28/2023, 12:16:32 PM

半袖

蒸し暑い日が続いていた。町の外れにある食堂、銀枝亭の面々は朝から汗だくで働いている。
「あっついなあ」
店のカウンターで釣り銭を用意するフィンは額を拭い、袖を捲る。机や椅子を運ぶシャーロットは起きた時から半袖だし、厨房のアリスは油跳ねや怪我を考慮して長袖だが氷の精霊に頼んで辺りを冷やしながら動き回っている。
「大丈夫?」
シャーロットが心配そうに声をかけたのはカイだった。彼ももちろん汗だくで息も荒い。だというのに長い袖を捲ることもせずに掃除を続けている。
「だいじょぶ」
「いやいや、汗だくじゃん! 顔も真っ赤だし、着替えておいでよ」
「やだ」
「なんで」
カイはムスッとしたままそっぽを向いた。
それからそっとシャーロットのむき出しの二の腕を見る。
「細いから」
「うん?」
シャーロットは聞き返す。
「だから! 細くてかっこ悪いから、腕を出したくないの!」
銀枝亭のフロアに沈黙が広がった。フィンは俯いて肩を震わせ、シャーロットはぽかんと目を丸くする。
カイは再びそっぽを向いた。
「あら、どうしたの?」
誰も動けずにいるところにアリスが厨房から顔を出した。
「いや、ちょ、ちょっと」
フィンは笑いながら説明する。
「ああ、なるほど。だから、あなた最近筋トレしてたのね」
「ちょっと! 姐さん言わないでよ!!」
こともなげに言うアリスにカイが涙目で噛み付く。
「そんなすぐには効果は出ないわよ」
追い打ちをかけるアリスにカイはがっくりとうなだれる。
「こ、今度から一緒にやろ?」
シャーロットの優しい(?)誘いに、カイは小さく頷いた。

5/27/2023, 11:49:40 AM

天国と地獄

アリスが鼻歌交じりでフライパンを振るうと、それ合わせて火の精霊があたりを飛び回り風の精霊がふわりと舞う。
「あるじ、そのうたなに?」
「天国と地獄」
「てんごく?」
「じごく?」
「「それなあに?」」
精霊たちの質問にアリスは首を傾げた。天国と地獄。オッフェンバックの名曲。しかし彼らが聞いてるのはそれではなく、そもそも天国とは地獄とはなんぞや? ということである。
「ここには天国と地獄の概念はないのかしら。つまり、死んだら行く先のことなのだけど」
アリスの返事に精霊たちは顔を見合わせた。
「ぼくらはしなないからなー」
「にんげんは、ちがうにんげんになる」
「どこにいくかは、わかんないけど」
「それはマナナンがてきとうにするから」
「よしなにね」
よしなに。アリスは呟いた。つまりこの世界は人は死んだら転生するというのが一般的な認識らしいと彼女は飲み込む。けどあとでフィンにも聞こうとアリスは鵜呑みにはしなかった。
なにしろ妖精と人間は世界の捉え方が違う。
「マナナンて誰?」
「んー、あるじがいうところの、かみさま……かなあ」
「えらい、ようせい」
「ようせいより、しぜんにちかい」
「なるほど?」
なるほど、わからなかった。
アリスが転生してきて早半年。まだまだこの世界のことはよくわからない。

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