水谷なっぱ

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半袖

蒸し暑い日が続いていた。町の外れにある食堂、銀枝亭の面々は朝から汗だくで働いている。
「あっついなあ」
店のカウンターで釣り銭を用意するフィンは額を拭い、袖を捲る。机や椅子を運ぶシャーロットは起きた時から半袖だし、厨房のアリスは油跳ねや怪我を考慮して長袖だが氷の精霊に頼んで辺りを冷やしながら動き回っている。
「大丈夫?」
シャーロットが心配そうに声をかけたのはカイだった。彼ももちろん汗だくで息も荒い。だというのに長い袖を捲ることもせずに掃除を続けている。
「だいじょぶ」
「いやいや、汗だくじゃん! 顔も真っ赤だし、着替えておいでよ」
「やだ」
「なんで」
カイはムスッとしたままそっぽを向いた。
それからそっとシャーロットのむき出しの二の腕を見る。
「細いから」
「うん?」
シャーロットは聞き返す。
「だから! 細くてかっこ悪いから、腕を出したくないの!」
銀枝亭のフロアに沈黙が広がった。フィンは俯いて肩を震わせ、シャーロットはぽかんと目を丸くする。
カイは再びそっぽを向いた。
「あら、どうしたの?」
誰も動けずにいるところにアリスが厨房から顔を出した。
「いや、ちょ、ちょっと」
フィンは笑いながら説明する。
「ああ、なるほど。だから、あなた最近筋トレしてたのね」
「ちょっと! 姐さん言わないでよ!!」
こともなげに言うアリスにカイが涙目で噛み付く。
「そんなすぐには効果は出ないわよ」
追い打ちをかけるアリスにカイはがっくりとうなだれる。
「こ、今度から一緒にやろ?」
シャーロットの優しい(?)誘いに、カイは小さく頷いた。

5/28/2023, 12:16:32 PM