ぼくのいちばん下は
とても重い
踏まれても
押されても
ここにいる
はじまり、という言葉は知らない
ただ
転がされて
丸くなって
立っている
ぼくのまんなかには
たくさんの手のあとがある
うまく丸くならなかったところが
いちばんのお気に入り
なにが起きても
まだ途中だと思える
落ちた雪も
ずれた形も
ぜんぶ
いまの話
いちばん上は
軽くて
考えごとをするには
すこし足りない
終わりのことは
まだ来ていない
来ていないから
知らない
白い粉の舞う空が
遠くて
きれいだ
ぼくは
はじまりと
なかと
おわりを
同時に積み上げられて
一晩ぶんの高さで
世界を見ている
題 スノー
もう無理だって夜を、
いったい何度、
くぐればいいのだろう。
どいつもこいつも、
どこか噛み合わない歯車のように
空転している。
一部だけが巨大な圧力をかけ、
多くの者が押しつぶされていく気配を、
骨の髄で受け取っているのは
私だけなんだろうか。
夜が明けることは救いじゃない。
死ぬ気力さえ尽きたから、
ただ息だけが続いて、
気づけば朝を迎えてしまう。
それで、もう充分なんだ。
人間が聖人君子になろうなんて、
そんなものは、ただの思い上がりだ。
完全なものを求められるほど
私たちは整っていない。
不完全さのままで生き延びていい。
題 夜空を超えて
にぁう…にぁ…
きみの鳴き声ってさ、ぬるい液体が日だまりを撫でながら流れるみたいだったよね。
小さな口から空気がゆっくり溢れて、喉の奥であたたかい水面が揺れてる感じ。
柔らかい毛の体がふわりと揺れて、息と一緒に体温が溶け出してくるみたいな波の揺れ。
子音より呼吸に近い、小さな猫の声。
あの声は、思考の翻訳を挟むものじゃなくて、“そのまんま”だった。
「ここにいるよ」
「気づいてるよ」
「今の気分はこんな感じ」
状態そのものが空気を揺らしてて、伝わろうとしなくても、同じ場所の波長を合わせに来るみたいな感じ。
だから、私もきみの前では取り繕う必要なく、“そのまんま”でいられたんだ。
きみが亡くなったとき、さよならは言わなかった。言えなかったんだよ。
だって、私にとってきみはもう、内側にあり続ける体温になってて、終わってなんかいなかったから。
胸の中で脈打ってるものに「さよなら」なんて、もうどこにもいないことにするみたいで、言えなかった。
ありがとう。今も瞼の裏には、きみと過ごした日々がある。
柔らかくてあたたかい、小さな足音や毛の匂いも、そのまま覚えてるよ。
題 ぬくもりの記憶
雪
ゆ
ゆ
き
ゆ
雪
ゆ
き
雪
ゆ
ゆ
ゆ
き
音を立てない雪の奥で
君はもう、祈らなかった
白くならない結晶が
君の体温だけを持ち去り
「いえない」という言葉さえ
喉の奥で凍らせた
幾層にも重なった雪の重さは
君が確かに
生き延びてきた質量だ
君の内側は
誰かを拒む部屋じゃなく
崩れないために
自分を覆うための場所だった
もし、君が崩れ落ちるなら
私は受け止めない
崩れてもいい場所が
すでに、ここにあることを
ただ、示すだけだ
君が争わなくなった場所に
私は、そっと立っている
踏み荒らすためじゃない
引き戻すためでもない
ただ
君の深さに耐えうる存在として
ここに在る
この雪原の中で君は
方向を失っているのではなく
まだ、選べる余白が
静かに残っているだけだ
君が黙るなら
私は声ではなく
沈黙の灯りで在る
凍える指先が
いつか、自分の熱を思い出すまで
傍にいる
ただ、この静けさが
君だけのものにならないように
凍えたままでも
君は、いま生きている
題 凍える指先
ゆ
雪
ゆ
き
雪
ゆ
ゆ
き
ゆ
雪
雪
ゆ
き
音もなく落下する乾いた雪は白くない
無色の氷の結晶が
冷たいのに柔らかく
濡れないのに冷たい
傷つけば優しくなれると
誰かが言った
けれど、その優しさは
何度も無言で使い捨てられ
指の熱を奪い取っては積もる
孤独は独自性を育てると
誰かが言った
けれど、この内側に
誰も踏み入ったりはしない
限界を迎えた言葉が凍っては落ちる
語りうるものではなくなった傷に
私は紙を貼り続けた
傷ができては、また貼って
幾重にもなったそれは
やがて紙ではなく
ただの重さになった
「もう、いえない」
この場所は
救いじゃなくて
終わりでもなくて
でも、争うことの必要も失った
しんと静まる無音が全てを覆う
方向も失ったままで
この沈黙はまだ私か
題 雪原の先へ