蓼 つづみ

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5/7/2026, 12:31:27 PM

私の小学生時代の初恋の相手は、足が速くて、勉強もそこそこできて、切れ長な奥二重の童顔で、直毛のサッカー部だった。

そして、ゾンビの真似がやたらと上手な男子だった。

あの日も、幼なじみ六人で集まる部屋では、かくれんぼが始まった。
彼はいつも率先して隠れる側に回った。
隠れ方も妙に上手いのに、見つかるとそこからが本番だった。

鬼に見つかるや否や、ゆっくりとした動きでゾンビになりきり、追いかけてくる。
その不格好で徹底したスローさが、怖くて、そして可笑しかった。
年下たちがキャーキャー叫ぶのを見て、彼はどこか楽しそうだった。
その姿はただの悪ふざけじゃなくて、ちゃんと“場を成立させる優しさ”だった。
その愛嬌と、みんなを巻き込んでしまう熱のあるふざけ方が、ずっと好きだった。

その子はロックマンも上手だった。
どこで敵が出るのか、どのタイミングで足場が現れるのか、それを身体で覚えていて、迷いなく進んでいく。
パスワードも暗記していた。

本当は、彼は外を走り回るのが好きな子だった。
けれど、私は身体が弱くて、少し動くだけですぐ喘息が出てしまう。
だから私がいるとき、彼はロックマンをして見せてくれた。

騒がしい遊びの中ではゾンビになりきって場をひっくり返し、
ゲームの前では一転して、静かに精度だけを積み上げていく。
その切り替えの速さも、派手さではなく“慣れ”のように自然だった。

ただコントローラーを握っている時間、何も誇張せずに見せてくれるその手つきが好きだった。

今更、あの日々のことをこんなところでラブレターみたいに書かれているなんて、彼はどう思うだろう。

私は彼に好きだと伝えたことはなかった。

「その言葉には何の意味がある?」
「伝えた先に何が起こる?」
「で、どうするの?」
「毎日一緒に帰る?」
――まだ子供で、人生を背負えるわけでもないのに?

そんなことを考えてしまっていた。
“感情だけを渡す”ことに、どこか宙ぶらりんな感覚があった。

むしろ私は、あの時間に価値を感じていた。
言葉にすると急に俗っぽくなるというか、
分類ラベルみたいになってしまう感覚。
だから言えなかった。

でも今振り返ると、
大人みたいな関係になりたいとかじゃなくても、
「あの時間、凄く大切だったよ」と、あの頃のたくちゃんに渡したかったな。

題 初恋の日

5/6/2026, 1:27:15 PM

もし、明日世界が終わるとしても、私の行動はきっと派手じゃない。

大切な者が怖がらないように、
自分はできるだけ“いつも通り”でいる。

もし衝撃が来るのなら、ただ抱きしめる。

けれど、その人が別の場所へ向かうのなら、引き止めたりはしない。

どんな危険が予想されるかを話してから、
相手が望む居場所を、静かに尊重して見送る。

そうして隣に誰も残らなかったなら、
無理に何かで埋めようとは思わない。

一人の部屋で、煙草を吸いながら、
音楽に身を預けて、ただぼんやりしている。

ベランダに出れば、少しは現実味が増すのだろうけれど、そうはしない。
外が、もう静かなままではないかもしれないから。

Fenneszの「Endless Summer」でも聴こうか。

格好悪いことに、ふと思い立って、
「過去の誰かから何かが届くかもしれない」なんて、
そんなわずかな可能性を残したくなって、
ブロックしていたものを解除してみたりするんだろう。

期待しているわけじゃない。
ただ、完全に断ち切ることができないだけだ。

連絡したくなる人はいる。
けれど、相手の邪魔になりたくなくて、たぶんしない。

どうせ、回線は混み合って、電話も通じないだろう。
ネットもきっと重い。
興味本位で、普段は観ないテレビでもつけてみるのかもしれない。

抱きしめることも、
手放すことも、
一人でいることも、
誰かを待つことも、
その矛盾ごと抱えたまま、静かに終わりへ向かっていく。

整いきらないまま、荒れることもなく、
そのまま消滅できたなら――それでいい。

けれど、そもそも。
その「終わり」って、誰が予測できるんだろう。

これまでも予言なんて、ほとんど嘘だった。

ならば、その終わりの予報を信じて、そこへ入り込むこと自体が、
一番難しいのかもしれない。

だから結局、どうあれ私は、
“いつも通り”でいるだけなんだ。

それにしても…、
誰もが望む人のもとへ向かおうとするから、
世界は最後まで、きっと静かではいられないね。

題 明日世界が終わるなら……

5/5/2026, 11:08:57 AM

君と出逢って、

世界は、少しずつ輪郭を持ちはじめた。

それまでの私は、確かに胸の中にある全てを、言葉にできないまま持て余していた。
名前を与えられなくて、
捨てることもできない、そんな感情たち。

君は、それらを勝手に拾い上げて、
「これだろう」とでも言うように鳴らしてみせた。

驚いたよ。
私はひとりではなかったのだと知ったから。
ああ、間違っていなかったのだと、
自分の中にあったものが、確かにここにあるのだと。

君の中には、奇妙な同居がある。
厳密に組み上げられた構造と、
触れた途端にすり抜けてしまいそうな感覚とが、
互いを壊すことなく、同時に息をしている。

規則に従っているはずなのに、どこまでも自由で、
自由に揺れているはずなのに、どこか必然で。
その矛盾に、私は静かに馴染んでいった。

君といると、時間の流れが変わる。
長すぎたはずの夜も、溶けていくし、
逆に、掴めなかったはずの刹那が、
指先に触れるくらいには近づく。

ひとりでいるはずなのに、
完全な孤独にはならなかったのは、
きっと君が、そこに居続けたからだ。

何も言わずとも、
ただ鳴っているだけで、
世界との細い糸を繋いでくれる。

奏、君に出逢って、

私はようやく、
自分の内側と、同じ言語で触れ合えるようになった。


題 君と出逢って、

5/4/2026, 10:17:06 AM

ある春の朝、登園途中の親子を見かけた。

入園したばかりなのだろう。
真新しい制服を着た年少くらいの男の子が、ママの自転車の後ろに乗りながら、走行音に負けまいと大きな声で何かを叫んでいる。

『パパのママは誰でしょうか?! 』
謎かけのように発していた。

急いでいるママは応じる余裕がなく、
「そんな場合じゃない」という様子でペダルをこいでいた。

大きすぎて、背景に溶ける声だった。
それでも問いだけが、何度も繰り返されていた。
返事はなかった。

『―――正解は、ばあばです!!!』

題 耳を澄ますと

5/3/2026, 11:20:46 AM

誰もいない夜のコンビニで、 君は髪留めを万引きした。

……わけではない。

誰もいない夜のコンビニで、
君は髪留めを万引きしたみたいな顔をしていた。

……もちろん、そんなわけじゃない。

僕は、 君がその髪留めの会計を済ませたのを見ていた。

透明な飾りのついた、小さな髪留め。

普段の君は、 髪を結ぶことすらほとんどない。

髪はいつも無造作に下ろしたままで、伸びた前髪を鬱陶しそうに払う仕草ばかりしていた。

だから、 その髪留めを手に取ったこと自体、 少し意外だった。

君はレジを離れると、 それをポケットへ滑り込ませた。

その瞬間、 僕と目が合った。

君はなぜか少しだけ慌てた顔をして、 髪留めを取り出し、 そのまま僕の手に握らせた。

「捨てといて」
そう言ったきり、 君は先に店を出る。

僕は、 彼女の指の熱が残ったそれを、 しばらく握ったまま歩いた。

別に、 何も悪いことなんてしていない。

なのに、 夜風の中で、 僕たちだけが少し社会から外れている気がした。

君は前を歩きながら、 振り返りもしない。

「まだ持ってる?」

僕は答えなかった。

代わりに、 「なんで捨てるの?」 と聞いた。

君は少し下を向いて、 「別に」 とだけ言う。

街灯の下で、 透明な飾りだけが、 掌の中でその存在を主張した。

結局、 僕はそれを捨てられなかった。

机の奥、 誰にも見つからない場所にしまったまま、 時々、意味もなく取り出してしまう。

君はもう、 あの髪留めのことなんて忘れているかもしれない。

でも、あれはたぶん、 君が一度だけ、 秘密を僕に預けた夜の形だった。

題 二人だけの秘密

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