ねえ、ちいさな君。
そこで膝を抱えて、まだ震えてるんだね。
わかってる。ちゃんと見えてるよ。
「相手が未熟だっただけかも」
「仕組みが悪かっただけかも」
「私が気にしすぎただけかも」
そんな言葉で、何度も君を黙らせて来てしまった。
でもね、今日はもう少しだけ、
その説明たちを外に置いてみよう。
ただ、
「痛かったね」
「軽く扱われた気がしたね」
「大切なものが、また少し削れたね」
それだけを、ここに置いていい。
正しさの水に溶かさないで。
理由の布で包まなくていい。
そのままの形で、ここに置いておこう。
ねえ、ちいさな君。
それは弱さじゃないんだよ。
むしろ、折れなかった芯のかたち。
まだ自分を見失っていない証。
だから…
すぐに立ち上がらなくていい。
理解者になろうとしなくていい。
私はいま、
君の尊厳を、説明より先に抱きしめ直してる。
「大丈夫だったこと」に書き換える前に、
ちゃんと「大丈夫じゃなかった」と言える場所を作ってる。
ねえ、聞こえる?
君の痛みは、消されるために生まれたんじゃない。
君の尊厳は、証明が必要なものじゃない。
「君」は、
私の中にある本当の気持ち。
迎えに行きたい私も本当。
でも、君を庇うことが簡単じゃない現実も、
同じくらい本当なんだ。
ごめんね。
迎えに行ける日が来るなんて、
いまは約束できない。
もしかしたら、
一生たどり着けないのかもしれない。
それでも、
忘れない。
見捨てない。
ここに居ることだけは、やめない。
残酷だけど、
それでもなお
そこで、待ってて。
題 待ってて
若者の皆さん、
ご卒業おめでとうございます。
「もう会えない」わけじゃないのに、
なんとなく胸が少しだけ凪ぐ感じがする。
卒業って、
何も考えなくても同じ時間を共有できた日常が、
そっと終わる瞬間なんだよね。
大人になるほど、
会うには予定を合わせて、時間を切り出して、
「じゃあまたね」は、
本当に“また”になる保証がなくなっていく。
だから卒業の切なさって、
未来への不安というより、
“無条件に重なっていた時間が
静かにほどけていく音”
みたいなものなんだろうな。
けれど、卒業ソングって、
これでもかってくらい『未来』を歌うじゃない?笑
これから先だって、
きっと楽しいことはあるし、
理不尽だってなくならない。
でも今は、ただひとつの区切り。
放課後にどうでもいい話をしたり、
一緒に教師に怒られたり、
机に突っ伏して笑いを堪えたり。
その瞬間はどうでもよかったはずの時間が、
あとから振り返ると、
「何者でもない自分でいられた証」みたいに
やけに光って見えてさ。
ただ、それが込み上げて、
気づいたら涙になってる。
きっと、それだけなんだ。
でも、それだけのことが
掛け替えのない瞬間なんじゃないかな。
終わりは、まだ少し先。
だからこそ今重なっている時間を、
どうか大切に歩いてください。
やがてほどけていく日常も、
きっとあなたの静かな支えになる。
その続きを、生きていくあなたへエールを。
題 伝えたい
私は子供たちの帰る場所を守っている。
経済的に追い詰められた社会では、
大人は余裕を失い、
子どもは「迷惑をかけないこと」を
異様に早く学ばされる。
だからこそ、
条件も成果も問われず、
「ここにいていい」が成立する場所は、
命綱みたいな役割を持つ。
私が言っている「帰る場所」は、
甘えの温床でも、
自立を妨げる巣でもない。
外で削られた感覚を、いったん下ろせる場所だ。
それがあるかどうかで、
踏みとどまれる限界が、
文字通り変わる。
だからね、
私が離れられない理由は、
感傷でも自己正当化でもない。
静かな現実だ。
題 この場所で
誰もがみんな、
自分の世界の真ん中に立っててさ。
でもその姿は、
別の誰かの視界じゃ
ただ通りすぎる景色だったりもする。
見えない荷物も、
まあ…みんな普通に抱えてるんだろうし、
完璧じゃないまんまで、
今日もなんとなく越えていく。
それでいいのかもな、って。
気づかないうちに、
自分の歩き方のままで、
誰かを少しだけ
ほっとさせてたりするのかもしれないし。
題 誰もがみんな
共感や理解が、一本ずつ手の中に集まっていく。
尊重と信頼が、それらをほどけないよう、静かに結び、
確かな頷きが、やわらかな色を咲かせ、
余白と寄り添いは、目に見えない香りのように漂う。
やがてそれらは、腕に抱えられる重さになって、
私はそのすべてを、花束に束ねてあなたへ贈る。
題 花束