闇の中でこそ、
世界は一枚の黒へと溶け合い、
虚飾は役目を失う。
記憶だけが、灯りのように
本当に残すべきものの形を示す。
わずかな光は、
忘れずにいたい部分だけを拾い上げる。
声の温度。
指先の震え。
微笑の角度。
胸の奥で静かに燃え続ける小さな強さ。
それらが光に触れたとき、
“真実の輪郭”として姿を戻す。
ランタンの光は誠実だ。
余計なものをすべて抱き込み、
最後に“記憶の底に残った美しさ”だけを
そっと照らし返す。
外の強い光に慣れようとしなくてもいい。
歩かなくてもいい。
思い出を手に取れる瞬間が来たら、
そのときゆっくり
ランタンの灯を掲げればいい。
記憶のランタン
その旅人は、
音のない思索を背負ったまま、淡い蒼の尾を引いて進む。
歩幅は大きくも小さくもなく、
まるで世界の拍動に合わせて調律しているかのようだ。
霜を踏むとき響くその微かな音は、
破滅の兆しではなく、
世界が沈黙へ溶ける前の前奏にすぎない。
外套を翻すたび、
群青のあいだから銀鼠の粒子が宙へほどけ、
夜の端にかすかな輝きを撒いてゆく。
髪に宿る氷晶は、生きている。
ただ冷たいのではなく、
触れた者の雑音をすうっと眠らせるための、小さな護符。
人々が冷酷と呼ぶその面差しは、
本当は世界の痛みを黙して受け取るがゆえに硬く見えるだけで、
実際には、疲れた者が納まる影をつくるよう、
ゆっくり枝を下ろす古樹の所作に似ている。
そして旅人は、振り返らない。
けれど、振り返らないのは無関心からではなく、
「歩調を乱さないでいい、君は君の速度で来い」
という寡黙な許しを背に残しているからだ。
題 冬へ
喜:笑いが誰かに伝播し場がぱっと明るく満ちるとき。
怒:小さな喧嘩で、心の縁が薄く欠けてしまうとき。
哀:独りの帰り道、沈む光を追うように空を仰ぐとき。
楽:散歩道の曲線にふいに足どりが軽くなるとき。
心は満ちては欠け、欠けては満ち、
ゆっくりと色を変えながら揺れ続ける。
ひとの心は果てのないグラデーションだ。
たとえ自分を
世界の片隅にぽつりと落ちた影のように感じていても
それは “自分の位置から見える景色” にすぎない。
知らぬまま誰かの暗がりに灯り、
名も知らぬ誰かの孤独をあたため、
気づかぬまま誰かの道をそっと照らしている。
昼の月は埋もれているのではなく、
青の粒子に紛れながらも、静かに、確かに、
白い輪郭をたたえたまま空に在り続ける。
君を照らす月もまた知らぬままに。
題 君を照らす月
森の床にはまだ夜露が残り、苔の上には小さな水珠が散り敷かれている。
その上を、木々の隙間から落ちる光の斑がかたちを移しながら揺らめき、ところどころで脈を打つように明滅していた。
ひときわ強く射し込む場所では、小さな草の芽が、訪れた一瞬の光を逃すまいと、そっと葉の表を開いている。
木漏れ日は照らすというより、命へ向けて静かに掌を翳しているようだ。
風が渡ると、光の粒は一斉ではなく、わずかに拍をずらしながら連弾のように揺れ、地面をやさしく撫でていく。
光は絶えず変化する。けれどその移ろいは急ではなく、次にどう揺れるかおおよその予感がある。
光と影の往復を眺めているうちに、いつのまにか自分の呼吸がそのリズムに重なっていく。
呼吸が深くなるのは、光に従うからではなく、光そのものがひとの内側の律動へ寄り添ってくるからだ。
葉の揺れる音、光の瞬き、影の揺らぎ
──森全体が呼吸を共にしているように感じられる。
世界と自分がひそやかに呼応しているという感覚。
自分という存在が、広大な流れの中のほんの一瞬の波にすぎないと確かめていられる安らぎ。
森そのものに包まれ、世界の一瞬の呼吸へ身をゆだねて溶け合うような感覚。
時間も境界も薄れてゆき、心がひたすら澄んでゆく。
題 木漏れ日の跡
近所の散歩道で、
背の低い木のまわりをゆるやかに巻くように、
朝顔の蔓がからまっている。
丸い葉と葉が重なり、
風にそよげば
木と花の境が曖昧になる。
柔らかな陽差しを浴びて
赤むらさき色の花々が一つずつ息をする頃になると、
娘はそれを「あさがおの木」と呼ぶ。
まるで同じ花が戻ってきたように見えるのは、
実際には自然の小さな奇跡で、
種が土に残って芽吹き、自生しているんだ。
今年のその花は思っていたよりも長く姿を見せ、
秋の終わりまで かすかに色を残した。
けれど、11月の風が通うころ、
気づけば蔓はほどけていて、夕映えの色に変わっていた。
また来年、娘とその木を呼びに。
題 ささやかな約束