無垢に広げられた指先は丸く柔らかく、
すり抜けてゆく風さえもぎゅっと握り、
五感いっぱいで世界を受け止めようとしている。
水たまりのさざ波は、
高く弾む笑い声と澄み渡る青を映し出し、
野の小さな花には、目を輝かせながら手を伸ばす。
境界も恐れもまだ知らず、
世界はただ、君の手の届くところから笑い返している。
根源的な祈りは願いの形にならないで、
どうか、その瞳に映る景色がいつまでも光を返し続けますようにと響き続ける。
空は、君の瞳が向いた先から始まって、
でも、君の心の中の広がりのぶんだけ続いている。
――だからきっと、空には終わりがないんだ。
題 祈りの果て
社会不信。
それは、最初から私の中にあったものだ。
子どもだった頃の私は、不条理や理不尽の意味をまだ知らなかった。
大人たちは矛盾した論理で動き、
子どもの純粋な問いかけは、いつも巧妙にずらされていく。
“正気でいようとすること”が、むしろ異常と見なされる空気の中で、私はひとり彷徨った。
泣かず、怒らず、ただ歩き続ける。
「自分は迷宮の中にいる」と静かに感じていた。
理解されない痛み。
秩序の裏に潜む狂気。
それでも、不可解の只中でなお立ち止まらずにいる、小さな意志。
少しずつ、この構造の裏側が透けて見えるようになった今も、世界は依然として「不可解の塊」にしか見えない。
それでも観察をやめず、
迷いながらパターンを指でなぞり、手触りを覚え、
自分なりの地図を描き続ける。
迷っているということは、新しい模様を編み出しているということ。
題 心の迷路
カップの縁に映る彼女の指先が、湯気を揺らす。
それが僕の鼓動に触れて、少し息を止めた。
いま、紅茶が冷めていく。
僕らの沈黙が、温度を奪っていくのかもしれない。
注がれた紅茶は、それを受けとめるカップの上で、静かな震えを広げる。
溢れそうな琥珀の縁を、僕はただ見つめる。
香りの奥で、言葉にしなかった想いが湯気になる。
彼女の心は薄く透ける磁器のようで、少しの熱でも揺らいでしまうから、
僕はその底で、ただ受けとめる皿のように在るんだ。
こぼれる雫も、沈黙も、どれも彼女のかけらだから。
題 ティーカップ
ウサギは、孤立すると動かなくなり、食べ物に手を付けなくなる。毛をむしり、最悪の場合はストレスで死んでしまう。
カナリアは、仲間と離されると鳴き声が増え、羽毛をむしり自傷行動を起こす。
グッピーやベタは、群れから孤立させると泳ぐ速度が落ち、隠れる時間が増える。
アリは、コロニーから離れると探索行動が増え、死亡率が上がる。
それを感じられるのは人間の特権ではない。
実際には、世界のあらゆるものが微かに震えながら、互いを探しているんだ。
それは、つながりたいというエネルギーの裏側に生まれる。
光があれば影ができるように、生きているという現象そのものに付随していて、死ぬ迄つきまとい、満たしても消えない。
人は寂しくて優しさが芽生える。
題 寂しくて
逆らっているわけじゃない。
ただ、自分の輪郭を確かめているんだ。
どこまで自由に動けるのか。
どこまで受けとめてくれるのか。
反抗期というよりも、
いやいや期のような――そんな気持ち。
それは、遮断ではなく、
自分と世界のあいだに線を引いてみて、触れて、確かめて、また描き直すこと。
それが、大人になりきらない心の描く境界線。
題 心の境界線