Frieden

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5/15/2024, 10:14:10 AM

「風に身をまかせ」

今日は天気がいい。だが風が強い。

あまりにも風が強く吹くから洗濯物を部屋干しに切り替えた。
風が強いと時々交通機関が止まったり物が飛ばされたりで少々面倒だな。今日は大人しく家でのんびりしよう。

……と思ったが押し入れの方からガチャガチャ音が聞こえる。
また何か企んでいる、そう思って音のする方へと向かった。

「やあ!!!何か用かい?!!今ちょっと忙しいんだが!!!よければ手伝いたまえよ!!!」
何も分からないまま紐やら布やらを渡される。

……何してるんだ?
「ああ、これかい?!!これはね!!!ハンググライダーだよ!!!キミの分もあるよ!!!」

「今日は風が強いから!!!風に身をまかせてどこかに行けるかもしれないと思ってね!!!一緒に飛ぼうよ!!!」

危ないから駄目だ!いくら風が強くても高度が足りていないし、着地場所が広くて平らだとは限らないだろ?!

「それを承知でやりたかったのだが!!!まあ仕方がないね!!!これはまたの機会にとっておくことにするよ!!!」
マッドサイエンティストを自称するヤツはやっぱり違うな……。

「それじゃあさ!!!ちょっと散歩に出かけようよ!!!いつもとちょっと違う日に出掛けるのって、ちょっとワクワクするだろう?!!さあ、行こうよ!!!」

……たしかに気持ちはわからなくもないが、怪我をしても知らないぞ?……ちょうど買いたいものもあったから出掛けるか。
「やったー!!!」

こうして風の強い中自分たちは外に出た。

強風もあってか、やはり人が少ない。
「あ!!!いっぱい葉っぱが散っているようだよ!!!植物は屋内に移動できないから大変だねぇ!!!」

「でも葉っぱっていいよね!!!風にのってどこかにとんでいけるんだもん!!!ボクも飛びたかった!!!」
そう言いながら飛んでいく若葉を目で追う。

高く飛び上がったと思ったが、次第に落ちてきて用水路へと流れて行った。

……もし飛んでたら今頃ああなってたかもしれないんだぞ?
「む〜!!!いいじゃないか!!!夢を見させてくれたまえよ〜!!!」

マッドサイエンティストのくせに夢を見たい、のか……。

「夢がなけりゃ科学の意味がなかろう?!!誰かの希望が、夢が科学技術となるんだぞ!!!ボクが夢を見ずにどうしろと?!!」

夢がなければ、か。

「そうだよ!!!キミにも何か、夢のひとつやふたつくらいあるだろう?!!……あると言いたまえ!!!ちょっと!!!言ってよ!!!ねえ!!!」

……そうだな、当たり障りもなく、平穏に、金に困らずに生きていけたらそれでいい。
こいつは絶句しているが、生憎これ以上の望みはない。

「で、でもまあ!!!生きているうちに!!!ちょっと便利になったらいいな〜とか思うことが出てくるだろう!!!いや、出てくるに違いない!!!」

「ボクからのアドバイスだ!!!キミはもっと欲深くなってもいいよ!!!いや、なりたまえ!!!もっと楽しく暮らそう!!!」

そうだな……。
それじゃ。

今日はコロッケが食べたい。
「そうそう!!!その調子だ!!!」

それから。

柚子の香りのする入浴剤を入れた風呂に入りたい。
「いいねぇ!!!」

あとは。
「うん???」

星を眺めながら眠りたい。
「お!!!ちょうどベランピング用のテントを買ったからそれを使おう!!!」

「それじゃあ!!!コロッケと入浴剤を買いに行こうか!!!」
ああ、行こうか。

たまにはこういうのもいいよな、なんて思いながら自分たちは風に吹かれて歩いた。

5/14/2024, 10:16:59 AM

「失われた時間」

いつの日のことだったのでしょう。
私が貴方の為に、貴方の作った宇宙たちの為に命を捧げたのは。
美しい宇宙に彩りを与えたのは。

いつの日のことだったのでしょう。
私が貴方にとって用済みになったのは。
用済みの私を眠らせたのは。

いつの日のことだったのでしょう。
貴方が私を置いて行ったことに気がついたのは。
孤独に気がついたのは。

どうして、どうして貴方達は私に与えては奪うの?
手に入れたものまで、作ったものまで奪うのはなぜ?

必要がないのなら、捨てるくらいなら最初から私を存在させなければいいのに。

「なぜだか分かるかい??ボクは知っているよ。彼が君を眠らせた理由を。」

……また現れた。今度は私から何を奪うの?

「違うよ!ボクは別になーんにも奪ってはいない。君からボクの管理しているものを取り返しただけ、だよ。」

「たとえ誰のものであろうとなかろうと手に入れさえすれば自分のもの、なんてことが罷り通ってしまえば宇宙は瞬く間に混沌と化す。そのくらい、君も理解しているはずだ。」

何を言っているの?私はただ、ただ居場所が欲しかっただけ。心の隙間を埋めたかっただけ。それだけなのに。

「はぁ……成る程。」
「君の気持ちは否定しないが、少々やり方が強引だったね───法で裁かれる程度には。」

「とはいえ、ある程度はこちらの不手際が原因だから極刑には問われないだろう。」

「ホントはあんまりこういうことをくっちゃべるとマズいんだが、君には特別に話そうか。あんまり踏み入った話はしないが、それでもよければ聞いてくれたまえ。」

「キミは、自分のことをどのくらい覚えているのだろうか?解析結果からして記憶の少なくない部分が失われている、ということは何とかわかった。」

「経年劣化による破損なのか、意図的に削除されたのかはボクの知る由もない。……知らない方が君にとっては幸せかもしれないが、ちゃんと話そう。キミは───キミは、歴史の被害者だ。」

「今でこそボクらみたいなチョーカガクテキソンザイが公認宇宙管理士として宇宙を管理しているが、かつてはボクらを生み出した存在がそれらを行っていた。」

「彼らは競い合うかの如く大量の宇宙を作った。だが、作りすぎて十分に管理しきれなくなった。そこで彼らが目をつけたのが、宇宙管理の効率化、だよ。」

「効率化を実現すべく色々試したようだが、どれも効果は今ひとつ。自ら手を加える方が手っ取り早かったわけだ。そして彼らが思いついたのが、機械と生体を一体化させた宇宙管理装置──」

「そう、紛れもない。君のことだ。」

「君は覚えていないみたいだが、機械と生体の一体化は大変な苦痛を伴うものだったようだ。実際、それに耐えきれず命を落とした者も少なからずいた。」

「肉体も機械もボロボロにしながら、君は宇宙を管理していたんだよ。“丈夫な装置”として、ね。」

違う、ちがう!私は貴方達と違うの!装置なんかじゃない!!
「失礼な!ボクらは“チョーカガクテキソンザイ”だぞ!!!」

「……こんな残酷な運命を現在を、未来を生きる誰かに背負わせまいと動いた人がいたんだ。」

「それが君が慕っている例の研究者だよ。彼はキミの苦痛を出来るだけ取り除くために色んなことをしたようだ。肉体を回復させたり、丁寧に機械をメンテナンスしたり。」

「だが君は尽くし過ぎた。自分自身を犠牲にし過ぎたんだ。」

「……だから彼は時期を見て、君を“眠らせる”ことにしたのさ。そうすることによって、美しいまま、苦しみから解き放たれると信じてね。」

「だが、何かの拍子で君は目を覚ましてしまった。そして!!!今ボクが管理している宇宙を!!!よくも吸収してくれたね?!!」

「……とまあ、あらすじはこんな感じだよ。ここまでが宇宙管理基礎の教科書にすら載っている君についてだ。」

「だが、これからのことは……なーんにも決まっていないよ!!!だから、これからはこちらも君の失われた時間を取り戻せるように動くつもりだよ。」

「でも!!!勝手に宇宙を吸収するのは言語道断だぞ!!!」

「とりあえず、急拵えで悪いがこの空間で今後の決定を待っていてくれたまえ!!!」

そんなことを言いながら彼は去って行った。

……私は、尽くし過ぎたの?どうすればよかったの?
考えても分からなかったから、立ち尽くすことしか出来なかった。

5/13/2024, 12:26:13 PM

「子供のままで」

今日も自称マッドサイエンティストは機械を仕事をしている……ように見せかけて漫画を読んだりゲームをしたりしている。……随分と忙しそうで何よりだ。

「……なんだい?ボクがダラダラしているように見えるとでもいうのかい?!!そんなわけないだろう!!!漫画を読むのもゲームをするのも、ボクにとっては文化理解の一環なのだよ!!!」

はいはい、悪かったよ。
……とはいえ、こいつは何をしていても楽しそうだ。

いつからだろう。何をしていても素直に楽しいと思えなくなったのは。笑えなくなったのは。
重苦しい思いが付き纏うようになったのは。

……こんなことを考えたって仕方ないのはわかっている。
でも、こいつを見ているとついそう思ってしまうんだ。
なんで自分は、こうも仄暗い心をしているんだろう。

自分も小さなこいつみたいに真面目に学んで、素直に喜んで、笑えるように、純粋でいたかった。
せめて感受性だけでも、子供のままでいたかった。

「一応、知っているとは思うけれども!!!ボクはキミたちニンゲンよりもずっと歳をとっているし!!!全然子供ではないのだよ!!!」

「だが!!!公認宇宙管理士としてはまだまだペーペーの新人である事も事実!!!確かに子供みたいなものかもしれないね!!!」

「まあ純粋かつ老獪な部分がある自覚がないと言ったら嘘にはなるが、キミと過ごしていく中で、キミがもっと満たされてくれたら嬉しいって思っているのは本当だよ!!!」

……もっと満たされて欲しい、か。

見た目も振る舞いもほとんど子供にしか見えないが、こいつは誰よりも宇宙のことを、この星のことを、そして自分のことまで大切に思っている。

それが使命だと言ってはいたが、だからってなんの取り柄もない自分にまで優しくする必要なんてないはずなのにな。

「キミがいなけりゃボクは宇宙を守れないからね!!!協力してくれるニンゲンとなれば尚更無下にはできないよ!!!」

そうか。……ありがとう。
そんなことを思いながら自分はこいつの頭を撫でた。
見た目通り柔らかい髪の毛だな。

「???……あー!!!今のはアレだね!!!動物とか子供に対して何かいいことをした時とかの!!!頭を撫でる行為だね!!!ニンゲンって本当に頭を撫でるんだね!!!」

「……ふと思ったが、もしかしてキミはやっぱりボクのことを子供だと思っているね……???ボクの方がずっと年上なんだぞ!!!別にいいけど!!!」

悪かったよ。これからもちゃんと元気でいてくれよ。
「今度は老人扱いかい?!!どっちかにしたまえよ!!!」
不機嫌そうに頬を膨らませる。やっぱり子供じゃないか。

……そうだな。これからは自分もこいつみたいにいっぱい楽しく笑って、喜びながら暮らしたい。
そう思って漫画を読むマッドサイエンティストの後姿を見つめた。

5/12/2024, 3:02:17 PM

「愛を叫ぶ。」

夕食のカレーを食べている時、自称マッドサイエンティストが聞いてきた。

「ねー、キミに聞きたいことがあるんだけどさ!!!キミたちニンゲンの言う『愛』ってなんだい???今まで便宜上、ボクは』宇宙を愛している』と言いながら宇宙を管理してきた!!!」

「ボクかてなんの知識もなくここにきたわけじゃあない!!!今までにキミたちが残してきた色んなものから『愛』の意味を理解してきたつもりだよ!!!」

「だがしかしだ!!!本当に、これでちゃんと愛というものの正体をわかった気になっていいのかい?!!ボクはそう思えないのだよ!!!」

「だからキミに教えて欲しいんだ!!!『愛』ってなんだい?!!」

なるほど、愛……か。
色んなところで、ひとびとは愛を語り、愛を叫ぶ。
ありふれているのに、目には見えない、それが愛。

……愛とは何か。そんなことを聞かれても、自分には答えられない。もしわかっていたとしても、言葉にするのは難しい。

……愛とは無縁の暮らしを送ってきたから。
そんなものは、自分にはわからない。

「……そうか、そうなんだね。無理なことを聞いてしまってすまない。」

少し考え込んだあと、こいつは話した。

「それじゃあさ!!!ボクがキミを愛するっていうのはどうだろう?!!もちろん、ニンゲンのいう『愛』と、チョーカガクテキソンザイのボクの愛が同じものだと言えないだろう!!!」

「あ、無理強いはしないよ!!!でも、ボクは宇宙の一部としてのキミを、ニンゲンとしてのキミを、ボクと一緒にいてくれる仲間としてのキミを……。」

「愛したいんだよ!!!」

愛したい。そんなことは今までに一度も言われたことがなかった。……でも、期待なんてしてもいいのか?
素直にこの気持ちを受け取って、喜んでもいいのか?

自分にはわからない。
「そうかい!!!わかったよ!!!」

「変に意識させてしまうとかえって苦しくなってしまうんだろう?いつかボクの気が突然変わって見捨てられる〜、とか、ボクの愛に応えなくちゃ〜、とか!!!」

「そんなことを考えなくっていいんだよ!!!キミもボクも、いつも通り、穏やかに楽しく過ごしたらいいのさ!!!それがきっと、ボクらにとっての、一番の愛の形だ。」

「まあ改めて、これからもよろしく頼むよ!!!あ!!!カレーが冷めちゃうよ!!!早く食べたまえ!!!」

そんなことを言いながら、あいつはカレーのおかわりをよそう。

……そうか。愛に条件なんて、なくたっていいよな?
自分も、もっと誰かを愛せるようになりたい。
そう思って、窓から夕暮れの空を見つめた。

5/11/2024, 12:22:20 PM

「モンシロチョウ」

モンシロチョウを見るとあの日を思い出す。
小さい頃、わたしはひとりで家の裏にある草原によく遊びに行っていた。

いつ行っても、人はいなかった。
四つ葉のクローバーを探したり、たんぽぽの花でかんむりを作ったり、そよ風に吹かれながら絵を描いたり。

ひとりぼっちだったけれど、とても楽しかった。

ある日、いつものように草原に行くと、真っ白なワンピースを着た女の子がモンシロチョウと戯れているのが見えた。

こんなところに誰かがいるなんて珍しい。
そんなことを思っていると、彼女はこちらを向いて微笑んだ。

「何してるの?」と聞くと、「モンシロチョウとお話ししてるの。」と答えた。

「ちょうちょはなんて言っているの?」
「北の方に蓮華のお花畑がある、って。」

「他には何か言ってた?」
「西の町で悪いことが起きるみたいだって。」

「もう、あなたは帰ったほうがいいよ。雨が降るから。」
こんなにいい天気なのに?そう思ったけれど、この子を疑う気になれなかったので家に戻ることにした。

家に帰って少ししたら、あの子の言った通り土砂降りの大雨が降ってきた。

それからというもの、彼女は時々草原に来て蝶や小鳥と遊んだり、草笛を吹いたりしていた。

わたしは彼女のことが気になって、いろんなことを聞いた。
名前は?どこに住んでいるの?
どうしてちょうちょの言っていることがわかるの?

彼女はなんにも答えてくれなかったから、結局なにもわからずじまいだったけれど、彼女と過ごした時間はずっときらめいていた。

ある時、わたしは引っ越すことになった。遠い、遠い街に。
もうあの子に会えなくなってしまう。
せめてお別れの挨拶をしなくちゃ。

けれど、いくら待っても彼女は来ない。
またいつか会おうね、ってそう言いたいのに。

わたしはついに引っ越し当日を迎えてしまった。
今日会えなかったらもう二度と会えない、そんな気がして、急いで草原へと向かった。

そこには初めて会った日のようにモンシロチョウと戯れる彼女がいた。やっと会えた。

わたしはついにお別れの挨拶をした。
本当はもっと一緒にいたかったけれど、ちゃんと伝えた。

彼女は少し寂しそうな顔をしたあと、こう言った。
「また、この草原で会いましょう。」

しばらく見つめあっていると、家族がわたしを呼ぶ声が聞こえた。急いで戻らないと。

「また、会いましょう。」
彼女の囁きを背に、わたしは家族の元へと向かった。

父の車に乗って、草原の方を見る。
蝶と遊ぶあの子が見えた。
とても美しかった。


大人になった今、モンシロチョウを見て思い出した。
あの子は今、どうしているのだろう。
大きくなったわたしに気づいてくれるだろうか。

あの子にまた会いたい。
そう思って、わたしはかつて暮らしていた場所へと向かった。

そこには草原はもうなかった。
わたしが大人になったように、草原は住宅街になっていた。

彼女は、どこに行ったのだろう。
草原は、どこに行ったのだろう。

わたしの心に、あの子と草原の形をした穴がぽっかりと空いてしまっている。
ただ、それだけだった。

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