「風に身をまかせ」
今日は天気がいい。だが風が強い。
あまりにも風が強く吹くから洗濯物を部屋干しに切り替えた。
風が強いと時々交通機関が止まったり物が飛ばされたりで少々面倒だな。今日は大人しく家でのんびりしよう。
……と思ったが押し入れの方からガチャガチャ音が聞こえる。
また何か企んでいる、そう思って音のする方へと向かった。
「やあ!!!何か用かい?!!今ちょっと忙しいんだが!!!よければ手伝いたまえよ!!!」
何も分からないまま紐やら布やらを渡される。
……何してるんだ?
「ああ、これかい?!!これはね!!!ハンググライダーだよ!!!キミの分もあるよ!!!」
「今日は風が強いから!!!風に身をまかせてどこかに行けるかもしれないと思ってね!!!一緒に飛ぼうよ!!!」
危ないから駄目だ!いくら風が強くても高度が足りていないし、着地場所が広くて平らだとは限らないだろ?!
「それを承知でやりたかったのだが!!!まあ仕方がないね!!!これはまたの機会にとっておくことにするよ!!!」
マッドサイエンティストを自称するヤツはやっぱり違うな……。
「それじゃあさ!!!ちょっと散歩に出かけようよ!!!いつもとちょっと違う日に出掛けるのって、ちょっとワクワクするだろう?!!さあ、行こうよ!!!」
……たしかに気持ちはわからなくもないが、怪我をしても知らないぞ?……ちょうど買いたいものもあったから出掛けるか。
「やったー!!!」
こうして風の強い中自分たちは外に出た。
強風もあってか、やはり人が少ない。
「あ!!!いっぱい葉っぱが散っているようだよ!!!植物は屋内に移動できないから大変だねぇ!!!」
「でも葉っぱっていいよね!!!風にのってどこかにとんでいけるんだもん!!!ボクも飛びたかった!!!」
そう言いながら飛んでいく若葉を目で追う。
高く飛び上がったと思ったが、次第に落ちてきて用水路へと流れて行った。
……もし飛んでたら今頃ああなってたかもしれないんだぞ?
「む〜!!!いいじゃないか!!!夢を見させてくれたまえよ〜!!!」
マッドサイエンティストのくせに夢を見たい、のか……。
「夢がなけりゃ科学の意味がなかろう?!!誰かの希望が、夢が科学技術となるんだぞ!!!ボクが夢を見ずにどうしろと?!!」
夢がなければ、か。
「そうだよ!!!キミにも何か、夢のひとつやふたつくらいあるだろう?!!……あると言いたまえ!!!ちょっと!!!言ってよ!!!ねえ!!!」
……そうだな、当たり障りもなく、平穏に、金に困らずに生きていけたらそれでいい。
こいつは絶句しているが、生憎これ以上の望みはない。
「で、でもまあ!!!生きているうちに!!!ちょっと便利になったらいいな〜とか思うことが出てくるだろう!!!いや、出てくるに違いない!!!」
「ボクからのアドバイスだ!!!キミはもっと欲深くなってもいいよ!!!いや、なりたまえ!!!もっと楽しく暮らそう!!!」
そうだな……。
それじゃ。
今日はコロッケが食べたい。
「そうそう!!!その調子だ!!!」
それから。
柚子の香りのする入浴剤を入れた風呂に入りたい。
「いいねぇ!!!」
あとは。
「うん???」
星を眺めながら眠りたい。
「お!!!ちょうどベランピング用のテントを買ったからそれを使おう!!!」
「それじゃあ!!!コロッケと入浴剤を買いに行こうか!!!」
ああ、行こうか。
たまにはこういうのもいいよな、なんて思いながら自分たちは風に吹かれて歩いた。
5/15/2024, 10:14:10 AM