Frieden

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「モンシロチョウ」

モンシロチョウを見るとあの日を思い出す。
小さい頃、わたしはひとりで家の裏にある草原によく遊びに行っていた。

いつ行っても、人はいなかった。
四つ葉のクローバーを探したり、たんぽぽの花でかんむりを作ったり、そよ風に吹かれながら絵を描いたり。

ひとりぼっちだったけれど、とても楽しかった。

ある日、いつものように草原に行くと、真っ白なワンピースを着た女の子がモンシロチョウと戯れているのが見えた。

こんなところに誰かがいるなんて珍しい。
そんなことを思っていると、彼女はこちらを向いて微笑んだ。

「何してるの?」と聞くと、「モンシロチョウとお話ししてるの。」と答えた。

「ちょうちょはなんて言っているの?」
「北の方に蓮華のお花畑がある、って。」

「他には何か言ってた?」
「西の町で悪いことが起きるみたいだって。」

「もう、あなたは帰ったほうがいいよ。雨が降るから。」
こんなにいい天気なのに?そう思ったけれど、この子を疑う気になれなかったので家に戻ることにした。

家に帰って少ししたら、あの子の言った通り土砂降りの大雨が降ってきた。

それからというもの、彼女は時々草原に来て蝶や小鳥と遊んだり、草笛を吹いたりしていた。

わたしは彼女のことが気になって、いろんなことを聞いた。
名前は?どこに住んでいるの?
どうしてちょうちょの言っていることがわかるの?

彼女はなんにも答えてくれなかったから、結局なにもわからずじまいだったけれど、彼女と過ごした時間はずっときらめいていた。

ある時、わたしは引っ越すことになった。遠い、遠い街に。
もうあの子に会えなくなってしまう。
せめてお別れの挨拶をしなくちゃ。

けれど、いくら待っても彼女は来ない。
またいつか会おうね、ってそう言いたいのに。

わたしはついに引っ越し当日を迎えてしまった。
今日会えなかったらもう二度と会えない、そんな気がして、急いで草原へと向かった。

そこには初めて会った日のようにモンシロチョウと戯れる彼女がいた。やっと会えた。

わたしはついにお別れの挨拶をした。
本当はもっと一緒にいたかったけれど、ちゃんと伝えた。

彼女は少し寂しそうな顔をしたあと、こう言った。
「また、この草原で会いましょう。」

しばらく見つめあっていると、家族がわたしを呼ぶ声が聞こえた。急いで戻らないと。

「また、会いましょう。」
彼女の囁きを背に、わたしは家族の元へと向かった。

父の車に乗って、草原の方を見る。
蝶と遊ぶあの子が見えた。
とても美しかった。


大人になった今、モンシロチョウを見て思い出した。
あの子は今、どうしているのだろう。
大きくなったわたしに気づいてくれるだろうか。

あの子にまた会いたい。
そう思って、わたしはかつて暮らしていた場所へと向かった。

そこには草原はもうなかった。
わたしが大人になったように、草原は住宅街になっていた。

彼女は、どこに行ったのだろう。
草原は、どこに行ったのだろう。

わたしの心に、あの子と草原の形をした穴がぽっかりと空いてしまっている。
ただ、それだけだった。

5/11/2024, 12:22:20 PM