本棚の隙間

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6/23/2025, 6:50:29 PM

【お題:子供の頃の夢】(書きたいところだけ、書きました)

「ぼくの夢は、大福になることです」
そう言った瞬間、クラス中が笑いであふれる。ほんの少し誇らしく思ったが、すぐにそれが自惚れだということがわかった。
「変なのー!」
クラスのガキ大将が叫んだ。その言葉をかわきりに、他のクラスメイト達も騒ぎ出した。
「食べ物になりたいなんて、変だよ」
クラス1可愛い隣席の女子が言う。
ぼくの顔は湯気が出るぐらい熱くなった。きっとゆでだこのように赤く染まっているだろう。
「静かにしなさい! 発表の途中ですよ。大萩くん、続けてください」
ぼくは将来の夢について書いた作文をくしゃりと握りつぶす。そのまま黙り込んで、席に座った。
「大萩くん?」
女担任の若林先生が心配そうに声をかけてくる。その気遣いさえも、今は恥ずかしさでいっぱいになった。
穴があったら入りたいという感情に小学二年生で知る。
授業参観で来ていた、ぼくの母は額に手を当て呆れている様子だ。小さくではあるが、他の子の親も少し笑っているようだった。

おかっぱ頭のおはぎくんとはぼく——大萩豆太郎のことだ。
『おおはぎ』から『おはぎ』だけを取り抜き、クラスからそう呼ばれていた。
ぼくの夢は大福になること。けど、その夢は人から見たら変らしい。
あの授業後、母は「馬鹿なことを言ってないで、少しは真面目に勉強しな! だからあんな変なことを言うんだよ」と言われてしまった。
真面目に考えた作文だったのだけれど。ぼくは2度と夢を語ることはなかった。

あれから、しょうもない大人になっていた。特別な能力はないし、大福にもなっていない。
なぜ、今さら、子供の頃の夢を思い出したのか。もうすぐ流星群の時期だ。
ぼくはあの後、ふてくされ家出した。なんといって家出したのか覚えていない。一人公園で星を見ていた。
探しに来てくれたのは厳格で無口なじいちゃん。喋ることなく、ただ隣に座って一緒に星空を見るだけ。そのじいちゃんは和菓子職人で店をやっていた。
けれど、家出から2週間後に店で倒れ、一人だったため発見が遅れ、病院に運び込まれた時には、手遅れの状態。
そのまま息を引き取った。

大福になりたかった少年は今はどこにもいない。コンビニや他の和菓子屋で食べる大福はどこか味気なくて、おいしくなかった。
じいちゃんの作る大福が世界一だ。それは今も変わらない。じいちゃんの店はもうない。
ただ、もう一度じいちゃんの大福を食べたいなとは思う。もう一度叶うならの話だけどね。

「だいふく、おいしい」
その声にはっとする。ぼくの目の前にいるのは誰だろう。
変わった銀色の服を着て、おでこから触角が生えてる。周りの草木が焦げていて、臭い。
「どうした、ちきゅうじん」
片言の言葉を話すそいつはぼくを見て言った。
「え、あ、キミは誰?」
「ん? わたしか? わたしのなまえは〝×××〟だ」
「なんて?」
「ちきゅうじんには、ききとれない。んー〝ふく〟とよべ」
よく見るとぼくの手が小さく、景色も都会っぽくない。ここは地元だ。
「ねえ、ふく。キミは何しに地球に来たの?」
「まもるため」
「何を?」
「わすれた」
ぼくはどうやら、自分の知らない幼少期にタイムスリップしたらしい。

6/23/2025, 9:36:18 AM

【お題:どこにも行かないで】

「……おかあさん」
家のドアが閉まる瞬間、出ていく母の背中に呼びかける。
気づかれることなく、わたしの声は真っ暗な部屋に響いて消えた。
ふらりと視界が揺れて床に倒れる。体が熱いのに寒い。
「……おかあ……さん」
もう一度つぶやくがドアが開かれることはない。
母は家に帰ってこない人だった。いつも違う男の人とどこかへ行ってしまう。
帰ってきても、お酒くかったり、怒っていたり、叩かれることもあった。
『あんた、なんか産まなければよかった』
『子どもなんか欲しくなかった』
『金の無駄。価値もないガキのくせに』
『泣くな、うるさい!』
そう言って割引されたパンを置いて母はまたどこかに行ってしまう。
意識が遠のき、もう目を開く力も残っていなかった。

これはわたしの遠い記憶。

目を開けると温かい籠の中で眠っていた。
誰かがすすり泣く声がする。白い髪を持つ女性が泣いて謝っている。
「竜神様、お納めください。今年の痣持ちでございます」
男の声が森にこだます。そよ風が木々の葉を揺らすだけだった。
「さあ、その籠を置くんだ!」
男が声を荒げ、籠を取り上げようとする。女は首を振り籠を守ろうとした。
しかし、抵抗虚しく、籠は〝竜神〟と呼ばれた祠の前に置かれてしまう。
泣き叫ぶ女を男は担ぎ、その場を離れていった。
わたしはまた捨てられたらしい。あの泣いていた女性は母親なのだろうか。
痣持ちとは何だろうか。眠くなっていき、わたしはもう一度目を閉じた。

「……さん。おか……さん」
行かないで。どこにも行かないで。
わたしを置いて行かないで。そんな願いは届くことはない。
うっすら目を開けると、大きな生物に籠ごと抱かれていた。
竜神様だろうか。大きくて、青い体と瞳。怖くない。温かい。
わたしは安堵し眠りにつく。
しっぽが籠に巻き付き、宝物のように扱う竜。
——泣くな。人の子。私はここにいる。お前を見捨てたりはしないよ
優しい声が聞こえた気がした。

6/21/2025, 11:28:16 AM

君の背中を追って

「待ってよ、兄ちゃん!」
「待っててやるから、早く来いよ!」
僕の兄ちゃんは世界一だ。自慢だった。
夕日に照らされた兄の背中は、小さいのに、やけに広く感じた。
それなのに、兄は消えてしまった。
旅に出たあと、ぱったりと音沙汰がなくなった。
手を伸ば届く距離に居たのに、兄は今や遠くの鬼人たちといる。

「兄さん!」
僕は力いっぱい叫んだ。しかし、兄は睨みつけるだけで、何も答えない。
額から突き出た1本の角。それが物語っていた。兄は鬼落ちしたのだ。
「行かないでくれ! 兄さん、僕が分からないのか!」
闇に消える兄にももう一度叫んだ。こちらを見ることなく、兄は行ってしまった。
昔のように待ってはくれない。
下等の鬼が僕の腹部を蹴り上げた。
血の混じった吐瀉物が口から噴き出す。
村の人間はほとんど殺された。鬼は人を喰う。
きっと僕も喰われて死ぬのだろう。痛いのは嫌いだ。
兄も他の家族も失った。生きる意味がない。
けれど、あれが僕の兄なのなら、止めなくては。
鬼が僕の周りに集まりだした。長い舌で口元を舐めずっている。ケタケタと笑い、人の言語ではない言葉を話していた。
後退りして、鬼との距離をとる。だが、背後に回りこまれうまく、離れられなかった。
地面に落ちていた石や枝を投げるが当たることはなく、両腕を掴まれてしまう。
「ぐっ! うぅ……」
バキっと骨の折れる嫌な音がした。
鬼が笑いながら、何か喋っている。
「……なんだ! 何を、言ってる!」
言語として認識できないせいで、少しも理解できない。
少しでも時間を稼ぐために、僕は血痰を鬼に吐いた。
鬼の頬に血痰がつく。先ほどまで笑っていた鬼の動きが止まる。
血痰を指ですくい、舌で舐めとりにやりと嫌らしく笑う。
その瞬間、鬼の口から大量の血が噴き出した。
腐った動物の臭いとさび鉄の臭いが混じった吐瀉物。
僕は顔をしかめる。その隙に鬼から逃げることができた。
(どういうことだ?)
僕は何が起こったのかわからなかった。
血痰を舐めた鬼が血を噴いて死んだ。
離れた場所にある壊れた納屋の中から、先ほどの鬼たちを確認する。
血痰を舐めた鬼だけではなく、鬼の吐いた血を浴びた鬼たちも次々に血を吐き、倒れ塵となり消滅していた。
納屋の扉を閉め、僕は息を殺しながら目を固く閉じた。

「おー、おー。すげー、惨状だ」
野太い男の声がして、僕ははっと目を覚ます。
どうやらあのまま寝てしまったようだ。
納屋の扉を少し開き、外の様子を見てみる。
腰に刀を差し、同じ南蛮服着た男女が複数人立っていた。
その中でも一際目立つ、無精髭の生えた大柄な男。先ほどの声の主はあの人だろう。
「ん? あれ、生きてる? お前、人間?」
男がこちらに気づいた。すぐに納屋の扉を閉じ、両腕で守る。
ガチャガチャと音がして「おーい、開けろー。怖くねーよ。味方、味方だぞー」という声がする。
少し扉を開けると、ぬっと男の顔が隙間からのぞいた。
「うあぁぁ!」
驚いて、バンっと勢いよく閉める。
「わりーわりー。お前、人間だな。よく生きてたな?」
もう一度扉を開け、僕は外に出る。空には太陽が完全に昇っていた。
「お前、名前と歳は?」
大男が訪ねてくる。隣に立つと、僕よりも一尺以上大きいのがよくわかる。
「……三吉文助。16になりました」
小さな声で答えた。
「じゃあ、文助。昨日あったこと話せるか?」
「まあ、はい」
僕は昨夜あったことを丁寧に話した。
村に鬼が来たこと、その中に兄らしき人がいたこと、そして闇に消えたこと。人が喰われ、逃げるために血痰を鬼に吐いたあとのこと。すべて話した。
「毒血ですか?」
僕の話を近くて聞いていた冷たい目をしたの女性が言った。
「だろうな」
大男は答えた。
「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「鬼の存在は知っていますが、あなたたちは何なんですか?」
「あれ? 自己紹介まだだった?」
寝癖だらけの頭をボリボリと掻く男。
「はい」
僕は冷ややかに答えた。見かねた女性が咳払いをして話し始めた。
「我々は鬼を滅殺する組織。政府直属の悪鬼滅殺部隊です。私は第三部隊所属冬子と申します」
彼女はハキハキとした声で言い、敬礼する。
「俺は三部隊の隊長をしている善長右衛門だ。よろしく」
善長右衛門はにっと歯を見せ笑った。
「あ、よろしくお願いします」
僕も一礼した。
「ところでよ……お前、腕折れてるだろ?」
「えっ! 大丈夫なの? 見せて!」
善長右衛門の言葉に冬子が驚く。見かけによらず、心配性のようだ。
「ああ、そうですね。忘れてました。どうりで体中が痛いわけだ」
「アドレナリンが出てたんだろうな」
「あどれ………? なんです、それ」
「気にするな。どうだ、冬子」
「これ、かなり重症ですよ! こんなに平然としてるのが不思議。医療部に運びましょう」
こうして、僕は悪鬼滅殺部隊の医療部のお世話になることになった。

僕は夢を見ているのでないかと思ってた。鬼や悪鬼滅殺部隊は夢で兄は旅に何か出ずに、ずっと村で暮らしているのではないか。
子供の頃のように、兄の背を追いかけているのではないか。
目を開けるたび、その希望は儚く消えた。

6/21/2025, 8:59:36 AM

例え、仲良しな3人組に見えたとしても、私たちには、見えない序列がある。
ヒエラルキーは社会だけではなく、学校にも存在する。
弱みをみせれば蹴落とされ、強者だけが手綱を握れる。
ここは、私立はなふさ女子学院。由緒正しいお嬢様学校だ。
制服は白いジャンパースカート。襟と裾には、群青色の花の刺繍があしらわれている。
歩く姿は百合の花。まさしく、この言葉が似合うような生徒しかいない。
――表向きは。
この学校は腐っている。6年前、ここでは殺人事件が起こった。表向きは事故として処理されているが、当時、学校に通っていた姉は言った。
「あれは、事故なんかじゃない。殺人だ」と。
それ以来、姉は喋ること無く、部屋に引きこもっている。
小学校からの親友の桃香と高校で知り合った杏奈は私の駒だ。
私をいじめた罰。想定外だったが、私は優しいから許してあげた。
もしも、私を裏切ったり、離れようとするれば、いじめ事案の露見は免れないだろう。表沙汰になるのは、それだけじゃない。叩けばいくらだってホコリは出る。
ここは腐っている。私も例外無く。
好意を表す言葉に隠された嫌悪、嫉妬、軽蔑。
私は今日も口にする。
「桃香、杏奈。大好き! 2人は私の大切な親友だからね」
だからね、私を裏切らないでね?
私の大切な親友(こま)たち。

【スクールカースト】【お題:好き、嫌い、】

6/19/2025, 10:12:49 PM

土の匂いが強く感じる。もうすぐ、雨が降るようだ。
私は今日も停留所の横で持鈴を鳴らし立っている。そこには、もう一人いた。
古びたバス停にセーラー服を着た女が傘を差して立っている。
「こんにちは、居るんでしょう?」
女に私の姿は視えないらしい。だが鈴の音か、私の気配を察知してか、時々声をかけてくる。
私は咳払いをして答えた。
「あぁ、居るとも。ところで、お前はなぜ、傘を差している?」
「だって、もうすぐ雨が降りますから」
クスクス笑いながら、彼女は空を見上げた。その空には、未だ青空が雲の隙間から覗いている。
「気が早すぎないか?」
「そうでもありませんよ。あなたが気づいてくれた」
「それは、お前が声をかけてくれたからで……」
図星だ。言葉に詰まる私に彼女は何も言わなかった。
私は彼女が来るのを楽しみにしている。一人、鈴を鳴らせど気づくものはいない。
視える体質の人間と出会っても、叫ばれ逃げられてしまう。実際、私の姿は恐ろしいのだろう。
「今日は姿を視せてはくれないんですか?」
「こんな化け物を視て、お前に何の得がある」
「あなたの目を見て話せます」
その声に偽りはない。
「雨が降ればあなたに会えますか?」
「どうだろうな」
私は冷たく言った。
ぽつりと穴の開いた笠に雨粒が落ちてきて、瞬間、ぱらぱらと雨が降り出す。
雨は嫌いだ。土の匂いも、古くなった水の匂い。それらが、人間だったころを思い出させる。
雨が強くなり、彼女の瞳に私が映る。にっこりと笑った彼女の顔に懐かしさを覚える。
「ほら、会えた」
「私は会いたくなかった」
傘に私を入れようと、腕を伸ばす彼女。妖に転じてから背が伸び、今ではバス停の標識よりもはるかに大きい。
「やめろ。お前が濡れてしまうぞ」
「優しいのね」
姿もおどろおどろしいもので、人間のころの面影もない。それなのに、この娘はちっとも怖がらない。
「怖くないのか?」
「怖くないわ」
色素の薄い澄んだ瞳に、不気味な私が映る。
「……私はお前よりも大きく、手足も長い。見ろ、手のひらはお前の体を、簡単に鷲づかみ出来てしまう。口だって大きく開けば、お前をひと飲みできるというのに」
「それでも、怖くないわ。だって、あなたはやらないでしょう?」
「なぜ、そう言い切れる?」
「だって、人のために泣くでしょう?」
彼女の柔らかな手が私の目元を触る。
「人が亡くなると、この道、葬儀の列が通るでしょう? 小さいとき、泣いているあなたを視たの。鈴を鳴らしながら、誤魔化していたけど、私にはバレバレだったよ」
恥ずかしさで顔が熱くなる。人をやめてしばらく経つのに、未だに、人が死ぬことに対して悲しみの感情がわく。こんな醜い姿なのに。
「それだけでは、何の根拠にもならないだろう。私は復讐するためにここにいるのだから」
「誰かを恨んでいるの?」
私は黙り込む。彼女は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
その時、バス停とは反対側に一台の軽自動車が止まる。サイドウィンドウを下ろし中年の女性が顔を出す。
「——美咲? こんなとこで、何してるの。家は反対方向でしょ?」
その声に聞き覚えがあった。車から降りてこちらに向かってくる。その女性の面立ちが彼女と似ていた。
「お母さん……。少し考え事をしていたら、ここまで来ちゃってたの」
「そう、あまり変なことしないでね。進さんに何て言われるか……」
「うん、わかってる」
彼女の表情が曇る。あぁ、思い出した。
「——何してるの? 早く帰るわよ! わたし、忙しんだから」
「先に乗ってて。すぐ行くから……」
母親が車に乗ったのを確認した彼女は、私の方を向かずに「ごめんね」と言い車の方へ歩いていく。
車が発進し、見えなくなるまでその様子を眺めていた。
あいつだ。やっと見つけた。それなのに、なぜ心が痛むのだろうか。
あの子に——美咲に嫌われたくないと思うのだろうか。私は、私を殺した町田成美たちに復讐するために、人間をやめたのだ。
今更、後には引けない。なのに、黒く濁った眼から涙が流れる。その理由を誰か、教えてくれ。【雨の香り、涙の跡】

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