本棚の隙間

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6/25/2024, 11:57:26 AM

貴族同士の政略結婚。よくある話だ。
地位、権力、名声、富それらすべてを欲しがる輩はたくさんいる。
この女もその1人だろう。
蝶よ花よと育てられた娘には酷な場所。
戦場と化したこの国を捨て逃げ出すに決まっている。
もしくは怯え、家に閉じこもり死んでゆくのだと思っていた。
「なんです? その顔は」
目の前にいるのは先日婚礼の義をあげた女、ケイシーだ。
白い細身のドレスに身を着飾っていたあの日とは違い、戦士と同じく鎧を身にまとって剣を振っている。
「ぼさっとしていますと、死にますよ。アロイシウス様」
彼女の声に我に返り、敵を斬っていく。
「なぜ、君がいる」
「なぜと、言われましても。当然のことですよ」
「なに?」
クスクスと笑いながら、敵をなぎ倒して行く彼女はまさしく戦場の修羅そのもの。
「幼い頃から戦闘のすべてを叩き込まれ、嫁ぐ際には、命がけで国を守れ、と言われておりますゆえ、私が戦うのは必然かと」
剣についた血を払い、振り返る彼女はドレスを着飾ったときよりも美しかった。
「繊細な花だと、思いましたか?」
薄藤色の瞳がアロイシウスをとられる。
「蝶のように自由に舞い、花のように咲き誇り、最後には踏みにじられる。そんな女に見えましたか?」
「あぁ、見えた。君は最初から美しかった。だからこそ、このような場所に嫁いでいいはずのない。そして俺はたくさんの人を殺し、いつかは戦場で死にゆく人間だ。君との婚姻もすぐに解消するつもりだった」
「けど、手放したくなくなった?」
「そのとおりだ。ケイシー」
ケイシーの頬をひと撫でし、唇に口づけをする。
「ムードの欠片もない口づけですね」
ふっと笑った彼女。言うとおり周りは敵国の死体が散乱している戦場。
それでもこの思いは伝えておきたいと思った。
「ケイシー、愛している。全力で君を守ろう」
「いいえ、アロイシウス様。そこは共に戦おうと言ってください」
彼女は微笑み言い、アロイシウスの手の甲に口付けた。
「私は貴方と共に戦うためにここに嫁いだのです」
「君の言うとおりだなケイシー。共に戦い、そしていつかこの国が平和であるように生きよう」
2人は手を繋ぎ戦場を後にする。

4/20/2024, 6:02:22 PM

息をするたび 喉に詰まる感覚がある。
水の中みたいに苦しい。
誰かと過ごすわけでもなく 教室の隅で本を読んでいた。
密かに 君を見ていると 胸が高鳴る。
何もいらない 何もいらない 何もいらない。
君は君のままで生きて その様を僕の手で書きたい。
飾らない君が好き。等身大の君がいい。
深海に射した光のように眩しく 僕の手で壊したい。

光に群がる蛾のように 愛に飢えている君。
学校では擬態している。まるでタコのよう。
息苦しいだろう 息苦しいだろう 息苦しいだろう。
君は上手く隠しているつもりでも 僕は知っている。
君の中にある 深海を僕は書きたい。
君は等身大でもきれいだ。そのままでも魅力だ。
だから中心にいる 君を僕は殺したい。

僕は何もいらなから 君にあげる。
その代わり君は僕の主役(ヒロイン)だ。
物語を紡ぐ 君だけの酸素(ラブレター)を。

飾らないで 等身大でいて そのままでも魅力だ。
僕は君を書く 君は僕の前で演じる。
最高の主役(ヒロイン)を。

君以外は何もいらない。

4/19/2024, 9:47:46 PM

『もしも、未来が見れるなら?』
そんな広告を見かけた。
俺は、隣に座る親友のタクミに聞いてみた。

「もしさ、未来が見れたらどうするよ?」
「えー……、見ない、かなぁ……?」
スマホから目を話すことなく雑に答える。
「はぁ? マジ?」
「マジ、マジ! そういうお前は見るの?」
笑いながら、持っていたスマホで俺を指す。
「見る! どんな大人になってるかーとか、彼女いるのかーとか、大学に仕事、いろいろ見てみたいな。」
「へぇー」
「興味ないだろ、お前!」
軽く体当たりするとタクミは「うげー」と言ってケラケラ笑った。

変哲のない平凡な日常の会話だった。
それが最後になるなんて、俺は思いもしなかった。

突如として現れた“獣”によって人々は襲われ、喰われ、死んでいった。
タクミも、その1人だ。
学校から避難する際に、また獣が現れた。
次々に襲われていく人をかきわけて、俺とタクミは逃げた。
もうすぐ、シェルターに着くというところでタクミは───喰われた。

その後のことは、よく覚えていない。
シェルターから戦闘服を身にまとった人が、数名飛び出してくて煙玉を投げ俺を救出してくれた。
俺は叫んでいた。俺じゃなくてタクミを。親友を助けてくれと……。

俺の両親も、タクミの両親も、俺を気遣って責めることはない。むしろタクミの両親は、「ホタルくんだけでも、無事で良かったよ」と言った。
その言葉が心に刺さって──痛い。
傷口から黒いどろどろとした自責の念が、溢れ流れ俺を染めた。

簡易的な療養部屋で、数週間過ごすことになった。
俺は、親友の死を受け入れることが出来ず、ただ壁を見つめて過ごしていた。
時にパニックを起こし、暴れ、部屋にあるものを壊す。
しばらくするとまた人形のように壁を見つめ、爪で腕をえぐる。
自傷行為は無意識でおこなっていた。頭をぶつける、腕をえぐる、つねる、自分を殴る、首を絞める。

親友の死は俺のせい。生きていることが許せなかったからだ。

そんな俺を見兼ねた殲滅部隊の大将、ツバキさんは言った。
「自分を責める前にやることがあるだろう? 親友は死んだ。他の人間も。今生きている人間も死ぬ。だが獣によって死ぬ人間を減らすことはできる。その方法は──君は気づいているはずだ」

その言葉で俺は、殲滅部隊に入ること決めた。

        ♙♙♙

私が執務室に戻ると、そこには直属の部下である中将がいた。
「これでいいのか?」
私は聞いた。
すると中将は笑いながらこちらを向いた。
「流石ですねー、ツバキさん。女の中の女って感じで、かっこよかったですよー」
「馬鹿にしているのか? 貴様は」
「いやいや、そんなわけー。本心です! 本心」
ヘラヘラと笑い、何かと読めない男である。

そんな男が連れてくるといった少年は、今精神的に不安定であり、壊れはじめている。
様子を見ていた精神科医も心配するほどに、憔悴しきっていた。
だが、この男は弱っていく少年を見て楽しそうに笑っていた。むしろ、弱れば弱るほど喜び、興奮している。実に不愉快だった。

ある朝、私の執務室を訪ねてきた中将が言った。
「彼に入隊するよう促してください」
この時ばかりは、真剣な表情で、いつものような無礼な態度ではなく部下らしい立ち振舞をしていた。
私は何も言うことなく、その懇願に承諾をし少年に会いに行ったというわけだ。

だから疑問に思っていることを、私は中将に聞いてみることにした。
「何故、私に頼んだ? 貴様が行けば済むことだろう?」
中将はふっと笑った。
「わかっているくせに、イジワルですねー」
「わからないから、聞いているんだ」
中将は、んーと唸るだけだった。
「貴様が行けば、あの少年はあそこまで憔悴することはなかった。悲しみを背負い、自分を責め、自傷行為をするまで苦しむ必要はなかったはずだ!」
私は少し怒気をこめ言った。
しかし、この男に効くことはない。今もヘラヘラと笑っている。
「わー、怖ーい。ツバキさん美人だから、怒ると怖いんですよー」
「はぐらかすな!」
中将は、あはっと笑い「そうですねー」と濁すようブラインドをいじる。
「貴様は、あの少年で何を企んでいる?」
「全ては、世界のためですよ」
中将は言った。
その目は真剣であり、若干の冷たさも帯びていた。

「俺はただ、獣を殺せる適正者を見つけただけ。それが彼だった」
中将は続ける。
「覚醒したものは皆、何らかの強い感情や感覚を抱く。ツバキさんは怒り、俺は痛みで。適正者だとわかったとき、俺は2つの感情が湧いた。1つは希望。もう1つは絶望。あいつは優しんですよ。誰にでも。だから特別がない」
未だに痛むのか左肩を異様に擦る中将。その声は少し掠れ震えている気がした。
「覚醒には強い感情か感覚を感じなければならない。今のままでは、彼は覚醒することなく死にます。だから必要な過程だったんですよ。苦しみも悲しみも、自責の念も。俺個人で企みなんかありませんよー」
「本音か?」
私は自然と訪ねていた。
この男の言うことを、全て否定するわけではないが、本音とも思えなかったからだ。
そして中将はにっこりと変態じみた笑顔を浮かべ「鋭いですねー」と言った。

「誰にでも優しい彼が、誰か1人を想い泣き、暴れ、弱る姿は、控えめに言って──甘美。とても興奮する。むしろ愛しいと感じるほどに」
その表情は恋に落ちた少女のように、うっとりとしていた。はっきり言って──
「気持ちが悪いな」
「酷いなー」
中将はまたヘラヘラと笑い出す。
私はため息を吐き、中将に向き直る。
「貴様がしていることを、私は咎めることはない。業務の一環としての行動だと黙認している。だが、時と場合を考え、行動するように。……こんな役目は、もう、ごめんだからな」
「はーい! 肝に銘じまーす」
「ちゃんと返事をしろ!」

「それじゃあ、医務室に戻りまーす」と言い、中将はドアノブに手をかけた。
「あー、そうそう」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
中将は少し目を伏せ、苦笑いを浮かべている。
「いや、ね……。少しは悪いとは思っているんですよ。俺はこんな性格だし、基本悪いとは思わないんですけど」
「だろうな」
私は頷いた。
「えー、そこは否定してくださいよー」
「無理だな。貴様をクズ、クソ、サイコパスで変態だと思っているからな」
「え、シンプルに酷っ」
中将はゴホンと咳払いをして続きを話し始めた。
「まあ、俺の性格は置いといて。俺はどんな手を使ってでも適応者を見つける。それが仕事だから。嫌われようと罵られようと俺はそいつを利用します」
「それが親友であってもか?」
「そうですね。その関係性だからこそ利用価値がある……と言いたいところですけど罪悪感って俺のもあったんですねー」
中将は「びっくりー」っと言っていつもの締りの悪い表情に戻っていた。
「じゃあ、一発少年に殴られればいいんじゃないか?」
「そうですねー。俺の部下になったら殴られますかねー」
「……合格するとは限らないぞ」
「───しますよ」
中将が言った。
「はあ?」
「だから、合格しますよ。ホタルは」
「根拠は」
「勘です」
私はため息をつき、目頭を揉む。
「勘か」
「勘ですね」
「そうか」
この男の勘は、外れたことがない。
だから何も言えないのだ。

「それじゃあ、今度こそ行きますねー。痛み止め切れちゃって痛いんですよー」
「さっさと行け!」
「はーい」と言い、中将は執務室から出ていった。

疲れからため息を吐き、胸の内ポケットからシガーケースを取り出した。
煙草に火をつけ、ぷかりと煙を吐く。
この煙草は、亡き夫が吸っていた銘柄だ。
あの少年を見ていると、夫を思い出し、獣の瘴気で昏睡状態となった娘を重ね、
似た境遇に私自身も重ねている。
少年に言った言葉は、全て私への言葉だ。
机の上には夫のオミと8歳のツミキがうつる写真が飾ってある。
私はその写真を見て、煙草を消し業務に戻ることにした。

デスクの上に中将の用意した資料がおいてある。先程居た理由はこれを持ってきたためだろう。
パラパラと捲り目を通していく。
彼が集めた適応者のリストだ。
今回は30人ほど集まったが適応があるからと言って入隊できるわけではない。
それなりの覚悟と才がなければ不可能だ。戦うものが違う分しっかりとしたテストが必要ということ。
そのリストの中には、少年の情報が記された資料もあった。
実に一般的な家庭の長男といった情報だ。
サラリーマンの父親、パートの母親、2つ歳の離れた中学生の妹がいる、15歳の少年。学力も運動神経も平均的で特別な記録はない。
朝何時に起きて、朝食をとり、ゆっくりと登校。学校での授業態度、成績表、テストの点数から寝るまでのことまで事細かく記されていた。
特に気になったのは風呂に入った際どこから洗うかなどの個人的な内容も含まれていた。
やはり、あいつは危険人物だな。
同時に少年を哀れに思う。
私は彼の行動を咎めない。上司としても人としても。それがあの男の業務であり命令だからだ。
すなわち私に少年を助けることはできないというわけだ。
あの男と出会わなければ、今のように苦しむことも、悲しみを知ることはなかった。失う辛さを知ることもなかった。
だが出会ってしまった。それが最大の不運だろう。
これから少年は、あの男によって今よりも辛い目に合うことがわかっている。
だが私は助けない。助けられない。
少年自身がどう生きるかで決まる。
それが今の世の中だ。


ふと思い出す。とある広告の言葉だ。
『もしも、未来が見れるなら?』
昔の私なら見ないと答えただろう。
だが、今は見れていたらと考えることがある。
未来が分かれば今のような現状を少しでも変えられたのではないか。
全てを防げなくとも、家族だけは守れたのではないかと……。
愛する夫は獣に殺され、娘は瘴気で昏睡状態で面会も禁じられている。
私はこの世界に怒りを抱いている。
だから大将になるまで努力した。
もう、私のように苦しまぬように。
後悔しないように。

       ♙♙♙

4/16/2024, 2:53:40 PM

部屋の窓から街を見るたび、どこか遠くへ行きたくなる。

一度だけ街の外れまで行ったことがある。そこは透明な壁だけで、向こう側には何もなかった。

まるでこの街はドーム状の箱庭のように囲われている。

小さい頃から、不思議に思っていた。
昼間は明るい青空なのに、物音がしたと思ったら夜になっている。

私に両親というものはいない。育ててくれる大人はいる。
だけど、その人たちもおかしい。
みんな白い上着を着ているからだ。

私たち子供を番号で呼ぶところもおかしい気がする。
何故おかしいと思うかは、友人のトリのせいだ。

真っ黒な羽を持っていて瞳は青いトリ。
物知りで、おしゃべりなトリでどこから来たのかわからない。 

そいつは言う。
「大人タチは、オマエたちを騙シテいる」

「オマエたちを番号で呼ぶガ、大人タチは、個々ニ、ナマエというモノを、持ッテイル」

「ココはハコニワ。実験サレテイル」

最初はトリの言っていることだからと信じていなかった。
けどトリの持ってきた本を読んで事実だと知った。

私はこのことを誰にもバレないように、密かに脱走計画を立てている。
しかしここ最近トリの姿が見えないのが気がかりだ。

自由のようで、自由ではないこの箱庭から出ることを夢見ている。

4/13/2024, 11:35:42 AM

───快晴駅、快晴駅です。お出口は右側。戻りの電車は反対ホーム4.9番線各駅停車俗世行きをご利用ください。次は彼岸、彼岸駅です。

ここは、快晴駅という場所らしい。
自分の知る限り、そんな駅名は存在しない。ならばここはどこなのだろうか?

駅のホーム内に、自分以外の人がいない。
電車が行ったホームはしんっと静まり返り、ただ澄んだ空が見えるだけだった。

暑くも寒くもない場所。人どころか虫や鳥もいない。うっかり居眠りをしてしまったためにこんなところに来る羽目になった。

当然、スマホは圏外。Wi-Fiもない。反対ホーム4.9番線に戻るための電車があるらしいが自分は少し考えていた。

少しだけここに残ってみようか──と。

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