青く白い雲が点々と浮く、穏やかな昼下がり。
孤児院で暮らす子どもたちが庭で遊んでいる。
その声をBGMに、ぼくは本を読むのが好きだ。
木の下の空気はなんだか優しい。心地よい風に吹かれ物語に浸っていた。
「ねえ、もしも明日……世界が終わるとしたら?」
隣に座るミライは、空を見上げながら言った。
「なんで、そんなこと、急に聞くのさ。ありえないよ、世界が終わるなんて。もし合ったとしても、ぼくたちが生きているうちは絶対にない!」
まくしたてるように言うと、ミライは眉を寄せ、口を歪ませた。
「ロマンがないなー」
ミライの言葉にイラッとする。
本を閉じ、立ち上がって腕を大きく広げてみせた。
「この場所にロマンなんかあるものか! 見てみろ、ガリの痩せっぽちで親無ししかいない」
「声が大きいよ……」
「事実だろ!」
大声を出し、ミライを睨見つける。
彼女は怯むことなく、目を細め微笑み、ぼくから視線を地面に移した。
淡い紫色の瞳が底なし沼のように陰っている。
「……ミライ?」
「ん?」
「何か、あったのか?」
フルフル横に首を振り「……何もないよ」とだけ言いいつものミライに戻っていた。
ぼくにとって世界はすでに滅んだも同然だった。
実の親から殺されかけ、金儲けのために働かされる。
時々、白衣の着た人間が両親に金を渡し、ぼくを何処かの施設に連れて行く。目隠しと耳栓がされどこかわからない場所だ。それも長く続かない。
用済みになれば、人に売られた。一ヶ月も暮らせないはした金。それもギャンブルに消えていくのだろう。
ぼくにとって世界は残酷だ。
身売りされたあとの生活も酷いものだった。
大人とは汚い生き物だ。労働は当たり前、主人の身の回りや下の世話。奴隷というより玩具に近いだろう。
欲のはけ口のために、身体を揺さぶられる中、ぼくは心の中で世界の終わりを夢見ていた。
――このまま全て消えてなくなれ。ぼくも世界も何もかも。
ミライに会うまでは、世界というものを憎んでいた。
救世主(メシア)とは本当にいるのか。
金色の長い髪、淡い紫色の瞳、小さな口。
童話に出てくる妖精が化けたのではないかと思ったほどに、美しかった。
世界は本当に残酷だ。
幼い頃からの過剰労働の末、心臓に負担がかかっていた。根本的な原因は、感染症だろうと医者入った。
いろんな人間の汚い部分を知り尽くすぼくは、身体の隅々まで侵されているのだろう。
闇をかき分けるように、指が皮膚に食い込む。
異常に脈打つ心臓に身体が砕けそうな感覚。
胸えぐるように掻きむしる。苦しさは消えることはなかった。
ぼんやりとする視界の端に、孤児院のシスターが見えた
「……ま、マザーシスター」
「目覚めましたか。よかった……あなたに何かあったら、罰を受けなければならなくなりますから」
罰?
それに何か変だ。こういうときは一番にいるはずの人間がいない。
「……ミライはどこです?」
マザーの瞳がぼくを捉える。
「………ミライ? 誰のことですか?」
その目はどこか遠くを見てるだ。
「は? ミライです。ぼくの同室の……」
「……存じ上げませんね?」
「ミライですよ! うっ……」
「起き上がってはなりません。なんせ、5年も眠り続けていたのですから……」
「は? 5年………?」
マザーは医者を呼び、問診を行ったあと「安静に」と言い残し病室を去っていた。
「………あの、鏡ありますか?」
「え、ええ」
看護師さんがポケットから手鏡を貸してくれる。
「…………っ!」
そこには、金色の長い髪、淡い紫色の瞳、小さな口。
童話に出てくる妖精の様な顔立ちをした人間だった。
「…………ミライ?」
世界は残酷だ。
ぼくは救世主だった人を死なせた。
それも彼女はぼくのクローンとして生まれたなんて、信じたくなかった。
涙の理由
同棲をはじめて何回目かのケンカ。
彼女は大粒の涙を流しながら、何か言うのをやめた。
喉まで出た言葉を飲み込んでただ泣いている。
「泣けば、オレが謝るとでも……?」
バッと顔をあげて、彼女はオレを睨みつけた。
嫌な言い方をしたのはオレだ。
目を逸らし、深呼吸をした彼女はまた言葉を飲み込む。
「……もう、いい」と言い残し、風呂場へと消えた。
しばらくしてシャワーの音と彼女のすすり泣く声が聴こえてくる。
本当に些細なことだった。小さな不満がチリとなって溜まって大爆発。
売り言葉に買い言葉。オレは服を脱ぎ散らかし、彼女はよく物を無くした。
お互い様なのはよくわかっている。一度火のついたものを吹き消すことができないように、お互いにヒートアップして傷つけあった。
頭をかきむしり、ドカリとソファーに座る。
彼女が戻ってくる間に今の気分がマシになって冷静に話し合いできればいいと思いながらスマホを開く。
ロック画面には、三通ほどショートメッセージが表示されていて送信相手は同僚の前田だった。『これ、お前のか?』のあとに『画像を送信しました』『スタンプを送信しました』というメッセージ。
開いてみるとちょうど15分ほど前に送られてきたらしい。
画像はケンカの理由になった大事なボールペン。
オレは彼女が無くしたとばかり思っていた。
自分の事は棚にあげて、彼女を批難した。
前田にメッセージを送り、ため息を吐く。
どっと疲れが出て、一気に罪悪感に襲われた。
馬鹿なのはオレだ。
ガチャッと音がして、彼女が風呂から上がってきた。
火照った頬とは違い、目元も赤く腫れていた。
「あ、あの、さつきちゃん……」
じろりと睨みつけてくる。
「あ、いえ、さつきさん……」
スマホの画面が見えるように差しだした。映し出されているのは先ほど前田が送ってきたボールペンの写真だ。
「会社にあったそうです……。本当に悪かった……いや、ごめんなさい、許してください。このとおりです」
スマホを見せたまま深々と頭を下げる。
数秒経っても彼女は何も喋らない。ちらりと顔をあげて彼女を見るといまだ眉間にシワを寄せ睨んでいた。
「―――っす」
「んえ?」
「アイス、買ってくれたら許す……」
睨んだまま、涙の滲む目を袖で拭いながらそう彼女は言った。
「いくらでも買います! 服も片付けます! 約束します」
「……私も、気をつける……」
「仲直り、しれくれます?」
手を広げると、遠慮がちにゆっくりと腕の中に収まる。
ぎゅっと腕に力を込めると、さつきはオレの胸にぐりぐりと頭を数回こすりつけた、抱きしめ返してくれた。
これがオレとさつきの仲直りの決まりごと。
【お題:子供の頃の夢】(書きたいところだけ、書きました)
「ぼくの夢は、大福になることです」
そう言った瞬間、クラス中が笑いであふれる。ほんの少し誇らしく思ったが、すぐにそれが自惚れだということがわかった。
「変なのー!」
クラスのガキ大将が叫んだ。その言葉をかわきりに、他のクラスメイト達も騒ぎ出した。
「食べ物になりたいなんて、変だよ」
クラス1可愛い隣席の女子が言う。
ぼくの顔は湯気が出るぐらい熱くなった。きっとゆでだこのように赤く染まっているだろう。
「静かにしなさい! 発表の途中ですよ。大萩くん、続けてください」
ぼくは将来の夢について書いた作文をくしゃりと握りつぶす。そのまま黙り込んで、席に座った。
「大萩くん?」
女担任の若林先生が心配そうに声をかけてくる。その気遣いさえも、今は恥ずかしさでいっぱいになった。
穴があったら入りたいという感情に小学二年生で知る。
授業参観で来ていた、ぼくの母は額に手を当て呆れている様子だ。小さくではあるが、他の子の親も少し笑っているようだった。
おかっぱ頭のおはぎくんとはぼく——大萩豆太郎のことだ。
『おおはぎ』から『おはぎ』だけを取り抜き、クラスからそう呼ばれていた。
ぼくの夢は大福になること。けど、その夢は人から見たら変らしい。
あの授業後、母は「馬鹿なことを言ってないで、少しは真面目に勉強しな! だからあんな変なことを言うんだよ」と言われてしまった。
真面目に考えた作文だったのだけれど。ぼくは2度と夢を語ることはなかった。
あれから、しょうもない大人になっていた。特別な能力はないし、大福にもなっていない。
なぜ、今さら、子供の頃の夢を思い出したのか。もうすぐ流星群の時期だ。
ぼくはあの後、ふてくされ家出した。なんといって家出したのか覚えていない。一人公園で星を見ていた。
探しに来てくれたのは厳格で無口なじいちゃん。喋ることなく、ただ隣に座って一緒に星空を見るだけ。そのじいちゃんは和菓子職人で店をやっていた。
けれど、家出から2週間後に店で倒れ、一人だったため発見が遅れ、病院に運び込まれた時には、手遅れの状態。
そのまま息を引き取った。
大福になりたかった少年は今はどこにもいない。コンビニや他の和菓子屋で食べる大福はどこか味気なくて、おいしくなかった。
じいちゃんの作る大福が世界一だ。それは今も変わらない。じいちゃんの店はもうない。
ただ、もう一度じいちゃんの大福を食べたいなとは思う。もう一度叶うならの話だけどね。
「だいふく、おいしい」
その声にはっとする。ぼくの目の前にいるのは誰だろう。
変わった銀色の服を着て、おでこから触角が生えてる。周りの草木が焦げていて、臭い。
「どうした、ちきゅうじん」
片言の言葉を話すそいつはぼくを見て言った。
「え、あ、キミは誰?」
「ん? わたしか? わたしのなまえは〝×××〟だ」
「なんて?」
「ちきゅうじんには、ききとれない。んー〝ふく〟とよべ」
よく見るとぼくの手が小さく、景色も都会っぽくない。ここは地元だ。
「ねえ、ふく。キミは何しに地球に来たの?」
「まもるため」
「何を?」
「わすれた」
ぼくはどうやら、自分の知らない幼少期にタイムスリップしたらしい。
【お題:どこにも行かないで】
「……おかあさん」
家のドアが閉まる瞬間、出ていく母の背中に呼びかける。
気づかれることなく、わたしの声は真っ暗な部屋に響いて消えた。
ふらりと視界が揺れて床に倒れる。体が熱いのに寒い。
「……おかあ……さん」
もう一度つぶやくがドアが開かれることはない。
母は家に帰ってこない人だった。いつも違う男の人とどこかへ行ってしまう。
帰ってきても、お酒くかったり、怒っていたり、叩かれることもあった。
『あんた、なんか産まなければよかった』
『子どもなんか欲しくなかった』
『金の無駄。価値もないガキのくせに』
『泣くな、うるさい!』
そう言って割引されたパンを置いて母はまたどこかに行ってしまう。
意識が遠のき、もう目を開く力も残っていなかった。
これはわたしの遠い記憶。
目を開けると温かい籠の中で眠っていた。
誰かがすすり泣く声がする。白い髪を持つ女性が泣いて謝っている。
「竜神様、お納めください。今年の痣持ちでございます」
男の声が森にこだます。そよ風が木々の葉を揺らすだけだった。
「さあ、その籠を置くんだ!」
男が声を荒げ、籠を取り上げようとする。女は首を振り籠を守ろうとした。
しかし、抵抗虚しく、籠は〝竜神〟と呼ばれた祠の前に置かれてしまう。
泣き叫ぶ女を男は担ぎ、その場を離れていった。
わたしはまた捨てられたらしい。あの泣いていた女性は母親なのだろうか。
痣持ちとは何だろうか。眠くなっていき、わたしはもう一度目を閉じた。
「……さん。おか……さん」
行かないで。どこにも行かないで。
わたしを置いて行かないで。そんな願いは届くことはない。
うっすら目を開けると、大きな生物に籠ごと抱かれていた。
竜神様だろうか。大きくて、青い体と瞳。怖くない。温かい。
わたしは安堵し眠りにつく。
しっぽが籠に巻き付き、宝物のように扱う竜。
——泣くな。人の子。私はここにいる。お前を見捨てたりはしないよ
優しい声が聞こえた気がした。
君の背中を追って
「待ってよ、兄ちゃん!」
「待っててやるから、早く来いよ!」
僕の兄ちゃんは世界一だ。自慢だった。
夕日に照らされた兄の背中は、小さいのに、やけに広く感じた。
それなのに、兄は消えてしまった。
旅に出たあと、ぱったりと音沙汰がなくなった。
手を伸ば届く距離に居たのに、兄は今や遠くの鬼人たちといる。
「兄さん!」
僕は力いっぱい叫んだ。しかし、兄は睨みつけるだけで、何も答えない。
額から突き出た1本の角。それが物語っていた。兄は鬼落ちしたのだ。
「行かないでくれ! 兄さん、僕が分からないのか!」
闇に消える兄にももう一度叫んだ。こちらを見ることなく、兄は行ってしまった。
昔のように待ってはくれない。
下等の鬼が僕の腹部を蹴り上げた。
血の混じった吐瀉物が口から噴き出す。
村の人間はほとんど殺された。鬼は人を喰う。
きっと僕も喰われて死ぬのだろう。痛いのは嫌いだ。
兄も他の家族も失った。生きる意味がない。
けれど、あれが僕の兄なのなら、止めなくては。
鬼が僕の周りに集まりだした。長い舌で口元を舐めずっている。ケタケタと笑い、人の言語ではない言葉を話していた。
後退りして、鬼との距離をとる。だが、背後に回りこまれうまく、離れられなかった。
地面に落ちていた石や枝を投げるが当たることはなく、両腕を掴まれてしまう。
「ぐっ! うぅ……」
バキっと骨の折れる嫌な音がした。
鬼が笑いながら、何か喋っている。
「……なんだ! 何を、言ってる!」
言語として認識できないせいで、少しも理解できない。
少しでも時間を稼ぐために、僕は血痰を鬼に吐いた。
鬼の頬に血痰がつく。先ほどまで笑っていた鬼の動きが止まる。
血痰を指ですくい、舌で舐めとりにやりと嫌らしく笑う。
その瞬間、鬼の口から大量の血が噴き出した。
腐った動物の臭いとさび鉄の臭いが混じった吐瀉物。
僕は顔をしかめる。その隙に鬼から逃げることができた。
(どういうことだ?)
僕は何が起こったのかわからなかった。
血痰を舐めた鬼が血を噴いて死んだ。
離れた場所にある壊れた納屋の中から、先ほどの鬼たちを確認する。
血痰を舐めた鬼だけではなく、鬼の吐いた血を浴びた鬼たちも次々に血を吐き、倒れ塵となり消滅していた。
納屋の扉を閉め、僕は息を殺しながら目を固く閉じた。
「おー、おー。すげー、惨状だ」
野太い男の声がして、僕ははっと目を覚ます。
どうやらあのまま寝てしまったようだ。
納屋の扉を少し開き、外の様子を見てみる。
腰に刀を差し、同じ南蛮服着た男女が複数人立っていた。
その中でも一際目立つ、無精髭の生えた大柄な男。先ほどの声の主はあの人だろう。
「ん? あれ、生きてる? お前、人間?」
男がこちらに気づいた。すぐに納屋の扉を閉じ、両腕で守る。
ガチャガチャと音がして「おーい、開けろー。怖くねーよ。味方、味方だぞー」という声がする。
少し扉を開けると、ぬっと男の顔が隙間からのぞいた。
「うあぁぁ!」
驚いて、バンっと勢いよく閉める。
「わりーわりー。お前、人間だな。よく生きてたな?」
もう一度扉を開け、僕は外に出る。空には太陽が完全に昇っていた。
「お前、名前と歳は?」
大男が訪ねてくる。隣に立つと、僕よりも一尺以上大きいのがよくわかる。
「……三吉文助。16になりました」
小さな声で答えた。
「じゃあ、文助。昨日あったこと話せるか?」
「まあ、はい」
僕は昨夜あったことを丁寧に話した。
村に鬼が来たこと、その中に兄らしき人がいたこと、そして闇に消えたこと。人が喰われ、逃げるために血痰を鬼に吐いたあとのこと。すべて話した。
「毒血ですか?」
僕の話を近くて聞いていた冷たい目をしたの女性が言った。
「だろうな」
大男は答えた。
「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「鬼の存在は知っていますが、あなたたちは何なんですか?」
「あれ? 自己紹介まだだった?」
寝癖だらけの頭をボリボリと掻く男。
「はい」
僕は冷ややかに答えた。見かねた女性が咳払いをして話し始めた。
「我々は鬼を滅殺する組織。政府直属の悪鬼滅殺部隊です。私は第三部隊所属冬子と申します」
彼女はハキハキとした声で言い、敬礼する。
「俺は三部隊の隊長をしている善長右衛門だ。よろしく」
善長右衛門はにっと歯を見せ笑った。
「あ、よろしくお願いします」
僕も一礼した。
「ところでよ……お前、腕折れてるだろ?」
「えっ! 大丈夫なの? 見せて!」
善長右衛門の言葉に冬子が驚く。見かけによらず、心配性のようだ。
「ああ、そうですね。忘れてました。どうりで体中が痛いわけだ」
「アドレナリンが出てたんだろうな」
「あどれ………? なんです、それ」
「気にするな。どうだ、冬子」
「これ、かなり重症ですよ! こんなに平然としてるのが不思議。医療部に運びましょう」
こうして、僕は悪鬼滅殺部隊の医療部のお世話になることになった。
僕は夢を見ているのでないかと思ってた。鬼や悪鬼滅殺部隊は夢で兄は旅に何か出ずに、ずっと村で暮らしているのではないか。
子供の頃のように、兄の背を追いかけているのではないか。
目を開けるたび、その希望は儚く消えた。