奈都

Open App
1/31/2023, 12:56:07 PM

お題「旅路の果てに」



長い長い魔王討伐の旅が終わろうとしていた。

なぜか勇者にお供として指名されてしまった私は、いま、焚き火を見ながら杖を拭いている。
魔王の城はもう目前だが、夜になってしまったし、ちょうどいい洞窟があったため、ここで休むことになったのだ。

このパーティには私以外に、勇者、戦士、賢者の3人がいる。
なんかすごい力を秘めているらしい剣で戦う勇者に、肉弾戦が得意な戦士、魔法で攻撃も防御も支援できる賢者。
ちょっと回復魔法が使えるだけの私がいる意味はあまりないような気がするが、それでも勇者は「おまえが必要なんだ」と明るく笑う。

パーティの雰囲気は驚くほど良い。なんなら村にいた時よりも断然居心地が良い。
勇者のお兄さんは明るくて優しく、戦士のお姉さんはガサツだけど頼もしく、賢者のおじいちゃんは疲れたからと言って小さくなって勇者のポケットに逃げることはあれどみんなの調子を気遣えるすごい人。

なんで私がいるんだろう。
そう思うのは、もしかしたらこの人たちへの裏切りなのかもしれない。
それでも、きっとこのパーティは3人のほうがしっくりきただろうなと思う。

今、私たちは代わりばんこで見張りをしている。
安全地帯っぽいとはいえ魔王の城のそばだ。バレれば袋叩きにされてもおかしくない。
さっきまで見張りをしてくれていた勇者はスヤスヤと寝ている。
勇者だけではない、戦士も賢者も眠っている。
ちゃんと睡眠を取れなかったのは私だけみたいだ。

流れるままにパーティに入れてもらってるだけで、勇気も度胸もない。
私はなんでここにいるのだろう。

ツヤツヤになった杖に、私の沈んだ顔が映っていた。




朝になり、私たちは魔王の城に行くべく歩みを進めた。
もう逃げることはできない。お昼には城に着くだろうという勇者の見立てに、私はげっそりしていた。

「いつも以上に浮かない顔をしておるのう」

賢者が私に話しかけた。私以外の3人は目をギラギラとしている。
そりゃ、念願の魔王討伐の時間は近いのだ。テンションが上がってるのはおかしくないだろう。

私が「まあ……」と笑うと、賢者はころころと笑う。

「そんなおぬしに朗報じゃ。おぬしの今日の運勢は絶好調! 運命の相手と出会えるかも!? だそうじゃ」

このおじいちゃんは毎日ひっそりとみんなの運勢を魔法で占っている。
それを自分の言葉で柔らかくして伝えてくれるのだが、なかなかに面白い言葉をチョイスしてくる。
私は思わず破顔した。

「魔王の城で誰と会うんです、さらなるヒーローでも来てくれるんですか?」
「そこまでは見えんかったが、わしの占いは百発百中だからの。楽しみにしとるがよい」
「はーい」



賢者は私の顔を見て満足したように足を早めた。次は戦士に占いの結果を伝えているらしい。
相変わらず、力の抜かし方が上手な人だ。
少し軽くなった足で、私はみんなの歩調に合わせて歩いて行った。


城内部に入ると、たくさんの魔物がいた。
魔物は見た目はかわいいものの、凶暴なものが多い。
私はひたすらみんなを回復していた。
だが、さすがというべきか、私の味方たちは圧倒的な力で道を阻むそれらをねじ伏せていく。
私が回復しているのはほんの少しのダメージばかりだった。

順調に進んでいき、ついに、荘厳な部屋の扉の前まで来た。
勇者は緊張した面持ちで、その扉を開く。

「待っていたぞ、勇者御一行」

丁寧なのか丁寧じゃないのかわからない口調で、私たちは歓迎された。
ついに来てしまった。絶望的な気分で顔を上げた私は固まった。

そこには魔王と思しき魔物がいた。
うさ耳のような2本のツノに、もふもふの紺色の毛皮。
ツンツンの牙に、ぎゅんっとつっている赤い目。

私は、一瞬にして、魔王に心を奪われた。

「こいつと遊ぶのもそろそろ飽きた頃だ。返してやろう」

魔王が獣のような美しい爪をひょいと動かすと、私たちの目の前に一人の男性が現れた。悔しそうな顔を浮かべ、倒れている。もしかすると、私たちより前に到着した勇者かもしれない。
勇者と同じくらい綺麗な顔をした彼は、

苦しげな声で私たちに言う。

「すまない……私にはもう戦うだけの力が残っていない……君たちで……どうか魔王を……」
「もう喋らなくていい! ここまで追い込んでくれてありがとう。トワさん、彼に回復を」



勇者から名前を呼ばれた私は、惚けた顔で魔法をかける。
賢者は「いい男に出会えたのう」とニヤニヤしている。

勇者は魔王に向き直る。

「彼の意思をついで、オレたちがおまえを倒す!」
「やってみるがいい、そいつと同じ目に遭わせてやろう」

魔王が妖しく笑う。もうダメだった。
私は勢いよく手を上げ、「魔王!」と叫んだ。
魔王どころか、その場にいた全員が私を振り返ったのがわかった。


「魔王! 私を、めとってください!」

空気が凍りつく。そんなのはお構いなしだ。
私は勇者たちを振り返り、頭を下げた。

「ごめんなさい、私は協力できなくなりました」
「な……」
「賢者さん、私の運命の人は魔王だったようです。私は魔王と共に行きます」

みんなポカンとしている。
賢者は「いや、ここにイケメンおるじゃろ」と狼狽えている。
そこに魔王の声が飛ぶ。

「勇者の一味を味方に加えるなぞ、こちらも困る。勇者、どうにかしろ」
「いや……どうにかしろと言われても……」

勇者はちらっと戦士と賢者を見る。
賢者は両手をあげて首を振る。
戦士は私の額に手を当てる。

「熱は……ないみたいだな……」
「元気です、今までにないくらいに元気です、私はきっと魔王に会うためにここまで来たんですから」
「……いかれちまったみたいだな」

戦士も諦めたようでため息をついた。
勇者も頭を抱える。

「魔王……彼女を頼みます……」
「それでも勇者か、諦めが早すぎる、まだそこの寝てるやつの方が粘り強かったぞ」
「今オレは失恋したんだ……とりあえずおまえは倒す……」
「我からこの小娘を奪い取る気概でも見せんか、それで勇者を名乗るな」

勇者は項垂れている。私をパーティに入れてたのは単に私を好いていただけだったようだ。
勇者は私を見た。

「オレが魔王を倒したら……戻ってきてくれるか?」
「いえ、その時は私も魔王と逝きます」
「おい、勇者、もっと粘れ」

魔王は狼狽えている。そんな顔も愛らしい。
私は魔王に駆け寄った。困った顔をしていたが、私はそれを無視した。

「さあ魔王、私が全力で支援するので、勇者たちを懲らしめてください! 死なない程度に!」
「なんなんだこの小娘は……」

運命の相手との初陣だ、格好いいところを見せなければ。
たとえかつての仲間でも容赦はしない。


私は昨日ツヤツヤにした杖をかざして、勇者たちと戦う覚悟を決めたのだった。


おわり。

1/30/2023, 11:22:01 PM

お題「あなたに届けたい」


おばあちゃんは、縫い物が好きだった。
着ている服は基本自分で作ったもので、家に置いてあるぬいぐるみもそうだった。
そういう仕事なんだと思って聞いたことがあったが、趣味なんだと言っていた。

「もうおばあちゃんだから、見えなくてよく怪我しちゃうんだけどねぇ」

けらけらと笑いながら、おばあちゃんは縫い物をやめなかった。
わたしの覚えているおばあちゃんは、いつも縫い物をしていた。


わたしの家にも、おばあちゃんからもらったぬいぐるみがある。
もう薄汚れてしまった、ツチノコのぬいぐるみ。
ツチノコのぬいぐるみはこれだけではなく、おばあちゃんの家にはたくさんあった。
なんでツチノコなのかと以前聞いたが、「おばあちゃんはツチノコになりたいんだよ」とニコニコしながら返された。
当時は気づいていなかったが、おばあちゃんはなかなかに不思議な人だったのかもしれない。


これはおばあちゃんが亡くなったときに、お母さんから渡された。
幼かったわたしは、おばあちゃんが死んだことがよくわからず、なんでおばあちゃんが寝てるのか、なんでみんな泣いてるのか、騒いでいたことを覚えている。
そんなとき、お母さんがこのツチノコを渡して言ったのだ。

「おばあちゃんは、このツチノコに変身したの。喋れなくなっちゃったけど、そこからおばあちゃんはマリのこと見てるって」

ツチノコのツヤツヤした黒いボタンにはわたしが映っていたので、わたしはこの嘘を信じた。
おばあちゃんと呼びながら、その日からいろんなところにそのツチノコを連れて行った。
どこにいくにも一緒で、学校に連れて行こうとしたときにようやく親に怒られた。


「おばあちゃんってさぁ、なんで最期にツチノコ作ったんだろ?」

高校生になったわたしは、さすがにツチノコを持ち歩くことはしなくなった。代わりに食卓の真ん中に鎮座させている。
向かいに座っていたお父さんが、苦笑した。

「おばあちゃん、マリのこと大好きだったからなぁ」
「わたしは別にツチノコ好きって言ったことないよ? おばあちゃんのつくるツチノコは好きだけど」
「そうじゃなくて、『おばあちゃんはこのぬいぐるみに変身した』って言ったら、そのぬいぐるみを持ってる間、おまえはおばあちゃんのことを忘れずに済むだろう?」

実際、何年も持ち歩いてたしなぁ、とお父さんはツチノコを撫でる。

「じゃあ、おばあちゃんは、わたしに忘れてほしくないからこれをつくったの?」
「そうだよ。おばあちゃん本人は、頑なに認めなかったけどな」
「ツチノコばかり作ってたのだって、マリがほんとに小さい時に『かわいい』って喜んでくれたのが嬉しかったからなのよ」

夕ご飯をテーブルに運んできたお母さんも、ツチノコを見て微笑んでいる。
どうやら、おばあちゃんちにツチノコのぬいぐるみが溢れていたのも、ここにツチノコがあるのも、わたしが好きだと言ったかららしい。

「おばあちゃんって……わたしのこと大好きだったんだね」

ツチノコを撫でると、まるで動いているかのようにツチノコが揺れる。
お父さんとお母さんは笑っている。

「ようやく、おばあちゃんの気持ちが届いたのね」
「よかった、よかった」

気づいてなかったのはわたしだけだったようだ。
少し恥ずかしくなって、わたしは席から立ち上がって、ごはんをよそいに行った。

おばあちゃんの思惑通り、わたしはこんなに大きくなった今でも、おばあちゃんのことを忘れずに過ごせている。


おわり。

1/30/2023, 12:27:04 AM

お題「I LOVE...」


物語というものは、愛の描写は付きものである。
家族愛、友愛、親愛、性愛、愛憎……愛にはさまざまな種類があり、物語には何かしらの愛が関わっているだろう。
だが現実ではあまりそういうのは意識しないものだ。なぜなら、物語とは違って、現実の『愛』は文字にも言葉にもされず可視化できないから。
あったってなくたって、気にならないものなのである。

だが僕は今日唐突に、そんな愛のやり取りの中心になってしまった感覚に陥ったのであった。


はじまりは今日の朝のこと。
起きた時、何か違和感があったが、気のせいだと朝ごはんを食べにリビングに行くと、父がニコニコと僕を出迎えた。
いつもは忙しいからと、僕が起きる前に仕事に行ってしまうのに。
驚いていると、父がお弁当袋を僕に差し出してきた。

「今朝、お母さんと作ったんだ。力作だぞ」

恥ずかしそうに笑って母を見やる父。母も嬉しそうに笑みを返している。
なんだこの光景は。
いつもはもっと父と母の雰囲気は殺伐としている。
なんなら昨日の夜だって、父が浮気をしているのではと口論になっていたはずだ。
一晩で何があったのか。子としてはあまり想像したくなかったので、ありがたく弁当を受け取って、僕は父を見送った。


気持ちの悪い仲良し夫婦ごっこを記憶から追いやるように、僕は急いで家を出た。

通学路の途中ではよく部活の先輩と出会う。
いつもは遅刻気味の時間帯で、一緒に走りながら学校に向かう。だが今日は僕が家を急いで出てきたので、きっと先輩には会わないだろう。
そう思っていると、いつも先輩と会う場所に先輩が立っていた。
こんな早い時間になんで……?

「あれ!? 早くない!?」

先輩が声をあげるが、それはこちらのセリフだ。

「先輩も早いっすね」

僕が返すと、先輩は目をうろうろと彷徨わせる。
そのあと、照れたように笑った。

「いつもは君を待ってるからさ、この時間には居るんだよ」
「なんで待ってるんすか? 遅刻ギリギリになるのに」
「君と……一緒に登校したいんだよ」

恥ずかしそうに笑う先輩。
こんな顔見たことない。そもそも先輩は別に僕を気に入ってる素振りを見せたこともない。
なんなら、遅刻気味で赤点もギリギリな僕のことをめちゃくちゃ馬鹿にしてくる。先輩は頭は良いのだ。

そんな先輩が、まるで僕に好意があるかのような素振りをする。
気持ち悪い。なんなんだ今日は。

「えっと……僕今日は別ルートで行くんで……またあとで」
「えっ」

僕は先輩に背を向けた。全力で走る。少し離れたコンビニに着いて振り返ると、もう先輩の姿はなかった。



学校について、教室に向かう。
気味の悪いことが立て続けに起きているので、朝なのに僕はげっそりとしていた。
今日は睡眠学習の日だな……。
ため息をつきながら教室に入る。

僕は地味めな生徒だ。僕に興味を示す人たちも部活の人に限られる。
だからドアを開けた時に、部活のやつら以外から視線を集めることなどなかったのだが。

ドアを開けた瞬間、教室内のすべての目が僕に集中した。

えっ、何。

何か声をかけられるわけでもなく、ただ見られている。クラスの女の子たちが僕を見ながらヒソヒソと話している。男子も僕を見ながら笑っている。

もしかして僕はいじめられるのか……?

心配になりながら自分の席に向かう。
すると、同じ部活の田所が、僕に肩を回してきた。

「はよー、山野。英語の宿題やったー?」
「僕がやってるとでも思ったか」
「だよなー、ほら、見せてやるよ」

机にノートが広げられる。
田所を見ると、照れくさそうに笑っていた。

「おまえ、今日先生に当てられる日だろ? だからそこはちゃんと調べておいたぜ」
「なんで……?」
「おまえが困るのを見るのも面白いけど、今日はちゃんと答えて先生を驚かすおまえが見たかったんだよ」

僕が自信満々に先生に「わかりません!」と言うと一番に喜んでいた田所が、僕に課題を見せてくれる。
なんかおかしい。なんで僕に優しいんだ。

「田所……どうしたんだ?」
「は? なにが?」
「いや……いつもだったら僕が苦しむ様を見て喜ぶのにって……」
「うっせーな、ただの気まぐれだよ」

田所はむすっとする。とりあえず親切は親切として受け取ることにした。
今日はなんかみんな気味が悪い。
僕は吐きそうになっていた。


今日は先生もクラスメイトもなぜか優しかった。
まるで僕がクラスの人気者にでもなったかのように、部活以外の人も僕に話しかけ、なんなら別クラスの人が僕に会いにきて。
何が起きているのかわからなかった。
何か悪いことが起きる前触れなのではと思った。
怖くて、気持ち悪くて、部活があるにも関わらず、僕は授業が終わるとすぐに学校を後にした。



家にも帰りたくなく、鞄を持ったまま町をふらつく。
さっき気づいたことだが、知らない人もなぜか僕にすごく親切にしてくれるので、僕はあえて人気のない場所を選んで移動していた。

なんなんだ、今日は。


気持ち悪いくらいに僕に都合のいい一日を振り返り、吐き気を催す。
昨日まで、たしかにこんな日々を夢見ていた。

もっと両親が仲良くしててほしい。
先輩が僕に気があればいいのに。
田所が僕を馬鹿にしなければ仲良くなれそうなのに。
みんながもう少し僕に興味をもってくれれば、楽しいだろうに。

それが急に現実のものになってしまった。
こんなに気持ちの悪いものだとは思わなかった。

なんでこうなったんだろう。
僕は泣き出したくなっていた。愛が気持ち悪く感じるなんて、思いもしなかった。


『みんなに愛してほしいって言ってたのは君だろう?』

背後から声が聞こえた。
真っ黒なコートに、フードで顔を隠している。高い声は聞き覚えのあるような気がした。
だが、思い出せない。この人は誰だろう。けど、会ったことはあるはず。
言いしれぬ不安が押し寄せる。僕の様子など気にせず、相手は話を続ける。

『せっかく、みんなの愛を君に向けてあげたのに、君はそれを拒否するのかい?』
「おまえが……やったのか……?」
『昨日の君の要望にお応えして、ね』

やれやれ、と首をふるフード。考えるより先に僕はそのコートにしがみついた。

「戻してくれ! もうこんな気持ち悪いのは嫌だ」
『いいけど……代償はいただくよ?』
「代償……?」
『昨日、君は何かを愛する気持ちを失ったんだ。今度は何を失う?』

だから僕は向けられる愛が気持ち悪くなったのだろうか。
周りを元に戻したところで、それがなければ結局この気持ち悪さは消えないのだろうか。
全身から力がぬけて、フードの前にへたり込んだ。
そんな僕をよそに、そいつは『またボクが決めちゃおうかな』と笑っている。

『じゃあ、君の『嫌い』を代償に、元に戻してあげようかな?』
「嫌い……?」
『『I love』を失って、『I hate』も失って。次はどんな一日になるんだろうね?』

いってらっしゃーい。
少年のようなあどけない声が聞こえた。急に意識が遠のく。




目を開くと、部屋の天井が見えた。
なんか変な感じがする。体調不良とは違う、違和感。
そういえば昨日もそんなこと思ったな。気のせいか。

僕はいつものように、ごはんを食べにリビングに向かった。

今日も、不思議な一日が始まった。



おわり。

1/29/2023, 6:10:55 AM

お題「街へ」



幼い頃から、毎月15日は街へ出かける日だった。
家の周りになんのお店もないことを不憫に思った母が、たまには街に連れてってやろうとその日をつくったのだと思っていた。

そのおでかけのルートはいつも一緒だ。
母とお昼を食べて、好きな服を買ってもらって、喫茶店で折り紙を教えてくれるおじさんと母の3人でお茶をして、家に帰る。

なんでいつも折り紙のおじさんがいるかは聞いていなかった。
この人だれ?と母に聞いても、折り紙を教えてくれる人よとしか言ってくれなかった。
何度か聞いてみたが、母が機嫌を損ねるだけで、何の収穫もなかった。

月一のお茶ではあったが、おじさんは親切で折り紙も上手だったので、わたしは結構おじさんのことが好きだった。


そんなある日のこと、母が「今日はおじさんには一人で会ってね」と言った。
わたしが高校生に上がったころの話だ。

毎回、母がおじさんのことを睨んでいたことは知ってたので、その言葉は、「お母さんはあの人に会いたくない」という意味だとはわかった。

なんで会いたくない人なのに、わたしには会わせるのだろう。
疑問には思ったけど、おじさんと二人でお茶をするのも悪くはないと思って街に向かった。


おじさんはいつもの喫茶店の、いつもの席に座っていた。
わたしが店に入ると、わたしを覚えてしまった店員さんが、おじさんのところに案内する。

「おじさん」

声をかけると、おじさんは柔らかい笑顔で、「チカちゃん、久しぶり」と言った。

「久しぶりって、先月も会ったじゃん?」
「おじさんにもなると、先月の話も昔になっちゃうんだよ」
「そういうものなんだ」
「そういうものなんだよ」

おじさんはいつものようにコーヒーを飲んでいる。
わたしもいつものように店員さんをよんで、ココアを頼む。

「コーヒーは飲めるようになったのかい?」

そう聞かれてわたしは目を逸らす。
そういえば先月会った時に、おじさんみたいにコーヒー飲めるように練習するという話をしていた。
わたしの様子から、うまくいってないことがわかったのだろう。おじさんは、「焦る必要もないし、飲めなくても問題ないよ」と笑った。

「おじさんは飲めるからいいんだよ、わたしは飲めないからいつまで経ってもオトナになれない」
「コーヒーが飲めるのがオトナってわけでもないさ」

おじさんもまだまだ心は子供のままだから。
小さく付け加えられたおじさんの言葉は、少し寂しげだった。
なんで寂しそうなのかはわからないけど、それをわたしが問い詰めるのは違う気がした。

わたしはおじさんから目を逸らして、先ほど届けられたココアに口をつける。小さい頃から変わらないその味は、この年になると少しだけ甘さが強いような気がした。

「お母さんは、どうしたの?」

おじさんが気まずそうに聞く。まるでお母さんがおじさんのこと会いたくないと言っていたのを知っているみたいに。
わたしは軽い調子で返す。

「今日は出かけたくない気分なんだって。おじさんより断然お母さんのほうが子供だよ」
「それを聞かれたら、ますます嫌われちゃうな」

おじさんは悲しそうに笑う。おじさんはお母さんのことが好きなのだろうか。でも人から嫌われるのは誰だって嫌だから、当然の反応なのだろうか。

「お母さんはおじさんのこと嫌いかもしれないけど、わたしは好きだよ」

わたしは笑った。ただの慰めに聞こえているかもしれないけど、それでもおじさんは少し嬉しそうに、ありがとうと呟いた。

「お母さんとおじさんは、どういう関係なの?」

ずっと母にはぐらかされてきた質問をおじさんに投げる。おじさんなら、答えてくれる気がした。
おじさんはまた悲しそうに目を細めて、コーヒーカップに目を落とす。

「お母さんからはなにも聞いてないの?」
「折り紙の先生ってだけ」
「当たりなような……ハズレなような……」
「いっつもはぐらかすの、でも、ただの『お友達』なわけではないでしょ?」

わたしの言葉におじさんは困ったように眉を下げた。
目をよろよろと泳がせて、口を開けたり閉じたりしている。言うかどうか迷っているようだ。
わたしは周りを見渡しながら呟くように、でもおじさんには聞こえるように言う。

「友達から聞いたけど、知らないおじさんと会ってご飯食べたりすることを『パパ活』って言うんだって。これも『パパ活』になっちゃうのかなぁ」

おじさんの顔が一気に青くなった。
おじさんが恐れているのが、自分の立場が悪くなることでも、わたしの外聞が悪くなることでもどっちでもいい。追い込まれれば言うはずだ。なにせ、押しには弱いおじさんだから。

おじさんは小さな声で言った。

「私は……チカちゃんの本当のお父さんなんだ。離婚してね。でも私がチカちゃんのことを気にしてたから……こうして会う時間をくれているんだよ」

お父さん?
わたしは自分のお父さんを思い浮かべた。
陽気で能天気で、よくお母さんに呆れられている。
ひとつひとつの動作がうるさいので、わたしはあまり口を聞いていない。

でも、あの人が本当のお父さんじゃないなんて、考えたこともなかった。
たしかにお父さんに似てるとは言われたことはないけど、片親にばかり似ることだってよくある。
お母さんもお父さんも、『再婚』であることを匂わせたことなんてない。

「……おじさんもそんな冗談言うの?」
「冗談じゃないよ……。目元、お母さんにもお父さんにも似てないって、言われたことないかい?」

目元。
そういえば親戚にそれを指摘されて、お母さんが機嫌を悪くしたことを覚えている。
そんなに自分に似てないことが不満だったのかと思っていたが、それはおじさんに似ているから嫌だったってことなんだろうか。

でも、おじさんが嘘をついてる可能性も。
一瞬頭に浮かんだが、おじさんが今まで私に嘘をついたことなんてないし、何より、お母さんがおじさんのことを話したがらない理由に納得がいく。
わたしはおじさんの話を信じることにした。

「私はまだチカちゃんと暮らしたいって、お母さんとよりを戻したいって思っているんだ」
「絶望的だね」
「お母さんに似て容赦ないねぇ……まあ、立派にチカちゃんが育ったのはお母さんとお父さんの手腕だから、実際絶望的なんだけどね」

私が引き取っていたら、君はどんな人生を歩んでいたかわからない。

悲しそうな声音に、納得がいった。

お母さんはハッキリしたことが好きだ。だからわたしにも、ハッキリした物言いを求める。
きっと、この人はそれができなかったんだ。
だから、お母さんに捨てられた。

可哀想な人だな。
他人事のように思った。まあ、わたしからしたら他人事なのには変わりない。おじさんの話も、お母さんの話も、全て他人の話だ。

「わたしが選んであげようか? おじさんのこと」

他人の話だと思っていたのに、わたしの口から漏れたのはそんな言葉だった。
わたしも驚いたが、もちろんおじさんも目を丸くしている。
言い訳のように、わたしの口から言葉があふれる。

「わたしはお母さんが再婚してたなんて知らなかったし、おじさんと別れたときなんてきっと赤ちゃんくらいだったんでしょ? そのときよりは断然分別つく人になったし、わたしがおじさんと暮らしたいって言ったら通るんじゃないの?」
「いや……でもそれは君がいまの生活を捨てるのと同じで……」
「前にここら辺に住んでるって言ってたじゃん。学校変わらないなら大して変わらない」

嘘だ。苗字も住む場所も変わってきっと大変なことになる。おじさんは独り身だし、生活は今までより厳しいかもしれない。
なにより、実のお父さんだとはいえ、今まで家族じゃなかった人と家族として暮らすのだ。
想像もつかないくらいのストレスだろう。

ココアのカップを持ち上げて口をつける。
自分の手が震えていることに気づいた。

「大丈夫だよ、おじさんがいい人で、わたしのことを忘れずに今まで過ごしてくれてたことはよく分かってるから」

おじさんに笑いかけると、おじさんの目が細められた。嬉しそうな、悲しそうな、よくわからない顔。

「優しい子に、育ったんだね」

おじさんはそれだけ言うと立ち上がった。伝票を持ってレジにいく。
わたしがその手を掴むと、おじさんはにっこりと笑った。

「来月からはもう来なくていいよ。立派になった娘を見れてよかった。これからも、元気でね」

するりとおじさんの手が逃げていく。わたしの手の力が抜けていたのだろう。掴むものがなくなったわたしの手は、そのまま下ろされる。

「来月も、ここで待ってる」

わたしは声を絞り出した。
会計を済ませて店を出ていくおじさんは、もうわたしを振り返らなかった。

次の月も、その次の月も、もうおじさんは店には来なかった。



おわり。

1/28/2023, 2:30:13 AM

お題「優しさ」


『みんなに優しくありなさい』
幼い頃からずっと家族に言われ続けた言葉。
私が友達におもちゃを取られた時も、足が遅くて馬鹿にされて泣いて帰った時も、言われる言葉は決まっていた。

みんなに優しく。
おもちゃを取られても、この子の方がおもちゃで遊びたかったのだから譲ってあげようと思いなさい。
馬鹿にされても、自分の非が原因で不快にさせてしまったのだから、速く走れる練習をしなさい。

なんで私ばかり我慢しなきゃいけないのか。
最後にその不満を抱えたのはいつだっただろう。
いつのまにか私の中に溶け込んでしまった『優しさ』によって、そんな不満を抱えることもなくなってしまった。

彼女に、出会うまでは。




「ユウちゃん数学の宿題終わってるー?」

同じクラスのトモちゃんが私を呼ぶ。
用件は決まって、宿題を見せて。
自分でやらなきゃ意味ないのに、と一瞬思うが、私は決まってトモちゃんに笑顔を返すのだ。

「終わってるよ。今日トモちゃん指される日だっけ?」
「そうなんだよー、なのにやるの忘れちゃってさー」

悪びれもしてない笑顔だが、『トモちゃんは困っているから』私に声をかけたのだ。
それなら私が返せる言葉はひとつ。

「じゃあトモちゃん当たるとこ見せるよ」
「ユウちゃんやさしー! えっとねー、問5のとこなんだよね」
「そこなら答えだけじゃなくて、ここ全部書き写した方がいいかも」
「ありがと! たすかるー」

トモちゃんは嬉しそうに私のノートを書き写す。

「やっぱりユウちゃんはいい人だなー」

へらっと笑った彼女から溢れた言葉に、私は苦笑した。
ここでいう『いい人』というのは、きっと、『都合のいい人』なのだろうな。

席に戻っていくトモちゃんの背中を見つめていると、先生が教室に入ってきた。
チャイムが鳴り、数学の授業が始まる。

先生が黒板に公式を書いているのを見ながら、私はぼんやりと考える。
このあとの休み時間は、次は誰が古典の宿題を見にくるのだろう。



放課後、先生に任された課題のワークを回収して、私はぼんやりと廊下を歩いていた。

30人分のワークはそれなりの重さだが、まあ、『先生が困っていたから』仕方ない。
部活もやってない、ただ帰るだけの私がやるのが一番良い。

窓の外の景色を見て、そういえば今日は好きな漫画の最新刊が発売されるんだったと思い出した。
まあ、初回限定が手に入らなくても問題ないし。
頭に浮かんでくる、初回限定のアクリルスタンドを振り払って歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。

振り返ると、同じクラスの藤原さんがそこに立っていた。

「あ、もしかしてワークに名前書き忘れた? たまにあるよね」

そう笑って近づくと、藤原さんはとびっきり苦いゴーヤを引き当てたときのような顔をした。

「あんた、良いように使われてもなんで笑ってられるの」

自分の体が凍りついたように動かなくなった。
藤原さんの言葉は、なぜか私を傷つける。
だがすぐに、頭のどこかで声がする。

もしかして、私の言動が藤原さんを不快にさせてしまった?

藤原さんの言葉と私の今日の言動で繋がる部分を急いで探す。
藤原さんと今日話したのはこれが初めてのはずで、そもそも普段も挨拶くらいしかしない仲だ。
彼女に良いように使われた覚えはない。

私は言葉を探しながら喋る。

「私……なにか藤原さんに頼まれてたっけ? 忘れちゃってるみたいでごめんね」
「何も頼んでないし忘れてない」

彼女の返事を聞いて私は内心頭を抱える。
それならなぜ彼女はこんなにも不満そうなのだろう。
なにも言えずにいると、藤原さんは舌打ちして、手を差し出した。

「半分持つ。先生に渡したら言いたいこと言うから」

何かお小言があるらしいが手伝ってくれるらしい。
ありがとう、と言いながらワークを半分渡す。

「藤原さん優しいね」
「……あんたに言われると私まで利用されてる気分になるから嫌だ」
「えっ……?」
「あとで言う」

むすっとした顔の藤原さんはそれきりなにも言わなかった。
職員室に入って、先生にワークを提出して、教室

に戻るまで、何も。


教室に戻ってきて、先に口を開いたのは私の方だった。

「さっき言ってたのって……?」

私の言葉に、藤原さんは不機嫌を隠さない顔で答える。

「あんたを見てると、『優しさ』が軽んじられてるみたいで不快なんだよ」
「優しさが……軽んじられてる……?」


どういう意味だろう。私はそんなに軽率に『優しさ』という言葉を使っただろうか。
考えていると、藤原さんはため息をついた。

「あんたが『優しい』って言われれば言われるほど、都合の良い存在イコール優しいもの、ってなってく気分になる」

優しさは本来もっと良いものなのに。
藤原さんから放たれた言葉は優しさのかけらも感じなかったけど、彼女が『優しさ』を大切にしていることは分かった。

『あんたに言われると私まで利用されてる気分になるから嫌だ』

さっき彼女が言ってたことを思い出す。
都合のいい存在という意味で優しいと言われている私に、「優しい」と言われるのは、たしかに都合のいい人と言われているようなものなのかもしれない。
『優しさ』を大切にしている彼女としては、それは一周回って侮辱と感じたのかもしれない。

だが。
私は藤原さんに頭を下げた。

「不快にさせてごめんなさい。でも……たぶん私はこれからも都合のいい存在でい続けると思うから……」
「なんで変えようと思わないわけ?」

私が言い切る前に彼女の声が飛んでくる。
変える?なにを?
私の疑問を見透かしたように、彼女は舌打ちをしてから続ける。

「なんであんたは都合のいい存在から脱しようと思わないのって聞いてるんだよ」
「そんなの……困ってる人は見過ごせないし……」
「あいつらが本当に困ってるように見えたのか?」

私は言葉に詰まった。
宿題を見にきた人たちの顔が浮かぶ。みんな、笑っていた。

「浮かない顔してたのはあんただけだったよ」

付け加えられた言葉に、胸が苦しくなる。
知っていた。宿題なんてどうせあいつに見せてもらえば大丈夫だし、と笑っていたことも。そういう手伝い以外で声をかけられることなんてほとんどなかったことも。

『みんなに優しくありなさい』

頭の中で声がする。
そうだ。利用されてると分かっていても、私はみんなに優しくあらねばならない。何を言われても許さねばならない。

「私は……みんなに『優しく』しなければならないの」
「……なんで」
「そうあるべきだって……思うから……」
「……あっそ」

藤原さんは眉間に皺をよせたまま、くるりと私に背をむけた。自分の席に向かい、鞄をかつぐ。

「言いたいことは言ったから。じゃ」

彼女は振り返ったが、日が暮れかけている教室では、もう、彼女の顔は見えなかった。
恐怖が湧き上がる。
このまま見送ってしまったら、彼女とはそれきりな気がした。
『都合のいい存在』である私を、そう見ないでいてくれたこの人にまで、見限られてしまう気がした。

「藤原さん!」

教室から出ようとする彼女の名を呼ぶ。
彼女は私を振り返るが、何も言わなかった。
どんな顔をしているかなんてわからないが、私はそんなの構わずに尋ねた。

「なんで、話してくれたの」

不快だっただけかもしれない。『優しさ』が穢されていくのが我慢ならなかったのかもしれない。
それでも、ほんの少しだけ、期待してしまった。

彼女はしばらくの沈黙のあと、小さく言った。

「同じクラスになった時、あんたが普通に『優しく』してくれたから」

覚えている。
同じクラスになって、初めて藤原さんと話した時のことだ。
ペンケースを忘れた彼女に気づいて、私から話しかけたのだ。

シャーペンは2本あったけど、消しゴムは1個しかなかったから、私の机の端に置いて交互に使った。
まるで授業中に手紙交換をしているみたいで、ドキドキしながら笑い合ったのを覚えている。

彼女はまたくるりと背を向ける。
もう利用されないと言えば、振り返ってもらえるのだろうか。友達に、なってくれるのだろうか。

だが、私はそれ以上何も言えなかった。
その場しのぎのウソは、きっと、また彼女を失望させてしまう。
これ以上失望しないために打ち明けてくれた彼女を、私はすでに失望させてしまったのだから。

「ごめんなさい……」

誰もいなくなった教室で、私はひとりぼっちになったことを泣いた。


おわり。

Next