奈都

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1/27/2023, 1:07:02 AM

お題「ミッドナイト」


真夜中という時間帯は不思議な出会いの時間である。
そもそも出歩いている生物が少ないため、変なものと遭遇する確率も必然的に高くなる。特に、今日のような金曜日ともなれば。

その理屈で言えば、この時間に出歩いてる私もその「変なもの」の仲間入りをしているかもしれないが、私は私を「変なもの」とは認識できないため棚に上げる。

仕事帰りで全身を疲労感に包まれてよろよろと歩いているので、はたから見たらまあ不審者かもしれないが。スーツを着ているのでまだマシだろう。

この時間帯に私がよく出会う変なものは、よたよたしながら酒を浴びている中年や、神待ちと呼ぶんだったか、スマホをいじりながら座り込んでいる女の子、そんな子たちを引っ掛けようとしている男、たまに全裸や半裸の男。
できれば視界に入れずに家に着きたい面々である。

いつもだと駅やコンビニにそれらの人がいることが多いが、今日は仕事の都合で勤務地が少し変わったため、駅もコンビニもないルートを通る。
だから、それらの人たちとは遭遇せずに済むのではなかろうかと淡い期待を持ちつつ、のそりのそりと家までの距離を縮めていく。

街灯は少ない。いや、実家の方と比べると断然多いが、街灯と街灯の間には闇が5メートルくらい挟まれている。

フクロウの鳴く声やカエルの声は聞こえる。
あと、どこかの家で爆音でテレビでもつけているのか、スピーカーを通したような喋り声が聞こえる。
人間の姿はない。

変なものに出会わずに済みそうだとホッとして歩みを進めてると、つま先に何かがぶつかった。

「うおっ!?」

思わず声をあげる。仕事で体力を使い果たしている私の体は、そのまま前のめりに倒れていき、顔面を地面に叩きつけた。

カエルの潰れたような声が出る。疲労と混乱と痛みで涙が出そうになった。
そのとき、体の下で何か音がした。

見下ろしてみると、私が躓いてしまったのは人間だった。真っ黒な服に身を包んでいる。なんならフードもかぶっている。
微かに手が動いているから、死んではいないようだ。

私は慌てて起き上がる。

「ごめんなさい、気づかなくて……大丈夫ですか?」

真っ黒な人に向き直って謝ると、その人もゆっくりと上体を起こした。見慣れない、赤色の瞳が私を捉える。

あ、日本の人じゃないのかな。
そう思って、頭の中で中学英語を思い出そうとしていると、澄んだ音が聞こえてきた。
まるで鈴のような安らかな心地にしてくれる音。真っ黒な人の声だった。

綺麗な声……。
思わずうっとりしてしまったが、それを音としてしか認識できなかった現実を考えると頭が痛かった。
英語かどうかも判別できないのは、明らかに学生時代の私の不勉強が影響している。

「えっと……あなたの言葉分からないんです。って……日本語分からないよね……」

くりくりとした目を向けるだけで、その人は何も言わない。
高くて澄んだ声の持ち主だから女性なのかもしれない。フードを被ったままなのではっきりは分からないが、顔も可愛らしいつくりをしている気がする。

さて、どうしたものか。
交番に連れていくのが一番良さそうだが、急に手を引いて連れていくのはきっと怖いだろう。
恐怖を取り除くにはどうしたらいいだろうか。

「あ、そうだ、一応顔見せてもらえます?」

フードを外す仕草をしながら言うと、その人は言う通りにフードを外してくれた。
柔らかそうな黒髪がフードから解放された。
化粧もしてないのに顔立ちは美しくて、一瞬見惚れる。
小さな口から、また鈴のような声が溢れた。
きっと私がじっと見つめてしまったせいだろう。
私は慌てて小さく両手を上げる。

「綺麗で思わず……って伝わらないか……えっと……どうしようかな……」

不思議そうな目が私に向けられている。
このままでは交番に連れていくのも難しい。かと言って、ここにこんな綺麗な子を放置していったら後が怖い。

悩んでいると、目の前の整った顔も少し曇った。
あ、警戒されてしまったか。
内心しょんぼりしかけると、彼女?は右手の手のひらを差し出した。
なんだろう、握手だろうか。と思っていると、小さな声が聞こえた。
その瞬間、ぽんっという効果音が似合いそうなほど突然、その手の上にノートとペンが現れた。
手元が暗いことに気づいたのか、その子は空いた手で上を指差すと、次は火の玉のような明かりが現れた。

手品か……?と困惑していると、相手はそのペンでノートに何か書き始め、ノートを私に差し出した。

書いてあったのはかわいいイラストだ。

見た目的に自分のことを描いたのだろう。真っ黒なコートの子がいる。目をバツにして口はへの字になっている。

そこから吹き出しがいくつかあり、ひとつは、見たことない文字列が書いてある。少なくとも英語圏ではないようだ。アルファベットでないことは確かだった。

次の吹き出しには、某ゲームのこんがり肉のようなイラストにキラキラがついている。
おなかが空いているということかもしれない。

最後の吹き出しには、家の前で手を広げる女の子のイラスト。髪型と服装から、もしかするとこれは私かもしれない。家に泊めろ、ということだろうか。

「んー……交番に連れてった方がいい気もするけど……」

どうするか悩んでいると、赤い瞳が少し潤んできていることに気づいた。

迷子だしそりゃ心細いか。

ひとつため息をついて、私はその子に手を差し伸べた。

世界地図を見せればこの子の出身もわかるだろう。学生時代の地理の教科書が残っていたはずだ。
あと、私も帰ってご飯食べたいし。交番は明日でいいだろう。

「今晩はうちにおいで。明日、交番連れてってあげるから」

相手はポカンとしている。言葉が通じていないのだから当たり前だ。
ノートとペンを受け取り、最後の吹き出しをぐるぐると丸で囲んだ。
それで伝わったようで、くりくりとした目がさらに丸くなる。
鈴のような音が聞こえて、その子は私の手を握って笑った。

……明日までだし、言葉が通じなくてもとりあえず大丈夫かな。

私はその子と手を繋いで、家に帰ることにした。



その子の故郷が世界地図にないと判明するのは、それから1時間くらいあとのこと。


おわり。

1/25/2023, 12:05:19 PM

お題「安心と不安」



「今日はちょっと寒いね、ケイ君」

甘い声が聞こえる。チョコレートのように甘い微笑みが僕を見下ろす。彼女に抱きしめられている僕は、何もせずにただその顔を見つめている。

もう何日経っただろう。
ふと疑問に思ったが、時計どころか窓さえないこの部屋では、時の流れなど分からない。
彼女からもらって愛用していた腕時計も、携帯電話も、どこかにいってしまった。
この部屋にあるのはちゃぶ台とこの身くらいだ。
強いて言えば、彼女が出入りしている扉もあることはある。どうやら彼女が出ていく際に外から鍵をかけているようだが。
布団や食事は、彼女がその扉から運んでくる。
といっても、この部屋の電気が消えることはないので、布団があっても眠れたものではないが。

「そんな心配しなくて大丈夫だよ、停電してもいいように、ここは予備電源あるから」

僕が不安そうな顔でもしていたのだろうか。
彼女は思いつきもしなかった僕の不安を言い当てて、僕の額にキスを落とす。

その、少し頓珍漢な彼女の気配りが、この状況を作り上げたのだろうか。それとも。




おそらく数日前、まだ僕が彼女に監禁される前のこもだ。

僕は彼女に打ち明けた秘密があった。
それは、本当にしょうもないことで。

授業のときも、夜眠る時も、きみのことが頭から離れないのだと。
ずっと一緒にいられれば、こんな気持ちにならないだろうにと。
きみと僕の気持ちが離れてしまわないか、不安なんだと。

はたから聞けばただの惚気だ。僕もそんなつもりで言った。彼女もそうだったらいいなという期待も込めて。

彼女はいつものように優しく笑って、小さめの手を僕に差し出した。

「それなら、ずっと一緒にいよっか」

同棲しよう、という意味だと思った。
彼女は最近一人暮らしをし始めたと言っていたし、まだ行ったことなんてなかったが、広いところなのだと聞いていた。
軽率にその手を取った僕は、彼女の家に招き入れられた。
ゆっくり二人でティータイムを過ごしたあとの記憶はなく、気づいたらこの部屋で布団に寝ていた。


はじめのうちは、飽きたら解放してもらえると思っていた。彼女に飼われているような気持ちになって、少しワクワクしていたこともあった。こんな日があってもいいと思っていた。

だが、いつまで経っても解放の時は来なかった。

いつやめるの?と聞いても、彼女は微笑むだけだった。
家族や友達に会いたいと言っても、わたしより大切な人なの?と悲しそうに問いかけてきた。
帰りたいと年甲斐もなく泣き叫んでも、彼女はただ優しく抱きしめるだけだった。


諦めた。諦めるしかなかった。
助けを求める相手は彼女しかいない。彼女に何を言っても届かないなら、もうどうしようもない。

諦めた僕の口は、もう何の言葉も紡げなくなっていた。彼女は、僕が応えずとも僕に声をかけ続ける。

「喋らないケイ君も格好いいね、誰にもみられなくてよかった」
「カナちゃんっていつもわたしの前でケイ君の話してるんだよ、ケイ君はわたしのものなのに」
「ケイ君、少し痩せちゃった? もっと栄養あるご飯作るね」
「髪伸びちゃったから切ってあげるね。大丈夫、わたし、こう見えて器用なんだよ」

部屋に虚しく響く声はいつまで経っても明るかった。
彼女にはもしかしたら僕の返事が聞こえているのかもしれない。


僕は何を間違えたんだろう。
ただ、彼女に同意してほしかっただけなのに。
ただ、彼女の気持ちを確認して安心したかっただけなのに。

ため息をつく気力も失った僕は、今日もただ彼女に抱きしめられている。


おわり。

1/24/2023, 12:06:50 PM

お題「逆光」


私には妹がいる。成績優秀で、朗らかで、笑顔の似合う、誰からも愛される女の子。
天は二物を与えずとは聞くけれど、私に与えられるものは全て妹に誤配送されたのではないかと思うくらいに、彼女は多くを持つ人だった。

誰もが彼女を好きになる。
私と友達になってくれた人も、彼女を知った途端に私から離れていく。
私の周りのものは全て、彼女の周りに集まっていく。



「お姉ちゃん、わたしね、お姉ちゃんみたいにぬいぐるみ作ってみたの。お姉ちゃんには敵わないけど」

はにかみながら私にぬいぐるみを見せる彼女。
私が作ったものより整っていて可愛らしいそれは、私への誕生日プレゼントだった。
その日から私はぬいぐるみを作らなくなった。



「お姉ちゃん、今度の土曜日、ちえちゃんの誕生日パーティーやるんだって。私も誘ってくれるなんて、ちえちゃん優しいね」

嬉しそうに、私の友達の話をする彼女。
その子の誕生日パーティーをやるなんて聞いてないし、そもそもその子と最後に会話したのは妹を紹介したときだったはずだ。
その日から私はちえちゃんを友達だと思わなくなった。



「お姉ちゃん、わたしね、彼氏ができたの」

可愛らしい顔を赤く染めて報告する彼女。
その彼氏が数日前に「さきちゃんと付き合うために仲良くしてただけだから」と私を振ったことを、彼女は知らない。
優しくしてもらえて、この人は私を見てくれるんだと、舞い上がっていた私を彼が撃ち落としたことを、彼女は知らない。



光源に近いものほど、影にしか見えないものだ。
どんなに太陽が好きなひまわりでも、同じカメラのフィルターに収まれば真っ黒になってしまうように。
太陽からは愛情を注がれているとしても。


私も彼女を好きな人間のひとりだ。
光源の近くにある物体としか私を認識できない人たちの気持ちはよくわかる。
逆の立場ならきっと私も私を気に留めないだろう。

どんなに私がみんなを思っても、どんなに彼女からキラキラした瞳を向けられても、影は影でしかないのだ。


こんな人生、きっと、私が彼女の眼差しを振り切れるまではずっと続くのだろう。
逆光で真っ黒なひまわりであり続けるのだろう。


おわり。

1/23/2023, 12:15:46 PM

お題「こんな夢を見た」



母が倒れていた。
血溜まりの中で、険しい顔で私を見上げながら。
耳鳴りがする。耳鳴りのせいで、母が何を言っているかは聞き取れない。

お母さん。

呼んでも自分の声さえ聞こえない。自分が立っているか座っているかもわからない。
耳鳴りが、母以外の全てをかき消していた。

母の口が動く。

『なんで』

音は聞こえなかった。でも見慣れた口の動きで、それだけは分かった。

いやだ。いやだ。いやだ。
どうしよう。どうすればいいの。お母さん。

耳鳴りは続く。母は大きく口を開けて怒鳴っている。私の視界は母だけを捉えている。

にげよう。

咄嗟に思った。

でも、どこへ?

悩む心をよそに、体はふわりと軽くなる。私は立ち上がったようだ。つまりずっと座っていたのだ。

母に背を向けようとして足を後ろに向ける。
だが母は私の視界の中心に居続けた。

なんで。なんで。なんで。

私の心の声が、母の声で再生される。
せっかく軽くなった体は漬物石のように重くなる。

いやだ。ごめんなさい。なんで。たすけて。

耳鳴りとともに頭に響くのは母の声。
小さく影が震えたかと思うと、目の前に、血まみれの母が立っていた。
赤い涙を流して繰り返す。

なんで。なんで。なんで。



恐怖に追われて目を開くと、自室の天井が飛び込んできた。
冬にもかかわらず、真夏の寝起きのような汗をかいている。それとは裏腹に、胸のうちは冷え切っていた。

恐ろしい夢を見ていた気がする。
震えの止まらない自分の体を抱きしめて、私はため息をついた。きっと今日返された模試の結果のせいだ。

志望校でB判定だった。1桁の順位がなかった。
友人に言えば自慢だと思われるかもしれないその事実は、私にとっては悲惨な結果だった。私というより、私の母にとって。

鞄の中にくしゃくしゃにして放り込んだその紙を母に見せることを考えて、私はもう一度ため息をつく。

窓の外を見ると太陽はいなかった。
どうやら帰ってきてすぐに不貞寝をしたらしい。
髪をかきむしって、鞄から忌み物を取り出す。少し伸ばして見た目をマシにする。これくらいならくしゃくしゃ具合に文句も言われないだろうと思った時、母の悲鳴が聞こえた。

誰よとか、出てってとか、言い争う声が聞こえたかと思うと、何か割れる音や倒れる音が聞こえた。
強盗だ。血の気が引いていくのを感じた。

どうしよう。お母さんが。助けなきゃ。でもまず警察に電話するべきだろうか。逃げなきゃ。

耳鳴りがする。
母の声が聞こえなくなり、荒々しい足音だけが響いてくる。その音は、リビングから、階段を登って、隣かその隣かの部屋に入っていく。タンスか何かが荒らされている音がする。

このままじゃ殺される。

私は自分の鞄を抱えてベッドの下に隠れた。
完全に日が没するまで間もない部屋の中はもう真っ暗だった。じっと、息を潜めて足音が消えるのを待つ。

がちゃり。
部屋のドアが開かれた。
足音のたびに広がる振動が、耳鳴りを悪化させていくような気がした。
棚にしまっていた本や、タンスの洋服が部屋に散乱していく。金が見当たらなかったからか、強盗はそそくさと私の部屋を去った。しばらくして遠くでドアの音が聞こえて、足音は途絶えた。

生き延びた安堵を感じたのも束の間、この部屋まで強盗がのこのこやって来れた意味を思い出して、私は恐怖に取り憑かれた。

リビングには母がいたはずだ。悲鳴も聞こえていた。
それが今は、家の中には物音ひとつしない。

血溜まりの誰かの姿がフラッシュバックする。

耳鳴りがまた強くなる。
母を呼ぶ私の声が遠くに聞こえる。

私はベッドの下から這い出て、廊下に出る。

土足で上がってきたのか、部屋にも廊下にも、泥の足跡が散見された。

母の返事はない。鞄を強く抱きしめる。ガチガチと歯が音を立てている。

きっと猿轡で返事ができないだけだ。もしくは隙を見てもう外に逃げたんだ。きっと。

思い込もうとしても、頭の中から恐怖は消えない。血溜まりの画も頭の中から消えない。

リビングのドアは開けられたままだった。
あかりがついているので、床の泥がよく見えた。
テレビの音が聞こえる。母はよくテレビを見ながら家事をしていた。

お母さん。

声に応えるものはない。テレビの音を掻き消すほどの耳鳴りがする。リビングに入りたくない。

唾を飲み込んで、私は一歩踏み出した。

テーブルの横に何かある。
母に似た何か。人形のように瞬きをすることなく、赤いインクの上に横たわっている、母に似た何か。

私は、お母さんを見殺しにしたんだ。

全身の力が抜けてへたりこむ。

どうしよう。だれか。お母さん。起きて。救急車。

頭の中で言葉がぐるぐる回っていて、口から出てこない。体も動かない。
動けない私の代わりに、血色のない唇が動いたように見えた。
耳鳴りに混じって、頭の中に声が響いた。

なんで、わたしを見捨てたの。

その時、頭の中がやけに静かになった。
動かない母を見つめながら、違う光景を見ていた。
動かない母の唇が動いている様子を、私は見ていた。

そうだ、私は前に、こんな夢を見たことがある。



おわり。

1/22/2023, 3:12:09 PM

お題「タイムマシーン」


タイムマシーンがあったらどこに行きたい?私は大学生に戻りたーい!

友人がそんなことを飲み屋で騒いでいたのを思い出した。彼女は私の大学からの友人で、卒業してからも職場が近いからということでよく飲みに行く。彼女は酒にはそんなに強くないのでいつも私は介抱する側だったが。

そんな彼女は、今、写真だけの存在になった。

彼女の家族が泣き、友人と思しき人が泣き、ああ、ここは彼女の葬式だったと思い出す。

仏さんになった彼女は見せてはもらえなかった。
聞いたところによると、霊安室で再会した親御さんは吐いたそうだ。

なんだか最近ポストに変な写真が入ってるんだよねー。

大したこともなさげにそんな話をしていたのは大学在学中のころだ。
ただの大学の景色や花の写真だったため彼女も気にしていなかったようで、これとか綺麗だよねーと笑って見せてくれていたのを覚えている。
彼女はその見ず知らずの人を「写真の君」なんて呼んでいた。

だがその写真の君は卒業後もそれを続け、しまいには痺れを切らして彼女を追い回したり「なんで無視するんだ」と騒ぎ始めたりしたそうだ。

家の前で待機された時にはさすがに怖いと私のアパートに駆け込んできたっけ。

そんな「写真の君」がついに彼女の家に忍び込んだ際に、彼女と鉢合わせてしまい、彼女をその場にあった包丁で刺し殺したそうだ。その上全身を家具などで殴られていたらしい。

その直前、私は彼女と過ごしていた。
彼女の好きなアクセサリーの店に行って、お揃いのものを買って。
一緒にごはんを食べて、「おいしいね」と笑って。
「好きだよ」という私の言葉に、彼女は困った顔で「私もだよ」と笑って。

「付き合うことについては、もう少し考えさせて」
その優しい答えにホッとして彼女の手を離した私は、ひどい過ちをおかしていた。
あのとき手を離さなければ。今日はずっと一緒にいさせてと粘れば。彼女はあいつに会わずに済んだのに。
生きて、ここにいるはずだったのに。


「あら、来てくれたのね」
いつのまにか目元を赤くした女性が目の前にいた。
彼女の母親だ。彼女の家には何度も行っていたので、顔を覚えている。
この度は、と挨拶を返そうとする私を、母親は制する。
「そういう挨拶は、あの子は好きじゃなかったはずよ」
「……そうですね」
母親は花に囲まれた彼女の写真を目で示して、小さく笑った。
「いい写真でしょう? あなたが遊びに来てくれた時に撮ったものよ、あの子、こんな嬉しそうにしてたの」
写真の中ではひまわりくらい明るい笑顔が輝いている。
この笑顔はもう見れないのか。
思わず呟いた言葉が届いてしまったのか、隣から嗚咽が聞こえた。
彼女の名前を呼び続ける光景はとても傷ましくて。
彼女の父親が謝りながら母親を連れてどこかへ行った。

無神経な言葉だったなと反省する。
だが、ここに来るまで私は実感できていなかったのだ。本当に彼女が亡くなったなんて。

涙はでなかった。ただ心の重さを感じて外に向かう。
嫌なくらいの晴天が広がっていたが、夏だというのに暑くはなかった。


彼女が死んだ。
その事実が、ようやく心を締め付け始める。
まるで悲しさを増幅させるかのように、彼女との思い出が蘇る。
タイムマシーンの話も、彼女との思い出のひとつだった。

タイムマシーンに乗れたらどこに行きたいか、という話をしてたとき。彼女は大学に戻りたいと言った。
私は、ストーカーと出会ったときに戻っちゃうじゃんと指摘したが、彼女は照れたように笑って言ったのだ。
「ストーカーよりも、君と遊んだ時間が楽しかったから……もう一回君との出会から始めたいんだよね」

そう言ってくれた彼女を、私は「写真の君」から守ることができなかった。

「タイムマシーンか……」

空に手を伸ばしたところで、タイムマシーンにも彼女にも手は届かない。なんなら逮捕された「写真の君」にだって。

「あったら私も大学に戻るよ。『写真の君』を殺しに行く」

もう誰にも届かない誓いは、青い空に消えていった。


おわり。

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