奈都

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お題「タイムマシーン」


タイムマシーンがあったらどこに行きたい?私は大学生に戻りたーい!

友人がそんなことを飲み屋で騒いでいたのを思い出した。彼女は私の大学からの友人で、卒業してからも職場が近いからということでよく飲みに行く。彼女は酒にはそんなに強くないのでいつも私は介抱する側だったが。

そんな彼女は、今、写真だけの存在になった。

彼女の家族が泣き、友人と思しき人が泣き、ああ、ここは彼女の葬式だったと思い出す。

仏さんになった彼女は見せてはもらえなかった。
聞いたところによると、霊安室で再会した親御さんは吐いたそうだ。

なんだか最近ポストに変な写真が入ってるんだよねー。

大したこともなさげにそんな話をしていたのは大学在学中のころだ。
ただの大学の景色や花の写真だったため彼女も気にしていなかったようで、これとか綺麗だよねーと笑って見せてくれていたのを覚えている。
彼女はその見ず知らずの人を「写真の君」なんて呼んでいた。

だがその写真の君は卒業後もそれを続け、しまいには痺れを切らして彼女を追い回したり「なんで無視するんだ」と騒ぎ始めたりしたそうだ。

家の前で待機された時にはさすがに怖いと私のアパートに駆け込んできたっけ。

そんな「写真の君」がついに彼女の家に忍び込んだ際に、彼女と鉢合わせてしまい、彼女をその場にあった包丁で刺し殺したそうだ。その上全身を家具などで殴られていたらしい。

その直前、私は彼女と過ごしていた。
彼女の好きなアクセサリーの店に行って、お揃いのものを買って。
一緒にごはんを食べて、「おいしいね」と笑って。
「好きだよ」という私の言葉に、彼女は困った顔で「私もだよ」と笑って。

「付き合うことについては、もう少し考えさせて」
その優しい答えにホッとして彼女の手を離した私は、ひどい過ちをおかしていた。
あのとき手を離さなければ。今日はずっと一緒にいさせてと粘れば。彼女はあいつに会わずに済んだのに。
生きて、ここにいるはずだったのに。


「あら、来てくれたのね」
いつのまにか目元を赤くした女性が目の前にいた。
彼女の母親だ。彼女の家には何度も行っていたので、顔を覚えている。
この度は、と挨拶を返そうとする私を、母親は制する。
「そういう挨拶は、あの子は好きじゃなかったはずよ」
「……そうですね」
母親は花に囲まれた彼女の写真を目で示して、小さく笑った。
「いい写真でしょう? あなたが遊びに来てくれた時に撮ったものよ、あの子、こんな嬉しそうにしてたの」
写真の中ではひまわりくらい明るい笑顔が輝いている。
この笑顔はもう見れないのか。
思わず呟いた言葉が届いてしまったのか、隣から嗚咽が聞こえた。
彼女の名前を呼び続ける光景はとても傷ましくて。
彼女の父親が謝りながら母親を連れてどこかへ行った。

無神経な言葉だったなと反省する。
だが、ここに来るまで私は実感できていなかったのだ。本当に彼女が亡くなったなんて。

涙はでなかった。ただ心の重さを感じて外に向かう。
嫌なくらいの晴天が広がっていたが、夏だというのに暑くはなかった。


彼女が死んだ。
その事実が、ようやく心を締め付け始める。
まるで悲しさを増幅させるかのように、彼女との思い出が蘇る。
タイムマシーンの話も、彼女との思い出のひとつだった。

タイムマシーンに乗れたらどこに行きたいか、という話をしてたとき。彼女は大学に戻りたいと言った。
私は、ストーカーと出会ったときに戻っちゃうじゃんと指摘したが、彼女は照れたように笑って言ったのだ。
「ストーカーよりも、君と遊んだ時間が楽しかったから……もう一回君との出会から始めたいんだよね」

そう言ってくれた彼女を、私は「写真の君」から守ることができなかった。

「タイムマシーンか……」

空に手を伸ばしたところで、タイムマシーンにも彼女にも手は届かない。なんなら逮捕された「写真の君」にだって。

「あったら私も大学に戻るよ。『写真の君』を殺しに行く」

もう誰にも届かない誓いは、青い空に消えていった。


おわり。

1/22/2023, 3:12:09 PM