奈都

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お題「安心と不安」



「今日はちょっと寒いね、ケイ君」

甘い声が聞こえる。チョコレートのように甘い微笑みが僕を見下ろす。彼女に抱きしめられている僕は、何もせずにただその顔を見つめている。

もう何日経っただろう。
ふと疑問に思ったが、時計どころか窓さえないこの部屋では、時の流れなど分からない。
彼女からもらって愛用していた腕時計も、携帯電話も、どこかにいってしまった。
この部屋にあるのはちゃぶ台とこの身くらいだ。
強いて言えば、彼女が出入りしている扉もあることはある。どうやら彼女が出ていく際に外から鍵をかけているようだが。
布団や食事は、彼女がその扉から運んでくる。
といっても、この部屋の電気が消えることはないので、布団があっても眠れたものではないが。

「そんな心配しなくて大丈夫だよ、停電してもいいように、ここは予備電源あるから」

僕が不安そうな顔でもしていたのだろうか。
彼女は思いつきもしなかった僕の不安を言い当てて、僕の額にキスを落とす。

その、少し頓珍漢な彼女の気配りが、この状況を作り上げたのだろうか。それとも。




おそらく数日前、まだ僕が彼女に監禁される前のこもだ。

僕は彼女に打ち明けた秘密があった。
それは、本当にしょうもないことで。

授業のときも、夜眠る時も、きみのことが頭から離れないのだと。
ずっと一緒にいられれば、こんな気持ちにならないだろうにと。
きみと僕の気持ちが離れてしまわないか、不安なんだと。

はたから聞けばただの惚気だ。僕もそんなつもりで言った。彼女もそうだったらいいなという期待も込めて。

彼女はいつものように優しく笑って、小さめの手を僕に差し出した。

「それなら、ずっと一緒にいよっか」

同棲しよう、という意味だと思った。
彼女は最近一人暮らしをし始めたと言っていたし、まだ行ったことなんてなかったが、広いところなのだと聞いていた。
軽率にその手を取った僕は、彼女の家に招き入れられた。
ゆっくり二人でティータイムを過ごしたあとの記憶はなく、気づいたらこの部屋で布団に寝ていた。


はじめのうちは、飽きたら解放してもらえると思っていた。彼女に飼われているような気持ちになって、少しワクワクしていたこともあった。こんな日があってもいいと思っていた。

だが、いつまで経っても解放の時は来なかった。

いつやめるの?と聞いても、彼女は微笑むだけだった。
家族や友達に会いたいと言っても、わたしより大切な人なの?と悲しそうに問いかけてきた。
帰りたいと年甲斐もなく泣き叫んでも、彼女はただ優しく抱きしめるだけだった。


諦めた。諦めるしかなかった。
助けを求める相手は彼女しかいない。彼女に何を言っても届かないなら、もうどうしようもない。

諦めた僕の口は、もう何の言葉も紡げなくなっていた。彼女は、僕が応えずとも僕に声をかけ続ける。

「喋らないケイ君も格好いいね、誰にもみられなくてよかった」
「カナちゃんっていつもわたしの前でケイ君の話してるんだよ、ケイ君はわたしのものなのに」
「ケイ君、少し痩せちゃった? もっと栄養あるご飯作るね」
「髪伸びちゃったから切ってあげるね。大丈夫、わたし、こう見えて器用なんだよ」

部屋に虚しく響く声はいつまで経っても明るかった。
彼女にはもしかしたら僕の返事が聞こえているのかもしれない。


僕は何を間違えたんだろう。
ただ、彼女に同意してほしかっただけなのに。
ただ、彼女の気持ちを確認して安心したかっただけなのに。

ため息をつく気力も失った僕は、今日もただ彼女に抱きしめられている。


おわり。

1/25/2023, 12:05:19 PM