お題「あなたに届けたい」
おばあちゃんは、縫い物が好きだった。
着ている服は基本自分で作ったもので、家に置いてあるぬいぐるみもそうだった。
そういう仕事なんだと思って聞いたことがあったが、趣味なんだと言っていた。
「もうおばあちゃんだから、見えなくてよく怪我しちゃうんだけどねぇ」
けらけらと笑いながら、おばあちゃんは縫い物をやめなかった。
わたしの覚えているおばあちゃんは、いつも縫い物をしていた。
わたしの家にも、おばあちゃんからもらったぬいぐるみがある。
もう薄汚れてしまった、ツチノコのぬいぐるみ。
ツチノコのぬいぐるみはこれだけではなく、おばあちゃんの家にはたくさんあった。
なんでツチノコなのかと以前聞いたが、「おばあちゃんはツチノコになりたいんだよ」とニコニコしながら返された。
当時は気づいていなかったが、おばあちゃんはなかなかに不思議な人だったのかもしれない。
これはおばあちゃんが亡くなったときに、お母さんから渡された。
幼かったわたしは、おばあちゃんが死んだことがよくわからず、なんでおばあちゃんが寝てるのか、なんでみんな泣いてるのか、騒いでいたことを覚えている。
そんなとき、お母さんがこのツチノコを渡して言ったのだ。
「おばあちゃんは、このツチノコに変身したの。喋れなくなっちゃったけど、そこからおばあちゃんはマリのこと見てるって」
ツチノコのツヤツヤした黒いボタンにはわたしが映っていたので、わたしはこの嘘を信じた。
おばあちゃんと呼びながら、その日からいろんなところにそのツチノコを連れて行った。
どこにいくにも一緒で、学校に連れて行こうとしたときにようやく親に怒られた。
「おばあちゃんってさぁ、なんで最期にツチノコ作ったんだろ?」
高校生になったわたしは、さすがにツチノコを持ち歩くことはしなくなった。代わりに食卓の真ん中に鎮座させている。
向かいに座っていたお父さんが、苦笑した。
「おばあちゃん、マリのこと大好きだったからなぁ」
「わたしは別にツチノコ好きって言ったことないよ? おばあちゃんのつくるツチノコは好きだけど」
「そうじゃなくて、『おばあちゃんはこのぬいぐるみに変身した』って言ったら、そのぬいぐるみを持ってる間、おまえはおばあちゃんのことを忘れずに済むだろう?」
実際、何年も持ち歩いてたしなぁ、とお父さんはツチノコを撫でる。
「じゃあ、おばあちゃんは、わたしに忘れてほしくないからこれをつくったの?」
「そうだよ。おばあちゃん本人は、頑なに認めなかったけどな」
「ツチノコばかり作ってたのだって、マリがほんとに小さい時に『かわいい』って喜んでくれたのが嬉しかったからなのよ」
夕ご飯をテーブルに運んできたお母さんも、ツチノコを見て微笑んでいる。
どうやら、おばあちゃんちにツチノコのぬいぐるみが溢れていたのも、ここにツチノコがあるのも、わたしが好きだと言ったかららしい。
「おばあちゃんって……わたしのこと大好きだったんだね」
ツチノコを撫でると、まるで動いているかのようにツチノコが揺れる。
お父さんとお母さんは笑っている。
「ようやく、おばあちゃんの気持ちが届いたのね」
「よかった、よかった」
気づいてなかったのはわたしだけだったようだ。
少し恥ずかしくなって、わたしは席から立ち上がって、ごはんをよそいに行った。
おばあちゃんの思惑通り、わたしはこんなに大きくなった今でも、おばあちゃんのことを忘れずに過ごせている。
おわり。
1/30/2023, 11:22:01 PM