奈都

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お題「I LOVE...」


物語というものは、愛の描写は付きものである。
家族愛、友愛、親愛、性愛、愛憎……愛にはさまざまな種類があり、物語には何かしらの愛が関わっているだろう。
だが現実ではあまりそういうのは意識しないものだ。なぜなら、物語とは違って、現実の『愛』は文字にも言葉にもされず可視化できないから。
あったってなくたって、気にならないものなのである。

だが僕は今日唐突に、そんな愛のやり取りの中心になってしまった感覚に陥ったのであった。


はじまりは今日の朝のこと。
起きた時、何か違和感があったが、気のせいだと朝ごはんを食べにリビングに行くと、父がニコニコと僕を出迎えた。
いつもは忙しいからと、僕が起きる前に仕事に行ってしまうのに。
驚いていると、父がお弁当袋を僕に差し出してきた。

「今朝、お母さんと作ったんだ。力作だぞ」

恥ずかしそうに笑って母を見やる父。母も嬉しそうに笑みを返している。
なんだこの光景は。
いつもはもっと父と母の雰囲気は殺伐としている。
なんなら昨日の夜だって、父が浮気をしているのではと口論になっていたはずだ。
一晩で何があったのか。子としてはあまり想像したくなかったので、ありがたく弁当を受け取って、僕は父を見送った。


気持ちの悪い仲良し夫婦ごっこを記憶から追いやるように、僕は急いで家を出た。

通学路の途中ではよく部活の先輩と出会う。
いつもは遅刻気味の時間帯で、一緒に走りながら学校に向かう。だが今日は僕が家を急いで出てきたので、きっと先輩には会わないだろう。
そう思っていると、いつも先輩と会う場所に先輩が立っていた。
こんな早い時間になんで……?

「あれ!? 早くない!?」

先輩が声をあげるが、それはこちらのセリフだ。

「先輩も早いっすね」

僕が返すと、先輩は目をうろうろと彷徨わせる。
そのあと、照れたように笑った。

「いつもは君を待ってるからさ、この時間には居るんだよ」
「なんで待ってるんすか? 遅刻ギリギリになるのに」
「君と……一緒に登校したいんだよ」

恥ずかしそうに笑う先輩。
こんな顔見たことない。そもそも先輩は別に僕を気に入ってる素振りを見せたこともない。
なんなら、遅刻気味で赤点もギリギリな僕のことをめちゃくちゃ馬鹿にしてくる。先輩は頭は良いのだ。

そんな先輩が、まるで僕に好意があるかのような素振りをする。
気持ち悪い。なんなんだ今日は。

「えっと……僕今日は別ルートで行くんで……またあとで」
「えっ」

僕は先輩に背を向けた。全力で走る。少し離れたコンビニに着いて振り返ると、もう先輩の姿はなかった。



学校について、教室に向かう。
気味の悪いことが立て続けに起きているので、朝なのに僕はげっそりとしていた。
今日は睡眠学習の日だな……。
ため息をつきながら教室に入る。

僕は地味めな生徒だ。僕に興味を示す人たちも部活の人に限られる。
だからドアを開けた時に、部活のやつら以外から視線を集めることなどなかったのだが。

ドアを開けた瞬間、教室内のすべての目が僕に集中した。

えっ、何。

何か声をかけられるわけでもなく、ただ見られている。クラスの女の子たちが僕を見ながらヒソヒソと話している。男子も僕を見ながら笑っている。

もしかして僕はいじめられるのか……?

心配になりながら自分の席に向かう。
すると、同じ部活の田所が、僕に肩を回してきた。

「はよー、山野。英語の宿題やったー?」
「僕がやってるとでも思ったか」
「だよなー、ほら、見せてやるよ」

机にノートが広げられる。
田所を見ると、照れくさそうに笑っていた。

「おまえ、今日先生に当てられる日だろ? だからそこはちゃんと調べておいたぜ」
「なんで……?」
「おまえが困るのを見るのも面白いけど、今日はちゃんと答えて先生を驚かすおまえが見たかったんだよ」

僕が自信満々に先生に「わかりません!」と言うと一番に喜んでいた田所が、僕に課題を見せてくれる。
なんかおかしい。なんで僕に優しいんだ。

「田所……どうしたんだ?」
「は? なにが?」
「いや……いつもだったら僕が苦しむ様を見て喜ぶのにって……」
「うっせーな、ただの気まぐれだよ」

田所はむすっとする。とりあえず親切は親切として受け取ることにした。
今日はなんかみんな気味が悪い。
僕は吐きそうになっていた。


今日は先生もクラスメイトもなぜか優しかった。
まるで僕がクラスの人気者にでもなったかのように、部活以外の人も僕に話しかけ、なんなら別クラスの人が僕に会いにきて。
何が起きているのかわからなかった。
何か悪いことが起きる前触れなのではと思った。
怖くて、気持ち悪くて、部活があるにも関わらず、僕は授業が終わるとすぐに学校を後にした。



家にも帰りたくなく、鞄を持ったまま町をふらつく。
さっき気づいたことだが、知らない人もなぜか僕にすごく親切にしてくれるので、僕はあえて人気のない場所を選んで移動していた。

なんなんだ、今日は。


気持ち悪いくらいに僕に都合のいい一日を振り返り、吐き気を催す。
昨日まで、たしかにこんな日々を夢見ていた。

もっと両親が仲良くしててほしい。
先輩が僕に気があればいいのに。
田所が僕を馬鹿にしなければ仲良くなれそうなのに。
みんながもう少し僕に興味をもってくれれば、楽しいだろうに。

それが急に現実のものになってしまった。
こんなに気持ちの悪いものだとは思わなかった。

なんでこうなったんだろう。
僕は泣き出したくなっていた。愛が気持ち悪く感じるなんて、思いもしなかった。


『みんなに愛してほしいって言ってたのは君だろう?』

背後から声が聞こえた。
真っ黒なコートに、フードで顔を隠している。高い声は聞き覚えのあるような気がした。
だが、思い出せない。この人は誰だろう。けど、会ったことはあるはず。
言いしれぬ不安が押し寄せる。僕の様子など気にせず、相手は話を続ける。

『せっかく、みんなの愛を君に向けてあげたのに、君はそれを拒否するのかい?』
「おまえが……やったのか……?」
『昨日の君の要望にお応えして、ね』

やれやれ、と首をふるフード。考えるより先に僕はそのコートにしがみついた。

「戻してくれ! もうこんな気持ち悪いのは嫌だ」
『いいけど……代償はいただくよ?』
「代償……?」
『昨日、君は何かを愛する気持ちを失ったんだ。今度は何を失う?』

だから僕は向けられる愛が気持ち悪くなったのだろうか。
周りを元に戻したところで、それがなければ結局この気持ち悪さは消えないのだろうか。
全身から力がぬけて、フードの前にへたり込んだ。
そんな僕をよそに、そいつは『またボクが決めちゃおうかな』と笑っている。

『じゃあ、君の『嫌い』を代償に、元に戻してあげようかな?』
「嫌い……?」
『『I love』を失って、『I hate』も失って。次はどんな一日になるんだろうね?』

いってらっしゃーい。
少年のようなあどけない声が聞こえた。急に意識が遠のく。




目を開くと、部屋の天井が見えた。
なんか変な感じがする。体調不良とは違う、違和感。
そういえば昨日もそんなこと思ったな。気のせいか。

僕はいつものように、ごはんを食べにリビングに向かった。

今日も、不思議な一日が始まった。



おわり。

1/30/2023, 12:27:04 AM