私には、双子の妹がいた。
どこに行くのも一緒で、いつも手を繋いで行動を共にしてた。
でも、父と母の離婚で私たち姉妹はバラバラに。
その時約束したのだ。
『中学はダメでも、高校は同じところ行こうね。』
「あの、大きな桜の木のある?」
小さな頃から、春になると必ず見に行った大きな桜の木。門がそばに行って近寄れなかったけど、どうやら学校の敷地内らしい。
『そう!あそこで一緒に桜を見よう?』
「……わかった。」
そうして私たち姉妹は、別れたのだ。
そこから私は猛勉強をした。
普段から成績は悪くはなかったが、進学校である希望校には届かないので、塾に通ったり勉強に時間を費やして偏差値を上げた。
そしてこの春、私は見事受験に合格し、憧れの制服に袖を通している。
全身鏡の前で、唸りながら制服のスカーフを結ぶ。
『んん……スカーフ難しいなぁ……』
「ほら!!もうすぐ時間よ~」
母の急かす声がする。
『わかってるー!!……よし、できた!!』
やっと満足のいく結び目にでき、急いでそばに置いてあったカバンを取り玄関へ向かう。
「忘れ物ない?」
玄関で靴を履いていると、後ろから母に声をかけられる。
『うん、大丈夫!!昨日確認したし!!』
「お母さんも、もう少ししたら出るから。車に気をつけてね。」
『はーい。』
いつものお見送りと同じ文言なので、適当に流していると肩に手をポン、と置かれた。
「あの子にも、よろしく。」
いつもの母と違う声がした。
消え入りそうなそんな声だった。
私は肩に置かれた母の手を掴む。
『挨拶なら、自分でしなよ。』
目線を合わせてニコリと微笑むと、母も最初はキョトンとしたが、微笑みに変わる。
『それじゃあ、いってきまーす!!』
ガチャリとドアを開け、私は新生活へ一歩踏み出した。
学校に近づくと、桜の花びらがひらひらと舞ってくる。
風に揺られて、散った桜の花びらが通学路まで落ちてくるのだろう。
『ここか……』
校門にたどり着くと、大きな桜の木がお出迎えしていた。
妹とはこの門で待ち合わせている。
たまにトークアプリで連絡は取り合っているが、妹はあまり携帯を見ないのか、頻繁に連絡は取れない。
合格したと連絡が来た時に、時間と場所を決めたのだが、果たしてきちんと来るのだろうか。
ソワソワとしていると、風がサァ……っと吹く。
風に吹かれて、桜が舞う。
少し早い時間なので、人もあまりおらずとても静か。
風の音と鳥の鳴き声、そして桜。
どこにでもある日常のワンシーンのはずなのに、なんだかとても綺麗に見えた。
「お姉ちゃん。」
『!!おは、わぷ!?』
声の方を見ると同時に、視界が暗くなる。
挨拶と同時に抱きつかれたと気づくのに、少し時間がかかった。
『ちょ、重た。』
「やっと会えたぁ……」
妹に力一杯に抱きしめられる。
かれこれ三、四年ぶりなので無理もない。
私も妹の背中に手を当てる。
『久しぶり。』
憧れの桜の木の下で私たちは再会を果たしたのだった。
「お姉ちゃん、美人になったね。」
校舎に向かう途中、妹がそう口を開いた。
『何言ってんの。同じ顔なんだから、あたしが美人なら、貴方も美人よ。』
「んーん。お姉ちゃんの方が美人さんよ。」
そうやって私の顔を覗き込む。
明らかに妹の方が顔は整っているし、背も高い。
確実にモテるだろう。主に女子に。
『あなたの方がモテそうだけどねぇ。』
「まぁ、お姉ちゃん以外にモテても嬉しくないし。」
『なんだそりゃ。』
こんな冗談を言えるようになったんだなぁと思っていると、ふと男子生徒と目が合う。
早めの時間にいるということは、先輩だろうか。
どこか顔が赤く、私を見ている。
『あの、何か?』
「へっ、あ、いや、別に……」
声をかけると、慌てて顔を下に向けてしまい、もごもごと何か言おうとしてる。
何だろう。
「あの、良ければ、連絡さk「用事がないならこれで~」
妹が話を無理やりぶった切り、私を引っ張っていく。
『え、ちょ、』
「ほらほら、お姉ちゃん行こ~」
妹に引っ張られ、下駄箱へ入った。
『ちょっと、あの人なんか言いかけてたよ?』
「え、そうだったんだー知らなかったー」
明らかに棒読みで答える妹。
どうやらわざとのようだ。
『もう、なんでそんな……』
「私お姉ちゃん以外にモテても意味無いって言ったじゃん?」
手を掴まれ、妹の顔が真ん前に来る。
目線を無理やり合わせられ、思わず心臓がドクン、と鳴った。
「お姉ちゃんを誰かに渡す気ないから。よろしくね。」
整った顔に迫られ、似た顔のはずなのに心臓の音が止まない。
どうやら、私の高校生活は平和には行かなそうですが、それはまた別のお話。
#はなればなれ
とぼとぼと歩く、女性の影がひとつ。
その影が、フラフラとしていておぼつかない。
ミャゥ。
可愛らしい声がする。
声の方を見ると、小さく震えてる子猫が一匹。
『お前も、一人なの?』
声に反応するかのようにミャウと鳴くと、トコトコこちらの歩いてくる。
ストン、と女性の前に座り、再びミャウ、と鳴いた。
『ごめんね、暖かいとこに入れてあげたいんだけど、家から追い出されちゃったから……』
顔にはいくつも傷がある。
足も、擦り傷だらけで裸足。
ろくに準備もせず出たか、唐突に追い出されたのが伺える。
ミャゥミャゥと、猫が女性の目を見ながら鳴く。
『おなか、空いたね。私もお腹すいた……』
女性の顔は痩けており、目も虚ろ。
しばらくご飯もしっかり食べていなかったのだろう。
視界は薄れていき、女性の意識はここで途絶えた。
「こんなん食えるかってんだよ!!」
ガシャンと食器の割れる音がする。
作ったご飯を捨てられる音。
何度も聞いた。
「てめぇ、俺の稼いだ金でこんなゴミみたいなもん作ってんじゃねぇ!!」
『グッぁ』
思い切り腹を蹴られ、床にたたきつけられる。
これもいつもの事。
もう慣れた。
「家畜みてぇに呻いてんじゃねぇよ。人間様が食えるもん作れるようになって出直してこい。」
『ガッ』
担ぎあげられ、玄関から外に投げ捨てられる。
バタン、とドアがしまって、ガチャンと鍵がかかる音も聞こえた。
身体中が痛かったけど、一体どの衝撃で痛いのかもう分からなかった。
近所の人はいつもの事だと、私たち夫婦に関わりたくなくて見て見ぬふり。
私に手を差し伸べてくれる人なんて、どこにもいない。
優しかった旦那。
数年前会社にリストラされてから、性格が豹変してしまった。
プロポーズの時に言ってくれた言葉は、今でも一言一句思い出せるのに、思い出しては消えていく。
はらり、と手のひらに冷たいものが触れた。
雪だ。
そういえば、今日は初雪が降るかもしれないと天気予報で言っていた気がする。
上着も着ずにこの寒さの中にいたら、凍え死んでしまう。
いや、生き延びてもまた地獄が続くだけ。
いっそ死ぬのなら……。
そう思いとぼとぼ歩き始めた。
冷たい、寒い。
もう誰にも期待はしない。
一人で、私は……
「起きてください!!!!」
大きな声でハッとする。
気づくと子猫と一緒に床に突っ伏していたようだ。
顔を上げると、若い青年が心配そうに顔を見ていた。
「大丈夫ですか?今救急車呼んだので!!」
あぁ、神様。まだ生かそうとするんですね。
腕の中で子猫がまた、ミャウ、と鳴く。
お前も生きていたんだね。
大丈夫、もう少しで助かるそうだよ。
「少しでも温まりましょう。上着貸しますから。」
青年が来ていたコートが肩にかけられた。
あぁ……あたたかい……。
青年の顔を見て安心したのか、そのコートをかける手に身を任せ、再び意識を手放した。
#子猫
何度も浮かんで消えていく、母とすごした日々。
一緒に遊んだ公園。
共に買い物したスーパー。
はしゃいだ温泉旅行。
色んな場所が思い浮かんでは、消えていく。
そして一番記憶に残っているのは、昔暮らしていたアパートのベランダ。
よく洗濯物を取り込む母とベランダに出て、夕焼けを見ていたんだ。
『お母さん、夕日はどうしてあんなに赤く燃えているの?』
「ん?……また明日会おうね、ってお別れをするためじゃない?」
『お別れするため?』
「そう。また明日もあなたに会いたくて、記憶に残って貰えるように、赤く燃えて沈んでいくんじゃないかしら。」
『そっか。じゃあ、明日もまたここで夕日見る!!』
「わかったわ。明日はもう少し、暖かい格好してみようか。」
そう言って母は、先程洗濯し終わった、カーディガンを着せてくれた。
母が買ってくれたお気に入りのカーディガン。
私はそれをえへへ、と笑いながら受け取ると母も微笑む。子供の頃の私からしたら、当たり前の光景だったけど、今思えば幸せな時間だった。
とても優しい母。
虫も殺せず、誰にでも優しくあった母。
私はそんな母が大好きだったんだ。
「美和、」
聞こえてきた声でハッとする。
声の方を見ると、心配そうに私の顔色を伺う夫の姿があった。
「大丈夫か?」
夫の声で現実に引き戻された。
聞こえてくる規則的な電子音。
白い無機質な部屋。
目の前に横たわる衰弱しきった母。
私はしわくちゃの母の手を握り、昔の思い出に浸っていたようだ。
母が苦しそうに呼吸をしている。
電子音の感覚も長くなってきた。
そろそろお別れが近いのかもしれない。
「また明日もあなたに会いたくて、記憶に残って貰えるように、赤く燃えて沈んでいくんじゃないかしら。」
母の言葉が脳裏に浮かんだ。
もしかしたら、母も夕日と同じなのだろうか。
私は母の手を強く握り直す。
『もう、大丈夫だよ。お母さんは私たちの中にずっといるから。』
私の一言に反応するかのように、母の手がピクリと動いた瞬間、
ピーーーーーーー
電子音が終わりを告げた。
私の目から涙がポロポロと溢れる。
『お母さん、またね。』
母の手をそっと母のお腹の上に戻し、優しく撫でた。
#脳裏
私の行動には、全て意味がある。
夜に早く寝るのは、朝早く起きる為。
朝早く起きるのは、仕事前に自分の好きな事をして、仕事の効率をあげる為。
出社を一時間早くするのは、仕事環境を整えストレス無く仕事に集中する為。
他にも沢山あるが、私の行動一つ一つは未来の自分のために意味がある。
むしろ、意味もなく行動することは私にはできない。
『おはよう。』
「おはよう〜…。」
少しボサつき気味の髪の毛を手で整えながら、同期が出社してきた。
『ギリギリね。寝坊?』
「いやいや、違うよ。」
カバンをガサゴソと彼女は漁り、タンブラーを一つ机の上に置いた。
「これ買いに行ってたら遅くなっちゃって。期間限定の飲み物だったから、買いたかったんだ〜。」
えへへ、と笑顔にしながら私に見せてくる。
『何も遅刻寸前になってまで買わなくても。明日だって買えるでしょうし、そもそもいつもその店の飲み物飲んでる訳じゃないじゃない。』
「んー。まぁそうなんだけどさぁ?」
彼女は話しながら、カバンから手帳やら筆記用具を取り出す。
「なんとなく、今日飲みたかったから!」
パチッとウインクをこちらに決める。
男性社員ならときめくかもしれんが、私には生憎響かない。
『まぁ、どちらにせよ、始業ギリギリはどうかと思うけど。』
「ありゃ、手厳しい。」
彼女との会話を終え、パソコンに向かった。
『部長、頼まれた資料、完成しました。チェックお願いします。』
午前で作り終えた資料を渡す。
上司はペラペラと見て、んー、と唸る。
『何か?』
「もう少し見やすさ、というか遊び心?が欲しいかな……」
『はぁ。文字はハッキリめ、レイアウトはまとめてスッキリするようにしてみたと思うのですが、まだ見づらいですか?』
「いや、スッキリは間違いなくしているんだ。ただ、堅苦しさがあるというか、もう少し気を抜いた感じに……」
オブラートに包むように言われているからか、上司が何を言いたいのか分からない。
真面目に取り組むべき職場で使う資料に、遊び心とは。
頭の中でぐるぐる考えていると、後ろから肩をポンと叩かれた。
「まぁまぁ。とりあえずお昼休みだし、ランチに行こうよー。」
叩いたのは同期。
気づけば、朝買っていた飲み物は秒速で飲み終わっていた。仕事しながら、あのボリュームを飲めるのはある意味才能な気がする。
『いや、でも資料の修正が』
「ご飯食べなきゃ、力も出ないでしょ。変な資料になっても知らないぞー!」
失礼な、と思ったが一理ある。腹が減っては戦ができぬとも言うし、頭も使うだろう。
糖分補給のために、同期について行く事にした。
「だいたい、君は考えすぎなのよ。」
お昼ご飯であるパスタを口に運びながら、同期に言われた。
『そりゃ、仕事なんだから考えはするでしょ。』
「仕事に限った話じゃなく!日常生活でもさ、常に考えてない?意味だとか。」
もぐもぐさせながら話しかけられる。いやどれだけ器用なんだ。なぜそんなにもぐもぐしてるのに、聞き取れる言葉を喋れるのだろうと思いつつも、彼女の質問に答える。
『意味の無いことは嫌だし、無駄だから。あなたの飲み物もただの余分な糖分摂取だし、部長の言う資料の遊び心も必要な意味が……』
淡々と言うと、彼女のフォークを動かす手が止まる。
「そうだなぁ、確かに私の朝のコーヒーは余計な糖分かも。でもそれは、君からはそう見えるだけでしょ?」
『まぁ……それは、』
「私からすれば、朝のコーヒーはやる気スイッチを入れるルーティンなの。その人にしか分からない意味だってあるんだよ。」
彼女はニコニコしながら、そばにあったお冷を飲み干す。
「……会議ってさ、眠くなるんだよ。」
『え?』
「集中出来ればいいけど、お昼の後だとどうしても眠気が来てしまう。これは生き物誰しもがそうだと思う。そういう人が、堅苦しい資料を見たら余計に眠くなると思わない?」
『でもそれは、相手の、』
「もちろん相手の都合。かと言ってご飯を食べるな、とは言えないでしょ?それに堅苦しいと意見も出づらい、そこに少しでも遊び心がある何かがあると、少しは参加しやすいんじゃないかってことじゃないの?」
確かに重要度の高い会議であれば、緊張感が必要だろうが私が任された資料は、社内レクリエーション向けの資料。そう言われてみれば、私の資料は堅苦しすぎたのかもしれない。
「意味を変に決めてると、凝り固まって行動もしづらくなっちゃうよ。少しはゆるく行かなきゃ。」
そう言って彼女は机に備えついてるタッチパネル操作する。
どうやら、パスタだけじゃ足りなかったらしい。
周りを見渡す。
子供連れできている家族。
カップル。おひとり様。
それぞれ来ていて、ご飯を食べたり、本を読んだり時間を潰している。
そして目線がある男の人で止まる。
見たところつまんなそうにスマホをいじっていた。
『あの人は、どうなんだろう。』
「んぇ?」
『あの、スマホを弄っている人。あの人はなんでスマホをいじっているんだろう。』
「さぁ?まぁでも時間潰すためか……」
彼女は私の指した相手を見て、考え込む。
「もしくは何も意味無くいじってるんじゃない?」
『えぇ……』
呆れた顔で彼女を見ると、満足したのかタッチパネルを戻していた。
「意味なんて行動してる本人じゃないとわかんないんだって、あとはあくまで憶測なの。」
『なる……ほど。』
「お待たせしましたー。いちごパフェ二つになります。」
コトリ、とパフェを二つ置いてウエイトレスが去っていった。
『……二つも食べるの?』
「いや?一個は君の。私からの応援のパフェ。」
『…………。』
彼女は付属のスプーンで早速食べ始めていた。
口に運ぶ度に、幸せそうな顔をする。
『……いただきます。』
ぱくりと、上に乗っていたいちごをスプーンで口に運ぶ。
酸味の効いたいちご。パフェのクリームがついているおかげで、柔らかい酸っぱさになっていた。
「……どう?あなたにとっては意味がありそうです?」
『……正直、余計な糖分だと思う。……けど。』
なんだか小さな頃に食べた、いちごパフェに比べて美味しく感じたからか、笑みがこぼれる。
『こういうのも、悪くないかも。』
ならよかった、と彼女も笑う。
二人でパフェをつつきながら残りの休憩時間もすごした。
#意味がないこと
ポツポツと、冷たい水が顔に当たってくる。
雨だ、雨が降ってきたんだ。
早く屋根のあるところに行かないと、頭の中では分かっているのに、体は動かない。
指先を動かすことすら出来ず、もう自分は駄目なのだと悟る。
「〜〜〜!!」
遠くの方で声がして、うっすらと目を開ける。
周りには人がいて、何か叫んでいる。
心配して声掛けてくれているのかもしれない。
でも何を言っているのかは分からない。
目線を空に移す。
どんよりした雲の隙間から、陽の光がさしていて、なんだかとても綺麗だった。
冷たかったはずの雨もだんだん、温かく感じてきて、
『あぁ……気持ちが、いいなぁ。』
そのまま……柔らかい雨に打たれながら、
眠りについた。
#柔らかい雨