何度も浮かんで消えていく、母とすごした日々。
一緒に遊んだ公園。
共に買い物したスーパー。
はしゃいだ温泉旅行。
色んな場所が思い浮かんでは、消えていく。
そして一番記憶に残っているのは、昔暮らしていたアパートのベランダ。
よく洗濯物を取り込む母とベランダに出て、夕焼けを見ていたんだ。
『お母さん、夕日はどうしてあんなに赤く燃えているの?』
「ん?……また明日会おうね、ってお別れをするためじゃない?」
『お別れするため?』
「そう。また明日もあなたに会いたくて、記憶に残って貰えるように、赤く燃えて沈んでいくんじゃないかしら。」
『そっか。じゃあ、明日もまたここで夕日見る!!』
「わかったわ。明日はもう少し、暖かい格好してみようか。」
そう言って母は、先程洗濯し終わった、カーディガンを着せてくれた。
母が買ってくれたお気に入りのカーディガン。
私はそれをえへへ、と笑いながら受け取ると母も微笑む。子供の頃の私からしたら、当たり前の光景だったけど、今思えば幸せな時間だった。
とても優しい母。
虫も殺せず、誰にでも優しくあった母。
私はそんな母が大好きだったんだ。
「美和、」
聞こえてきた声でハッとする。
声の方を見ると、心配そうに私の顔色を伺う夫の姿があった。
「大丈夫か?」
夫の声で現実に引き戻された。
聞こえてくる規則的な電子音。
白い無機質な部屋。
目の前に横たわる衰弱しきった母。
私はしわくちゃの母の手を握り、昔の思い出に浸っていたようだ。
母が苦しそうに呼吸をしている。
電子音の感覚も長くなってきた。
そろそろお別れが近いのかもしれない。
「また明日もあなたに会いたくて、記憶に残って貰えるように、赤く燃えて沈んでいくんじゃないかしら。」
母の言葉が脳裏に浮かんだ。
もしかしたら、母も夕日と同じなのだろうか。
私は母の手を強く握り直す。
『もう、大丈夫だよ。お母さんは私たちの中にずっといるから。』
私の一言に反応するかのように、母の手がピクリと動いた瞬間、
ピーーーーーーー
電子音が終わりを告げた。
私の目から涙がポロポロと溢れる。
『お母さん、またね。』
母の手をそっと母のお腹の上に戻し、優しく撫でた。
#脳裏
11/10/2023, 5:43:41 AM