いつだってそうだ。
どこに行くにも、何をするにも許可がないとできない。
「誰と行くの?」
「どこに行くの?」
「そんなものやめなさい。」
同級生は楽しく過ごしているのに。
私はいつも怒られて泣いて……正直生きている意味を見いだせない。
『お母さん……今度授業参観があって……』
「お母さん仕事あるから。そのくらいわかるでしょ。」
私知ってるよ。
授業参観の日、仕事って言ってるけど本当は男の人と会ってるんだよね。
『お母さん、先生と面談の日が……』
「あんたの進路でしょ。自分で決めな。あ、でも金は出さないから。」
うん。私には一円も出してくれないんだよね。
一人で頑張らなきゃ、一人で頑張らなきゃって、いつも思ってた。
でもね、ある時思ったの。
「美穂ちゃんはいつもどこでお洋服買うの?」
『え、あ、あまりそういうの興味なくて。』
「そうなんだ。美穂ちゃん可愛いから、色んな服似合うと思う。私はね、今度お母さんと買いに行くんだ。」
日常会話のはずなのに。
彼女の顔はキラキラ眩しくて、とても羨ましく見えた。
私はお洋服は愚か、おもちゃだって買って貰ったことないのに。
学校とか教育に必要なものは渋々だったけど、中学を卒業したらもう出して貰えない。
“彼女” と “私” は何が違うんだろう。
『お母さん。』
「何よ、忙しいから話しかけないで。」
何が忙しいの?
オシャレな服着て、ネイルしていて?
これから出かけるから?
私のことは当たり前のように縛るくせに、自分は自由に遊ぶんだね。
「今日も遅いから、ご飯は自分でなんとかしな。」
何度も聞き飽きた言葉。
昔なら、普通に飲みこんでた。
だけど今日は違った。
気づいたら、化粧台の前で楽しそうにイヤリングを付ける母の肩を掴み、思い切り床へ叩きつけた。。
力は同級生と比べると強かったらしく、華奢な体をしている母を投げるには十分だった。
母が何か喚いていた気がするが、今の私には騒音としか認識できなかった。
ガシャンッ
騒ぎ立てる母に向かって、近くにあったものを投げて亡き父が使っていた硝子の灰皿を投げる。
どうせもう誰も使わない我楽多同然のもの。
母は灰皿が横を掠め、顔面蒼白となっていた。
「あんた、なにすん……ウッ!?」
間髪入れずに倒れ込んだ母に馬乗りになる。
苦しそうに呻く母を見下ろす形となった。
こんなに孅(かよわ)かったんだなぁ。
娘の思わぬ行動に怯えているのか、目から涙を流し、声にならない声を出す事しかできなくなっていた。
こんな人に怯えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
近くにあった灰皿の大きな破片を手に取り、上に掲げ力を込める。
『お母さん、私もう籠の中の鳥は嫌なんだ。』
一言そう告げて、
手を振り下ろ___
#鳥かご
「ごめんなさい!!」
そう言って目の前の女性は深く頭を下げる。
俺は今、しばらく思いを寄せていた相手に告白した。そして返ってきた言葉が先程の六文字だったのだ。
「あなたの事はとても良い人だとは思うけど、友達以上には見れないというか……」
聞きなれたセリフ、見慣れた困り顔。
正直、告白した相手全員に言われている気がする。
だから、こう言われた後の対処も慣れているのだ。
『そっか、ごめんね、急にこんな事言って。難しいかもしれないけど、今まで通り 友達 として接してくれたら嬉しいな。』
「!……もちろんだよ!!」
相手の顔が曇り顔から、花が咲いたように笑顔に戻る。
きっと、断ったは良いもののこれから先どう接しようか悩んでいたのだろう。
そこで俺が助け舟を出したものだから、ホッと安堵したように笑っている。
正直まだ諦めきれていないし、彼女への気持ちは誰にだって負けない自信しかない。
触れたいし愛でていたい。
だが、彼女を困らせてまで自分の欲望を叶えるほど暴君にはなりきれないので、そっと胸にしまう。
『じゃあまた明日。』
「うん。バイバイ。」
手を振って彼女といた教室を後にし、いつも通り廊下を歩いて昇降口に向かう。
普段と変わらないはずなのに、とっても長く感じる。
しかも足どりも重くなってきた。
別に失恋なんて、初めての経験じゃない。
なんなら叶った事なんて一度も無い。
それなのに、痛みが無くならないのは何故なのだろう。
何度経験してもこの苦しさだけはどうしても慣れない。
それだけ相手を想っていたということなのだろうけど、こんなに想っても叶わないのなら、一体どれだけの気持ちを相手に捧げれば叶うのか。
負の感情ばかりがぐるぐると頭の中でかき混ぜられる。
『恋愛……向いてねぇな……』
とうとう歩けなくなってへたり込む。
蹲りながら、先程の彼女のホッとした表情が頭に浮かんでは消えていく。
こんなに苦しむのなら、恋愛なんてしたくないと思うのに、こうして誰かを想う事を止められない。
苦しい、寂しい。
そんな感情に支配されていく恐怖。
もしかしたら、これらの感情から救われたくて、俺は恋をするのかもしれない。
仲良くなって、自分をさらけ出せて、安心出来るようになって、その場所を誰かに取られたくなくて、告白をする。その繰り返し。
そう思うと俺の告白という行為は、とても身勝手に思えてきた。
自分に矛先を向け、さらに落ち込み始めたその瞬間、
「大丈夫ですか?」
優しく高い声が聞こえる。
声の方を向くと、女性が心配そうにこちらを見ていた。
よっぽど絶望に打ちひしがれていたのだろうか、近寄られていたのに俺は全く気づかなかったようだ。
『え、あぁ、だい、じょうぶ。』
そう言いながら一筋の涙が顔に伝っていた。
「良かったらこれどうぞ。」
女性はハンカチを俺に差し出す。
おずおずと受け取ると、女性はニコッと微笑んだ。
メガネをかけていて、とても知的の見える女性。
髪は後ろに束ねられていて、服装も落ち着いているが、清潔感がある。
表情は柔らかくて、見た目からも優しい雰囲気を感じた。
(ああ……この人なら、きっと……)
こうして俺は、n回目の恋に落ちた。
#失恋
『あ、流れた。』
満点の星の中、一筋の光が流れる。
「え、見えたの?いいなぁ。俺まだ一個も見えてない。」
『へへ、俺三個目〜』
夏の夜。
星が好きだった俺は、よく流星群を見に来ていた。
この時期だと、ペルセウス座流星群を見ることが出来る。
地元は明かりも少ない田舎だったのもあって、星を見るのには最適だった。
そして、流星群を見に行く時、必ず着いてくるやつもいた。
「ちぇ。全然見えねぇ。」
『もう少し粘ってみろよ。変に探すから見えねぇのかもよ。』
拗ねて友人が草むらに座る。
「大体、毎年見に来てるけどさ、星のどこが好きなわけ?流れ星だって、実際宇宙を漂うゴミとか塵屑だろ?」
『おま……夢ねぇなぁ。』
友人の発言に呆れながら、荷物の中からペットボトルを取りだし、口を付ける。
「あ、それ俺にも分けて。」
『お前のは?』
「もう無くなった。」
仕方ない、と思いながら座る友人のところで屈み、ペットボトルを差し出す。
「サンキュ。」
『退屈なら見にこなくたって良いのに。別に星好きでもないんだろ?』
「んー?まぁ、そうだけどさぁ。」
曖昧な返事をしながら友人は。俺が渡した飲み物を飲み干した。
『あ、ちょ、おい。全部飲んでいいとは……』
「お前と少しでも一緒にいるため。」
ピタリとペットボトルを奪おうとした手が止まる。
何言ってんだ、と茶かそうと友人の顔を見たら、普段しないような優しい顔をしていた。黙っていると、彼が口を開く。
「お前とずっと一緒にいるために、流れ星に願おうと思って。」
そう言うと立ち上がり、空のペットボトルを俺に返してくる。
『柄でもないことを……俺の事そんなに好きなわけ?』
「好きだよ。」
ドキンッと心臓が跳ねた。
長い間一緒にいた彼に対して、今まで抱いたことの無い感情に襲われている。
得体の知れない気持ちから逃げるための言葉を、気づいたら探していた。
『やけに素直じゃん……?まぁ俺もお前の事、大事な友達だと思ってるから……好きだけど。』
普段しない言葉を発したせいか、彼の顔を見れず、そっぽを向いて話す。
「……そうじゃないんだよなぁ。」
ボソッと、小さく。友人の声が聞こえた。
そこで、自分が勘違いしないようにしていた事が無駄だったのと、
生まれて初めて、相手を傷つけた事に絶望したのだ。
そこからの記憶は曖昧だった。
どっちから帰ろうと言ったのかも覚えていないが、俺らは一言も話さずに解散して家へ帰ったのを覚えている。
夏休み期間だったのもあって、翌日友人と顔を合わす事もなかったためか、学校へ行く頃には何も無かったかのように話すことができた。
いつも通りすぎて正直戸惑っていたけども、変に追求したり狼狽えるよりも、その方が俺らにとってもいい気がした。
数年後、俺は上京して都内の会社で働いていた。
社会人生活にも慣れてきて、夜の天気のいい日には空を見上げることが出来るくらいにはなった。
家事や寝支度をひと通り済ませた俺は、いつも通りベランダへ出て星空を眺める。
地元と比べると明かりが多いのでそこまで見えないが、ちらほら星を見つけることは出来る。
あんな出来事があった今でも、俺は星が好きだ。
あの後しばらく星は見れなかったが、小さい頃から好きだったからか、気づけばまたこうして星を眺めていた。
とはいえ、星を見る度に友人の顔がフラッシュバックはする。
その度にどこか切なくもなるのだ。
『ほんと……ガキだったよなぁ。』
「誰がガキだったって?」
声に振り返ると、切なさの対象である彼が立っている。
そう、今俺たちは絶賛二人暮らし中である。
上京してしばらく経った頃、会社に彼が転職してきたのだ。そこからまた話すようになっていき、今は同僚であり友人……
いや、恋人になっていた。
「まーた、空見てるの?」
『まぁな、今日も天気いいし。』
「でもやっぱ地元に比べると見えねぇよなぁ。」
彼は俺の隣にさりげなく来ると、同じように空を見上げる。
昔は、一緒に見てくれる友人にありがたく思っていたが、今はこうして好きな事を共有できる時間や彼に対して、愛おしく思う。
『少しくらいは見えるぞ。まぁ流れ星は見えないけど。』
少し残念に言うと、彼はハハッと笑った。
「でも俺はもう見えなくてもいいや。」
『そうなのか?』
よく流れ星を見たがってたのに、と少し驚いて聞くと、彼の顔がこちらへ向く。
「だってもう、一番叶えて欲しい願いは叶ったからな。」
そうやって言った恋人の顔は、とても可愛く見えた。
#流れ星に願いを
「ただいま。」
ドアのバタン、と閉まる音ともに聞こえてくる心地の良い低音。
玄関へパタパタと足を運べば、そこには愛おしい人。
『おかえりなさい。遅かったですね。』
声をかけても顔色一つ変えずに頷くだけ。
差し出されたカバンとコートを受け取り、一緒に居間へと向かう。
『何処か行っていたのですか?』
「……少し、寄り道をな。」
『そうでしたか。』
こう話しているうちに、彼は器用にネクタイを解きワイシャツのボタンを外している。
『ご飯にします?それともお風呂がいいですか?』
「……風呂。」
ボソッと呟くと、そのままお風呂場へ入っていった。
(いつもご飯が先なのに……珍しい。)
そんなことを思いながら、ワイシャツを洗濯カゴへ入れ、コートやカバンを片付けた。
結婚して二十五年。
子供も成人して独り立ちしていった。
あとは夫婦でゆっくり余生を過ごすだけ。
寡黙な旦那との馴れ初めは、友人の紹介からだった。
恋愛にとんと疎い私を見兼ねてのことだったのだろう。
初めは年上相手に何を話したらいいのか分からず、戸惑ったものだ。
だけれど、私のたわいもない話を黙って聞いてくれる姿に何処か安心感を覚え、気づけば想いを募らせていった。
そんな彼からプロポーズを受けたのは、交際を始めてから三年の記念日であるホワイトデー。
好きな方からの申し出を断る選択肢は、私の頭にはなかった。
そう、今日三月十四日は付き合った記念日でもあり、結婚記念日。
お祝いしている訳では無いが、毎年ひっそりと美味しい料理を作って食卓に出していた。
夫からはもちろん何も無いが、それを不満に思ったことは無い。少し寂しくは感じるが、日常生活の節々で大切にされているのは分かっているので、それで十分。
好きな人と家庭を持てて、私はとても幸せだ。
(……夕飯食べて帰ってきちゃったのかしら。そしたらこのご飯はどうしましょう。)
机に出していた皿を食器棚を戻し、作った料理と睨めっこをしながら悩む。
寄り道、だなんて珍しい。
余程お腹がすいて定食屋にでも入ったのだろうか。
趣味で買い物などをするような人でもないので、きっとそうだろうと考えるのを辞め、作った料理の処分に頭を使うことにした。
『お隣さんにでもおすそ分けしようかしら……』
ガチャ。
お風呂場の扉が開き、夫が出てくる。
『あら、温まりました?』
「……あぁ。食器片すのか?」
『え?えぇ。何処かで食べてきたのでしょう?』
「いや?何も食べてないが……」
思考が停止する。
ん?じゃあどこに寄り道を……?
『あ、そうなのですね。じゃあ食事用意しますね。』
疑問が湧いたが、とりあえず食事の準備をすることにした。
『どうぞ。』
コトリ、と食器を置いていく。
今日は久しぶりにビーフシチューを作ってみた。
ロールパンも買ったので、一緒に並べる。
『ごめんなさいね。寄り道をしたと言ったものだから、てっきり食べて来たものだと。』
「え、……いや、それは……だな。」
夫が困ったように頭を搔く。
あまり見ない顔をしていたので、思わず凝視してしまう。
「……変に隠すのは、らしくないな。」
そう言うと同時に席を立ち、部屋へ歩いていく。
すぐに戻ってきたと思ったら、手には包みが。
「これを買いに行ってたんだ。」
『それは……』
包装で分かる。私の好きなアクセサリーショップのものだ。ぎこちなく差し出してきたそのプレゼントを、そっと受け取る。
「その……君が付けていそうなのを選んだんだが……」
『会社帰りに寄ったんですか?』
「あぁ、閉店間際だったんだが、快く対応してくれたんだ。優しい店員さんだったよ。」
ゆっくり包装を剥がせば、そこにはまた小さな箱。
パカッと開けると桜のブローチが。
『可愛らしいですね。』
「これからの時期に丁度いいかと思ってな。」
『ありがとうございます。でも急にどうしてこんな……』
夫の顔を改めて見ると、少し赤い。
コホン、と咳払いをすると、再び口を開いた。
「俺は……言葉が少なすぎると、この前……栞菜(かんな)に言われてだな。」
『栞菜に?』
栞菜は私たち夫婦の一人娘。
今は社会人として働きながら、一人暮らしをしている。
「毎年、バレンタインデーにお菓子を作ってくれたり、ホワイトデーに料理を作ってくれているだろう。」
『そうですね。まぁでも、あれはほぼ趣味というか……』
「そうだな。でもいつも美味しいものを作ってもらって、温かい風呂や安心できる場所を守ってもらっているのにもかかわらず、礼のひとつも言えてないのはな。」
『それはでも、』
「陽子」
あなたの稼ぎがあってこそ、と言おうとしたと同時に名前を呼ばれる。
ふと見た修也さんの顔は、とても真剣な顔をしていた。
「いつもありがとう。これからも、どうかそばにいてくれ。」
プロポーズの時と変わらない、私を真っ直ぐ見つめる瞳。
話すことが苦手なあなたの事だもの、きっと沢山悩んだ事でしょう?
このブローチも店員さんとどれだけ悩んだのかしら。
色々な思いが巡って、愛おしさが胸に溢れていく。
「陽子?」
頬に一筋の涙が伝った。
そこで初めて、自分が泣いているのだと気づく。
修也さんは、どうしたらいいのか分からず固まってしまったけど、それがまた愛らしい。
手でサッと涙を拭い、今度は私から見つめる。
『もちろんです。ずっと隣に居させて下さいな。』
#ずっと隣で
「あの……」
か細い声が聞こえ、振り返ると、小さな女の子がスカートの裾をギュッと握りしめながら立っていた。
顔は俯いていて見えないが、緊張しているのか少し震えている。
『えっと……?』
ちなみに俺は友人宅にお邪魔しており、これから帰ろうと玄関に向かい階段を降りたところ、今のこの状況になったわけだ。
多分彼女とは初対面だと思うが、誰だかは予想が着いていた。
よく話に聞いていた、友人の妹だろう。
しかし、先程も言った通り彼女とは面識がない。
俺も少し話に聞いてる程度なので、こうして呼び止められるような仲ではないのだが、果たして何の用なのだろう。
戸惑って固まっていると、彼女も同様に固まったまま直立不動。もうかれこれ一分以上は沈黙が続いている。
どうしたらいいか分からずにいると、トントンと階段を降りてくる音が聞こえてくる。
「あれ、まだ靴履いてないの?」
友人だ。頭をかきながらゆったり降りてくると、妹の存在に気づいたようで、「あぁ、」と声を漏らす。
「まだやってるのか、早くしろよ。」
「お兄うるさい。」
友人が絡んでやっと彼女が声を発した。
本当になんなんだ。
友人に視線を送ると、ため息をついて口を開く。
「今日お前を家に呼んだのは、こいつがお前に会いたいって言ったからなんだよ。」
『はぁ、なんでまた。』
「んなもん、チョコ渡しn」
「ああああああああ!!お兄!!ばか!!」
友人が急に妹に突き飛ばされ、壁にめり込む勢いでぶつかっていった。
頭を打ったからか、友人は軽くフラフラしている。
『……えっと、俺に用があるのかな。』
小さい子ましてや女の子に声をかける機会なんて無いもので、少し緊張しつつも話しかけた。
友人を突き飛ばしたおかげで、俯いていた顔もしっかり見える。
目を合わせて話すと、彼女の顔がだんだん真っ赤になっていった。
「あ、あ、ああの……」
先程までの強気な彼女とは打って変わって、最初のしどろもどろな様子に戻ってしまった。
さて、どうしたものか……。
頭を悩ませていると、袖を引っ張られた気がした。
よく見ると彼女がちょいちょいと引っ張っている。
ジェスチャーで耳を指していた。
どうやら耳を貸してほしいらしい。
彼女の要望に答え、しゃがんで彼女の背丈に合わせるように耳を向けた。
「あげる。」
たった三文字。とても小さい声だっただろうけど耳打ちだったからか、俺の心臓を跳ねさせるには十分だった。
言われたと同時に、小さな箱が渡された。
中身はおおよそ、季節からしてチョコレートだろう。
まさかこんな小さな女の子から貰うとは……どんな反応をしたらいいのか分からず、柄にもなく照れてしまった。
『あり……がと。』
お礼を言うと、女の子はコクリと頷きまた俯いてしまった。
ふと目線が台所の方に行くと、母親らしき人が覗いてニコニコしている。友人もそこに便乗していた。
これは明日会った時に茶化されそうだ。
「……まだ、」
『え?』
「初めて作ったので、まだ下手だけど……来年はもっと美味しいの、作るので!!……また受け取ってください!!」
力が入ったのか、彼女は顔を上げながら俺に叫んだ。
目がとてもキラキラして綺麗だった。
惚けていると、彼女からの視線で我に返った。
どうやら返事を待っているらしい。
コホン、と咳払いをしてちゃんと彼女に向き直る。
『待ってるね。』
ニコッと微笑むと、よほど嬉しかったのか彼女もたちまち笑顔になった。
「はい!!待っててください!!」
少し恥ずかしいような、嬉しいような和やかな時間が流れていたと、友人にあとから言われた。
これが僕と彼女の始まり。
十数年後、僕は彼女にプロポーズするのだが、それはまた別の機会に。
#待ってて