とぼとぼと歩く、女性の影がひとつ。
その影が、フラフラとしていておぼつかない。
ミャゥ。
可愛らしい声がする。
声の方を見ると、小さく震えてる子猫が一匹。
『お前も、一人なの?』
声に反応するかのようにミャウと鳴くと、トコトコこちらの歩いてくる。
ストン、と女性の前に座り、再びミャウ、と鳴いた。
『ごめんね、暖かいとこに入れてあげたいんだけど、家から追い出されちゃったから……』
顔にはいくつも傷がある。
足も、擦り傷だらけで裸足。
ろくに準備もせず出たか、唐突に追い出されたのが伺える。
ミャゥミャゥと、猫が女性の目を見ながら鳴く。
『おなか、空いたね。私もお腹すいた……』
女性の顔は痩けており、目も虚ろ。
しばらくご飯もしっかり食べていなかったのだろう。
視界は薄れていき、女性の意識はここで途絶えた。
「こんなん食えるかってんだよ!!」
ガシャンと食器の割れる音がする。
作ったご飯を捨てられる音。
何度も聞いた。
「てめぇ、俺の稼いだ金でこんなゴミみたいなもん作ってんじゃねぇ!!」
『グッぁ』
思い切り腹を蹴られ、床にたたきつけられる。
これもいつもの事。
もう慣れた。
「家畜みてぇに呻いてんじゃねぇよ。人間様が食えるもん作れるようになって出直してこい。」
『ガッ』
担ぎあげられ、玄関から外に投げ捨てられる。
バタン、とドアがしまって、ガチャンと鍵がかかる音も聞こえた。
身体中が痛かったけど、一体どの衝撃で痛いのかもう分からなかった。
近所の人はいつもの事だと、私たち夫婦に関わりたくなくて見て見ぬふり。
私に手を差し伸べてくれる人なんて、どこにもいない。
優しかった旦那。
数年前会社にリストラされてから、性格が豹変してしまった。
プロポーズの時に言ってくれた言葉は、今でも一言一句思い出せるのに、思い出しては消えていく。
はらり、と手のひらに冷たいものが触れた。
雪だ。
そういえば、今日は初雪が降るかもしれないと天気予報で言っていた気がする。
上着も着ずにこの寒さの中にいたら、凍え死んでしまう。
いや、生き延びてもまた地獄が続くだけ。
いっそ死ぬのなら……。
そう思いとぼとぼ歩き始めた。
冷たい、寒い。
もう誰にも期待はしない。
一人で、私は……
「起きてください!!!!」
大きな声でハッとする。
気づくと子猫と一緒に床に突っ伏していたようだ。
顔を上げると、若い青年が心配そうに顔を見ていた。
「大丈夫ですか?今救急車呼んだので!!」
あぁ、神様。まだ生かそうとするんですね。
腕の中で子猫がまた、ミャウ、と鳴く。
お前も生きていたんだね。
大丈夫、もう少しで助かるそうだよ。
「少しでも温まりましょう。上着貸しますから。」
青年が来ていたコートが肩にかけられた。
あぁ……あたたかい……。
青年の顔を見て安心したのか、そのコートをかける手に身を任せ、再び意識を手放した。
#子猫
11/16/2023, 6:33:35 AM