わたあめ。

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10/27/2023, 9:05:28 AM

「カラオケ……行かない?」

昼時、大学の講義が終わった俺は、唐突に声をかけられた。
声の方を見ると、ふわふわに髪を巻いた女の子が顔を真っ赤にさせながら、立っている。

『……あぁ、いいよ。』

俺はその子の肩を抱き、門の方へと足を進める。


“カラオケ行かない?” は、俺をデートに誘う暗黙の合言葉。基本用事が被ってなければ誘いに乗るし、年齢も問わない。同級生はもちろん、年下年上なんでもござれ。

俺の事を愛してくれるのであれば、俺も愛を返そう。

「好き」も「愛してる」もいくらでも囁く。
その代わり、束縛は厳禁。

俺は皆から平等に愛したいし、皆を平等に愛したいからね。


友人からなぜそんなことをするのか、という聞かれたことがある。
その時はこう答えた。

『だって、誰か一人だけを大事にすれば誰かが苦しむ。それは自分の可能性もあるし。でも同じだけ愛せば、嫉妬しないでしょ?』

「でも他の人とデートしてる時点で……」

『だから束縛厳禁なんだよ。俺とはあくまでその場限りの関係。ホストとかと一緒。』

「あのなぁ……」


友人にはだいぶ呆れられていたけどこれでいい。

人間の面倒臭いのは嫌だけど、誰にも愛されず誰も愛さない人生だなんてつまらない。

特別なんていらないから、俺の事をある程度愛して?俺も同じだけ愛するから。

つまり、あの “カラオケいかない?” は、俺にとっては “今から愛させて” という愛言葉なのだ。


「あの……」

彼女の声でハッと我に返る。
気づけば、ホテルの前まで来ていた。

いけない、俺とした事が。
考え事をして疎かにするのは彼女に失礼だな。

ニコリと彼女の方を見る。

『ごめんね。何か言った?』

「あの……行くの、カラオケじゃないんですか……?」

キョトンとしてしまう。

いや、まぁ確かに誘い文句はカラオケだけれども。
でも実際カラオケに行ったのなんて、一回もない。
ホテルでそれなりの事をするのがほとんど。

今回の子もてっきりそうだと思ったんだが……


『え、あぁ……カラオケがいい?じゃあ、そっちに』

「……やっぱり、そういう事しないとダメですか?」

彼女が消え入りそうな声で聞いてくる。

正直愛してくれればなんでもいいが、そういう事以外での愛し方愛され方が分からない。

困った……なんて返せばいいのか……。
頭を悩ませ、沈黙が続く。

「……やっぱりいいです。すみませんでした。」

彼女が素早くぺこりとお辞儀すると、その勢いのまま走り去っていく。

『え、あ、あの!!ちょっと!!』

引き留めようとした手がそのまま止まる。
なんて引き止めたらいいのか、そんなの俺には分からなかったからだ。


━━━━━━━━━━━━━━━


日向 優。大学二年生。
女なら誘えば年齢関係なくデートしてもらえると、大学内ではもっぱらの噂だった。

友人の中にも遊んでもらった子がいて、色々話は聞いていた。でも、私はそんな彼が本当の彼には見えなかった。


時は遡り、数ヶ月前。満開の桜散り始めた頃。
私は入学したてで、サークルをどうするかと頭を悩ませていたその時だった。

サァッ

『きゃっ!?』

風が吹き、桜が舞う。
思わずつぶってしまった目を開けると、桜の木のそばに人影がポツンと一つ。

そこには男の人が桜を眺めて立っていた。
風で髪はなびいて、周りを桜が舞っていて、一枚の絵のようだった。

そして桜を見ているはずなのに、どこか虚ろなその目は違う何かを見ているようにも思えた。

『綺麗……』

思わず漏れた声に気づかれ、男性がこちらを向く。

『あっ、ご、ごめんなさい……あの、』

「いや、大丈夫。邪魔だったよね。」

そういうと、男の人は静かに去ってしまった。
すれ違う瞬間、ふわりと甘い香りがした気がする。

それが彼との出会いだった。


そして今、念願の彼と話せたのに、私は今全力疾走で彼から逃げてしまっている。

「はぁっはぁっ……。」

体力に限界が来たので、止まって呼吸を整える。
振り返っても彼の姿は無い。
どうやら追っては来なかったようだ。

友人たちに桜の木での話をして、彼の名前と噂を一緒に聞いた。何度話を聞いても信じることができず、ならば直接と思って、実際に噂の検証をした。

結果は噂通りに肩を抱かれ、ホテルまで連れて行かれそうになった。
噂でしか聞いた事なかったのが実際に経験してしまったせいで、確実に現実を突きつけられてしまった。

勝手に理想を押し付けたのは私、彼は全く悪くは無い。


もし話せたら、とてもあなたは綺麗だと、そう伝えたかった。

でも話してみると、あの桜の木の時のような儚さはありつつも、綺麗さとは違うドロドロとした何かを感じた。


噂を実行するにあたって、友人から誘い文句を教えてもらった。
彼女はこれは彼とデートする合言葉、彼を愛するための言葉なんだと教えてくれた。

でも実際は、
ただ彼の本性を知っただけ。
私の理想を壊しただけ。

『こんなの……愛言葉なんかじゃないよ……』

ポツリと呟く。
その声は誰にも届かなかった。


#愛言葉

10/26/2023, 7:23:42 AM

『……手、……離、しなよ……』

無言で私の手を掴む相手に、そう語りかけると苦しそうな声が返ってくる。

「離し、た、ら……落ちちゃう、じゃんッ」


声が震えている。きっと普段使わない力を使っているから、辛いだろうに。

私はさっき屋上から飛び降り、体のほとんどが宙に浮いている状態。下に足場はなく、コンクリートが見えるだけ。

飛び降りた瞬間、彼女が急いで私の手を掴んできて今に至る。


『でも、重いでしょ?それに長くもたないんじゃない?』

「だって……そしたら、松原さん、死んじゃう……」

消え入りそうな声で彼女は言う。
でも、彼女からウゥと唸り声が聞こえるし、上の方にあった腕も徐々に下に降りてきている。彼女の腕力も限界に近い。


『もうさ、そういうのいいから。私が消えても、何ともないでしょ?』

「そんな事ないよ……みんな悲しむよ?」

ホロホロと彼女の涙が落ちてくる。
そんな涙の訴えも私の心には、全く響かなかった。


『嘘、だね。みんな私の事嫌いだよ。消えて欲しいって思ってる。』

「思ってな」

『思ってるんだよ!!じゃなきゃこうなってない!!』


私は大声を上げた。
彼女は驚いた顔をして、口をギュッと結んで喋らなくなった。きっと思い当たる節があったのだろう。

それでも彼女は怯むことなく私の手を握る。


『もう、疲れたんだよ……いい加減、楽にさせて……』

自分の頬に涙が伝った。
泣き顔を見られなくて、目をつぶり下を向く。
でもきっと声で泣いたとバレたかもしれない。

これ以上泣かないように、歯を食いしばるが涙がポロポロと出続ける。

その間、彼女は無言だった。


すぐ後に先生が来て、私は救助された。


救助されてお互い緊張の糸が切れたからか、その場で倒れてしまった。

そのまま保健室に連れていかれたが、腕を掴んでいた痣以外特に目立った外傷はなかったらしい。

そして私は眠っている間、夢を見ていた。


放課後。
帰ってる途中に忘れ物に気づき、教室に走って戻った。
すると、教室の中から女子数人の声がする。
最近嫌がらせをされていたので、面倒事になっては嫌だと思い、帰ろうとした時だった。


「松原のやつさ〜、最近反応無くてつまんなくね。」


リーダー格であろう女子の声。
どうやら私の話をしているようだった。
咄嗟に歩き出そうとした足がピタリと止まる。

そして、ドアに聞き耳を立てた。


「わかる〜何しても無反応っていうか〜」

「でも学校は来るんだよね。さっさと不登校になればいいのに。」

ギャハハと笑う声が聞こえる。


そう。
反応したり、嫌になって学校を休んでしまえばあちらの思うツボなのだ。

先生に言っても取り合って貰えず、むしろ悪化する。
だったら、無反応で学校に来続けた方が、相手に効果的だと思っているから、どんな事をされてもスルーを貫き通してきた。

無言で聞き続けていると、リーダー格の女子が口を開いた。


「いっその事階段から突き落とすか。」


その言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立った。

「え、怪我はさすがにまずいんじゃ……」

「上手くやれば、あいつが転んだ事にできるでしょ。」

ニタニタと笑う声と、同意するが少し不安そうにしている声が聞こえてくる。

私はその声を聴きながら冷や汗をかいていた。

今まで物を隠されたり陰口程度だったが、さすがに突き飛ばされて怪我まで負えばスルーはできない。
いや、怪我で済めばいいが……

最悪の結果を想像し、顔が青くなっていく。


私は相手に気づかれぬように、その場から離れた。

彼女たちが考えている事に対する恐怖。
何も出来ない自分に対しての悔しさ。
誰にも助けを求められない自分の弱さ。
色々なものを渦巻かせながら、家に帰る。

そこから私は考えた。

なぜ彼女がそこまで私を憎むのか。
考えても考えても分からなかった。
だが、そんな彼女の理不尽に対抗する方法を最悪の形で思いついた。

私が先に命を絶ってしまえば、怯える必要は無いと。

そう思うと気持ちは楽になった。

それが私が飛び降りをした、理由だった。



目が覚めると、白い天井。
オレンジ色の光が窓から差し込んでいる。もう夕方……放課後なのかもしれない。
見渡すとすぐそばに彼女がいた。

『……あんた……なんで。』

「私も保健室にずっと居たから。あの後教室に戻る気になれなくて。」

彼女はそう言いながら苦笑いをした。
まぁ、クラスメイトの飛び降りを食い止めたわけだから、それなりにメンタルにも来ただろう。

何を話したらいいのか分からず、無言でいると彼女が口を開いた。

「楽に……なれないよ。」

ボソリと言われたが、はっきりと聞こえた。

『なにが?』

「飛び降りても、楽にはなれなかったと思う。」

聞き返すと、今度は目を合わせて答えてきた。
そんな彼女の目は何かを宿したかのように綺麗で、まっすぐだった。

その瞳に吸い込まれそうになり、息を飲んだ。


「きっと、苦しんだんじゃないかな……」

彼女に声は切なそうにしぼんでいき、俯いてしまった。


苦しんだ?そんなの……。

「私は松原さんに苦しんでほしくな」

『そんなの!!わかってて行動したに決まってるじゃない!!』

かけている布団をぎゅっと握って声に力が入る。

『苦しいよ!!辛いよ!!でも今の方がよっぽど苦しい!!だったら、ここから居なくなった方が……楽だと思ったから飛び降りたの!!』

先程よりも大きな声を出して荒らげる。
私もそんなつもりないのに止まらなかった。

彼女はそんな私の言葉を静かに聞いていた。

『私なんて誰にも必要とされてないんだから!!居なくなったって誰も悲しまないんだから!!むしろ邪魔なんだもん!!』

彼女がピクリと動いた気がした。
私は構わず続ける。

『どうせ殺されるなら!!自分から!!飛び降りて死んだほうが』

「そんな悲しいこと言わないで……」

『悲しい……?随分と綺麗な言葉だね。そんな言葉で私の決意を踏みにじらないで!!中途半端に助けようとすんなよ!!!!』

ハァハァと、一気に言ったせいか息が上がる。
彼女はそのまま俯いた状態で、無言を貫いている。


沈黙の時間が流れる。


その沈黙を破ったのは彼女だった。


「あの人たちね。多分今、停学処分食らってると思う。」

『え?』

急に言われて素っ頓狂な声で反応してしまう。

あの人たちとはきっと話の流れ的に、私をいじめていたリーダー格の女子とその取り巻きだろう。


「今まで何も出来なくてごめん。でも、もう大丈夫だから。」

彼女が手を握る。
すごく温かくて、気持ちが良かった。

「証拠を集めたり、先生に抗議してたら遅くなっちゃった。決定的なもの出したから、きっと今は職員会議してると思う。担任も立場危ういんじゃないかな。」

『ちょ、ちょっと待って。』

今までと打って変わってスラスラ話す彼女を制する。


『なんで……そこまで……』


ただの一クラスメイト。
彼女は学級委員でもなんでもない。
それなのに、ここまでする理由が分からなかった。

彼女はニコリと答える。

「初めて声掛けてくれたのが、松原さんだったから。ほら、ハンカチ落としたよって。」

『え?』

たったそれだけの事で?

彼女は途切れ途切れに続ける。


「あー……うん、まぁ……松原さんと仲良くしたかったから……かな?」

照れくさそうにはにかんだ彼女はとても可愛らしかった。

今まで張りつめていたものが、一気に無くなったようなそんな感覚だった。

『ふっ、なによそれ。』

彼女の言葉がおかしかったのか、笑みがこぼれた。

でも、悪い気はしなかった。

その様子を見て、彼女も一緒に笑っているように見えた。


『あんた、名前は?』

「あ、私はね、」

ゆっくりと、私の世界が動き出した。

#友達

10/24/2023, 3:27:09 AM

目が覚めると、雲ひとつない青い空が広がっていた。


『こ……こは……?』


どうやら私は仰向けで寝っ転がっていたようだ。
背中や頭がフカフカする。
起き上がると、下は草原だった。

鳥の声、暖かい日差し、そよそよと吹く風。
ものすごく心地がいい。

周りを見ても人はいない、でも不安はなかった。
どこか安心する。そんな場所な気がした。

「やぁ。」

声がが聞こえた方を振り返る。
すると一人の男性が立っていた。

男性の顔には見覚えがある。
キリッとした瞳、優しい笑顔。


私の好きだった人……数十年間愛し……、

数年前に亡くした、夫だ。


ほろりと涙がこぼれた。
ずっと会いたかった、話したかった。
我慢をしていたのだ。

急いで夫のところに駆け寄り、その勢いのまま抱きついた。

夫は私を抱きしめ、優しく頭を撫でる。
久しぶりの夫の腕の中。
温もりを感じさらに目から涙がこぼれてきた。


「よく頑張ったね。お疲れ様。」


心地よい低い声が私を安心させてくれる。
嬉しくて、くすぐったくて、抱きしめる力が自然と強くなった。

そしてふと顔を上げると、少し違和感を覚えた。
夫の顔にシワがない。髪も白く染まっていないし、手もしわくちゃじゃなかった。

目線を落とし、自分の手も見る。
手がつやつやだ。
自分の映る鏡もないので、ほっぺや顔をぺたペたと触る。しわくちゃじゃない。ピチピチのお肌。

夫はキョトンとしていて、フッと吹き出した。

「どうしたの?」

『あ、いや……なんでも。』

考えてみれば、夫も私の声もクリアになっている。
年老いてもう少しガラガラしていた気がする。

もしかして若返っている?

そんな結論に至った時、ふと疑問が最初に戻る。


『そういえば、ここはどこなの?』

夫にそう尋ねる。少し驚いた顔をされたが、また笑って答えてくれた。

「君は、ここに来る前のことを覚えてるかい?もし思い出せるなら、わかるんじゃないかな。」

少し寂しそうな笑顔で言われた。

ここに来る前……と首をひねりながら思い出す。
あ、と記憶が蘇り、夫の寂しそうな笑顔の理由がわかった気がした。


私は病院にいた。
夫に先立たれ、数年が経過し、一人で細々と暮らしていたが、家事の途中で倒れてしまい、そのまま入院していた。

娘夫婦がよくお見舞いに来てくれて、お医者様と話し込んでいたが、娘の様子を見るとどうやら私はもう長くはないらしい。

不思議と怖くはなくて、もう寿命なのだろうと諦めがついていたんだ。

それでも、お医者様たちの懸命な治療と娘夫婦のお見舞い、そして同じ病室の人とも仲良くなって、しばらくは元気に過ごせた。
本当に周りに恵まれたのだと思う。

そんなある夜、急に呼吸が苦しくなった。

隣で寝ていた人がナースコールを押してくれたのか、すぐに看護師さんとお医者様が来てくれたが、私の意識はそこで途絶えた。

そして今に至る。


『そっか……私は……』

「……よく頑張ったと思う。」

夫は私の頭を優しく撫でる。

直接伝えずに、自分で考えて悟らせる。
昔から変わらない夫の優しさ。
言うのが怖いだけだよ、と前に言っていた時笑っていたが、私はその優しさに何度も救われ支えられた。

撫でてもらっていた手を掴んで、私の頬に寄せる。

『もう、一緒にいられるのね。』

そう言って微笑むと、夫は驚いた顔を見せた。

「怖く……ないの?」

『もちろん、あなたと一緒ならどこだっていいわ。』

か細い声に、自信満々で答える。
夫はそのまま私に口付け、私はそれを受け入れた。

あたたかい時間が流れる。
それはとても心地よくて穏やかで、幸せな時間だ。


#どこまでも続く青い空

10/22/2023, 7:23:05 AM

プァーー!!

電車が汽笛を鳴らしてやってくる。
小さな頃から乗っていた電車。

でも、もうこの電車に乗るのも最後だ。

大きめの肩掛けカバンを背負い直し、キャリーバッグに手をかける。

今まで住んでいた地元から、新天地で新しい生活を始めるのだ。
不安は勿論あるが、これも自分の夢を叶えるための第一歩と思えば、不安よりも楽しみという感情の方が勝った。

いつか洋菓子店を開くのが私の夢。
高校を無事卒業した私は、製菓学校に通いパティシエールを目指す。
そのため、学校のある所へ上京するのだ。

「忘れ物は無い?」

母は心配そうに声をかけてくる。
それを吹き飛ばすように私はニッコリと返す。

『大丈夫!!何度も確認したし!!』

母は私の笑顔を見るとフッと笑い、つられて微笑んだ。

「ならいいわ。いつでも、帰ってきていいからね。」

『うん!!パティシエールになって帰ってくるから!!』

ニシシッと自信満々にVサインを決めながら言う。


ガラッ

電車の扉が開いたので、乗り込む。

中は空いていて、大荷物でも余裕を持って座れそうで安心した。


「体に気をつけてね。」

『ありがとう。お母さんも無理しちゃダメだよ。』

生まれてから一緒にいた母との別れ。
またいつでも会えるとはいえ、毎日顔を合わせていた家族と離れる事に寂しさを感じた。

少し涙ぐむが、悟られまいとすぐに目元を拭う。


『じゃあ、行ってきます。』

「えぇ、行ってらっ」

「まてぇええええええええええ!!」


母の声を遮るように、誰かが大声をあげる。
そしてドタドタと走る音も聞こえてくる。
ホームに急いで入ってきているようだ。

声の主が姿を現し、私と目が合う。


『………てっちゃん?』

「い、いたぁあああ!!」

ドタドタと走って近づいてくる。

てっちゃんは隣の家に住んでいて、幼稚園から高校まで一緒だった幼なじみ。
よく喧嘩をしていて、昨日も些細なことで言い争いをしたっきり話していなかった。

てっちゃんがすぐそばに来て止まり、呼吸を整えながら手を膝につく。

「おめぇ……居なく、なるって……どういう、事だよ……」

息切れしながら言うてっちゃんの言葉に、母と私はキョトンとした。


「あんた、てっちゃんにお別れしてなかったの?」

母が不思議そうな顔で覗いてくる。
そんな母の視線から逃げるように、目を逸らす。

『いや、その……また喧嘩しちゃったからぁ……』

だんだん小さくなる言い訳を聞くと母は、「またこの子達は……」と、ため息をついて呆れていた。


「お前、ずっといたのに、なんで……」

てっちゃんの声が小さくなる。

そういえば夢の話、てっちゃんにした事なかったかもしれないな。
そう思い、きちんとてっちゃんの目を見て話す。

『私、パティシエールになって洋菓子店を開くのが夢なの。それを叶えに行くんだよ。』

てっちゃんはそれを聞いて、目を開く。
きっと今まで喧嘩ばかりして騒いでしかいなかったから、こんな真面目なこと話したこと無かったかもしれない。だから、まさかこんな夢を持っているなんて思わなかったのだろう。


『だから、もう喧嘩することもないと思う。ふはっ。清々するね。』

しんみりした空気が嫌でニコッと笑ってみせる。


てっちゃんはどこか寂しそうな顔をして俯いたと思ったら、急に顔をガバッとあげた。


「なら、応援する。お前の夢……応援すっから。」


真面目な顔で言うてっちゃん。
彼のそんな顔を見るのは初めてだった。

でもそれが、夢を認めて貰えたようで嬉しかった。


『ん、ありがとう!!』

「……お、おう。」

てっちゃんの顔が少し赤く見えた。
そっぽを向いてしまったので分からなかったが、走りすぎて暑くなったのだろうか。


ジリリリリリリ

発射ベルが鳴り、扉が閉まる。

母はただ手を振っている。
てっちゃんはなにかモジモジしていて、よく分からないがとりあえず二人に手を振った。

電車が動き出し始め、席に座って窓をふと見てると、

てっちゃんが走ってこっちに向かって何か言っている。

「は、ちょ、まって!!」


急いで窓を少し開けると、てっちゃんの大声が聞こえてくる。


「お!!れ!!お前と同じとこ!!行くから!!」

『は!?』

「一番そばで!!店もお前も!!支えられるように!!なるから!!」

『な、何言って……』


そして彼は思いっきり息を吸う。

「お前の隣に!!生涯立てる!!かっこいい男になって迎えに行くから!!待ってろぉおおおお!!」

そう叫ぶと丁度電車はホームを出て、見慣れた景色へと変わった。

私はもう顔真っ赤で、火が出るんじゃないかってくらい熱くなっていた。

『な、何言ってんだあいつは……』

心臓がドキドキとする。
これは上京することへの緊張なのか、それとも彼の発言のせいなのかは正直私には分からなかった。


後日母から手紙で、あの日電車が去って見えなくなった後でも、彼は私に対する思いを叫んでいたことを知った。
翌日、声が枯れてほとんど喋れなかったらしいけども、私は知ったこっちゃない。


#声が枯れるまで

10/21/2023, 7:46:30 AM

『やっばい、遅刻するぅうう!!』

朝。
全力疾走で人の間をかき分けて通学路を進む。

普段も時間遅めだが、今日はいつもよりも遅く起きてしまったので、始業チャイムに間に合うかどうか本当にギリギリだ。

『ていうか、今日重い……』

リュックの中には、この前まで行われていた定期考査の勉強のために持ち帰った教科書等がわんさか入っている。走る度にリュックが上下して重たい。

しかし、それで走る速度を落としてしまえば完全に遅刻する。歩くことなど許されないので、走り続けるしか無かった。


そのまま走り続けていると、ゆっくりこちらに向かって歩いてくるおばあさんが目に入る。


『(さすがに怪我はさせられないな。)』


おばあさんに近づくと同時に、少し速度を落とす。

『すみませ、……え?』

おばあさんとすれ違った瞬間、時間が止まった気がした。
いや、正確に言えば止まったのではなくゆっくりになったのかもしれない。
今まで聞こえていた喧騒や、車の音が遠く聞こえる。

事故でぶつかる前とか転ぶ前はスローモーションのように、ゆっくりに見えるとよく言われるが、まるでそんな感じ。

走っているはずなのに、一歩が長く感じた。


「___。」

おばあさんは一言。なんと言ったか聞き取れなかったが、何か言ったのは確かだった。

前に出していた足が地面に着くと、遠くなっていた音が聞こえるようになり、時間も戻った。

振り返るとおばあさんの姿は無い。

少し寒気のようなものを感じたが我に返り、今が登校中で時間ギリギリだということも思い出す。

急いで学校へ向かった。



『あーあ……散々だった……。』

時刻は15時過ぎ、学校が終わり帰宅時間である。
朝とは逆にとぼとぼと、家路についていた。

結局、朝は間に合わず教室に着く頃には担任がホームルームを始めていた。
こっそり入り席に着いたが、担任にあとから呼び出され説教を食らってしまった。


『確かに遅刻は行けないけど、チョップしなくたっていいじゃんねぇ……』

担任にチョップされたであろう脳天を擦りながら、愚痴をこぼす。
本気を出していないとはいえ、空手部顧問でもある担任のチョップは痛かった。

『今日は絶対早く寝よう。』

そう独り言を言いながら角を曲がると、足が止まる。


『え?』


目の前には人影がひとつ。
背格好は見覚えがある。

朝、すれ違ったおばあさんだった。

一瞬戸惑ったが、同じ地域に住んでいればこうしてまた会う事も珍しくは無いだろう、と自分を言い聞かせる。

しかし、おばあさんの他に人気はなく、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。

ゆっくり歩き出し、再びおばあさんの横をすれ違う。


「やっぱり見えるんだね。」

すれ違いざまにそう言われた。

瞬間、声の方を見るとおばあさんがニタリと笑いながら立っていた。


(朝の時はいなかったのに……)


あまりの恐怖に、体が固まる。

こうして固まっている間におばあさんがのそりのそりと近づいてくる。

(早く……早く逃げ…)

おばあさんがピタリと止まった。

おばあさんの漆黒の瞳と目が合い、心拍数が上がる。

そして不意に足元を見た時、私の心臓は止まった。


おばあさんの足は、透けて無くなっていた。


『あ……あああ……』

「かわいい顔をしているねぇ……」


おばあさんの顔がにやぁとさらに歪んでいく。

私の恐怖は最高潮に達した。


『やだぁあああああああ』


気づけば叫んでおばあさんを突き飛ばし、ダッシュで逃げ帰っていた。
体を無理やり動かし、無我夢中で走った。

家に帰ったあとは、部屋から出てこれずベッドの中でガタガタ震えて過ごした。



そこから数日経ったある日。
学校からの帰り道。

以前の通学路は使えなくて、違う道を使っていた。

すると喪服着た人が数人、近くの家から出てくる。

どうやら葬式をしていたようで、皆、涙を目にうかべながら話している。


「あんなに元気だったのに……」
「交通事故だったからなぁ」
「とても優しかったのになぁ。」

それぞれに話している言葉を聞きながら、空いてる扉から遺影が見えたので、こっそり盗み見る。


遺影にはこの前いたおばあさんの顔が映っていた。


写真を見て思い出した事がある。

小学生の頃、よく掃除しているそのおばあちゃんと話していた。
たまにお菓子もくれて、とても優しかったのを覚えている。

成長するにつれて、時間を変えたのもあってすっかり会わなくなったせいか、すっかり忘れていた。

考えてみたら襲うというより、懐かしむような、そんな口ぶりだった気がする。
もしかしたら、最後に挨拶に来てくれたのかもしれない。


少し切なく思い、遺影にむけて手を合わせるしか出来なかった。


#すれ違い

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